波乱の晩餐


「透真さんのおつまみは盛付けてそこのお盆に載せて在りますのでお願いします」


「弥生ちゃんって本当に手際が良いわね。お煮付けの盛付けも綺麗だし殆んど終わってるし。良いお嫁さんになるわよっ」


「またまたぁ、彩華さん。そんなに揶揄わないで下さいよぉ。慣れて無いんですからぁ」


「あらぁ? 誰のお嫁さんになるなんて云ってないわよぉ」


「あれ? あたし。いま勝手に墓穴を掘っちゃいましたか?」


「そうだねぇ。いまのは自分から嵌まりに行ったようなもんだから、これで墓穴を掘ってないなら何だって云うんだい? 弥生」


「そうねぇ。私は何の含みも無くて普通に感心しただけだものね」


「あたしったら自意識過剰でしたね。気を付けなければいけないですね。ふふ」


「そんな弥生ちゃんも可愛らしくて素敵よ。ねぇ、お義母さん」


「そう云うこったねぇ。それより汁椀と茶碗はあの娘達の分だけで良いね。男連中はまだ呑み足らないみたいだし、あたしらも少し晩酌やるとするかねぇ」


「そうね。今日は暑かったし私も少し喉が渇いてるかな。弥生ちゃんも少しどぉ?」


「そうですね、あたしも戴きます」



 盛付けに師匠と彩華さんも加わると、あっという間にお料理の支度も整い居間に手分けして運ぶと、紫音ちゃんと綾音ちゃんを除く六人で晩酌となりました。

 上座にお祖父様が座って正面に透真さん、その隣に璃央さんと云う席順でもう晩酌は始まって愉しそうに呑んでるわ。

 お料理の配膳が済むとあたしは末席に座り、給仕も兼ね炊飯ジャーを横に置いて準備万端に備えたの。

 紫音ちゃんはお祖父様と師匠に挟まれて座り、綾音ちゃんは璃央さんの隣に陣取ってお酌の真似事なんてしながら嬉しそうにしてるわ。

 彩華さんはあたしの正面になる綾音ちゃんの隣に座って、いつでも双子ちゃん達のお世話出来るように態勢を整えてるのは流石だわ。

 


