第13話 ラグに対する印象
「お久しぶりです」
「やあ。ゼーマン。元気そうだね」
町の集会所にて。マクスウェルは昼間ラグランスと酒を酌み交わしたゼーマンと落ち合っていた。横には隊長のゴルドンもいる。
「こいつがあの魔導師に接触したんでね。連れてきました」
「そうか、助かるよ」
ゴルドンの言葉に笑顔で頷いて、マクスウェエルは二人をテーブルに招き、そこで話を聞くことにした。
「あの男、ラグって男は、よく解らん奴でした」
テーブルに着くなり、ゼーマンはそう報告する。真剣にマクスウェルを心配し、相談に乗りたいと言う。倒す必要はないのかと悩む。しかし同時に、吸血鬼として暴走してこの町に害をなすようになったらどうするのかと心配する。感情が右往左往していて、どうにも魔導師らしくない。
「あの男は心根が優しすぎて落ちこぼれだったんだ。今も相変わらずってところか」
その報告に、ラグランスらしいとマクスウェルは僅かに笑う。何かと鈍臭く、そして考えすぎる少年。でも、それは優しさからだ。それを、あまり交流のなかったマクスウェルでさえも知っている。そして、自分にはないものを多く持っている奴だなと、少し羨ましく思っていた。
「ほう。優しすぎても駄目なんですか?」
魔導師や神父というのは無条件に優しい人ではないのかと、ゴルドンが質問した。
「それは市民に対してだね。しかし、魔導師にしても神父にしても、この国では重要な役割を担っている。神の意思を聞き、ただしく法術を行使しなければならない。その場合、どこかで切り捨てなければならないことが出てくる。他国と戦争することさえ決定するんだ。だから、優しく誰に対しても平等というだけでやっていけるものではないんだよ」
「ううむ。難しい話ですね」
「うん。そうだね。普段は優しく誰にでも手を差し伸べる存在だから、理解し難いのは解るよ。ただ、総てのことを許すというのは、犯罪も許すことになりかねないだろ。理由があれば誰かを殺したその犯人にも手を差し伸べるのか。そういう倫理的な問題になるんだよ。その線引きをちゃんと出来るか、というのも、神父や魔導師に求められる能力だ。まあ、吸血鬼に堕ちた俺が言っても、何一つ説得力はないだろうけど」
「そんな」
いやいやと、ゴードンは大きな手を横に振る。ラグランスも気にしていたように、どうしてこれほど立派な人が吸血鬼になってしまったのか。非常に気になる。だが、それはこの町に住む人間ならば避けなければ鳴らない話題だ。マクスウェルの機嫌を損ねるわけにはいかない。
「ラグランスはどんな者でも切り捨てられないんだよ。自分の目に映る、苦しんでいる人総てを助けたいと考えるタイプだね。よく、政治的な判断が必要な魔導師になったもんだと思う」
「本人曰く、三浪したって言ってましたよ」
話題がラグランスに戻ったことにほっとし、ゼーマンが笑って報告した。
「三浪ねえ。まあ、しそうだな」
「あ、そうなんですね」
「あの試験は非常に難しいからね」
「でしょうね。あのラグを見ていると簡単なのかと思っちゃいますけど、魔導師様なんてほとんど見かけないし。トムと息ぴったりなのは納得な感じだけどな」
不良神父のトムソンを思い出し、ゼーマンはさらに笑ってしまう。この町の教会にずっといるトムソンだが、まあ、真面目であったことは一度もない。
「彼はどうして、神父の道を?」
「さあ。詳しくは聞いてないですけど、他に職業は選べなかったと言ってましたね。神父にならなきゃ死ぬくらいの状況だったと」
「ほう」
意外と苦労しているのかと、マクスウェルは初めてトムソンに興味を持った。正直、教会関係者とは親しく付き合いたくない。堕天したことで敵視されているのは明らかだし、彼らには吸血鬼に対抗する術を枢機院が伝授しているかもしれないからだ。しかし、ラグランスとトムソン。この二人は放置できない問題になっている。
「親がいないんじゃなかったかな。それで神学校に預けられたとかどうとか、前に酔っ払って言っていた気がします。まあ、詳しく語らないんで正確には解りませんな。しかも、そういう深刻な状況だったら、もうちょっとマシな神父になってそうなもんだけど」
ゴルドンはどうなんだろうと首を捻った。自分も真面目なタイプではないが、職業的にもトムソンの不真面目さはいいのかと疑問に思う。
「ちゃんと教会の仕事はしているんだろ?」
「ええ。お目付役のシスターもいますからね」
「ほう」
「ラピスって言うんですけどね。マクスウェル様がいらっしゃる一年前かな。トムソンの監視役に派遣された感じです」
「監視?」
「不良だからですよ。ちょっと町の長老と揉めましてね。まあ、揉めるでしょうよ。見た目からして不良なんだから。じじいには理解できないタイプの神父ですよ。そこでマシな奴に代えてくれって、枢機院に訴えたんですな」
葬式のことだったかなあと、ゴルドンは顎をさする。若い彼からすれば、葬式なんて面倒な儀式でしかないのだ。人はいずれ死ぬとはいえ、死んだ人間からすれば、葬儀なんて関係ないだろうというスタンスだったりする。
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