レトロな女
「弥生さんってお料理上手ね。すぐにでも良いお嫁さんになれるわよ。だから璃央君なんてどぉ? 凄~くお薦めよっ。お義母さんもそう思うでしょ?」
「ダメよ。ママ。リオにぃは わたしを およめさんに すりゅのよ。ねぇねにも あげないんだからにぇ」
「彩華やぁ。あんまり強引過ぎるとあらぬ方に話が飛んでくよ。そうなる前に揶揄うのも程々にしときな」
「私ったら。もう嫌だわぁ。ちょっと璃央君推しが過ぎたかしら? 過ぎたるは猶及ばざるなんちゃらね」
「あの? 彩華さん。もうどっから突っ込めば良いのやら。って奴ですよぉ。満載過ぎです。もう過積載ですってぇ。あたし的にはいっぱいいっぱいなんですからぁ」
「あら? 突っ込みどころなんて在ったかしらねぇ? さぁて?」
「ちょっと、彩華さんに弥生さん。僕がここに居るの視えてますか? さっきから幽霊にでもなったんじゃ無いかって勘違いしそうなんですけどね……」
「璃央君――」「「居たのっ!!」」
「微妙にハモらないでよ。しかも目配せしながら。しょうがない人達だぁ。婆ぁば、彩華さんに何か云ってやってよ。この状況をなんとかできるの婆ぁばだけでしょ」
「璃央。良いのかい? そんな事云って。彩華にとっては火に油を注ぐようなもんだからねぇ」
「わたしが リオにぃの およめさんよっ! だれにも あげないんだからぁ」
「綾音。お前は話しをややこしくするなよ。ちょっとアニメでも観てような。良い子だから」
あたし達はお料理の仕込みが一段落して『それじゃぁ休憩がてらに一服しましょう』って事になり、お茶を飲みながらこうして取り留めのないお話しで寛いでるの。
綾音ちゃんは璃央さん膝の上に乗ってべったりで、紫音ちゃんはアニメに夢中で瞳を輝かせながら視てるわ。
アニメのシーンに反応して、笑ったり、びっくりしたり、不安げになったりとコロコロ表情が変わって可愛らしい。
あたしは彩華さんと軽口なのか毒舌なのか、きっと両方なのだけどお友達みたいに気安くお話し出来てるのが嬉しいわ。
これも場を和ます彩華さん流の気遣いの一つなんだわ。
とても自然で暖かくて居心地よくて感謝です。
璃央さんを手玉に取る彩華さんに便乗して、あたしも一緒に掛け合いみたいな事までしてるし自分でも驚いてしまうくらいなの。
ごく普通に打ち解けてるあたしがそこに居てとても心地好わね。
お料理の方はと云うと下拵えは終わって後は仕上げの段階になるから、まだ時間的な関係も在って取り掛かれないの。
串焼きにしろ天麩羅にしろやっぱり熱々じゃなきゃ美味しさも半減よねっ。
冷たいお料理はひんやりと。
温かいお料理は熱々に。
これも立派に心尽くしでしょ。
下拵えは終わってると云え配膳直前に調理するのだから、三人で分担してもバタバタしちゃうのだろうなって事は予想はしてるけどっ。
「璃央さんの乗って来たのはヴェスパですよね? あまり詳しく無いのですが可愛らしいですね」
「そうですよ。あのヴェスパはスモールボディですけどね。好きなんですか?」
「乗った事は無いですけどレトロで可愛いと思います。スモールボディと云う事はラージボディと云うのも在るのですか?」
「はい。在りますよ。結構細かく分かれてるんですが、ざっくり云うと排気量が大きくなってラージボディと云う文字どおり車格の大きいフレームになるんですよ」
「へぇ……そうなんですねぇ。マニアの方も多いって聴いた事在ります。璃央さんもなんですか?」
「僕はマニアじゃないですよ。解体屋の隅でボロボロの錆々で転がってたのを譲って貰ってね。それを整備して足代わりに使ってるってだけなんでマニアのカテゴリーには当て嵌まらないですね」
