言葉足らずな想い


 師匠に教えて貰いながら釜土に火を入れるのだけど何となく緊張するわね。

 お米を研いで一晩水に浸したお釜はもう載せてる在るの。

 鉋屑かんなくずのような木屑に乾いた小枝を組んで焚き付けにして、炎が立ち上った所に今度はお箸よりちょっと太いくらいの細い薪から徐々に太い薪を焚べて行く。

 火力を少しずつ上げて行くから段階的に薪を焚べる事になるのね。

 お釜から漏れる湯気頼りに火加減を調節するのだから、様子を視ながら付っきりになっちゃうわ。


 吹子ふいごを使って風を送り少しずつ火力を強めて、沸騰したらお釜の中でお米がクルクルって対流させるように暫くは強火を維持するのね。

 釜土って子供の頃のイメージだと、竹をくり貫いてパイプにしたのでフーフーしてるけど吹子って云うもっと便利なの在るのよ。

 そして頃合いを見計った師匠の指示で今度は火力を少しずつ弱めて行って焦げ付かないように注意しながら――っと。

 お釜の底にちょっとだけ出来る『おこげ』はやっぱり醍醐味だし、香ばしくて美味しいから良いけどねっ。



「あとは蒸らすだけだよ。釜土で炊くのは初めって云ってたねぇ。どうだい?」


「そうですね。上手に炊けてると良いのですが。火加減を婆ぁばに指示して貰えなかったらきっと焦げ焦げになっちゃったと思います。ありがとうございました」


「こんなのは何回もやれば身体で覚えるよ。こればっかりは勘と経験だからねぇ。戴した事じゃない」


「習うより慣れよって事ですね。チャンスが在ればまたチャレンジしたいです」


「そうだねぇ。恐らくそんなに遠くない未来にその日は来るだろうよ」



 師匠の最後の一言に何か含みが在る気がするのだけど、気の所為じゃないわよね?

 確信めいた表情で真っ直ぐあたしを見詰めながら、でも眼の奥だけは何故か笑ってて……

 あたしは答えに窮して同意するように頷くしか出来なかったの。

 まるで昨夜『アタシさん』としたお話しを見透かされてるみたいに。

 それをあたしに促すように『云ってしまいな』って聴こえて来るのはどうしてなの?



「あの。婆ぁば。あたしにも彫刻って出来るものなのでしょうか?」


「ん? そうさねぇ。弥生には彫刻より他の路が在るとあたしゃ思うけどねぇ」


「違う路ですか……あたしに取り得なんて無いに等しいですから思い当たらないですね」


「ふんっ。ちゃんと在るだろ? あの盛付けのセンスはかなりのものだよ。料理の手際も飲み込みも悪くないし、趣味の一つなんて云ってないで跳び込んだら良いのさ」


「あっ。それは将来的にはって考えた事も在りますが……あたしみたいなどこにでも居るOLのお給料じゃお店を出す資金なんてなかなか貯まらないですよ。何と云うか高嶺の華ですね」


「あらまぁ。朝から難しいお話してるのねぇ。ふふ。お義母さんに弥生ちゃん、ちょっと手伝って貰えないかしら? 今朝のお料理も出来て来たから盛付けとか配膳をお願いしたいの」


「ああ。了解したよ。弥生、この話はまた後でしようか」


「はい、そうですね。朝ご飯の支度が最優先ですね」



 朝食のメインには焼いた鯵の開き。

 出汁巻き卵、ほうれん草のお浸し。

 小鉢には昨日のお昼ご飯のひじきの炒り煮とレンコンの金平を少しずつ。

 お味噌汁はなめこの赤出汁でお漬物にはキュウリと小茄子の浅漬け。

 でも釜土炊きのご飯が一番のメインなのかも知れないけどねっ!


 今朝の献立はこんな感じで、やっぱりどれも美味しそう。

 蒸らし上がったホカホカご飯をお櫃に移したら居間のテーブルにお料理を配膳。

 給仕を任されたあたしはお櫃を側に置いておかわりに備える。

 朝食は居間で摂るのが普通みたい。

 昨晩の宴会場のようなお部屋で日常的にお食事してたら大変だもの。

 そして皆さん揃っての朝ご飯になったわ。



「どぉ? 璃央君。久し振りだからいっぱい食べてね」


「――うん――――おかわりを――」


「はぁい。弥生ちゃんお願いねぇ」


「はい。――――璃央さんどうぞ」


「ありがとう――」


「璃央は釜土で炊いた時はいつもこんなんだから気にするんじゃ無いよ」


「お話しは伺って冗談半分なのかと思ってましたけど、これほどとは……でも可愛らしいですね。ふふ」


「弥生ちゃん。昨晩は璃央君を呼捨てにするって宣言してたのに『さん付け』に戻っちゃってるわよ?」


「えっ!? なんですかそれ。あたしお酒に酔ってそんな事を云ってたのですか? いっぱいご迷惑お掛けしたみたいで済みません」


「いいのよぉ。凄くチャーミングだったわよ。ねぇ? 璃央君」


「――――――」


「揶揄っても無駄だよ。そもそもいまの璃央は話しなんて聴いてないんだから」


「ねぇね。きょうも あそんで くれるの?」


「うん。いっぱい遊ぼうね。綾音ちゃん、紫音ちゃんも一緒にね」


「じゃぁ。おにぃちゃんも いっしょに あそぼうよ」


「それは駄目よ。紫音。璃央君はお仕事が在るの。だから一緒に遊べないの」


「つまんないのぉ。でも ねぇねが あそんで くれるなら いいわ」


「紫音ちゃん、綾音ちゃん。何して遊ぶか後で相談しようね」


「「うん!」」



 昨晩のあたしったらさっきお台所で聴いただけじゃ無くて、他にも相当やらかしちゃってるじゃない……

 聞かないと教えないって云ってたから、毎朝アタシに確認した方が良いのかしら?

