第24話 清々しい気持ち
「奴隷が食われることさえ許せないと感じるんだから、まあ、そうだろうな」
そしてトムソンが、お前はずっと倒すことばかりを考えていただろと付け加えてくれる。完全に逃げ道を絶たれた。
「それは」
そうだ。ここに来る前から、自分は矛盾を抱えている。マクスウェルと話し合いと願う一方で、自分が浪人している間に食べられてしまった人のことを考えていた。犠牲がこれ以上出て欲しくないと願っていた。
しかし、どちらも切り捨てたくないのも本音だ。必ずどこかに解決策があると、そう信じていた。だが、その信じるものには根拠がない。まさに神に祈るのと同じだ。
「まあいい。会談は行う。そこであんたが話し合いたいと言っていたことは伝える。だが、同時に倒す意思があることも伝えるぞ」
「ああ」
嘘は吐けない。しかも、倒すことを明かしてもなお協力してくれる人たちがいる以上、ラグランスも覚悟を決めるしかない。中途半端な気持ちでこの先に進むことは出来なかった。
「もしもただ会談を申し入れて凶行に出るようだったら、俺はきっぱり話し合いを諦める。そして、持てる力総てを使って、マクスウェルを倒す」
ラグランスはゴルドンとトムソンに向け、きっぱりと宣言していた。
何かが動き出したことを、マクスウェルは敏感にキャッチしていた。そしてそれこそが、この間から抑えられなくなりつつある、吸血衝動に繋がっているだろうことも理解している。
「――」
ベッドに寝転んだまま、マクスウェルは冷静にそのことを捉えていた。いつもだったら寝起きは悲観的で、そして辛いもののはずなのに、今は清々しく感じる。
それは多分、明確な敵が現れたからだ。今までは延々と同じ時間が、苦しみが続くと思われていたところに、突如として現れた変化だからだ。
「たぶん、それはラグランスだからか」
そして、その理由も気づいていた。もしも倒しに来たのが見知らぬ誰かであったならば、今までと同じ対処をするだけでいい。自分よりも優れた魔導師がこの世にいるとは思えないから、ただただ倒すだけでよかった。
だが、ラグランスはそう簡単にはいかないだろう。何より彼というものを知っている。未だに知り合いを食らった経験はない。だからこそ、倒されるわけにはいかないという気持ちが大きいのだろう。それに、魔導師になった彼の能力がどれくらいなのかも解らない。
「それと」
マクスウェルはさらにもう一つの理由にも気づいていた。それはただ一つ。知り合いを食らってしまってはもう引き返せない気がするせいだ。
その感覚が何ともおかしくてマクスウェルは笑ってしまう。この身になって三年。一体どれほどの人間を食料として食らってきただろう。それなのに、知り合いを食い殺しては戻れないと思うのだから不思議だ。
最後の理性を担っているのがそれなのだろうと思う。だから今、妙に清々しい気持ちになるのだろうと思う。
「俺は」
倒されるのか。それとも、かつて共に学んだ知り合いすらも殺して、吸血鬼として堕ちていくのか。どちらにしろ、引き返せない。自分が自分でなくなる瞬間が、刻一刻と近づいている。
「ふっ」
そこまで考えて、思わず笑みが零れてしまった。そんな運命の瞬間が迫っているのかと、この妙に清々しい気分も悪くないと思える。自分で下せなかった決断を、ラグランスが決めようとしているのだ。だが、それでもただ倒されることだけは容認できないのだから、何とも自分は吸血鬼らしくなったものだと思う。
「俺はもう」
人間ではないのだ。それだけははっきり意識されて、何だか起き上がるのが面倒になってしまうのだった。
「昨日は来なかったな」
「ああ。察知されているのかな」
朝、昨日の張り込みは無駄に終わったところで教会に帰って来た二人は、欠伸を噛み殺しつつ議論をする。
「ラグがここに来ていることはすでに報告されているわけだから、警戒するのは当然よね。ラグが去るまで町に来ないつもりかもよ」
そんな二人の前に軽めの朝食としてミルク粥を置きつつ、そう簡単にいくわけないとラピスは呆れた。大体、自警団だってそう簡単に会えない相手だ。何か異変があるというのに、そうのこのこやって来るはずもない。
「だよなあ。しかも、ゼーマンによると来る頻度が減っているっていうし」
温かいお粥に、身体が冷え切っていたラグランスは有り難いと器を引き寄せて一口啜った。優しい味わいに人心地つく。
「あれこれ解ったこともあるしな。まさか自警団だけが知れる内容があっただなんて」
トムソンもずるずるとお粥を啜りながら難しい顔をした。指摘しているのは吸血鬼特有の能力についてだ。
「そうだな。瞬間移動と記憶を見ることが出来る能力、か。他にも何かありそうだ」
「ああ。それに瞬間移動が可能ならば、ここを襲うことも簡単ってことだよな。今までやって来た魔導師どもがあっさりとやられるわけだぜ」
ややこしくなっただけだよと、トムソンはそのままテーブルに突っ伏した。この男のやる気は二十四時間持たないらしい。
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