甲斐甲斐しく

 やっぱり小さな女の子って凄く可愛らしいけど、この双子ちゃん達は特別だわぁ。

 若いお母さんが着せ替え人形みたいな感覚で色んなお洋服を着せたくなる気持ちがよく解るもの。

 紫音ちゃんと綾音ちゃんにしたって、ビーズ付のヘアゴムとかシュシュみたいな簡単なヘアアクセで可愛くなっちゃうのよ。

 いえ……元々が可愛いからアクセが素晴らしい訳では無いけど……


『より一層、可愛らしくなった』

 

 これねっ!

 あ~ん。こんな事ならシュシュとかいっぱい持ってくれば良かったぁ。


 アナタ ニ ヨチノーリョク ナンテ ナイワヨ。


 そんなの解かってるわよぉ。

 予知能力があたしに在ったら後悔なんてして無いでしょ。



「彩華さんに報告が在るんですけど、良いですか?」


「ん~何かなぁ? もしかして璃央君にプロポーズされたとか? 招待客リストに入れといてね」


「なんでいきなりそんなにお話が飛躍しちゃうんですかぁ……」


「あらっ。違ったの? 璃央君もヘタレねぇ。ふふ」


「違いますって! 璃央さんも関係するお話ですけど、そっちじゃないですよ。もう」


「そっちってどっち? 弥生ちゃん意識し過ぎじゃないかしら? 可愛いわね」



 彩華さんは揶揄いモードで手薬煉てぐすねを引いてスタンバってるわ。

 さて、どうやってお話しを戻そうかしら――

 いま璃央さんに振ると火に油を注いで一気に炎上なんて事になりそうだし……

 ちょっと強引でも彩華さんをスルーしてお話し進めちゃうのが得策かも?



「それでですね。明日の事なんですがあたし電車で帰る事にしたんですよ」


「あらぁ~上手く躱されちゃったみたい。弥生ちゃんもやるわね」


「続けますね。その理由なんですが、璃央さんにあたしのバイクを改造して貰うってお話しになりまして、相談した結果このままバイクをお預けするのが一番スムーズなのでそう云う事になりました」


「そうなの? 弥生ちゃんは改造しなくて良いのかな? ねぇ璃央君」


「そんなに引っ張らないでよ。俺のレーサーを視せたら弥生ちゃんが気に入ってさ。そう云う事ならカスタム作業をやろうかって話しでね。最低でも三週間くらいは時間が必要だから今回は弥生ちゃんに電車で帰って貰うんだ。それで完成したら連絡するって感じでまた来て貰う必要在るけどね」


「ふ~ん。そう云う事ね。璃央君もちゃっかり抜け目ないじゃないの。ちゃんと囲い込むなんて私も見直したわよ。これじゃもうヘタレなんて揶揄えないわ。ごめんなさいね。ふふふ」


「もう。彩華さんそのくらいで勘弁して下さいよぉ。あたしって自分で云うのも変ですけど、そう云う事にあまり耐性ないんですからドキドキしちゃいますよ」


「そうね。いまは大切な時期ときだもの。あまり揶揄って意識し過ぎちゃって駄目になったら元も子もないわ。お義母さんには私から伝えておくわね。反対なんてされないと思うけど念の為よ」


「そう云えば婆ぁばはどちらに? お台所で晩の支度ならお手伝いしなきゃ」


「今日は彫刻の方のお仕事してるわよ。だから余程の事がない限り声は掛けられないの」


「なるほど。集中力が必要なお仕事ですものね。お邪魔だけはしないようにしなきゃです」


「お義母さんって気に入ったお仕事か、代々の師匠の方々が受け継いで来たお仕事しかやらないから、私にも現在いまどんなお仕事してるのか解らない事の方が多いのよ」


「徹底してるんですね。芸術家は感性で創造する作品が大多数だと聴きますし」


「そうそう。お義母さん自身は職人って云ってるけど、私からしたら芸術家そのものなのよ」


「職人ってご自身で云うのも戒めって事ですかね? 常に向上心を持って探求を続けるなんて云うは易しですけど、実際には難しい事ですから尊敬します」


「玄関の小上がりにある観音様の事は弥生ちゃんも聴いたかしら? あれだけ素晴らしい像でもお義母さんには気に入らない所が在るらしいの。私から視たら非の打ち所がないんだけど」


「お聴きしましたよ。戒めの為に眼に付くようにしてるとか」


「本当にお義母さんは自分にだけには厳しいのよ。妥協を良しとしないって云うのかな」


「人間とは一生掛けて学んで往くものだって仰ってました」


「ストイックなのよね。でも厳しくないと到達できない領域が在るのも感覚では解かるわ」


「そうですね。お話しを聴いてあたしも見倣わなきゃって素直に思いました」


「璃央君もお義母さんと似た部分は在るわね。だから馬も合うのでしょうけど」


「俺は自分に甘いよ。でも楽な方に往きそうになった時に立ち止まるだけ」


「それが出来るのもストイックって事でしょ? あたしなら楽な方に流されちゃうと思うもの」



 師匠もだけど璃央さんにも圧倒されちゃうわね。

 責任感とプライドを持ってお仕事に取り組む姿勢には尊敬の念を覚えるわ。

 当然、彩華さんにもそう云う所が在ると思うのよね。

 いつも笑顔でフランクな雰囲気を醸し出すから、ストイックさは表立って視せないけど。

 家事全般を彩華さんが引き受けてるから師匠も安心して全力でお仕事に集中できるのだと思うし。

 紫音ちゃんと綾音ちゃんを可愛がるけど、母親として決して甘やかす訳じゃないのもその証拠よね。

 子供を持つ母親と云う認識も覚悟も在って、とても自然に振る舞ってるわ。

 あたしは全てに於いて見倣わなきゃいけない事ばかりなの。

 そうよ。思い立ったが吉日って云うじゃない。

 あたしも少しはストイックになれるように努力しちゃおうじゃないのっ。

 勿論、お手本は師匠と彩華さんよ。

 こんなに素敵な女性なのだから当然ね!