 それもおかしな話しだわ。ちゃんとあたしが自覚してれば良いだけなのだから。

 うん。さっきの決意の通りちゃんとしましよっ!


 それはそれとしてちょっと異様な気もするのだけど……


『璃央さ~ん。そんな黙々と食べないでぇ~』


 そりゃ、モリモリ食べてくれるのって頑張った甲斐が在るから、ご飯を炊いたあたしとしては嬉しいのだけどね。

 でも何かしらの反応は欲しいわよぉ。

 美味しいでも。よく炊けてるとかでも良いからぁ。

 本当は師匠の指示通りに薪を焚べただけど――それでもよぉ。

 ちょっとくらい感想を云ってくれても罰は当たら無いのじゃないかしら?

 こうなったら呼捨てにしちゃうぞぉ。


『璃央~なんでも良いから感想くらい云え~』

 

 ちょっとスッキリしたかなぁ。



「ご馳走さま。弥生ちゃん、美味しかったよ」


「「――――――――!!」」


「えっ? はい……ありがとうございます?」


「なんでそこで疑問形なんだよ。本当に面白いね」


「いえ……何となくとしか――」


「昨晩は呼捨てで充分とか云ってたのに?」


「あれは……そう。ごめんなさい。記憶が曖昧でぇ……酔った勢いですかね?」


「あれはあれで新鮮だったし面白かったから、もう呼捨てでも構わないよ」


「あたしってそんなに面白いですか? 昨日から婆ぁばと彩華さんに云われてるけど実感ないですよぉ」


「璃央。もう済んだかい? 片付けちまうよ。彩華や手伝っておくれ」


「はぁい。お義母さん。紫音、綾音。リンゴのジュース持って来てあげるから大人しくしててね」


「それならあたしもお手伝いしますっ」


「弥生は璃央の相手でもしてやっておくれな」


「なんだよ婆ぁば。俺はそんなに子供じゃないぜ?」


「あたしから視たらお前は鼻垂れ小僧だよ。好物が在ったら他には一切見向きもしなくなって集中力ってもんの使い処を間違うんじゃないよ」



 弥生ちゃんって……

 ほっこりして心の奥の方が暖かくなって来るわ。

 でも……弥生って呼ばれてみたいかも――

 なんで? 璃央さんとは昨日初めて逢ったばかりなのよ?

 これって。

 もしかして。

 ノイズ混じりの――



「なんだい? 璃央の奴。あれってどうなんだい?」


「やっぱりお義母さんもそう思うの?」


「おかしいだろ。どう視たって。昨日から感じてたが璃央あいつの言動は尋常じゃない」


「璃央君だけは気付いて無いと思うけど新しい風って云うのかしら? あの一言で何かが変わった気がしたわね」


「どうしたもんかねぇ。自身が視えてない璃央の奴は兎も角」


「お義母さん、案外早いかもね。昨日からちょっとそんな気はしてたのだけど、私はてっきりもっと先のお話しで、それなりに時間は掛かるんだろうなって思ってたのよ」


「それには同意だよ。二、三か月って所かねぇ。いや、もっと早いかも知れないな」


「そうね。こっちとしては大歓迎でも弥生ちゃんの方が心配だわ。あの娘って律儀だから常識的で礼儀正しく在りたいって考えて変に悩まなきゃ良いのだけど……」


「ここは成り行き任せで、あたしらが下手にアレコレしない方が良さそうだよ」


「そうね。私もそう思うのよ。揶揄えないのはちょっとだけ残念だけど、重要なのはそこじゃないから」


 体よくキッチンに場所を移した二人は、何やら怪しい相談してる。

 まるで時間の問題とでも云うかのように。


『なにを? なにが?』


 不可解だけど。でもそう云う事。

 これから何かが変わって行きそうな予感にワクワクと胸を躍らせる彩華。

『どうしたもんかねぇ』と思案顔の褥。

 二人共に弥生の事を考えているが思考のベクトルは全く違ってるのだから。

 この二人の思惑が実を結ぶのはもう少し先のお話し。



「璃央さんったら好物だと本当に無言で食べるんですね~」


「そうかなぁ? 普通に食べてるだけなんだけどね」


「いえいえ。全然普通じゃないですから。びっくりよ」


「そう云われても答えられないかな?」


「誰のお話しも耳に届かなくて黙々とですよっ! あれはそう。マンガでしか視た事ない光景だったわ」


「話しは聴いてるんだよ。でも食べるのに忙しいから喋れないだけだって。口の中に入ったまま話せるほど器用じゃないし」


「それは器用とは云いませんよ。何で少し食べるペースを落とすとかって選択肢がないのかなぁ。言い訳ですよ? それって」


「まぁ。やっぱり言い訳になっちゃうのかな」


「そうです。言い訳です。はっきり言って」



 食後のお茶を煎れて差し出すとこんな会話になった。

 だってよ? 仕方ないじゃない。

 あたしが頑張って炊いたご飯の感想がたった一言よ?


『ご馳走さま。美味しかったよ。弥生ちゃん』


 これだけよぉ。

 何でも良いと思ったけど、もっと何か云いなさいよ。もう。

 でも――弥生ちゃんって呼んでくれたのだけは褒めてあげる。

 本当はもっと感想とか? 感謝とか? 云って欲しいけどね。

 いまは許してあげちゃおうかなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る