「さぁ、私達も始めましょうか。お義母さん、はいどうぞ。弥生ちゃんも」


「彩華さん、ありがとうございます」


「取敢えず乾杯だねぇ」


「「「乾杯っ」」」」


「ふぅ~。喉が渇いてる時はやっぱりコレねぇ。弥生ちゃんも喉が渇いてたでしょ?」


「そうですね。渇いてました。ビールの美味しい季節ですものね」


「綾音。先にご飯を食べなきゃ、もう璃央君のお隣は無しよ。約束でしょ?」


「はぁい。ママ。やくしょく したから たべりゅ」


「はい。食べてからまた璃央君に遊んで貰いなさい。お話しの途中でごめんなさいね。綾音は夢中になると他の事は見えなくなっちゃう娘だから」


「あたしなら構わないですよ。全然気になりませんし、むしろ微笑ましくって」


「そぉ? ありがとう。でも手が掛かるから大変なのよぉ」


「彩華、この煮付けも良い味に仕上がってるじゃないか。少し腕を上げたかい?」


「それはもう、お義母さんのお料理を見てますから腕も上がるわよ。嬉しいわ」


「そうかい。でも油断するんじゃないよ。お前は油断してポカやらかすんだから」


「はぁい。気を付けまぁす。ふふふ」


「それ聴きましたよぉ。なんでも彩華さんが献立を失敗してお野菜ばっかりになっちゃったって」


「あぁ。弥生も聴いたのかい? あれはちょっとやり過ぎだったしあたしが一緒なら止めたんだがねぇ」


「それはもう済んだ事だし良いじゃない。私もやり過ぎたって反省してるのだから」


「たまに思い出させないといけないと思っただけで他意はないよ。解ってるならそれで良いさね」



 やっぱり彩華さんはあっけらかんと失敗談も受け流してるわ。

 済んでしまった事をいつまでも引き摺らないで、直ぐに切り替えて今後の教訓にする所は見倣いたいわね。

 師匠は油断してやり過ぎるって指摘する所をみると、時々は失敗してるみたいで少し安心したかなぁ。

 彩華さんの失敗で安心するあたしもどうかと思うけど……

 だって彩華さんって何でも出来てしまうから完璧に視えちゃうじゃない。

 途方もなく高い壁みたいに思えてきちゃう。

 だからこそ失敗談も人間味が溢れて親しみを感じるの。

 それでもあたしにとっては高い壁且つ見倣うべき点が多いのには違いなく、師匠と同じくリスペクトしたいわねっ。



「弥生、何か不都合な事や不便な事は在るかい?」


「皆さんに良くして戴いてそんな事を云ったら罰が当たりますよ」


「そんな大袈裟な事じゃなくて、身の周りの物とか不足して無いかって事だよ」


「そう云う事ですね。少しなら在りますけど、それもあたしの事じゃなくて紫音ちゃんと綾音ちゃんに使ってあげたいなって感じですね。シュシュとかカチューシャとかいっぱい持って来れば良かったかな? そんな程度ですね」


「エスパーでもあるまいし、そりゃぁ無理だろう。ここであたしらと知り合うなんてそんなの予想出来るもんじゃ無かろうに。まったく可笑しなこと云う面白い娘だよ」


「だから今度来る時はお土産代わりにいっぱい持って来ますねっ」


「ん? 今度っていつの事だい? 何か在ったかい?」


「ごめんなさい、お義母さん。さっき弥生ちゃんと璃央君から聴いた事なんだけどまだ話して無かったわ。弥生ちゃんのバイクを璃央君が改造するってお話しになったらしいのよ。それで弥生ちゃんは一旦電車で帰る事になって、改造が終わったら引き取りにまた来るってお話しなの。お義母さんはお仕事してて邪魔になってはいけないから後でと思ったのだけど、晩の支度してたりとかでゆっくり話す機会が無くて遅くなってしまったわ」


「そう云う事かい。まぁ、あたしが台所に行ったのも遅かったから、話を聴くのが今になっても仕方ないだろ。それで弥生、今度はいつ頃来る心算なんだい?」


「そうですね。璃央さんのお話しだと作業に三週間くらい掛かるらしいのでそれ以降ですね」


「想っていたより早かったねぇ。ちょっと急がなきゃいけないか――」


「えっ? 婆ぁば、急ぐって何のお話しですか?」


「違うよ、弥生。こっちの話しで独り言みたいなもんさね。気にするでないよ」


「そうですか。それなら良いのですが」


「そうそう。お義母さんって自分の頭の中だけで考えてる事って沢山在るのよ。それで時々だけど全然違う事を口にしちゃう事もあって、お話しの脈略が無い時があるの。面白いでしょ?」


「それならあたしも在りますね。思っても無い事がつい口から飛び出しちゃうのってあるあるですよねぇ」


 

