最終話 おかえり

 あれから三年後の穏やかな日。

「ああ。やっぱり肩が凝るなあ」

「文句を言わない」

「はあい」

「返事ははきはき」

「はい」

 そんな注意を受けながら馬上にあるのはラグランスだ。かつての魔導師のマントよりさらに派手な枢機卿のマントを羽織り、ゆらゆらと馬に揺られている。その横で注意をするのは、こちらは魔導師のマントを羽織るラピスだ。

「久々だな」

「はい。トムソン神父は相変わらず不良なようですが、町のみんなは苦情を言ってませんね」

「ははっ。だな」

 あの日を境にトムソンが改心――するはずもなく、今もだらだらとルビジ町で神父をやっている。ラピスが魔導師試験のために中央に戻ると決めた時も

「おうっ、頑張れ。俺は絶対に受けないからな」

 と笑顔で言い張っていた。そんなトムソンに、ラグランスは三年ぶりの再会を果たす。

「おっ、懐かしい入り口が見えてきたぞ」

「本当だ。全然変わってない」

 そう言って笑い合った二人の目には、その入り口の先の城へと向いていた。今日はあそこに寄るのがメインの用事だ。

「大丈夫よ。あなたが助けた町なんだから」

「うん」

 しかし、緊張する。こうして改めて、しかも枢機卿としてやって来る日が来るなんて。とても感慨深いが恥ずかしくもある。みんながどんなリアクションを取るのか。それを想像するだけでもど緊張だ。

「よう、猊下。お久しぶり」

 だが、入り口のところで待ち構えていたゼーマンの相変わらずの口振りに脱力した。まったく敬われていない感じは魔導師として来た時と変わらない。

「久しぶり。どうかな、町の様子は?」

 とはいえ、そのおかげで妙に緊張していた気分は解れた。ひょいっと馬を下り、ゼーマンと握手を交わす。

「見ての通り。以前にも増して大繁盛よ。さすがはマクスウェル様だな」

「だな。今は俺も素直にそう言える」

「ははっ。でも、あんたっていう功労者がいなければこうはならなかった。あのまま、マクスウェル様の自制心に頼っているだけだったら、いずれここは荒廃していた。あんたの、いやラグランス枢機卿様のおかげだ」

 いやいやと照れていると、どんっと背中を叩かれた。結構痛い。誰だよ遠慮無く殴る奴はと見ると、立派なスーツに身を包んだゴルドンだ。

「よう、猊下。お迎えに上がったぜ」

「ゴルドン。お迎えって――そうか、今は自警団じゃなくてマクスウェルの」

「おう。あそこで働いているぜ。領主様ってのはめちゃくちゃ大変だっていうのを実感中だ。本当にあの御方には頭が下がるよ。吸血鬼だった時なんて夜しか活動出来なかったってのに、どうやってやってたんだろうな」

「ううん。さすがにそれは俺も想像できないよ。でも、それはマクスウェルだからさ」

 出来て当然だよと信頼を示すラグランスに、お前は変わらないなとゴルドンは笑った。枢機卿になったらもっと偉そうになってんじゃないかと思ったのに、全然だった。

「それはそうさ。変わらず、民に一番近い存在でいてあげなさいって、マーガレット様にも言われているし」

「ははっ。まさに適材適所だな。吸血鬼すら救ってしまう枢機卿様らしい」

「っつ」

 枢機卿様って言われるとめっちゃ恥ずかしい。ラグランスはもう高血圧で倒れそうなくらいに真っ赤になっていた。

「猊下。それでは後は頼みます。私はサボっているだろうあの神父をしばきに行きますんで」

 そんな光景を微笑ましく見ていたラピスの、変わらずのとんでもない一言に男たちは大笑いだ。おうおう、ぜひしばいてくれ。この間の葬式も大変だったと、通りがかった町の人たちもラピスに加勢する。

