オブリガード
こんな風にちょこちょこと慌ただしくしてると。
お台所に男性がやって来たわ。
「ただいま。いま帰って来たよ」
「お帰りなさい。透真さん。今日は少し早い?」
「そうだね。母さんがお客さんをお連れしたってアプリの方に連絡くれただろ? だから急いで戻ったよ」
「そうだったのね。早速ご紹介しますね。こちらが昼間お義母さんとお知り合いになられて、ご縁があってお連れした弥生さんです」
「初めまして。
「こりゃご丁寧にどうも。
「有難う御座います。皆さんにそう云って戴けて感謝の言葉も在りません。数日お世話になります。その代わりと云っては語弊が在りますが、お手伝い出来る事はさせて戴きますので何でも云って下さい」
「やっぱり母さんが連れて来るお客さんは面白いですね。璃央もそうだったし。いつまでも私がキッチンに居ると邪魔にされるから、取り敢えずご挨拶が済んだので着替えて来ます。弥生さんもどうぞお気遣いなく」
「透真さん。璃央君が紫音と綾音をお風呂入れてくれるから、一緒しちゃって貰えるかしら?」
「了解だよ。それにしてもご馳走だね。こりゃ愉しみだ。それじゃ弥生さん。失礼します」
「こちらこそ、簡単なご挨拶で失礼しました」
月詠家の皆さんって、師匠に連れて来て貰ったあたしを何の疑いも無く手放しで受け入れてくれるの。
すごく暖っかくて優しい方達ばかり。
初対面の人を躊躇なく受け入れるって心にゆとりが無ければ出来ない事よね。
家族だけど、それぞれ違った
それは家族の
あたしはそのハーモニーに加わるテンションノートになれたら良いなぁ。
寄り添って。彩りを添えて。
想いの届く
「彩華。ちょっと透真と璃央にこれ持って行ってくれないかい」
「はいはい、オッケーよ。お義母さん。ついでにチビ二人にも飲み物を持って行くわね」
「弥生はそこの焼き物用のバッドを持ってこっちに……」
「はい。このバッドですね。ついにつくね串の仕上げになりますねぇ。愉しみです」
「早目に炭を熾してるからもう安定してる筈だ。つくねには火が通ってるから良い焼き色になれば丁度良いよ」
「団扇は在りますか? 鶏皮の串は脂で燻されちゃうと思いますから、炎が立ち昇ったら直ぐに扇いで消さないと折角のお料理が台無しですよね」
「鶏皮は蒸して下拵えしても良かったんだが、それだと脂が抜け過ぎて煎餅みたいな仕上がりになってしまうからねぇ」
「そうですね。両方違った美味しさが在りますけど、悩ましい所ですよね」
換気ダクトの下に設置した、テーブルとはちょっと違うから台と云うべきかな?
その台に大きな七輪が載せてあるの。
アウトドアで使うようなバーベキューグリル程じゃ無いけど、円形の七輪としてはかなり大きいサイズだわ。
七輪の上には網では無く細めの角パイプが二本渡して在って、一度に串焼きを十本以上は楽に並べて焼けるを思うの。
師匠は火箸代わりの長いトングで、熾した炭を動かして火力を調整してくれて――
全ての準備が整っていざっ! 参らん!
な・ん・て・ね。
串焼きが香ばしく焼けるまで付っ切りになっちゃうから気合いは大切よっ。
まずは鶏皮の串から。
遠火にしてジックリと煙で燻されないように、団扇を片手に慎重に時々クルって回しながら火を通して行くわ。
それでもやっぱり煙と炎は立ち昇ってしまうのだけど、そんな時は団扇でパタパタして火を消すの。
鶏皮串の表面で脂がジュクジュクいってる様は、それだけでも美味しそうなのでお腹も鳴ってしまいそう。
最後の仕上げは、火力の強い所で焼き色を付けるのと同時に表面だけカリカリにするんだけど、それはもうちょっとだけ先のお話ね。
串焼きのメインで焼く本数の多いつくね串も並べて一緒に焼いてるわ。
こっちは中火くらいで丁度良い感じになる筈。
でも熾火が近い分クルクルって回すのに大忙しで手が離せないわね。
油断して放って置いたらカリカリを通り越して焦げちゃうもの。
幸い師匠とあたしが並んで二人で焼いてるからまだそんなでも無いのだけど、一人だったら大変だわ。
少し仕上がり手前の焼き色が付いたら一旦バットに上げる。
いっぱい焼くから仕上がりがバラバラだと、折角の熱々でカリカリのお料理が冷めちゃうじゃない。
だから同じタイミングで仕上がるようにする為の工夫ね。
彩華さんは天麩羅のかき揚げを揚げてるわ。
揚げながら次の分を用意してて、春菊と小柱に打ち粉してからお玉で衣を入れてザックリ混ぜ合わせる。
かき揚げは小さなボウルに一つ分の分量で衣を纏わせるから、三つも使って忙しそうなの。
当然二度揚げしないと中まで揚がる前に色だけ付いちゃうから、色が付く前にキッチンペーパーを敷いたバットに上げてるわ。
揚げ油には胡麻油とサラダオイルを半々で混ぜて薫り高いお料理が多い今晩の献立とのバランスをとるのと、仕上がりに色が付き過ぎちゃうのを嫌ってるのか胡麻油だけじゃ無いのね。
天麩羅をメインメニューにするなら、やっぱり胡麻油100%の方が薫りも良いのだけど……
タラの芽の揚げ衣には氷を浮かべて冷やす事も忘れてないわね。
薄力粉もダマになる位にしか混ぜないのも天麩羅の基本だわ。
混ぜ過ぎるとグルテンが出ちゃって『カラッ!』っと仕上がらないのよね。
比較的直ぐ火が通るから、かき揚げを二度揚げする時に一緒に揚げる段取りみたいだわ。
この衣の水加減だとかなり薄めの衣にする感じかしら?
