第32話 戦え!
「俺は食ってしまった少女を抱え、この地まで逃れてきた。せめて墓を建てようと、残骸になり果てた少女のために、立派なものを建てたよ。この城のすぐ傍にね。そして俺は吸血鬼として生きていく覚悟を決めた」
マクスウェルはそこですっと目を細める。お前とはもう別の生き物なのだと、その冷たい目が主張している。
「マクスウェル」
「君は知らないだろう。あの少女、シャーロットが外に出られたのは、あの日を含めてたった三日だ。元気に走り回れた、普通の生活を送れたのはたった三日。家の中で過ごした時間を含めても二週間しかない。その間、あの子は俺に感謝しただろうし、周囲もしただろう。そんな彼女を、俺はどん底に突き落とし、さらには食べてしまったんだぞ。この苦しみが、お前に解るか?」
初めて向けられた明確な敵意は、とても痛々しいほどの悲しみを含んでいた。おかげで、ラグランスはどう言葉を掛けていいのかも解らない。しかし、マクスウェルはそんな敵意を一度引っ込めた。
「君は俺を倒すために魔導師になったんだろ? もし、君が俺を救おうと動けば、君は吸血鬼の仲間入りだ」
「っつ」
一つの目的のために魔導師になることは危険だ。それを吸血鬼へと堕とされたマクスウェルは身をもって知っている。そしてなぜ、ラグランスが魔導師になれたのかも解っている。
不可解なことがあるとすれば、それは三回も試験を受ける羽目になったというところだが、少なくとも、神はマクスウェルを倒す魔導師としてラグランスを選んだ。これは間違いない。だからこそ、共闘しようとすればラグランスもまた吸血鬼になるはずだ。神からの使命に背いた。これほどの重罪はない。
「そんな。じゃあ、神の教えに背くって」
何なんだ。ラグランスは解らなくなる。しかし、今まで不思議だったことの答えでもある。単純に神学校で教えられる戒律を破っただけでは堕ちない。ならば、他に条件があるはずだ。その一つが魔導師であり、魔導師試験で神から課された何かということになる。
「そういうことだな。俺の場合は無辜の民を救うという意思は本物なのか、という点だ。そしてそのためには、切り捨てる必要性も示せるかどうかということ。顔色を窺って行動する者は魔導師には相応しくない。そういうことだった」
「で、でも」
マクスウェルは病める少女を、そしてその家族に希望を与えた。それなのに、神は違反したと見なした。これが解らない。
「自然の摂理に逆らうことは、そもそも大逆だろう」
「それは」
そうだ。すでにその少女が死んでいた、寿命が尽きていたのだとすれば、それを引き戻すのは自然の摂理に反している。しかし、究極の選択であるのは間違いない。
「魔導師って、何なんだよ」
自ら羽織るマントがこれほど重い物だと思ったのは初めてだった。賢者として、周囲の期待がある。だから常に魔導師であることを意識するためにマントはある。その煩わしさくらいに思っていた象徴が、実はとんでもない枷だと知ってしまった。
「魔導師とは一人で枢機院の全権を担っているようなものさ。だから、その判断は絶対であり、間違ってはならない」
「っつ」
マクスウェルの言葉に、ラグランスははっと顔を上げる。そこには、とても冷たい視線があった。
「優しさだけでは出来ない。それは、俺も痛感したことだ。これは君の試練でもある。俺を殺す。その覚悟を決めろ。俺は、お前を食い殺す。絶対に負けない。たとえこの身が血を啜る、人々を殺戮する吸血鬼そのものになろうともね」
「――」
突然の宣戦布告。そして、徹底的な断絶。ラグランスは何も出来ない自分に呆然とするしかなかった。
しかし、長い時間呆然としていることは許されなかった。
「っつ」
反射的に避けた場所に、マクスウェルの放った氷が突き刺さる。これは魔導師としての基本魔法の応用だ。
「マクスウェルっ」
「まさか本当に話し合いだけで終わると思ったのか?」
次の魔法を打つべく片手を振り上げるマクスウェルは、暗い笑みを浮かべてラグランスを見据えた。そして、運命はすでに決まっているのだと攻撃を加える。
「ちっ」
反射神経だけは人一倍あるラグランスは、その攻撃も何とか避けた。しかし、このまま防戦一方では追い詰められる。ともかく、この場を脱出するより他はない。そもそもライブラリーという限られた空間では、避ける空間も少ない。
「俺はっ」
どうしたいんだ。まだまだ中途半端な自分の気持ちにラグランスは悔しくなる。でも、今はこの場を離脱するしかなかった。ラグランスは光魔法で部屋中を一時的に光で満たした。
「くっ」
さすがのマクスウェルもこの状況では動けない。その隙にラグランスは部屋を抜け出した。そしてそのまま玄関へと走ろうとしたが
「俺には今、瞬間移動の能力があるんだぜ」
耳元でマクスウェルが笑う声がする。そして横へと弾き飛ばされた。ラグランスは豪快に玄関へと続く大広間に倒れる。その衝撃に呻いていると、思い切り肩を踏まれた。
「くっ」
「逃げるなよ。魔導師だろ?」
ラグランスを踏みつけるマクスウェルは、冷たい目で見下ろしてくる。しかも、その目は金色へと変化していた。
「マクスウェル」
「吸血鬼としての力を使うとね、変化するんだよ」
驚いた顔をするラグランスに、マクスウェルは自嘲の笑みを浮かべて教えてやった。集会所でゴルドンたちに会う場合は、目の色が戻ってから表のランプを点している。
「さあ、解っただろ? 戦え!」
マクスウェルは踏んづけていたラグランスのマントを掴むと、反対側へと放り投げた。その力は人間でも魔導師でも考えられないほどに強い。
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