華開く
嬉しいぃ!
あたしの盛付け方を褒められちゃったわ!
お料理上手の師匠と彩華さんのお二人から絶賛されたのよ。
これって自慢して良いレベルよね?
いつでも直ぐに飾れるようにとお台所に松葉の枝を置いてるなんて、盛付けを重視して気を遣ってる証拠でも在るもの。
あたしは盛付けを任されたけど熱々のお料理は冷めない内にお出ししたいから、やっぱり三人でやる事になったわ。
天麩羅には左上に折った天紙を敷いて、これも高さが出るようにかき揚げをタラの芽に寄り掛からせるようにして盛付け、大根おろしの上にちょこんっておろし生姜を
串焼きの下には笹切りを敷いて、練り味噌とレモンを添えて松葉を飾れば……
うん。美味しそうよ。
この笹切りってバランとも呼ばれてるけど本当は違うのよね。
葉蘭を飾切りしたものも同じ用途だから口伝されてく内に混同して行ったのかしら?
そんな経緯も在って、現代ではビニールみたいなプラスチック製の薄いシートを飾り切りした物を『バラン』と呼んで区別してるって聞いた事が在るわ。
そうそう! 盛り付けと云えば器も重要よね。
焼き茄子の煮浸しに使った少し深めのお皿が素晴らしいの。
翡翠色の鮮やかで在りながら涼しげで、どこか温かみを感じる素敵なお皿。
焼いたお茄子は皮を剥いて、その淡い黄色とのコントラストが華やかな彩りのお上品なお料理に仕立て上げられたの。
冷製のお料理だけど焼いたお茄子だよって主張してるみたいだわ。
お出汁には生姜で風味を付けて、清涼感の在る後味と共に身体も温っかくなってシンクロする筈。
敢えてシンプルに飾らないから引き立つ『彩りとお味のハーモニー』をお愉しみ下さい。なんてねっ。ふふ。
お料理を配膳するのは居間とは別のお部屋。
八畳敷きのお部屋を二間抜いて在るお部屋は、まるで旅館の宴会場みたいになっていて、そこの長テーブルを置いて配膳するの。
出来上がって次々と配膳したお料理が並ぶと、凄いご馳走なんだって改めて感じるわね。
綺麗な彩どりの器やお料理の色彩が併わさって豪華な御膳だわ。
お食事中だと失礼になるから皆さんが席に着く前にスマホで撮っておかなくちゃ。
素晴らしい想い出と共に記念にもなると思うのよ。
お酒なども配膳したら、彩華さんが皆さんを呼びに行ってくれて御膳の席に着く。
皆さんの驚きと期待に満ちた表情を伺っていると、凄く達成感みたいなものが湧いて来るわね。
「あんた。ここは一つお願い致します」
「そうだね。褥。改めまして。月詠家21代当主、月詠 慎之介です。このような祝宴の席、誠に喜ばしいと思います。堅苦しいのはここまで。弥生さんは私の妻、褥と縁が結ばれこのような席が在るのです。それは私に取っても喜ばしい事なんだよ。古いばっかりの家で何のお持て成しも出来ないけど、自分の家だと思って寛いで下さい。私からの挨拶は手短で申し訳ないがこれで。透真、君からも」
「弥生さん。親父の云う通り、ご縁が在ってこんなにご馳走が並ぶ席が設けられた。何の気兼ねなく過ごして下さい。親父以上に長くご挨拶する訳にも行かないので私からはこれで。親父。音頭をお願いします」
「それでは。折角のご馳走も冷めてしまっては半減してしまうからね。今夜は無礼講でと云う事で早速上がりましょう。乾杯」
「「「乾杯!」」」
「今日は心尽くしの御膳だから冷めない内に上がっておくれ」
「そうそう。お義母さんの云う通りよぉ。盛付けは弥生さんのセンスだから綺麗でしょ? お料理も上手だから味の方も期待しちゃって。ふふふ」
「あたしも頑張ってお手伝いさせて戴きました。喜んで貰えれば嬉しいです」
まだ小さい紫音ちゃんと綾音ちゃんにも、盛付けは少なめな量だけどきちんとお膳は整えて在るのよ。
串焼きの串は抜いて松葉は飾って無いけどね。
皆さんと違うのは、炊き立ての白いご飯と鶏のお出汁がベースの汁物を一緒に配膳したくらいだわ。
それはお酒を飲める歳では無いからお料理は肴ってわけに行かないでしょ?
