不意を衝かれて
お食事を済ませたお祖父様と透真さんは仕事にお出掛けになられるみたいね。
師匠と彩華さんはそれぞれお見送りに玄関まで付いて行ったわ。
お見送りは師匠と彩華さんの大切な
璃央さんがお仕事に行く時はあたしがお見送りしてあげましょ。
だって羨ましいじゃない。
こんなのを眼の当りにしたらあたしだって女ですもの。
まだ仮定の
それにしても紫音ちゃんと綾音ちゃんは璃央さんにベッタリよね。
優しい眼差しをして柔らかで朗らかな素敵な笑顔だわ。
小さい子供相手に毒舌なのはちょっと減点対象なのだけど。
でもそれってポーズなだけなのよねぇ。
視てれば解かるもの。
やっぱり子供って足なんかも小さくて頭がいちばん重いから重心が高いじゃない。
だからよく転ぶんだけどね。
前向きに転ぶのならまだしも後ろに転ぶとヒヤってするのよ。
でも後ろに転びそうな時には必ず璃央さんの腕が回ってる。
雑に扱ってるように視えてまるで逆なことをしてるのだから、全然雑になんか扱って無いし。
むしろ眼を離さないで注意深く、時には誘導しながら危なくないように気遣ってるの。
眼の届く範囲で自由にさせながらリカバリーもしてて、視ていて何だか微笑ましくなるわ。
そしてこんな光景を視てるだけで優しい気持ちになれるあたしが居る。
これってあたしの理想とするところなのじゃない?
璃央さんもお仕事の前で慌ただしいはずの朝なのに、こんなゆったりとした時間を過ごせるなんて夢のようね。
それに比べてあたしの日常なんて月曜から金曜まで殆んど同じでルーティーンワークそのものだわ。
アラームで目覚めたら洗顔して、コーヒー淹れながらトーストを焼いて。
時間に追われて慌ただしく出勤するだけの繰り返し。
もう直ぐまたあの日常に戻ると想ったら気が滅入って来るわね。
ちょっとだけ不満が在るとすれば、璃央さんと双子ちゃんはじゃれあうのに夢中であたしの入って行ける余地が無いの……
『お~い璃央ぉ。あんまりあたしを放って置くと拗ねちゃうぞぉ~』
あれっ? いまこっち向いた?
あたしの心の内の聲が聴こえたみたいにキョトンって顔して。
「紫音、綾音。ちょっと大人しくしろよ。俺は弥生ちゃんと話しが在るんだから」
「「えー。なんでぇ」」
「いいからさ。お前たちは座ってジュースでも飲んでなさい」
「しょーがないわね。ねぇねに かして あげりゅわ」
「おにぃちゃん。またあとで あそんでよ。やくそく だからね!」
「ああ。分かった分かった」
「それで璃央さん。お話しと云うのは何ですか?」
「それね。確認みたいなもんなんだけど。弥生ちゃんは明日帰る予定なんだよね?」
「はい。その予定ですね。本当はもっと居たいけど婆ぁば達にご迷惑お掛けするし、あたしの有給もずっとじゃないから……名残惜しいけどね」
「そうか、仕方ない事だよね。弥生ちゃんのバイクの整備は問題なく夕方までには終わるけど、ヴェスパに乗らせるって約束をどうしようかってね。あとで店の方に来る?」
「うん。乗りたい!凄く愉しみよ。邪魔じゃ無いならあとで行っても良い?」
「オーケー。構わない。待ってるよ」
「今度はあたしを待ってくれるの? あんなに待たせたのに?」
「えっ? どういう事? 俺、弥生ちゃんを待たせたっけ?」
「えっ! なに? やだ……あたしったら何を云ってるのかしら。どこからそんな言葉が出て来たんだろ?」
「まぁ良いよ。そんな事はね。何かの勘違いとかでしょ。思っても無い事が口から飛び出しちゃうってたまには在るんじゃない? 面白かったから気にしないで」
あたし何を云ってるんだろ?
なんであんな事を?
あぁぁぁああっ。あれだ!
きっとあのノイズ混じりのイメージだわ。
あの男性って璃央さんなの?
顔はぼやけて誰か判らないのよね。
でもそれって……
あのイメージだとあたしが涙を流してるから?
だから視界がぼんやりしてるの?
ねぇ、アタシ。どう想う?
ソンナノ ワカル ワケ ナイ ジャナイ。
アタシ ダッテ ワカラナイ コト モ アルノヨ。
シイテ イエバ ゼンセ ノ キオク ジャナイカシラ?
前世ねぇ……
いきなりスピリチュアルなお話しになったわね。
でも素敵じゃない。前世の約束を守って探してくれたんでしょ。
それをあたしは待っていた。
あたしが男性に対して漠然とした憧れはあっても、それ以上の感情にならないのはその約束があったから?
そうよ。そうに違いない!
全て璃央さんの所為だわっ。
どうしてくれるのよ。
責任取ってよね!
もぉ。
モォ ッテ アナタ ウシ ニ デモ ナッタノ?
チョット ビックリヨ。
茶化さないでよ!
もぉ今度から滑ったらスルーって決めたわっ。
折角あたしが運命の出逢いを果たしたのよ?
