第46話 救済
しばし静寂があったが、ラグランスがかっと目を見開いたことで状況が動いた。まず、マクスウェルが攻撃を仕掛けるべく動き出す。寝転んで見ているトムソンの目には消えたように見えた。
「――」
「――」
次の瞬間、マクスウェルの攻撃をラグランスが防御魔法で防いだ。それまで、絶対に躱せなかった攻撃を、ついに防いだ瞬間だ。
「ようやく覚醒ってところか」
「さあ」
二人を包む空気がビリビリと震える。そこから何度か魔法の応酬が続いた。どちらも傷つかず、どちらも倒れない。そんな拮抗した状況が生まれる。
「すげえ」
トムソンはそんな戦いを呆然と見つめるしか出来ない。あれほどポンコツだったラグランスが、たった一瞬で天才と呼ばれる魔導師に対抗できるほどに切り替わったのだ。それをもたらしたのは、明らかに覚悟だろう。
そう。トムソンに向けて覚悟を語った直後に魔法が安定したのと同じ原理だ。しかし、今日の覚悟は格段と違うものだったのだろう。だからこそ、ラグランスの中に眠っていた魔導師としての才能が、一気に開花した。
だが、その覚悟とは何だったのだろう。何を覚悟すれば、これほど急激に才能を開花させることが出来るのだろう。何だか、妙に焦燥感を覚える。
「ラグ、まさか」
「そろそろ、決着を付けようか」
「ああ」
このままでは力が拮抗して勝負が終わらない。そう解った二人が距離を取る。そして、ラグランスはあの秘法を行うため、マクスウェルは吸血鬼としての持てる能力総てを発動して対抗するため、集中力を高める。その覚悟は、トムソンの目には同じものに見えた。
「ラグ、お前も死ぬつもりなのか」
好きになった人と共に死ぬ。それしか、自らの気持ちを成就させる方法がない。だから、秘法で自らの魂も消してしまうつもりなのか。
我慢できずに身体を起こすが、激痛で一歩も動けない。肋骨が折れていて、叫ぶこともままならない。でも、そんな結末でいいのかよ。そう叫びたい。
「ラグ!」
ようやく出たトムソンの言葉に反応するように、二人が一気に力を放出した。その瞬間、周囲は光に包まれ、何も見えなくなってしまった。
「お兄様」
そんな声を、聞いた気がした。
ああ、ついにこの長きに亘る罰が終わったのかと、マクスウェルは微笑んだ。今、自分が寝ているのか目覚めているのかも定かではない。でも、とても心地いい。
「まだ眠っちゃ駄目よ、お兄様。まだやることがあるわ」
「ないよ。もうないんだ、フォルティア。君を救おうと頑張ったけど、君と同じような子を助けようと思ったけど、駄目だった」
「まあ、そうね」
そこであっさり頷くのも、妹のフォルティアそのままだ。マクスウェルは久々に、心から微笑む事が出来た。
ああ、こんな穏やかな気持ちになるのはいつ振りだろう。たぶん、神学校の夏休み、最期になったフォルティアと他愛ない会話をした時以来だろうか。
「でもね、お兄様。まだ、あなたを必要とされている方はいっぱいいるのよ。寝ている場合じゃないの」
「手厳しいな。大丈夫さ。俺がいなくても、代わりになる立派な人はいっぱいいる。ラグランスもそうだ」
「そのラグランス様は、お兄様が目覚めにならないと、目を覚まされないわ」
「え?」
意外な言葉にマクスウェルは目を見開いた。
一体どういうことだろう。ふと首を傾けると、ずぶずぶと泥沼に沈むかのように、身体が地面に吸い込まれているラグランスの姿があった。
ここはどこだ。
一体何があった。
どうして、ラグランスが死にかけているんだ。
「お兄様、手を伸して。大丈夫。きっとお二人とも助かるから」
フォルティアの声に導かれ、マクスウェルは弾かれるように立ち上がっていた。そしてすでに半分沈みかけているラグランスへと手を伸す。
「君だけは、俺のためにここまで来てくれた君だけは、死なせるわけにはいかないんだ」
誰も、マクスウェルが起こした罪そのものに興味を持つことはなかった。ただ初めての事態に戸惑い、何とかして倒そうと考え、必死に魔法をぶつけてきただけだった。
しかし、ラグランスはまず話をしたいと、堂々とこの町にやって来てくれた。今や枢機院の誰も関わろうとしなかったこの地に、わざわざ難関の魔導師試験を突破してまで来てくれた。
神学校で、いつもラグランスが自分を見ていたのを知っていた。そして、自分の姿を励みに努力していることを知っていた。
そんな彼が、ちゃんと罪を知りたいとやって来てくれた。
そして、好きだと想ってくれた。想い続けてくれた。
「嬉しかった。でも同時に、君が背負わされたものが視えてしまったから」
神は、いつでも意地悪だ。そんな時だけ、魔導師としての力で見通せてしまったのだから。
「俺も、君が好きだ。だから、君だけは、死なせられない!」
マクスウェルの手は、しっかりとラグランスの手を握り締めていた。
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