「璃央さんの手によって九死に一生を得たみたいで、なにか儚げで愛らしい感じがします。あたしもいつか乗ってみたいかもです」
「弥生さんって詩的な表現するんですね。でも普通に乗り物ですから。どうですか? 良かったら乗ってみますか?」
「乗って良いんですか? 嬉しいです。あっ――でも壊しちゃったらどうしよう」
「壊れたら僕が直しますから心配ないですよ。ちょっとコツは在りますが操作は普通のバイクと同じです」
「普通と云うとあたしのと同じって事? スロットルとブレーキだけじゃ無いんですか?」
「オートマティカと云ってオートマチックな仕様も在りますが、あのヴェスパはマニュアルシフトですね」
「あたし、バイクは乗りますけど全然詳しく無いんですよぉ。何ともお恥ずかしい限りですが」
「バイク乗りの半数近くはそんな感じですよ。恥ずかしい事じゃ無いから安心して下さい」
「それじゃぁあたしが帰る前にヴェスパ乗せて下さいね。約束ですよぉ」
「良いですよ。約束します。あれ? 彩華さん。あの車は爺ぃじのだよね?」
「お義父さんお戻りになったようね。少しいつもより早いみたい」
「いいよ。あたしが行って来るからお前達は座ってな」
少し聴いただけでもヴェスパって色々な種類が在るみたいね。
熱狂的なマニアも多いって聴くから、きっと奥が深い魅力的なバイクなのね。
そんなマニアックなバイクだから心を捉えられたらなかなか熱も冷めないのでしょうけど。
美人は三日で飽きるって云うけど、どこで聴いたのだったかしら?
それじゃぁ、レトロで可愛いとしたら何日で飽きる?
それとも飽きない?
あたしは飽きられない可愛らしい女を目指すわ。これだねっ!
ちょっとレトロで可愛い女って良いじゃない。
チョット ソコノ あたし。
アホ ナ コト カンガエテ ナイデ シッカリ ゴアイサツ スルノヨ。
そうね。そうだった。
師匠の旦那様=月詠家の御当主だから失礼の無いようにしなきゃいけないわね。
今回の場合は立ってご挨拶するより、ちゃんと正座して畳に手を着いてした方が良いと思うのよね。
うん。大丈夫だわ。
取り敢えず崩した脚を戻しときましょ。
「戻ったよ。今日は褥がお客さんをお連れしたって聴いたから早目に切り上げたんだ」
「お義父さん。お帰りなさい。いまお茶を煎れますね。お座りになって下さい」
「「じぃじ おかえりなさい」」
「爺ぃじ、お帰りなさい。お疲れ様でした。いつものように勝手にお邪魔してます」
「ただいま。璃央も早目に来てたんだね。まぁ、ゆっくりしててくれ」
そう云うと空いてる上座に腰を下ろす。
「あんた。ご紹介します。今日あたしと縁が在って知り合った弥生です。弥生。こちらがあたしの夫だよ」
「初めまして。
「月詠
「はい。お許し有難う御座います。お言葉に甘えさせて戴きます」
「弥生さん。まだまだ堅いよ。もっと楽にして。それじゃ寛ぐどころか逆に疲れちゃうじゃないか。そうだねぇ――そうそう。もっと彩華みたいに力を抜いて気持ちを楽にしなきゃ」
「お義父さんったら。これでも私はちゃんと敬ってるんですよ。お義父さんとお義母さんを尊敬してるんですから、そこはお間違えの無いようにお願いしますね」
「あぁ。そうだった。そうだったね。少し例えと言葉の使い方を間違ってしまったようだ。悪かったよ。彩華」
しっかりご挨拶は出来たと思うわ。
ちゃんとお座布団は外して畳に手を着いてお辞儀もしたし。
目上の方の対して礼は失してない筈。
盲点だったのは師匠同様に畏まったのは苦手だったと云う事だけど。
