優しさのお味

 それじゃぁお台所で彩華さんのお手伝いしましょうかねぇ。

 あたしは紫音ちゃんと綾音ちゃんのお相手を、璃央さんにお願いした後にお台所に向かったわ。



「彩華さん。お先にお風呂頂戴しました。有難う御座いました」


「いいえぇ。こちらこそあの娘達の面倒を任せちゃって。大変だったでしょ?」


「全然ですよ。思ったほど大変じゃ無かったです。色々と自分で出来ちゃうし、それにあたしのお背中まで流してくれて幸せな気分でした」


「あの娘達ってそうなのよ。なぜかお背中流したがるのよねぇ。やっぱり真似したいだけなのかも?」


「良い事じゃないですか。皆さんの良い所を真似して成長するなんて素晴らしいですねっ」


「まぁ。良い所だけならねぇ。何でも真似したがるから気を抜けなかったりするのよぉ。私だってたまには羽目を外してみたくなるじゃない? でもあの娘達の前じゃなかなかねぇ」


「そうですねぇ。悪いお手本にはなっちゃいけないですものね。あっ! いま璃央さんにお任せしちゃってるから不安になって来ましたよ」


「大丈夫よぉ。璃央君なら。口ではあんなだけど凄くあの娘達を可愛がってくれてるからね」


「そうですよね。今朝、璃央さんが紫音ちゃんと綾音ちゃんに接する態度や気の廻し方で解かりましたし」


「弥生ちゃんにも解かっちゃうのね。バレてないと思ってるのは璃央君だけって。ふふふ」


「そうですよね。バレバレです。ふふ。いまはお夕食の支度ですよね? お手伝いします」


「いいの? ありがとう。折角だしお願いしちゃおうかしら」


「その心算で来ましたからお任せ下さいね。何からお手伝いすれば良いですか?」


「そうねぇ。それじゃこれをお願い出来るかな」


「はい。了解です」



 今晩のお夕食の献立は。

 メインに金目鯛の煮付け

 青海苔の刺身コンニャク酢味噌添え

 初物の焼きトウモロコシと焼き南瓜

 オニオンスライスとトマトのサラダ

 汁物は金目鯛のアラ汁

 ご飯と香の物


 あとは晩酌のおつまみにさっきあたしが作って置いた、キュウリのお味噌和えと冷奴のしらす干しのっけ盛りね。

 今晩のお夕食の金目鯛の煮付けは姿煮じゃなくて、三枚卸しにしてから切り身で煮付けるみたいよ。

 そうなると本当のメインは手間が掛かるアラ汁で、お煮付けは副産物的な感じなのかも知れないわ。


 お汁の具材は里芋に人参と大根、コンニャク。

 そして厚目に小口切りしたおネギも入れ少し生姜を利かせた白味噌仕立てにする予定らしいの。

 もう、レシピを聴いてるだけでも上品なお味なのが想像できて、凄く贅沢な逸品だと思うわね。


 あたしは里芋や人参、大根と云ったお野菜を刻んだりする下拵えを任される事になったの。

 まず最初に里芋の皮を厚目に剥き、五ミリ厚にスライスして下茹でする。

 その間に他の具材も同様に厚みを合わせてスライスしたら下拵えは殆ど完了ね。

 おネギは仕上がる少し前に入れて軽く火を通すだけだから別に取り分けてっと。


 彩華さんはアラでお出汁を採ると濾してから大小の二つのお鍋に分けたわ。

 そして小さいお鍋にはアラを戻さないから、紫音ちゃんと綾音ちゃんが食べる事を前提に危なくないように気遣ってるのね。

 大人なら、アラをお箸で身取って美味しい所だけ食べるのが醍醐味だけど、小さい子には難しいし視てるだけでも怖いもの。

 アラ汁の具材にアラが入って無いのは少し物足りない気がするのは確かでも、安全に食べられる事が何よりも優先よね。


 そんな事を考えてる内に里芋の下茹でが良い感じになったわ。

 竹串がすっと入るようになったのを確認したらザルに上げ水っ気を取り、刻んで置いた他の具材と一緒にお出汁に入れて味を含ませるの。

 落し蓋をして弱火に掛けたお煮付けもコトコトと湯気を上げながら甘じょっぱい良い薫りを漂わせて、何とも食欲が唆られて来るわね。

 このお煮付けには彩りも兼ねて『炙った獅子唐と針生姜を盛付けに添えたらどうですか?』って彩華さんに提案すると、即座に『いいわねぇ。それで行きましょ』と云って貰えたから、獅子唐も追加して出来上がる時間を見計いながら焼き物に取り掛かる事にしたわ。