だから豪華な晩ご飯って事なの。
皆さんビールや日本酒を
お料理も美味しそうに食べてくれてるのが凄く嬉しいし。
何より笑顔が視れて和んでるあたしが居るの。
頑張った甲斐の在る素敵な報酬よね。
だってまた同じ事をしても愉しくお料理を出来るって思うもの。
お昼ご飯の時もそうだったけど、たくさんの人達と食卓を囲むのはそれだけで美味しいわよね。
幸せな気分になれるし、人の和ってやっぱり良いものだわ。
いまこの瞬間を切り取って無限ループしてくれたら、ずっと浸って居られるのかしらっ。
そんなおバカな妄想してしまいたくなるくらい愉しい時間だわ。
「褥から聴いたのだけど、なんでも弥生さんはバイクで気侭に来て宿も取って無かったとか? 若い娘さんにしちゃ驚くような行動力だね。それが若いって事なのかも知れないけど」
「お恥ずかしい限りです。訳あって務めてる会社から急に有給休暇を戴きまして、何とも時間を持て余し昨日バイクでツーリングしようと思い立ったのです。そう考えてしまったら居ても立っても居られない性格なのもので、何の計画も立てずに……いまから思うと無謀過ぎですよね?」
「そうかい、そうだったのだね。無計画と云うのは何も透真だけの特権では無いようだ。今でこそ結婚して娘も居るから影を潜めてるけど、実はね。こいつは何でも計画半分に行動する奴なんだよ」
「親父。弥生さんに誤解されちゃうからその話しはちょっと待ってくれよ」
「何だい。本当の事じゃないかい。お前がやり散らかした風呂敷を何度あたしらが畳んだと思ってるんだい? 少しは反省するもんだよ」
「母さんまで。まぁ確かにそう云う事も在ったけど、いまはもうそうでは無いんだから勘弁してくれ」
「透真さんはどんな事をやらかしちゃったんですか? あたし凄く興味あります」
「このバカ息子はねぇ。いま璃央が使ってる店と昼に食事したサロンが在るだろ? そこでバイク乗ってるお客を集めてレストランバーをやろうと企んだんだよ。あたしらは最初レストランとだけ聴いてたから、あの場所でやるのを承諾したんだがねぇ。それで蓋を開けてみたら主に酒を出すとなると話は違って来る。そうだろ? 宿屋ならともかく運転する者に酒を飲ますなんて知ってたら承知する訳ないじゃないか」
透真さんの赤裸々な事件の顛末はこんな感じだったわ。
あの場所でお酒を出すお店を経営する心算で、その詳細を明らかにしたら反対されるのは承知だから、お食事をメインにするって偽ったらしいの。
しかも始めてしまえばバレても済し崩し的に何とかなるだろうって……
元々あの場所と建物は、お祖父様のお弟子さん達が技術の向上を目的に勉強したりするのに使われていて、そのお弟子さん達も独立したりと目的も薄くなって久しいとの事で、透真さんが内装等を改装してお店にするのを思い付いたみたいよ。
透真さんの悪だくみの全貌がなんで師匠達にバレたかって?