でも、初対面でいきなり『お願いね。よろしくぅ』なんてご挨拶したらそれこそどうかと思うわよ。
ご挨拶が少し堅いと窘められたのは気にする程じゃ無いと思うから、これから少しずつ砕けていって普通にすれば良い事よね。
お祖父様は微笑みを絶やさず柔らかい口調でお話しされるから、柔和なお人柄が偲ばれるわ。
彩華さんを少し揶揄って場を和まそうとするお気遣いも嬉しいし、やっぱり師匠の旦那様だけあって素敵な方ね。
少し違和感を感じたのは師匠がお祖父様に対する言葉遣いだわ。
お知り合いになってから、いま初めて敬語を交えてたもの。
畏まるのが苦手でも旦那様を敬い少し下がって接するみたいね。
意外だったけど違和感はまるで無いし眼に視えない何かが在る気がして、まだあたしの知らない一面に触れられた事が新鮮で嬉しくなったわ。
そう云えばお祖父様がお戻りになった時も当然のようにお出迎えに出たし、こういう事を自然にするのが敬意を払うって事に繋がるのだと思う。
いくら親しくてもケジメとして一線を引いてるのって素晴らしいわよね。
「弥生さん。取り急ぎ挨拶だけでもと思って着替えもせずに悪かったね。私は下がって着替えて来るから」
「お気遣いありがとう御座います。あたしの方こそ不躾に突然お邪魔してしまいましたので恐縮です」
「まぁまぁ。そんな事は無いから。それにまだ堅い、堅いよ。気楽にね。それじゃ少し失礼するよ」
「はい。出来るだけや柔らかくなれる様にします。ありがとう御座います」
お祖父様はそう云うと席を立ち居間から着替える為に出て行ったわ。
師匠もスゥっと静かに立ち上がり、何も云わずにつき従って奥の間へ姿を消したの。
とても自然な流れでこれは日常的な事なのだとあたしにも感じ取れるわ。
現代社会では薄れてしまってる感覚だけど、師匠みたく献身的に旦那様に尽くすのって可愛らしい女になる為にも必要なのかも知れないわね。
必要以上に固執したり盲目的で無ければ、古臭いって云われ気にする人が減ってしまった文化も良いトコ取りが出来ると思うの。
だって掛け値なしに素敵だと感じてしまったのが、あたしの率直な感想だから。
「ちょっとお義母さんの感じ違ったでしょ? 弥生さんには少しだけ意外だったんじゃない?」
「そうですね。意外だったというのは彩華さんの云う通りですよ。言葉遣いも違ってましたし」
「でもね、あれはずっとじゃ無いのよ。お義父さんが家から出掛ける時と戻って来た時だけなの。私が嫁いで来た頃に聴いたのだけど、お義母さんのケジメだそうよ。二人とも畏まったの苦手でしょ? お義母さんからしたらかかあ天下なんてのは論外でだからこそケジメは必要なんだって。その戒めも含めてるなんて素敵でしょ?」
「凄く素敵と思います。さっき観音様の事を聴いた時も同じ事を云ってました。戒めの為って」
「そうなのよ。お義母さんって凄く自分にだけ厳格なの。『己と向き合え』って云うのがお仕事のお師匠様からの教えだそうで、日々精進するには自分自身に甘えは許されないって。凄いわよね」
「はい。そうでも無ければ、あれほど繊細な細工彫りは出来ないのでしょうね。それでもまだ極めようと努力を怠らないのですから、あたしも気持ちだけでも見倣いたい
と思います」
「もっと驚いたのはお義母さんは他人に厳しさを求めないのよ。厳格さを追求する人って、それを他人にも当て嵌めたりする傾向が在ると思うのだけど、お義母さんは寛容でそう云った所は無いのよね。勿論、路を踏み外すような事は許容しないけど」
「婆ぁばに声を掛けて貰ってからそんなに時間が経って無いですけど、いっぱい勉強させて戴いてます」
