第6話 罪と罰

「そうだな。色々と相談事も受けているから、町に行く必要はある。しかし、食事にしよう。その後で時間があるようならば考える」

「解りました」

 マリーはこくりと頷くと、そのまま下がってどこかに行ってしまった。おそらく食事の準備に行ったのだろう。見た目は少女だが、吸血鬼となった今は怪力の持ち主だ。献上された食料を取り押さえることくらい、難なくこなす。

「――」

 しかし、マクスウェルは食事の度に気分が悪くなる。いや、食べている間は夢中だから気づかないし、食料になる人間は美味しい。それは間違いないのだが、こうやって残っている理性が働き出すと、自己嫌悪に陥ってしまう。

 神に背けば吸血鬼になる。これには続きがあったのだ。そして永遠と、神からの罰を受け続ける。

 自分が何をして背いたのか。その心当たりはちゃんとある。だから、仕方ないと思う。魔導師という最高位にいながら犯してしまった罪。永遠の罰を受け入れなければならないだろうことをやった。

 でも、どうしてと問うてしまいそうになる。反省したのだから、解放してくれてもいいではないか。どうして魔導師よりも強い存在になってしまうのか。すると心の中で、恐ろしい声がするのだ。

「好きなように振る舞えばいい。そのための永遠の時であり、強力な力であり、人間の捕食者なのだ」

 その声は常に聞こえている。そしてその声は、魔導師として振る舞えば振る舞うほど大きくなっていた。その声と自分の気持ちへの折り合いを付けるためにも、食事をしている気がする。

 最悪の循環だ。罪は消せない。そして、吸血鬼から悪魔に堕ちるまで、この生は続く。それに、マクスウェルは気づいていた。

 しかし、欲望のままに振舞って悪魔にまで堕ちることは出来なかった。まだ、やるべきことがある。それに、罪滅ぼしだってしたい。このまま、罰せられた者として生きるのならば、せめて、何かしたかった。

 でも、それも無駄なのだと解っている。いつか理性が飲まれ、自分はただただ人を襲うだけのバケモノになる。本能のままに振る舞い、人々に恐れられ、そしていつか討伐される。悪魔と呼ばれるモノになる。それは否定できない。

「この身体は、元には戻らない」

 何をやっても、吸血鬼である自分が人間には戻れない。それもマクスウェルは知っている。こうなってしまったら、どれだけ後悔しても戻れない。あの時思いとどまっていれば。そんなことを考えても無駄なのだ。この身体になった途端、告解など無意味になる。

 それはそうだ。神に背いた者だと判断されたのだから。自然の理をねじ曲げ、神の領域に踏み込んだと判断されたのだから。

「――」

 感傷に浸っていても仕方がないなと、ようやくコーヒーを飲み干すと食堂へと向かった。とてつもない空腹が来ない限り、人間をむやみやたらに襲うことはない。しかし、そのタイミングは掴めないままだ。

 取り敢えず、気持ちが不安定になって来たら食事をする。そうマクスウェルは決めていた。吸血鬼になって三か月目に、ある事実に気づいたからだ。

 つまりは、心の不安定さが人間を食べたいという欲求に繋がる。ただ空腹だけで欲求がやって来ることはない。心が空っぽになってしまった時、それが空腹として変換され、マクスウェルは欲望のままに人間を襲ってしまう。

 一般的な食べ物をこの身体が受け付けないかというと、実はそうではない。ちゃんとパンや野菜というものを食べて、消化できる。エネルギーにも変換できる。しかし、それで総てが解決するのではないのがこの身体だ。つまり人間を襲って食べる行為が、必ずしも空腹を満たすこととイコールではない。

 エネルギーが足りないから、栄養が補給できないから人間を襲うのではない。心が満たされないから。自分が人間でなくなったから人間を襲うだけなのだ。だが、人間を襲って食べれば空腹を含む総てが解消するのも事実。それはまるで麻薬のようだ。

 しかもマクスウェルの身体は、人間を捕食すれば最も効率よくエネルギーと栄養が取れるようになっている。他の食べ物では人間だった頃では考えられないほど食べる必要がある。ところが、人間ならば一人分で一週間は持つ。他の物を食べる必要はないと、その事実が突き付けてくる。


 食堂に着くと、すでにマリーが奴隷の一人を気絶させてテーブルの上に寝かせていた。マリーはマクスウェルが人を襲うことに罪悪感があることに気づいている。だから、気絶させておくまでをやってくれるのだ。

 非常に有能で、非常に可哀想な生き物。マクスウェルはいつも、甲斐甲斐しく世話をしてくれるマリーを、そんな目で見てしまう。罪を犯したわけでもないのに、吸血鬼である業を背負ってしまった少女に、いつも新たな罪を作ったと気づかされる。

「マクスウェル様、どうかしましたか?」

 そのマリーは、どう思っているのかというと、命の恩人としか思っていないらしい。どうやら彼女には、人間だった頃の記憶がないようだ。

それはそうだ。彼女は自分から吸血鬼になったわけではない。非情な神も、そこには情けを掛けたということだろう。せめて人間だった記憶は消そう。それだけでも、とても幸せなことだと、常に過去に苦しめられるマクスウェルは思っている。

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