それは仕入先の酒屋さんから漏れて来たのだと云うのよ。
その酒屋さんは月詠家と取引が在って、ちょっとした世間話の中で話題になり芋づる式に露呈して、結局お店は開店する事なく計画は中止に追い込まれたみたい。
もう十年以上前の話しだって事だけど。
それってあたし位の年齢の頃なのよね。
規模こそ違うけど、無計画さや刹那的部分はあたしも引けを取らないかも……
でも、その経緯も在ったから璃央さんがお店をする事にも繋がって行くのだし。
もし璃央さんがお店を開いて無かったら、あたしがいまここに居る事もなかった筈だわ。
偶然なのかもだけど、何かに引き寄せられたような必然を感じてしまう。
もっと云うなら運命的な何かに導かれて、あたし達を惹き逢わしてくれたって。
肝心な何かは解からないけど、もしかしたらこれはあたしのターニングポイントなのかも知れないわ。
根拠なんて何も無いのだけれど漠然とそう想ってしまう……
そんなあたしがいるの。
グウゼン ナンテ ナイノ。 ワカッテル デショ?
アル ノワ ヒツゼン ダケ。
アナタ ワ イツモ ソレ デ ヤッテ キタ ノヨ。
ココ ガ アナタ ノ ワカレ ミチ。
何でも解ったような事ばかり云うのね。
ソーヨ。ワカッテル モノ。
アタシ ワ アナタ ノ イチブ ナノヨ。
それじゃこの気持ちは何なの?
眼の前に靄が掛かって霞むような掴み所のないこの想い。
色んな感情が交錯して纏まらなくて、自分自身の考えに翻弄されてしまいそうな。
あたしの……気持ちのままにして良いのなら。
もしもそれが許されるのなら――
『あたしがこのまま流されてしまったらどんな事になるのかしら……』
そんな問い掛けにクールなあたしさんは答えてくれる事は無かった。
「どうしたの。弥生さん。何か真剣な顔になってるわよ? 考え事でもしてたの?」
「あっ。すみません。ちょっと物想いに耽ってたみたいです」
「良いのよ。少し愁いを帯びてて魅力的だもの。女はね。ちょっとだけミステリアスな方が素敵なのよ」
「またぁ。揶揄わないで下さいよぉ。そんなんじゃ無くて、いまこうしてあたしがここに居るって云うのも昨日は全く想像出来なかったですし……偶然にもお知り合いになって親切にして戴いた上に、皆さんにも温かくして貰って素敵な方達ばかりだなぁって。あたしは幸せなんだなぁって」
「あらまぁ。もうお酒で酔っちゃった? 可愛らしいわぁ。食べちゃいたいくらいね。ぱくぱくって」
「出来れば食べないで下さいね? あたしそんなにお酒は強くないですけどまだ酔って無いですよぉ」
「そう来なくっちゃ。今晩はゆっくり弥生さんとお話ししたいもの」
「あたしももっと皆さんとお話ししてたくさん知りたいです」
「彩華は蟒蛇だから、ペースに飲み込まれたら酔い潰されるよ。精々気を付けるこった」
そんな大人達のやり取りなんかお構いなしに、紫音と綾音は璃央に何やら話し掛けている。
いつものように璃央は話半分で適当に相槌を打ちながら。
違うのはボンヤリと視線を巡らせている。
眺めるような。魅詰めるような。
どちらとも云えない曖昧な視線を向けていた。
自然に。そして素っ気なく。
違和感のないように。
誰にも気付かれないように。
自分でも何を考えてるのか解からないままに考えを巡らせては空回りする思考に辟易してる事に気が付いて導き出した答えは――
『こんな無駄な事をしてるのならこの場を愉しんだ方が良いよな』と。
云い聞かせるように。
言い訳して納得させるように。
豪華なお料理を愉しみながら談笑は続いているけど、そろそろお祖父様が部屋に下がってお休みになられるみたい。
まだ時間的には遅くは無いのだけれど、明日のお仕事の準備もされるらしいわ。
あたしには中座する非礼を詫びつつご挨拶を戴いてしまい恐縮してしまったの。
そして最後に師匠へ声を掛ける。
「宴もたけなわのところ悪いが先に失礼するよ。褥。後は頼んだよ」