 『迂闊だったねぇ。彩華が上手く誤魔化してくれたから何事も無い感じに収まったが、慎之介あの人にも承諾を貰ってない事を口にしてしまったのは不味かったよ』


 そう考えた褥は慎之介を伺い視ると、何も聴こえて無いふうに装って璃央達と話している。


 『少し早めて今晩にも話しをしないと、詰まらない事で拗れるかも知れない』


 そう褥は考え、端的に話を纏めて切り出す口上を思案するも、やはり単刀直入に話すのが一番だろうと云う結論に達した。



「お義父さん、もう少しビールお持ちしましょうか?」


「うん? そうだなぁ。璃央と透真はどうするかい?」


「僕は少し呑み足りないかな」


「父さん、俺もまだ少し呑むよ」


「そうかい。それじゃ私だけご飯を貰おうか。明日の仕事で使う図面の確認もしたいしね」


「分かりました。直ぐに汁物のお椀とお漬物を準備しますね」


「頼んだよ、彩華」


「彩華、あたしが準備しとくから、ビールを璃央と透真に運んでくれないかい? 弥生はあの人にご飯をよそうのやっておくれ」


「はぁい。お義母さん」


「婆ぁば、了解しました」



 そう云うと師匠と彩華さんはお台所に席を起ち、あたしはお茶碗を手に取りお祖父様のご飯を用意したわ。

 少し手持ち無沙汰な感じだけど、お祖父様の配膳は師匠がするのがルールだから仕方がないわね。



「助かったよ、彩華。面倒かけたねぇ」


「やっぱりあれはお義母さんの失言だった? あとでどうにでもなるようには取り繕ったけど、あれで良かったのかしら?」


「弥生は上手く誤魔化せたと思うよ。もっともあの人には通用してないがねぇ。あの人が下がる時に一緒に話して来る心算だから、弥生達の事は上手く頼んだよ」


「はい。解かりました。でもお義父さんにお話ししてからで良いけど、お話しの内容を私にも教えて下さいね」


「そうだね。あの人に承諾を貰ったら話してやるよ」


「私にも大体の想像は付くけど、ちゃんと聴かせて。それじゃ私はビール持って行くからお願いしますね」


「はいよ。そっちは任せたよ」




 彩華さんがビールを持って戻ってから数分で、師匠もアラ汁のお椀とお漬物をお盆に載せて戻って来たわ。

 当然そのままお祖父様に配膳したら、何とも美味しそうな顔をしてお食事を召し上がってる。

 あんな顔で食べて貰えたら凄く嬉しいわよねぇ。

 お味見した時に戴いたアラ汁は上品なお出汁で美味しかったけどね。

 中骨やおかしらなんかをブツ切りしたアラは、下拵えを丁寧にしないと臭味が出ちゃうのよね。

 湯引きした後に丁寧に流水で洗って美味しい所だけ引き出すの。

 それでも少しだけ生臭さは残っちゃうから、生姜や薬味で風味付けして後味に清涼感を残すように仕立てるのは視た目以上に手間の掛かる逸品だわ。

 今晩のお汁はお味噌に白味噌を使う事でとても上品に仕上がってるのよ。



「このアラ汁は旨いねぇ。里芋もほくほくに炊けて本当に美味しいよ。これは彩華が拵えたのかい?」


「そうですよ。お義父さん。お義母さんにも負けて無いでしょ?」


「うんうん。このアラ汁は褥も唸るしかないな。浮浮うかうかしてられ無いってね」


「確かに上品で良い出汁が採れて文句のつけようが無いねぇ。彩華は浮かれてポカしなきゃ良い嫁なんだが、そこが珠に瑕ってやつだ。気を付けるんだよ」


「承知しました。お義母さん。でも少しだけ悔しいのではなくて?」


「馬鹿な事を云うでないよ。あたしだっていつまでも生きてるって訳じゃないんだから、こう云うのも受け継いで貰わないとこっちが敵わないってもんだ」


「あらぁ、やっぱりちょっとだけ悔しいんじゃない。でもそこがお義母さんの可愛らしさよね。ですよね? お義父さん」


「まぁ、そう云う事みたいだね。流石の褥も口では彩華に敵わないようだ」


「そう云う事にしといてやるさね」


「そんなに美味しいのかい? こりゃ締めのご飯が楽しみだ。そうだろ? 璃央」


「そうだな。彩華さんの料理はいつも美味いけど、絶賛されてたら期待が高まるね」


「私だけで作った訳じゃないのよ。弥生ちゃんが具材の下拵えをちゃんとしてくれたから、相乗効果って云うの? それでこれだけのお汁が出来上がったのよ。璃央君も弥生ちゃんがお手伝いしてくれたの知ってるでしょ? もう。これだから璃央君は」


「璃央。ちゃんと褒めるべき所と視るべき所は心得な。分かってるかい?」


「あれ? なんで俺に飛び火して来るんだ? 彩華さんの云う通りだけど食べてからじゃないと失礼な気がしてたから」


「言い訳は要らないんだよ。本当に璃央も透真も困った奴だよ」


「婆ぁば、彩華さん。お気持ちは嬉しいですけど、あたしはお野菜を切ったり下茹でしただけですから、何もして無いようなものですよ」


「良いかい、弥生。下拵えってのは仕上がりに影響するんだよ。そこを疎かにすると料理でも何でも本当に良いものは出来上がらないのさ。覚えて置くんだよ」


「はい。婆ぁば。勉強になります」


「まぁまぁ。璃央も少し言葉が足らなかったけど、言い分にも一理在る事なんだから、お互いに少しずつ下がれば丸く収まるってもんだよ。褥、それで修めておくれ」


「あんたがそう云うなら。それじゃこの話は終わりだよ。良いかい」



 お祖父様の助け舟と師匠の厳とした締めで、このお話しはお終いとなり場の雰囲気も戻ったわ。

 やっぱり家長の威厳って凄いわね。

 少しエキサイトしてた師匠と彩華さんがピシャリって修まってしまうのだもの。

 師匠も彩華さんもあたしを気遣って璃央さんに云ってくれたのだから、少しだけ申し訳なく想ってしまう。

 でも師匠が締めた事でお話しを蒸し返すようになってしまうから、後でこっそりお礼を云えば良いわよね。

 この和やかな雰囲気を壊したくないし、何より紫音ちゃんと綾音ちゃんがハラハラした顔をしてたから。

 小さな娘を心配させてまでするお話しじゃないし、やっぱり穏やかじゃないお話しは長引かせたく無いもの。

 


