お昼ご飯のメニュー

 そーだわ。そーよ! 璃央さんがあたしを貰ってくれればそれで解決じゃない?

 あたしだって結婚出来るし?

 あわよくば双子ちゃんみたいに可愛らしい子供も?

 これこそウィンウィンってやつじゃないですか。


 イイカラ スコシ オチツキナサイ!

 ソンナニ ボーソー シナサンナ。


 そうでした。少し冷静になって考えてみましょ。

 そうねぇ、いま想えば師匠の眼が少しだけ笑ってるようにも視えたわね。

 彩華さんも口籠りながらチラチラと師匠に目配せしてた節が……

 これは役者の格が雲泥の差だったって事なのね。

 あたしがパニクって思考停止しちゃったが故に、自ら陥穽に嵌まったと云う自爆だわ。

 きっとこう云うのが正解だと思うのよ。

 完敗に乾杯。って……



「ママぁ おいすわ? リオにぃの どこ?」


「うーん。そうね。璃央君はここが良いかしら」


「じゃぁ わたし ここ。おいす うごかすわ」


「やよいおねぇ わ おじかん あるの?」


「どうしたの? しおんちゃん」


「おねぇちゃんの おとなり いい?」


「そうゆう事ね。勿論良いわよ」


「ママぁ。おねぇちゃん いいって。だから いい?」


「良いわよぉ。ちゃんと弥生お姉ちゃんにお時間を聞いたのね。偉いわね」


「うん。もぉ めぇって されない もんっ」


「弥生さん。子守りさせちゃうみたいで申し訳ないけど良い?」


「そんな気を遣わないで下さい。こんなに可愛らしい子のお隣なんて嬉しいです」


「良かった。将来の予行練習も兼ねてね? ふふ」


 

 彩華さんはウインクして配膳に戻る。

 またサラッと揶揄われてしまったわ。

 さっきの遣り取りを思い出して顔が熱くなったわよぉ。

 もうぉ。意地悪ですよぉ……


 あやねちゃんは背高のキッズチェアを璃央さんの席の隣に引き摺って動かしてて、どこか小動物的で可愛いわね。

 あたしは一人じゃ大変そうなので、動かす予定の場所に在るチェアを除けて空けてあげたわ。

 そしてついでとばかりに、大人五、六人でも狭くならないであろう丸形テーブルにチェアを並べて行く。

 美味しそうなお料理やお取皿にお箸等、次々と受け取り配膳して廻る。

 そして最後に汁椀を人数分配膳したら完了です。



「綾音。璃央の奴を呼んで来とくれ。それから弥生と紫音は手ぇ洗って座りなぁ」


「ばぁば りょーかい なのよ。リオにぃ よんで くりゅわ」


「しおんちゃん。手ぇきれいきれいにしよっか? 行こ」


「あいあいさぁー」


「後は私がやるからお義母さんも座って」


「そうかい? 悪いねぇ。じゃぁ頼むよ」


「はい。任せて下さい」


 

 席順はぁ……っと、丸テーブルだから順では無いと思うけど。

 左回りに、師匠。璃央さん。あやねちゃん。彩華さん。しおんちゃん。あたしの順となっております。

 彩華さんったら子守りさせるみたいで悪いなんて云ってたけど、さり気無くしおんちゃんとあやねちゃんの間に座ってフォロー出来る席に陣取るなんて素敵な気遣いだわ。

 ちゃんと状況を把握した上であやねちゃんを誘導するなんて脱帽です。

 璃央さんは呼びに行ったあやねちゃんと一緒にやって来て、シンクで手を洗うとこっちに歩いて来るわ。



「お皿に取り分けるから席に着いて。璃央君はそこの席ね」


「おぉ。旨そうだなぁ。早速食べよう!」


「そうね、冷めない内にどうぞ」


「「「いただきます」」」


「「いただきゅます」」


「はい。どうぞ召し上がれ」


 

 大皿にはレタス、薄切りのキュウリと櫛に切ったトマトでしょ、その上に小魚の南蛮漬けが盛り付けられてる。

 そんなに衣が染まってないのは漬かりがまだ浅いのね。

 多分、浸けてから時間が経ってないんだわ。

 小魚はキビナゴかな? ワカサギかも? 細長いので小鯵じゃないわね。

 少しお湾状の深めのお皿には、それぞれひじきの炒り煮とレンコンのキンピラが盛られてる。


 そして男の人なら二口で食べられそうなくらいの小粒なおにぎりが乗ってるお皿。

 五つのお皿にグループ分けされてる事から中身の種類別と推測してるのだけど。

 しおんちゃんとあやねちゃんの事を考えて小さなおにぎりなんて、素敵なアイデアだしナイスチョイスだと思う。

 サイズ的には握り寿司一貫より少し大きいけど二貫よりは少ない感じだし、あたしでも全種類コンプリート出来るわ。きっと。

 