お祝いぐらい云ってくれても良いじゃないっ。
「弥生ちゃんは今日はどうする心算なの? どこか行きたい所でも在る?」
「行きたい所って云っても土地勘もないですし。本当に気が付いたら婆ぁばが話し掛けてくれて、あれよあれよと云う間にお世話になっちゃった訳ですから……」
「それもそうよね。じゃぁこうしない? もう少ししたら弥生ちゃんが璃央君のお弁当を作るの。それでね璃央君に届けて貰うの。どぉ?」
「良いですね! あたしも後でお店にお邪魔する事になってましたから丁度良いです。あっ! でも紫音ちゃんと綾音ちゃんと遊ぶ約束が在るのでどうしよう……」
「そんなの構わないわよぉ。紫音と綾音は子供なんだから私が云い聴かせれば済むことよ。でもいつの間にそんなお話しになってたのかしら? 璃央君もやるじゃないっ!」
「彩華さん、違う違う。明日帰る前までに俺のヴェスパに乗せるって約束したからそれでだよ」
「口実なんてどうだって良いんだよ。いい歳して照れるんじゃないよ。みっともない」
「照れてなんかないよ。それ全部、婆ぁばの誤解だから」
「そう云う事にしといてやるさね。話しは聴いてたな? だから昼は勝手に食べるんじゃないよ」
「了解。弥生ちゃんの弁当を愉しみしてるよ」
「愉しみにしててね。あたしも頑張って作るから。ふふ」
「じゃぁ、俺はそろそろ店に行くよ。また後でね。弥生ちゃん」
「玄関まであたしお見送りするわ」
師匠や彩華さん達と同様に璃央さんをお見送りする為、璃央さんを追って居間を出て廊下を歩くのって新鮮な感じね。
あたしも毎朝お見送りしたいし、お出迎えだってしたいわ。
毎朝一人で玄関を開けてドアを閉めたらロックしてるあたしが虚しいかもぉ……
だからこうしてお見送りするのって
いえ。あたしはその温もりを伝えたい。
誰でもない貴男に。
ん!?
これ……デジャヴュ?
なぜか既視感が在るわ。
でも璃央さんとは昨日初めて出逢ったのよ?
そんなのなんて在るはずもないのに――
SFみたく例えるならパラレルワールドって所なのかしらね。
でもデジャヴュなんて、たまぁ~に在る事だし。
あたしだってそう感じたのは
でも昨日からずっと不思議な事ばかり起こってる気がするわ。
ノイズ混じりのイメージに始まって。
アタシとのお話しでしょ。
そしてデジャヴュかぁ……
こんなに重なる……って云うより殆んどが初めての体験だわ。
でもちっとも怖くなんか無いのよね。
もし何かのお告げだとしても従いたくなっちゃうくらい。
でもあたしが日常に
あたしにとってこの非日常が日常になるならこんな嬉しいことって無いのに。
やっぱりこの夢のような
まだまだ半人前だけど社会人なのだし。
璃央さんが去り際に視せたはにかむような笑顔が素敵だったわねぇ。
ちょっとドキッってしたのは内緒だけどっ。
毎日のように出来たらきっと幸せなんだろうなぁ。
あたしってこう云うのに――
もっと云っちゃえば男性に対して免疫がないんだろうか……
それとも璃央さんが特別な……
あぁもうぉっ。考えるの止めぇぇぇ!
答えなんて在って無いようなものなのだから。
どうせアタシに云わせたら
『答えなんて決まってる』って云うでしょうけど!
知・ら・な・い・わ・よ!
そんな事よりお弁当作らなきゃ。
「あのぉ。彩華さん。璃央さんの好物って何ですか? 釜土で炊いたご飯以外でお願いします」
「そうねぇ。あの子って基本的に好き嫌いないのよね。お酒は好きだからそういう意味で好物なのはお酒の肴かなぁ。でもお弁当でしょ? 弥生ちゃんが作ったのなら何でも喜んで食べると思うわよぉ。ふふふ」
「そうなんですか。ちょっと残念です。折角だから苦手なお料理をいっぱい作ってあげようかな? って考えてたんですけど……無理っぽいですねぇ」
「あらまぁ。ふふふ。弥生ちゃんって可愛らしいわね! キュートって言葉が似合い過ぎるもの」
「えっ? 何でそうなるんですかぁ。ちょっと悔しくてそうしたかったんですよぉ。それだけです」
「私だって女よ? そんなの解かるに決まってるじゃない。女心は複雑なのよねぇ」
「彩華さぁ~ん。あたし、何だか俎板の上の鯉になった気分ですよぉ。」
あたしの油断で完全にアプローチを間違えたみたい……
決定的に。壊滅的に。いゃ徹底的に。
ちょっとだけ意地悪するのも良いかなって軽い気持ちで質問してみたのだけど、上がる土俵を間違えて鴨ネギにされる方をチョイスをしてしまったみたいよ。
彩華さんじゃなくて師匠に尋ねた方が良かったのかも知れないわね。
うーん……
どちらも手薬煉を引いて待ち構えてるオーラを纏ってるから、同じ結果になった気もするけど――
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