「ご馳走様。とても旨かったよ。今夜は良い晩になりそうだ。さて、私は先に失礼して下がらせて貰うよ」


「はい。慎爺ぃ。おやすみなさい」


「父さん。おやすみ」


「「じぃじ おやしゅみなしゃい。」」


「お粗末様でした。おやすみなさい。お義父さん」


「ごゆっくりおやすみ下さい」


「はい。皆おやすみ。褥、悪いがお茶を持って来てくれるかな」


「はい。畏まりました。お持ちしますのでお先にお下がり下さい」


「頼んだよ。それじゃ失礼するよ」



 こうお祖父様は告げると奥の間に下がって行かれたわ。

 師匠は言いつけ通りお茶の支度を整え急須と湯呑みをお盆に載せると、奥の間へ向かう為に席を起ったの。

『彩華や、少し頼んだよ』と言い残して。



「透真さん、璃央君。おつまみの冷奴はどうだった? 少し変わってるけど面白いでしょ?」


「そうだね。醤油は控えてそのままでって云われた時は少し違和感が在ったけど、醤油を使ってたら塩っぱかっただろうって食べてから思ったな。盛付けも綺麗だったし美味しかったよ。彩華が考えたのかい?」


「璃央君はどうだったの?」


「俺も透真と同じような感想だけど付け足すなら、冷奴ってあっさりし過ぎると感じる事も在るけど、しらす干しが載ってるからそんな印象は無かったね。面倒じゃないならまた作って欲しいかな」


「今日の冷奴を考えたのは弥生ちゃんよ。私も盲点だったみたいで目から鱗が落ちた気分だわ」


「へぇ。弥生さんがねぇ。ひと手間加えるだけであんなに印象が変わるんだね。と云う事は今日のおつまみは両方とも弥生さんが作ったのかな?」


「はい、そうです。あたしが作りました。お口に合わなかったですか?」


「いやいや。そうじゃ無くてね。彩華はあまり味噌和えって作らないから珍しいなぁって思ってたんだよ。文句なしに美味しかったし」


「良かった。美味しいと云って貰えて嬉しいです。彩華さんは何か理由が在ってお味噌和えをあまりしないんですか?」


「う~ん。理由って云う程の事じゃ無いのだけど、ご飯にお味噌汁って定番じゃない? だから違う調味料の方が飽きないで貰えるかな? って思ってね」


「なるほどですね。良い機会ですから透真さんと璃央さんの意見も聞いてみたらどうでしょう」


「それもそうね。どうかな? やっぱりお味噌汁とお味噌和えって同じ味に感じちゃう?」


「俺はそんな事はないかな。和食でも中華料理でも味噌味の炒め物とかってご飯のおかずになるから、味噌汁と一緒に食べる事も多いけど別の味付けだと思うよ」


「そうだな。璃央の云ってる事に同意だね。味噌を使った料理でも別々の味付けだと思ってるよ。まぁ味噌ラーメンに味噌汁が一緒に出て来たら別だけど」


「透真さんの最後の一言は蛇足の最たるものだから無視するとして……そう云うイメージなのね。これでバリエーションも増やせるわ。聞いてくれた弥生ちゃんに感謝しなければいけないわね。ありがとう。弥生ちゃん」