「はい。畏まりました。お休みなさいませ。旦那様」
「それじゃ、弥生さん。どうぞ寛いで愉しんで下さい」
「有難う御座います。ゆっくりお休み下さい」
「彩華と弥生。空いてる器を下げちまおうかと思うんだが、手伝ってくれないかい?」
「あら、お義母さん。お義父さんのお仕度は良いの? 私が全部やるわよぉ」
「今晩は布団なんかの仕度も構わないからってあの人から云われてるんだよ」
「やっぱり、あたしに気を遣って戴いたのですね。申し訳ない気持ちになっちゃいます」
「あの人はそう云う人なんだから気にするこたぁないよ。変に気を遣うとあの人もやり難いから。それより手伝っておくれ」
「はい。勿論です」
「それが終わったら、案内するから汗を流して来ると良いさね。」
配膳の時と同様に三人で空いてる食器類を纏めて、キッチンのシンクまで運ぶお手伝いね。
運ぶついでに新しいお取皿を取って来て、汚れたお皿と取り替えたりもしたの。
紫音ちゃんを膝の上に乗せた透真さんと、璃央さんの傍にちょっと不満げな顔した綾音ちゃんが居て、大人のお二人は愉しそうにお話ししながらビールを飲んでるわ。
ほっぺを膨らませてる綾音ちゃんがリスさんみたいで可愛らしいから、吹き出してしまいそうなのだけど。
お食事が始まった時から何となく耳に入って来るお話しは、バイクと音楽の話題が多かったわ。
あたしはどっちも好きな話題なのだけど、少しマニアック過ぎてお話しに混ざれなかったのよねぇ。
バイクも音楽も多岐に細分化してるから、ジャンルとかの趣味が合う人とはマニアックなお話しになりがちなのは仕方の無い事だと思うけど、ちょっと悔しいかも?
「今晩はこの部屋を使っておくれ。何もないけど寝るには問題ないだろ?」
「はい。ありがとう御座います。宿の事なんて行った先で考えればなんて少し無謀でしたね。婆ぁばに声を掛けて貰えなかったら、今頃あたし途方に暮れてたと思います」
「まぁ、その話は汗を流して来てからゆっくり聴くとするよ。着替えは持ってるんだろ? それ持ってついて来な。タオルは用意してあるから他に必要なのだけで良いよ」
「すぐ用意します。少しだけ待って下さい」
師匠に案内されてお風呂へ向かう。
お屋敷の大きさに比例してる訳では無いと思うけど、その浴室も大きくて驚いてしまったわ。
温泉宿の家族風呂くらいの広さが在って、しかも岩風呂に設えて在るの。
こんな立派なお風呂を日常的に使ってるなんて凄い事だわ。
視れば視るほど確信が募っていって、やっぱりこれは温泉宿の家族風呂って云っても良いわよね?
お湯が温泉じゃないって事くらいしか違いはない筈だわ。
今日は本当にカルチャーショックの連続って感じで、あたしの普段の生活から懸け離れてて別世界みたい。
明日もお世話になって明後日には帰ってしまうのよね。
えっ!? 帰ってしまう? って……
さっき想った事が頭の中を駆け巡る。
ねぇ。クールなアタシさん。
ナーニ?
あたしって何でこんな事を想ってるの?
アナタには解るんでしょ?
ヒトツ ダケ ヒント ヲ アゲル。
モウ コタエ ワ アル デショ? ミトメナサイナ。
ちょっとぉ! それってヒントじゃないわよ。
本当は解ってなくて意味深な事を云いたいだけなんじゃないの?
予想はして居たけど、アタシさんはそれ以上のヒントも答えもくれなかったわ。
だからあたしは自分の心を覗いてみるけど……
そこにはただ。
なんの気配もない空っぽな空間のような物が漠然とあるだけ。
お引越し前のお家みたいに殺風景で、何も無いお部屋が曖昧に存在する感じなの。
でも認めるって何を?
それって答えはもう
空っぽなお部屋に何があるって云うのよ……
《ソレ ワ チョットシタ キヅキ ノ ヨー ナ モノ。 イマ ワ ヒトリ デ カンガエテ ミナサイ》
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