第23話 選択

 でも、一番強く抱いていた気持ちは、マクスウェルがどうして吸血鬼にならなければならなかったのか、ということだ。

 彼が堕とされなければならないなんて間違っている。その気持ちだった。そうでなければ、人を食らい続けるマクスウェルが許せないという気持ちだけでは、ここまで行動することはなかった。

 互いの気持ちをぶつけ合い、しばしにらみ合いが続く。騒がしかった酒場も、二人のやり取りを固唾を飲んで見守っていた。取り引きしたゼーマンに至っては、神に祈るポーズで固まっている。

「――いいだろう」

 しばらくして、ゴルドンは了解したと頷いた。それに見守っていた一同から溜め息が漏れる。ラグランスも礼を言おうとしたが

「ただし、先に俺がマクスウェル様の許可を貰いにいく。それであの方がオッケーを出さなければ無理だ。最悪、そんなことを提案した俺が食われる」

 ゴルドンの覚悟のほどを見せられ、ぐっと黙ることになった。

そうだ、もしマクスウェルが会いたくないと言い、裏切ったゴルドンを始末する可能性もある。それを承知のうえで了承しているのだ。そんな相手に、軽々しく礼を言うだけとは失礼だ。

「必ず守る」

「ふん。魔導師の力を頼る事態にならないことだけを祈ろうか」

 会談の場所に密かに待ち伏せることを了承してもらえ、ラグランスはようやくほっとしていたのだった。




「マクスウェル様がいつもやって来る場所はここだ」

 酒場から移動して連れて来られたのは、普段から会合が行われるという町の集会所だった。

「このランプが夜に灯っていれば来たって証拠だ」

 いいかと、入り口にあるランプを指差してゴルドンが説明する。それにラグランスは頷きつつ、ここに来るのかという高揚感に包まれていた。しかし、どうやって来るのだろう。ひょっとしたら隠れているところを見られるかもしれない。

「いや、それは大丈夫だ。あの方はあのお城から瞬間移動だからな」

「えっ」

「マジか」

 それまで単なる見学に徹していたトムソンが、そんな技が使えるのかと度肝を抜かれていた。もちろん、ラグランスも今初めて知る事実だ。

「吸血鬼としての能力か」

 しかし、魔導師である自分にも使えない技だということから、すぐにそれが堕ちたからこそ使えるようになった技だと気づく。

「まさか、他にも吸血鬼特有の能力があるのか?」

 それに対しても対処を行わないと、この会談そのものが失敗に終わるのではないか。ラグランスの懸念に、ゴルドンは大きく頷いた。

「そのとおりだ。マクスウェル様は他人の記憶を覗くこともできる。だから、お前が隠れていることはばれるだろう」

「おいおい」

 それなのに了承し、しかも隠れていろというのか。その無謀さにラグランスが止めておけよとツッコんでしまう。

「いや。下手に隠すよりも、傍にいることを了承し合っている方が安全だと俺は思う。あの方は、隠されると怒るだろう」

「ううん。まあ、そうかもしれないけどさ」

 見透かされるならば、あえて互いの了承の上でいた方がいい。それは納得できるが、ゴルドンの危険が格段に上がる事実だった。ラグランスは思わず唸ってしまう。

「必要なのは俺とマクスウェル様、どっちだ?」

「えっ?」

 悩むラグランスに問い掛けるゴルドンの目は真剣だ。それに、ラグランスは何を言い出すんだと目を見開く。

「マクスウェル様が言っていたぞ。お前は優しすぎるとな。そして、それが魔導師としての資格がなかなか取れなかった理由だろうとも。お前が今成すべきは、俺の身を案じて引くことか。それとも、微かな望みに賭けてでもマクスウェル様と会うことか、どっちだ。政治的な判断だろ?」

 マクスウェルが指摘していた。それに、ラグランスはさらに目を大きく見開いていた。そして、優しすぎるのが問題だと指摘したということに驚く。

 たしかに自分は甘いところがある。それが他者に対しては特に甘くなることを自覚している。しかし、どちらかを切り捨てなければならないなんて。

「マクスウェルがこいつを食うって決まったわけじゃないんだ。そのくらいの決断は出来なきゃ駄目だろ」

 そしてトムソンも、そこで悩むようならこの先はないぞと言ってくる。それに、ラグランスはそうなんだけどと、思わず頭を抱えてしまう。

「俺は」

「そんなんじゃあ約束できねえぜ。帰りな」

「っつ」

 それは出来ないと、ラグランスは顔を上げた。そしてぎりっとゴルドンの顔を睨みつける。

「ヤバいと判断したらすぐに駆け込む。それで話し合いが出来なくなるかもしれないけど、あんたが食われるよりましだ。それで、いいか」

 あっさりと自分を取ると言ったラグランスに驚きつつも、まあそうなるだろうなとゴルドンは溜め息だ。

「やっぱり、あんたは最終的にはマクスウェル様を倒すんだろうな」

「そんなことは」

「いや、あるよ。あんたは確かに話し合いたい。でも、誰かが食料になることを見過ごせない。最終的に吸血鬼から脱する方法はないと判断すれば、あんたはマクスウェル様を倒す」

 断言されて、ラグランスは一瞬固まった。なぜならそれは、ずっと考えていたことと合致する一言だからだ。

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