「感謝だなんて。とんでもないです。恐縮しちゃいますから勘弁して下さいよぉ」


「それと透真さん。おバカが伝染るうつるから暫く子供達に近寄らないで下さいね?」




 褥はお茶の支度をしたお盆を手に、廊下を慎之介の書斎に向かって歩みを進める。

 慎之介と話す時は駆け引きをしない方が上手く行くのは、これまでの経験上から承知なので単刀直入に切り出すのが得策だ。


 『さて、あの人は何て云うのかねぇ』


 心配はしてないが、何某かの条件は挙げて来るのは間違いないだろう。

 その条件とやらが、ややこしく無いと良いのだがね。

 そんな事を考えながら書斎の前に到着した。

 障子を開ける前に膝を着き『失礼します』と声を掛ける。

 部屋の中から慎之介の返答を待って障子を開け中に入った。



「あんた、お茶をお持ちしました。こちらで宜しいでしょうか」


「ああ、そこで良いよ。あれ? 褥、君の湯呑みは持って来なかったのかね?」


「そうだねぇ。考え事してたから失念してたよ。まぁ無くても良いさね」


「そうかい? それじゃ、話しを聞こうか。在るんだろ?」


「やはり気が付いてたかい。あんたは相変わらず勘が良いねぇ」


「いやね、さっきの君が珍しい事も在ってね。いつもなら、ああ云う時は諫める側に居て私の出る幕なんて無いんだが、今晩は違ってたから話しでも在るんだろうと思っただけだよ」


「そこまで明け透けなら単刀直入に云わせて貰うよ」


「その方が私も有難い。図面を見て置きたいのは本当だからねぇ」


「話しと云うのは弥生の事なんだが――」



 そう前置きをして褥は話しを始めた。

 内心で褥は単刀直入に話し始めるお膳立てを整えてくれた慎之介に感謝する。

 元々、策をろうせず切り出す心算だったが、話す相手から云われると幾分でも気持ちが楽になるってもんだ。


 『明日の晩には好物でも拵えて並べてあげるかねぇ』

 

 しかしながら、ここでの慎之介と褥の密談の内容が明かされるのは、もう少し先のお話。



「ねぇ。璃央君。今夜は戻ってどうせ寝るだけでしょ? だったら今日も泊まって行きなさいよ。今から歩いて帰るのも面倒でしょ。汗もかいちゃうし」


「そうだね。俺もそう考えてたから甘えさせて貰おうかな」


「ママ。おねぇちゃんも おにぃちゃんも おとまり?」


「そうよ、紫音。二人ともお泊りよ。嬉しい?」


「うん。うれしぃ」


「しおねぇ じゃんけんよっ! いっかい しょうびゅ だからねっ」


「じゃんけん かったほうが おねぇちゃんと いっしょだよ」


「お前ら勝った方が璃央じゃないのか? 遂に璃央が振られる時が来たかっ。いやぁ、目出度い」


「なに云ってんだ。透真はずっと振られっぱなしだぞ。お前には負けてないから安心しろ」



 璃央さんと透真さんって仲の良いお友達みたいね。

 事故が切っ掛けになって知り合ったなんて云われても、どこか想像し難いわ。

 幼馴染のように気の置けない親友って云われた方が頷けるし。

 やっぱりバイクが好きって共通点が在るからなのかしら?

 事故で怪我をした璃央さんと加害者である透真さんの間には、わだかまりなんてまるで無いって視えちゃうし、本当にそんなものは無いのかも知れないわね。

 一般的には不思議な感じもするけど、師匠や彩華さんと接してるからあたしは納得出来ちゃうのだけど。



「やったぁ! わたしの かちよっ。ねぇね。わたしと おねんね してくれりゅ?」


「勿論よ、綾音ちゃん。今晩はあたしとおねんねして頂戴ね」


「うんっ!」


「それじゃ紫音はパパと一緒に寝ような」


「わたしは おにぃちゃんと ねんね すりゅから パパいらない」


「うっ、ぐぐぅぐ。むぐぅ。紫音、お前って奴はぁ。要らないって。パパも泣くぞっ」


「透真、諦めろよ。ヒエラルキーはお前が底辺なんだって事をいい加減に理解したらどうだ?」


「ふふふ。そうねぇ。透真さんは人気ないわねぇ。順番なら璃央君が一番人気で、次は私でしょ、お義父さん、お義母さん、そして最後に透真あなたって感じねぇ。これからは弥生ちゃんもランキングに入りして、弥生ちゃんと璃央君は不動のツートップといった所かな?」