「トムソンは相変わらずか」

「まあね。でも、あいつもこの町を守るためには必要だから」

「そうだな」

 頷き、ラグランスは教会のある丘へと目を向けた。普段はだらだらしつつも、ちゃんと防御魔法で町を守る神父。何事もきっちりしている領主のサポート役としては適任だろう。

「さあ。マクスウェル様がお待ちかねだ。行こう」

「ああ」

 頷いたラグランスは、あの時とは違ってわくわくした気持ちで城を目指して馬を走らせ始めた。




 あの日、ラグランスは自分が死ぬ覚悟で魔法を使った。

 マクスウェルを助ければ吸血鬼に堕ちるというのならば、自分の命を差し出してでもマクスウェルを助けたい。そう思って、吸血鬼の力を滅するために必要な光を、そして救済のために必要なゲートを召喚した。そのゲートはあの世への門でもある。つまりは、魂がそこに引っ張り込まれることになる。

 もちろん、本来は吸血鬼だけをそこへと送り込む秘法だ。しかし、ラグランスはマクスウェルを助けるため、一緒にその門へと飛び込んだ。神の裁量に身を委ねたのだ。

 結果、一時は二人ともそのゲートの中に吸い込まれた。そのまま、この世から切り離される可能性もあった。実際、ラグランスは半分ほど天国へ旅立っていた。でも、それをマクスウェルが助けてくれた。

「フォルティアが、助けてくれた」

 ラグランスが起き上がった時、マクスウェル涙ながらにそう言った。

 神は最後に哀れな少女に同情したということなのだろうか。それとも、不器用な自分たちにもう一度だけチャンスをくれたということなのか。ともかく、無事に現世に戻ることに成功した。

 そしてマクスウェルは吸血鬼ではなくなった。その代わり、魔導師でもなくなった。扱える魔法はゼロとなり、一般の人へと変わっていた。その事実にマクスウェルは戸惑った。

「俺は」

「領主をすればいいじゃん。どうせここは枢機院の支配下になる予定なんだからさ」

 そう言ったのは、意外にもトムソンだった。ここを治められるのはあんただけだよと、自信を持って断言したのだからラグランスもびっくりだった。でも、その意見には大賛成だった。

「そうだよ。それが町の人たちにとっても望ましい結果だ。俺が、枢機院に入って取りなすから」

 こうして、ラグランスはマーガレットの推薦状を有り難く使って枢機卿へとなる決心をしたのだ。

 そこから三年、マクスウェルとは会っていない。




「めっちゃ緊張する」

「おいおい。枢機卿がそれでいいのか?」

 城の門を潜ったところで緊張し始めるラグランスに、しっかりしろよとゴルドンが笑う。そしてほらっと顎をしゃくった。

「あっ」

 城の玄関前に、変わらず優美に佇むマクスウェルの姿があった。その横には、すっかりおめかしした、美しく成長したマリーの姿がある。

「お父様。枢機卿様よ」

 そのマリーが、あの時とは違って少女らしい笑顔を浮かべて手を振ってくる。それに手を振り返しながら

「お父様?」

 そこにびっくりだ。まさかあの後、マリーを養子にしたということか。

 あの時、マリーはマクスウェルに一服盛られてぐっすり眠っていただけだった。どんな結末になろうとマリーは助けよう。そう考えての行動だったらしい。

 そのマリーはマクスウェルの影響で吸血鬼になっただけだったからか、あっさりと元に戻っていた。それも、ちゃんと健康な姿で。吸血鬼だった記憶は綺麗さっぱりに忘れてしまって。

 となると、マクスウェルは傍にいる理由を必死に捻り出したということになる。それがまさかの父親とは。

「さすがに兄と名乗るのは、色々と後ろめたくてね」

「おいおい」

 マクスウェルの言い訳に、思わずツッコんでしまうラグランスだ。しかし、おかげで緊張が解れる。みんなが三年前と変わっていないことが、何よりマクスウェルがこの場にいて微笑んでいることが、ラグランスにとっては一番の褒美だ。

「おかえり、ラグランス」

「うん、ただいま」

 たった一度の奇跡がこれだけ素晴らしいものだったのならば、マクスウェルの苦悩も無駄ではなかった。ラグランスは笑顔で頷くと、今は恋人でもある彼の胸に思い切り飛び込んでいたのだった。

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【BL】堕天の魔導師 渋川宙 @sora-sibukawa

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