「ん~。お義母さんに限ってなのだけど、時間って重要じゃ無いの。刹那的って云うのかな? それとも直感的? 兎に角びっくりするような短時間で本質を見抜く眼を持ってるから、お義母さんが気に入らない人はどんなに時間を掛けても取り入ったり出来ないのよ。例外的にお仕事の関係や義理とかで、そんな素振りを億尾にも出さない事が在るくらいかな」
「と云う事は。あたしって気に入って貰えたのかな? いえ、自惚れが過ぎましたね。ごめんなさい」
「ううん。弥生さんは間違い無くお義母さんのお気に入りよ。自惚れなんかじゃない。璃央君もそうだし」
「うん。婆ぁばはそうだね。気に入らなければ、わざわざ僕の店に案内して来ないですよ。精々、店の場所を教えて適当に時間を潰してから僕の所に来た筈ですから」
「えっ! そうなんですか? でも婆ぁばと少しお話ししてから直ぐの事でしたよ」
「お義母さんにはそれで充分だったと云う事なのよ。ねっ。びっくりするでしょ? 私が初めてご挨拶した時もそうだったのよ。透真さんに連れられて来たのだけど、ご挨拶してあの人が結婚の事を云い出したら殆んど二つ返事だったわ」
「それは本当に驚きますね。結婚って家と家の繋がりの意味合いも在るのに」
「そうなのよ。伝統の在る家柄なのに躊躇なく承諾して貰えて、私はたった一つ確認されただけ。その内容も透真さんが私の両親に挨拶にしてからここに来たのかって。それだけよ。もしあの時、透真さんが私の両親に挨拶を済ませて無かったら、あの人はこの家から追い出されてたと思うわよ。順番が逆にならなくて良かったわ」
「そうですよね。もし順番が違ってたら紫音ちゃんも綾音ちゃんも生まれて無いって事になっちゃいますもんね」
「そう。それが私が一番怖い事ね。この娘達が生まれて来なかったかもって想うのはとても怖いわね」
「でも、こんなに元気で可愛らしくって羨ましいですよ。あたしにもこんな可愛い子供生めるのかな?」
「当然よ。弥生さんにも生めるわ。その為にもこの璃央君はお薦めよぉ」
「彩華さん。何でそうなるんだよぉ。全くもう。不意打ちでこっちに飛び火するとは俺もびっくりだよ」
師匠ってやっぱりストイックな人柄とは思ってたけど、自分にだけ厳しくするってとても難しい事よね。
ついつい甘くなったりサボっちゃったりするもの。
自分を高める為に常に自己と向き合うなんてなかなか出来るもんじゃ無いわ。
それをライフワークとして持続させてるのだから尊敬に値すると思うの。
お知り合いになってからまだ数時間なのに、師匠からあたしはいっぱい貰ってるわね。
近くに居るだけで学ばさせて戴けるのだけでも貴重な体験だし、千歳一隅と云っても良いと思うの。
もっと時間を重ねられたら素敵なあたしになれるわよね?
その為には……
あれっ? これって、きっとそう云う事なのかも知れないわ。
漠然とだけど何かが視えた気がするのよ。
言葉に出来ないこのモヤモヤした気持ちの答えが在ったと思うの。
でもそれを直視するのは、突拍子も無い妄想のような物だから理性が邪魔をしてるわ。
だから……
お泊りさせて貰ってお世話になるあたしに出来るのはお手伝いくらいなの。
それ以外に何かお返し出来る事って在るのかしら?
でもいつかお返ししたい。お返しさせて下さい。
『いまはこんな云い訳のように落しどころしか見出せないから、本当の望みが何なのかあたしがちゃんと見つけないと、どこにも進むことも出来ないのよ』
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