「あたしがいきなりツートップですかっ。嬉しいですけど透真さんに少し申し訳ないような気もしますね。ごめんなさい。透真さん」


「あっ――弥生さん待って。そう改まって云われると冗談じゃ無くなりそうで」


「なんだよ。透真。冗談だと思ってたのか? お前の頭の中は年中無休でお花畑なんだな」


「璃央。覚えてろよ。いつか必ずランキングから引き摺り落してやるからなっ!」


「なんだい、透真。出来ない事は易々と口にしないこった。身を滅ぼすよ」


「あら。お義母さん、もう済んだの?」


「あぁ。済んだよ。あの人も明日の仕事の準備や段取りが在るから、お茶を煎れて終いだよ」


「そう、それなら良かった。と云う事は済んだのよね。さぁ。もう少し呑みましょうよ」


「そうだねぇ。面倒も済んで人心地ついたからもう少しだけ呑むかねぇ」



 あたしは何となく師匠が戻るのが遅いかなぁって思い始めた頃に、ひょっこり透真さんを揶揄うようにして戻って来たわ。

 何となくだけど嬉しそうな顔をしてる師匠を視ると安心すると云うか、ほっこりした気分になるのよね。

 お祖父様と何かお話しして良い事でも在ったのかしらね?

 でも立ち入った事は聞けないから朗らかな雰囲気のお顔で満足しましょ。



「はい。透真さん、璃央君。アラ汁よ。熱いから気を付けてね」


「ありがとう。彩華さん。慎爺ぃ絶賛の逸品をご相伴に預かります」


「そうだな、璃央。もうこの薫りからして美味そうだ。いただきます」


「はい。召し上がれ。そうそう。紫音、綾音。そろそろ寝る時間よ。だからそんなにはしゃいでないでお着替えしてらっしゃい。ママの云う事を聞かないと弥生ちゃんと璃央君と寝んねは無しよ」


「「いやぁぁあ。」」


「おきがえ してくりゅから ねんね いいでしょ? ママ。」


「云う事を聞くなら良いわよ。さぁ、早く行ってらっしゃい」


「「はぁ~い」」


「これは父さんが唸るのも納得だ。本当に美味しい。大根にも味が好く沁みてる」


「うん。こんな具だくさんの味噌汁は久し振りだね。おかず無くてもこれだけで充分だよ」


「そうでしょう。弥生ちゃんと二人で頑張った甲斐も在るわね」


「そうですね。これだけ喜んで食べて貰えると作り甲斐が在りますね」


「毎日こんな具だくさんで手間の掛かる汁物を拵えるのは大変だが、手間掛けて作っても良いかって想わせる見事なアラ汁だよ。これからは彩華にこういった具だくさんの汁を任せようかねぇ」