 お味噌汁は賽の目切ったお豆腐に小口切で厚目の長ネギにかき卵。

 お出汁とお味噌が良い薫りが食欲をそそってお腹が鳴ってしまそうだわ。

 ご飯のお供のお漬物は白菜と沢庵でもうこれは鉄板と云って良いと思うの。 

 彩華さんは当然の事のように南蛮漬けを全員のお取皿に給仕してくれる。

 レタスをバラン代わりにしてヒジキの煮物ときんぴらも一緒に盛り付け、少しずつ色んなお料理をって配慮してるなんて粋ね。

 その流れるような所作に見惚れてしまいそうよ。

 


「どうぞ、弥生さん。お口合うか判らないけど遠慮しないでね」


「ありがとう御座います。こんな大勢で摂るお食事は久しぶりなので愉しいです」


「あら。そうなの? ご家族とは住んで無いの?」


「ええ。実家から距離はそれ程離れてませんが一人暮らししてますね」


「それは色々と大変でしょう? この時期に旅行なんて学生さんなのかしら?」


「いえいえ。一応会社に勤めてますよ。暫く忙しくお仕事してましたので有給が貯まっちゃって、担当してるプロジェクトが一段落したのも在って三日前にいきなり上司の鶴の一声で強制的に有給を取らされました」


「弥生さんを気遣って休暇を取らせるなんて、信頼できる上司さんの様ね」


「それが違うんですよぉ。人事部の方からお叱りを受けたみたいで、謂わば帳尻合わせで日数消化させられたって云うのが真相なんです。突然、長期休暇を貰っても何の予定も立てて無いのでちょっと損した気分にもなったのですけど、婆ぁばや璃央さん、彩華さん。それに、しおんちゃんとあやねちゃんともお知り合いになれたので今は上司に感謝してますねっ!」


「それは大変光栄です。ふふ。最初お義母さんに聴いた時は『そんな女の子って居るのかな?』って少し信じられなかったのだけど、こうして弥生さんに逢ってお話しすると凄く行動力が在るんだなぁって。驚いたわよ」


「行動力だなんて……本当にそんなんじゃ無いです」


「もっとお話ししたいけど、それは後でね。いまは先にご飯にしましょ。さぁ、いっぱい食べて食べてっ!」


「はい。遠慮なくご馳走に成ります」


 

 大人数で食べるご飯ってそれだけで美味しいのだけど。

 お料理の味も素晴らしくて、至福のひと時だわ。

 あたしは文字通りに遠慮なく彩華さんに取り分けて貰ったお料理に手を付ける。

 小魚の南蛮漬けを一口。

 甘酸っぱくて最後にちょっとだけピリッってする刺激が何とも云えないわ。

 ご飯欲しくなるお料理ね。早速おにぎりに手を伸ばし――


 ぱくっ 

 おかかの薫りとお醤油の塩っぱさが心地好いのよね。

 小さなサイズのおにぎりって、摘まみ食いしてるみたいで愉しくなっちゃう。

 次はお惣菜の王道でも在るレンコンのきんぴら。

 このシャキシャキした食感が堪らないわねぇ。

 ヒジキの炒り煮は、大豆、きざみ揚げ、人参を具材にして、トッピングとして白ゴマも散らしてるのね。

 定番とは云え、一切の手抜きは感じられないわ。

 特に大豆は一晩お水に浸けてから使わないと割れちゃうのよね。


 確か師匠がこのお料理は殆んど彩華さん一人で作ったって話してた筈。

 お料理のコツとか秘伝のレシピとか、色々お話して教えて貰わなきゃ。

 おにぎりの具はやっぱり五種類だったからあたしの予想が当たったわ。

 因みに。おかか、梅干し、鮭、たらこ、昆布の佃煮でした。

 小さなおにぎりをコンプリートして色々な味を愉しめて堪能出来たのよ。


 あれ? あっ!

 そう云う事なんだ。

 あたしったら何で気付かなかったのかしら。

 おむすびのサイズを小さくするメリットは、具材の種類を増やす事で少しずつ色んな味を愉しむ事にも通じてるんだわ。

 てっきりまだ小さい双子ちゃんにも食べ易いようにって思っていたのだけど、それだけじゃ無いみたい。

 食べ易さと味を愉しむ事の二つを兼ねさせてるのね。

 良いとこ取りって感じ。

 これこそが本当のウィンウィンよっ!

 さっきのあたしの暴走状態と違って……


 その発想がとても素敵だと思うの。

 お食事を一緒する皆が愉しめるようにってする工夫には、優しさと愛情が籠ってるのだわ。

 こう云う手法もレシピの一つに数えて良いんじゃないかしら?

 さっき、師匠はおむすび握っただけなんて云ってたけど、これって実は師匠の発案だったりするのかしら?

 もしそうなら師匠もお料理の腕前はかなりの上級レベルだし、達人の域に達していても不思議じゃないと思うわ。

 毎日の献立ってルーチンワークになりがちだけど、食べる人の顔を思い描いてお料理するのってとっても素晴らしいじゃないっ。

 是非あたしも見倣わなきゃね!

