第39話 猛特訓
「はあ。俺たちっていつからこんな肉体派に」
「なあ」
午前中の過酷メニューが終わり、ようやく昼食。しかし、ここでも高タンパクなメニューと格闘しなければならない。日頃が質素で成り立つ教会ではあり得ない肉の数に、二人は胃もたれを起こしていた。とはいえ、身体が疲れているからか食べられないことはないのが怖いところ。
「あ、これ付けて食うと美味いよ」
「本当だ」
が、やっぱり身体は正直で途中から食べたくないと駄々をこねる。というわけで、二人はあれこれ工夫しながら出されたメニューを消化中だ。なんだかんだでコンビネーションが強化されている。
「よしよし」
そんな二人を見守るマーガレットとラピスの姉妹はにんまり。この二人のドSっぷりは、実は枢機院内では有名であることを、扱かれている二人は知らない。
「トムソンの集中力はどう?」
「そうですね。あと一時間は保つようにしたいところですわ」
「そうね。ラグランスがどこであの魔法を発動できるか。まだまだ不透明だもの」
「となると、あのメニューを追加しましょうか」
「そうね」
そして、さらなる鬼メニューが始まろうとしていることも知らない。ともかくあと四日しかない。その中で出来るだけのことを行い、一発で解決できなければ総ては無駄となる。
「マクスウェルがさらなる苦悩を背負い込み、そして多くの人間を食らうようになるわ」
「そうですね」
今まで、あれだけの町の罪人や奴隷をマクスウェル一人で食べていたと思っていたが、実は二人で食べていたという。それだけでも怖さがあるというのに、もしマクスウェルが見境なく食べ始めたらどうなるだろう。理性が消えて、ただ人を食べる化け物になってしまった場合、この町の人たちなんて一気に平らげてしまうのではないか。
その懸念が生まれる理由が、倒せるのがラグランスしかいないという事実だ。この事実は翻せば、ラグランスがいることがある程度のストッパーになっているのでは、という推測を生む。ということは、今までマクスウェルが理知的に動けていたのは、ラグランスがいるからではないか。
それが、次の戦いでラグランスが負け、ラグランスがマクスウェルに食べられてしまったら。
おそらく、マクスウェルを止める枷が消えてしまう。彼はもう二度と、理知的に振る舞うことはないだろう。
「マクスウェルも、その可能性に気づいているわ。だからこそ、ラグランスに戦いを挑んでいる」
「はい」
マーガレットの言葉に、ラピスは頷く。ここを守るためには、二人にとって故郷でもあるこの町を守るためには、ラグランスたちを鍛えるしかないのだ。
「神は残酷ね」
でも、魔導師になる理想としていた相手を吸血鬼として討伐させる。恋した相手を、魔導師になった男に殺させる。そんな課題をラグランスに課した神を、少し恨んでしまうのだった。
吸血鬼に対抗するための秘法の中心になるのは光だ。しかし、単純な光魔法では何の効力もないことは、この間戦ったラグランスも知っている。
「いいですか。精霊を呼び出す。これが要です」
「はい」
午後、教会の礼拝堂を使って魔法の練習をするラグランスに、マーガレットの鋭い声が飛ぶ。いわゆる聖なる光というものを使いこなせなければいけないのだが、その手前で精霊を呼び出し、光の道筋を作らなければならなかった。これが難しい。
「がっ」
集中していた右手がちりっと痛む。と同時に大爆発。本日二度目だ。めちゃくちゃ痛い。今度は前髪が少し縮れた。
「うわっ。火力だけ上がっている感じ」
「集中力がまだまだですね」
そんなラグランスに手早く治癒魔法を使いながら、マーガレットは大丈夫かしらと不安になる。基礎的な面は随分と上がっていることは、枢機卿にもなると触れているだけで解る。しかし、この大掛かりな秘法を使いこなすのには達していない。そこが問題だ。
「最後はあなたの気持ち次第ですよ」
だからこそ、マーガレットは強い口調でそう注意してしまうのだった。
この日、ラグランスは不思議な夢を見た。身体がふわふわと軽くなって、空高く飛んでいくのだ。そして、そのままマクスウェルの城へと吸い込まれる。
「俺、会いたいって思いすぎなのかな」
そんなことを思いつつ、五日ぶりに城の中へと降り立った。とはいえ、そこはこの間通った大広間でもライブラリーでもない。暗い地下だった。何とも言えない臭いが立ち込めており、さらにはじめじめと湿気ている。上の居住空間とは大違いの場所だった。
「明日には食われちまうな」
「ん?」
囁くような話し声が聞こえ、ラグランスはそちらへと足を向ける。食われるという物騒な単語に、胸騒ぎがした。
「ここ最近、連れて行かれる人数が増えているし、毎日だし」
「ああ。でも、長く閉じ込められているよりはマシかもな」
「そうそう。あの狂っちまった女、大変だったもんな」
声に導かれるように地下の奥深くにある部屋へと向かう。声はとても小さく囁き声だが、ラグランスの耳にははっきりと聞き取れた。夢の中だからか、ドアに触れただけで通り抜けることが出来る。
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