「お義母さん、ありがとう。嬉しいわ。でもまだまだお義母さんから盗まなきゃいけないから勉強させて貰いますよ」


「あぁ、そうだねぇ。盗めるものは全部そうしな」



 晩酌を切り上げて締めのお食事を皆さんと摂ってるの。

 アラを身取って食べるから段々と会話が少なくなってしまうのは仕方のない理みたいなものね。

 まるで蟹を食べる時みたいに黙々とお箸の先に集中しちゃうの。

 当然あたしもだけどねっ。

 やっぱり美味しいものは手間が掛かっても食べたいじゃない。


 時々顔を上げて視線を巡らせると、皆さん嬉々として食べてくれてるからそれだけでも嬉しいわ。

 そして彩華さんと視線が遇うとニッコリ微笑んで頷いてくれるの。

 きっと彩華さんはこう云ってくれたんだと思う。


『やったわね。私達の勝ちよっ!』って。


 透真さんと璃央さんは揃ってアラ汁をおかわりしてくれて、お鍋も空っぽになったわ。

 彩華さんとあたしは達成感みたいなものを共有出来て大満足よ。

 黙々としながらも嬉しそうな顔で食べるお食事が終わると、堰を切ったように絶賛の言葉が飛び交って一転して賑やかになったの。

 満足げな笑顔で異口同音に褒められると気恥ずかしくなるけど、嬉しい気持ちの方が溢れてくるわ。

 それは照れ笑いしてる彩華さんもあたしと同じみたいよ。



「今度はけんちん汁とか豚汁も作ってよ。勿論、具だくさんのやつだよ。彩華」


「俺は吸い物みたいな鰯のつみれ汁が好いかな」


「透真さんに璃央君。調子に乗ってるとウサギさんメニューにするわよ? ふふふ」


「それは勘弁してくれよ。父さんにも不評だったぞ。あの晩メシは」


「お義父さんにはちゃんとしたメインになるお料理をお出しするから、そんな心配は必要ないわよぉ」


「ちょっと調子に乗り過ぎたかな。でも彩華さん。リクエストって事でいつでも良いからお願いしますよ」


「まぁ、そう云う事なら良いわよ」


「鰯のつみれ汁も美味しいですよね。鮮度の良い鰯ならお刺身やなめろうにしても美味しいですし」


「あっ! それは良いわねぇ。鰯料理ばっかり並べてみるのもたまには良いわぁ」


「彩華や。あんまり遣り過ぎるんじゃないよ。お前なら本当に鰯料理だけで献立拵えそうだから気が気じゃないよ。まったく」


「はい。お義母さん。さっき云われた事はちゃんと覚えてますから大丈夫よ。ちょっとした冗談だから心配しないで」


「ママぁ おきがえ できたのよ」


「うん。ボタンも掛け違えてないし、良く出来ました」


「いい時間だ。ここらで御開きにしようじゃないか。璃央に弥生。今晩はこの娘達を任せたよ」


「オッケー。任されたよ」


「はい。婆ぁば、ご心配なく。任されました」


「紫音と綾音は少し待ってるんだよ。彩華と弥生と三人で片付けしてしまうから」


「ばぁば らじゃぁ」


「ねぇね まってるのよ」


「それまで透真と璃央に遊んで貰ってな」



 テーブルに並んだ食器を纏めてシンクに運んだり手分けして片付け始めたの。

 お料理は皆さん残さずに食べてくれてるので、下げる食器を纏めるのも苦労しないから助かるわね。

 例外的にアラ汁のガラは別だけど、それぐらいだから何でも無いのよ。



「弥生ちゃん。下げた食器はそれでお終いかな?」


「ええ。そうです。あとはテーブルを拭けば居間の方は終わりです」


「そう。やっぱり三人で片付けるとあっと云う間ねぇ。助かるわぁ。お義母さん、私が洗い物するから念の為にブランケットを璃央君と弥生ちゃんに出してあげて貰える?」


「了解だよ。テーブルを拭き終わったら弥生は璃央と居間で待っておくれな」


「分かりました。居間で待ってるようにって璃央さんにも伝えますね」



 あたしは居間のテーブルをダスターで拭く時に、璃央さんへ師匠からの伝言を伝えて居間で待って貰ったの。

 使ったダスターをお台所に戻しに行って居間に戻ると、殆んど同時に師匠がブランケットを持って居間に来てくれたから、待つと云うほどの時間じゃ無かったのだけど。

 あたしは師匠からブランケットを受取るとお部屋まで持って行き、そのついでに携帯用の歯ブラシセットを持って洗面所で双子ちゃんと璃央さんに合流したわ。



「紫音ちゃん、綾音ちゃん。ちゃんと磨くのよぉ。そうしないと虫歯になって痛くなっちゃうからね。痛いのは嫌でしょ?」


「うん。いたいの やぁ。でも はの おいしゃしゃん もっと やぁ」


「そうだよねぇ。歯医者さんも痛いもんねぇ。だからちゃんと歯磨きしなきゃよ」


「わたしは へぇきよ。はの きれいにゃ おんなは みりょきゅてき なのよ」


「へぇ。綾音ちゃんはそう云う事をいっぱい知ってるのね。凄いわ」


「ママが おしえて くれりゅのよ」


「そうなんですって。璃央さん。お分かり?」


「おっ。何で突然、俺に振るんだ? こんなチビの云う事を鵜呑みにしちゃ駄目だってぇ」


「何となくよぉ。他意は無いから安心して」



 あたしも虫歯治療で歯医者さんに行くのは苦手だわ。

 だから虫歯にならないように予防の意味も兼ねて歯磨きは欠かさないもの。

 それに綾音ちゃんの云った通り歯の綺麗な女性は素敵なのだしね。

 でも綾音ちゃん自身が云った事の真意をどれだけ理解してるかは謎なのだけど、可愛らしかったから突っ込みは入れられないでおくわ。


 こんな小さな頃から彩華さんに英才教育を施されたら、将来的に凄い事になりそうで怖いかも?

 二人とも美人さんになるのは間違いない確定事項なんだし。

 本当に璃央さんが誘惑されちゃうかも知れないわね。

 そう考えたら何かちょっとモヤモヤするけど大丈夫よね?

 きっと――

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