 

 アナタ ニ ツクッテ アゲラレル アイテ ガ アラワレマス ヨーニ。

 合唱。


 たまに? いぇ。

 ちょいちょい出て来る脳内のアタシへ。

 余計なお世話よっ!

 それに何っ? 合掌までする事は無いじゃない!

 もう失礼しちゃうわねっ!

 それとノイズ混じりにイメージなんて投影させないでよ!


 ソレッテ アタシ ジャナイ ワヨ。



「璃央、それで弥生のはどうなんだい?」


「やだぁ。お義母さんったら! まだお昼でしかも娘達もいるんですよ?」



『いやいやぁ。彩華さんってば。もうその手には引っ掛かりませんぜぇ』



「弥生はどうなんだい? お前さんの気持ちってやつは。悪くはないんだろ? ってのは冗談だよ。彩華、まだそれ引っ張るかい? 弥生は揶揄い甲斐は在るけどねぇ。ちょっとは手加減してやんな」


「そうですね。お話しの腰を折ってしまい申し訳ありませんでした。どうぞ、璃央君お話ししてね」


「どうってねぇ。タイヤのパンク修理は何も問題無いね。ですから弥生さん。夕方前には完了します」


「ちょっと待ちな璃央。お前『パンク修理は』って云ったね? それは他にも何かが在るって事なんだろ?」


「流石だねぇ。その事で相談しようと思ったんだ。弥生さんは当然ながら、婆ぁばも居てくれた方がスムーズに話せると思うんだけど、良いかな?」


「云ってみな」


「では。弥生さんはこれからどうするにしても結構な距離を走る事になります。仮に東京まで真っ直ぐ帰ってもやっぱり不安な事が在るんですね。それはフロントサスペンションから少しオイルが滲んでて、そのオイルがブレーキに付着するとブレーキが効かなくなる恐れが在ります。弥生さんのバイクは暫く乗られてなかったと違いますか?」


「えぇ。その通りです。暫くお仕事が忙しかったりで乗ってませんでした。本当に凄いですね? そんな事まで解るなんて」


「それはまぁ。そこで提案なんですが、以前、僕は弥生さんと同じ車種でレースをやってた事が在るんです。そのスペアパーツのストックで部品は手元に在りますから、サスペンションの修理も一緒にさせて貰うとブレーキの懸念も無くなるので。どうでしょうか?」


「その修理に掛かる時間的な問題は……。どの位の期間が必要なのでしょうか?」


「それが問題ですよね。そうですねぇ。他にも調整のレベルでメンテナンスをしたい箇所が在るので、その時間をプラスして少し余裕を見ても明日の夕方には完了出来ます。しかし馴れない土地で夜間走行するのも心配なので今日と明日は婆ぁばの家に宿泊して貰って、明後日以降に出発されるのが良いと思います。勿論、弥生さんの時間が許せばって事ですが。如何でしょう?」


「あたしは時間的に問題は在りませんので、婆ぁばにご迷惑で無ければ甘えさせて戴きたいと思ってます。婆ぁば。ご迷惑では無いですか?」


「あたしゃ迷惑でも何でもないよ。さっきも云ったが、古い家だけど空き部屋だけは在るからねぇ。それに弥生だったら大歓迎さね。まぁなんだ、これで話しは決まりって事で良いかい?」


「ありがとう御座います。何から何まで甘えっぱなしで本当に申し訳在りません。宜しくお願いします」


「はいよ。そんなに畏まるで無いよ。正直苦手なのさ。ざっくばらんで良いんだよ。そんな訳だ、璃央に彩華、頼んだよ」


「はい。お義母さん。これで弥生さんのお話しもゆっくり聴けるわね。愉しみになっちゃう。今夜は少し飲もうかしら? お義母さんも一緒にどうですか?」


「おぉ良い考えだ。今夜は弥生を肴にと洒落ようじゃないか」


「婆ぁば、彩華さんそれは聞捨てならないなぁ。皆で飲むなら俺も混ぜてくれないとね」


「飲みたきゃ勝手に来な。ただしだ。仕事の手は抜くんじゃないよ。そんな事したら承知しないからね」


「解ってるって、婆ぁば。良い気分で飲めるように精進しますよっと。それでは弥生さん、僕は作業に戻りますね。彩華さんお昼ご馳走様でした。美味しかったです」


「どう致しまして。あっ、そうそう。璃央君、今日はお風呂もウチで入って泊まってけば? ゆっくり飲みたいのでしょう? それとおつまみはお野菜たくさんだから覚悟なさい。何か食べたいもの在る?」


「それじゃそうしようかな? 泊まるなら色々気にしないで飲めるし。肴は彩華さんに任せますよ」


「了ぉ解っ。璃央君の箸が進むようなお料理作るわね。あとお任せならお残しは駄目よぉ? もし……解ってるわよね? ふふふ」  


「お手柔らかにお願いします……」


 

 彩華さんの瞳が『キラッ!』ってしたのは気の所為だろうか?

 実は彩華さんって女帝だったりするのかしら?

 穏やかな物腰で女帝! これはちょっと恐ろしいかも……

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