かき揚げが結構ボリューム感あるから、揚げ物が重くなり過ぎないようにって配慮だと思うのだけど。
時々、あたしは師匠と彩華さんの横顔を視て想うの。
お二人共真剣にお料理してるけど、どこか笑みを湛えていて愉しそうだし幸せそうだわ。
そりゃぁ、あたしもすごくく愉しいわよ。
みんなでお料理するなんて滅多にない機会だし、お二人共お料理が上手で視てるだけでも勉強になるし云う事ないわね。
趣味と実益を兼ねてるって感じかな。
「天麩羅はあとどの位だい? こっちはもう直ぐ仕上がるよ」
「そうねぇ。いま二度揚げしてるからもう少し掛かるわね」
「そうかい。じゃぁ、弥生は先付とお椀の盛付けを頼めるかい?」
「はい。了解しました。さっきの打ち合わせ通りで良いですよね?」
「そうだよ。あたしゃぁお造り切っちまうからさぁ。頼んだよ。弥生」
「盛り付けたら順にお出ししちゃって構わないですか?」
「まぁ。三人でもいっぺんに運べる訳じゃ無いから、そうなるねぇ」
「解かりました。その段取りでやっちゃいますね」
先付は少し大きめで瑠璃色の小鉢に盛付ける。
味と食材をバランス良く盛付ける為に一度ボウルの底からザックリと掻き混ぜる。
美味しそうに視せたいから平たくじゃなく、山のように盛り上げてから酢味噌、柚子皮の粉末、針生姜の順にトッピング。
器の美麗さも相まって涼しげでお上品な一品となったわ。
お次の椀物のお椀はそうねぇ――
小さい丼ぶりくらいの大きさって云えば良いかな?
お茶漬けとか、お雑煮とかに使う深めの鉢状の漆塗りのお椀。
外側が黒くて内側は朱色の。
流石に蒔絵は入って無いけど、それでも結構なお値段しそうな素晴らしい器よ。
熱々の『つくね真薯』とでも命名すれば良いのかしら? それを真ん中に置いて乳白色の餡を張ったら、お出汁を含ませた飾り切りの人参と筍の穂先を盛付けて最後に絹サヤを飾ったわ。
鮮やかな彩りに思わず眼を瞠ったわよ。
食べてしまうのが勿体無いくらいの一品なの。
「あらぁ。まぁ……凄く素敵ね。写真に残さなきゃ。スマホ持ってて良かったぁ。弥生さんって盛付けのセンス良くて食欲も刺激されて最高よ」
「ほぉ。そうなのかい? どれどれ――あぁ、これは見事なものだ。あたしが盛付けたらここまで綺麗にするのは無理だろうさ。彫師の修行に現を抜かしてなきゃもう一人くらい息子が居た筈だっただろうから失敗したよ。弥生を嫁に出来なくてね」
「そんな。揶揄わないで下さいよぉ。あたしは少しでもお料理を美味しく魅せたくて盛付けただけですから」
「それが良いんじゃない。盛付けって最終決戦装備みたいな感じなのよ。どんなに美味しいお料理でも盛付けが良くないと食欲も半減しちゃうもの。そうでしょ? お義母さん」
「盛付けってのは凄く大事なもんだ。料理はただ作れば良いって考えがちだけど、如何に美味しそうに魅せるかって。そこに気遣いしないのは片手落ちなんだよ」
「そんなふうに褒めて貰えて恥ずかしい限りですけど素直に嬉しいです。有難う御座います」
「それじゃぁ。今晩の盛付けは弥生さんに任せちゃおうかしらねぇ。良いでしょ?」
「そう云う事なら串焼きの盛付けに、この松葉を飾っても良いですか? あまり食べられないものを盛付けたくないですけど、松葉と串って何となく似てますし」
「良いわよぉ。だってこの松葉はその為にここに置いてるあるの。盛付けで困った時なんかにね。
「あっ。そうだったんですかぁ。最初は何で一輪挿しにお華じゃ無くて松葉の枝なんだろう? って不思議な感じがしてたんですよ」
「銀杏を細串で焼いた後に串を抜いて松葉を串代わりにすると、とってもお洒落で美味しそうなのよ」
「それって想像しただけでも素敵ですね」
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