 トウモロコシは下茹でして取り敢えず半分に切ったら金串を芯に刺してっと。

 直火で素焼きしてからお醤油を刷毛で塗り香ばしく軽めに焦げ目を着けたら出来上がりだけど、まだ素焼まで。

 獅子唐と南瓜のスライスも素焼きするから焼き網で炙ってあげる。

 お煮付けの添え物にする獅子唐は焦げないように頻繁に動かして――

 南瓜の方はとろみの在る甘辛いお醤油ベースのタレを仕上げに掛けるそうで、ほんの少しだけ焦げ目が付くように加減したわ。

 お料理の支度がそろそろ終わるかなって頃に、ちょっとバツが悪そうに師匠がお台所にやって来たの。



「おやおや、もう済んでしまったみたいだねぇ。何か手伝う事は在るかい?」


「お義母さん、お疲れ様。お仕事の方はもう良いの?」


「婆ぁば。お仕事お疲れ様です」


「仕事って程の事はしてないから別に疲れちゃいないよ。それよりまだなのは何か在るかい?」


「お義父さんはお帰りになられたのかしら?」


「そろそろ風呂から上がって来る頃さね」


「そう。それならお風呂上がりのビールとおつまみを準備しなきゃね」


「彩華さん、それはあたしがやりますよ」


「お願い出来るかしら。お義母さんは居間の方でゆっくりしてて」


「それならそうさせて貰うよ。ついでにあの人の晩酌も持ってくかねぇ」



 あたしは作り置きしたおつまみを手早く盛付け、ビールと一緒にお盆に乗せて師匠にお願いしますと手渡す。



「弥生。何だいこれは? 珍しくて面白そうな冷奴に視えるがそうなのかい?」


「やっぱりお義母さんもそう思うわよねぇ。弥生ちゃんが考えたレシピと云うか盛付けかな?」


「さっき、璃央さんのおつまみ作る時に思い付いて、冷奴にしらす干しを載せてみたんですよ」


「ほうぉ。面白い事を考えるもんだ。組み合わせにも違和感ないしコロンブスの卵みたいな発想だねぇ。戴したもんだよ。ただ塩分が在るから醤油は控えるかそのままでも良い感じだねぇ」


「そうなんですよ。あたしもそれをお伝えして貰いたかったので、一目で見抜くのは流石だなって感心してしまいました」


「あの人に云っておくよ」


「弥生ちゃん。お義母さんの分のお取り皿とコップをもう一つ出して」


「あっ! 済みません。失念してましたので直ぐにもう一つ盛付けしますね」


「それは良いのよ。お義母さんは新しいレシピに興味が在るだけだから、お義父さんから一口分けて貰って味見する程度だと思うし。やっぱりおつまみの一品だからビールとの相性を自分の舌で確かめたいのよ」


「そうなんですか。婆ぁば、お味見を宜しくお願いします。タンブラーは直ぐ用意しますね」


「急がなくても構わないよ。そんなもの急いでも大差ない事なんだから」



 そう云う師匠の言葉とは裏腹に、手早くタンブラーとお箸を用意してお盆に載せると手渡しました。

 あら? なんで語尾が丁寧になってるのかしら?

 気にする程じゃ無いわよね。

 そんな気分の時も在るじゃない。

 さて、お夕飯の支度に戻りましょ。


 お料理は殆んど出来上がったから盛付けよね。

 温かいお料理は後回しでサラダとお刺身のコンニャクからかなぁ。

 今晩のお刺身のツマはワカメだから高く山になるように盛付けて……

 切り口を覗かせながら綺麗に凭れ掛けるように並べてあげて――完了っと。

 サラダも同様にオニオンスライスにトマトを立体的に盛付けてから、細いノズルのマヨネーズを線状に載せて鰹節をトッピング。

 ドレッシングはお好みだけど、お酢と胡麻油をベースにお醤油を使った和風ドレッシングを別添えすれば良いわね。



「彩華居るかい? 透真は戻ってるから汗流して上がって来る頃合いだよ」


「ありがとう、お義母さん。弥生ちゃんまた晩酌の用意を頼んでも良いかな?」


「彩華さん、了解です。直ぐ支度出来ますから」


「晩の支度はあと盛付けだけかい。だったら上がった料理を運んでしまおうじゃないか」


「私と弥生さんだけでも手間じゃないから、お義母さんはゆっくりしててくれて良いのよ」


「あの人と璃央のビールも無くって取りに来てるからついでだよ」


「あらそう。気付かなくて御免なさいね。弥生ちゃんお煮付けの盛付けも頼めるかしら?」


「大丈夫ですよぉ。針生姜を散らして獅子唐を添えれば良いのですよね? 任せて下さい」


「出来上がったお料理をお義母さんと一緒に運んでしまうからお願いね。それとビールは三本で良いわよね?」


「ああ充分だ。盛り付けが終わってるサラダと刺身コンニャクは先付に丁度良いから、先ずはそれから運ぶとしようか」



 あたしは任されて頼まれた事が嬉しくなり、なんだかウキウキした気分だわ。

 鼻歌でも唄いたくなっちゃうじゃない。

 でもいまはお味噌和えと冷奴の盛付けしなきゃね。

 別に鼻歌を唄いながらでも出来るけど、師匠や彩華さんに聴かれたら恥ずかしいから自重するの。

 おつまみの盛付けが終わってお盆に乗せたら、今度はメインでも在るお煮付けの番だわ。

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