「璃央君は今日はどうするの? 急ぎのお仕事でも在る?」


「急ぎなのは無いかな? でも何で?」


「今日もお夕飯を『こっちでしない?』ってお誘いでも在るのよ。少しは察してね」


「それはごめん。折角だし邪魔じゃ無いならお願いしようかな」


「了解しました。でも昨晩と違って普通のお夕飯よ」


「それは残念だねぇ。ってのは冗談だけど。毎晩あれ程のご馳走だったら俺の食生活は惨め過ぎるでしょ」


「そうよねぇ。冷凍食品と家からのお裾分けだもんね。だから璃央君が来るとお野菜いっぱいなのよ」


「前に俺はウサギかってくらい野菜のオンパレードだった事も在ったね」


「まぁ。あれはちょっとやり過ぎだったわ。お義父さんと透真さんにも不評だったし」


「どんなお料理が並んだんですか? 興味あります」


「あの時はねぇ、里芋と人参と筍の煮物でしょ。コロッケに付け合わせはオニオンスライスとピーマンとキャベツの千切りを混ぜ合わせてブロッコリーとトマトを添えたわ。それに焼き茄子だったかしら?」


「それは……確かに男性には不評かも知れないですね」


「そうよねぇ。メインに豚の生姜焼きとか、お魚のムニエルだったらセーフでしょうけど」


「婆ぁばは何も云わなかったんですか? お祖父様と喧嘩してたからとか?」


「違うのよぉ。あの日はお義母さんも今日みたいにお仕事していて私一人で晩の支度したの。あの時は流石のお義母さんも顔をしかめたわね。あの献立は大失敗よ」



 あたしは笑いを噛み締めて堪えるのがやっとだわ。

 だって師匠が並んだお料理を前に苦虫を噛み潰したような顔をしたって事でしょ。

 ご飯の支度を彩華さんに任せた手前、何も云えなかったのでしょうけど。

 璃央さんはその時の献立を思い出してるのか、難しいそうな複雑で微妙な表情をしてるわね。

 対照的に彩華さんは『失敗しちゃったぁ』って感じであっけらかんとしてる。

 でも彩華さんの気持ちも分かるなぁ。

 お料理も毎日の事だから献立に失敗する事も在るわよねぇって。

 あたしの失敗例だと、インスピレーションだけで創作料理を作ったら『これってお料理って云えるの?』みたいなのが出来ちゃって……

 そんな時はもう失敗なんてレベルでは無くて後悔したって表現が正しいわ。



「璃央君はもうお店に戻らないならビール出しましょうか?」


「それは魅力的なお誘いだね。その前にシャワー浴びて来たいかな」


「そうね。それが良いわ。お湯も張って在るから浴びてきたら?」


「それじゃ遠慮なく。紫音に綾音。お前らはどうするんだ?」


「おにぃちゃん。きょう おねぇちゃんと はいりゅん だよ」


「ねぇねと いっちょ なにょのよ。リオにぃは おひゅとりで  どうぞ」


「弥生ちゃんにお願い出来るかな? もうこの娘達が勝手に決めちゃってるのよぉ。ごめんねぇ」


「全然大丈夫ですよ。あたしも一緒にお風呂したかったので」


「そぉ。ありがとう。手間掛けちゃうけどよろしくねっ」


「畏まりました。ふふ」



 嬉しいぃ~! 紫音ちゃんと綾音ちゃんと一緒にお風呂よ!

 しかもご指名まで戴いちゃって。

 ねぇ~。 聴いてる? アタシさん。

 羨ましいでしょうぉ。譲ってあげないわよっ。


 キコエタワヨ。 ヨカッタジャナイノ。

  チャント アラッテ アゲルノヨ?


 勿論じゃない。やっぱりシャンプーハットとかするのかなぁ。

 二人同時は無理だから洗ってあげる順番はジャンケンで決めるのが良いかしら?

 何だかじっとしてると不気味に嗤ってしまいそうだから、璃央さんが汗を流してる間にビールに合う軽いおつまみでも作りましょうかねぇ。

 

 それじゃぁ。なにをお作りして差し上げようかしら?

 でも、何かいまのあたしって甲斐甲斐しくない?

 さっきタンデムした時の仕返しおかえしも在るから……

 そう考えると彩華さんの献立じゃないけど、やっぱりお野菜に一択でしょ!

 お野菜はいっぱい摂らなきゃねっ。そうよ、そうよ。



「彩華さん。あたしが璃央さんの軽いおつまみを作りますから、お野菜を使っても良いですか?」


「あら~ふふふ。イイわねぇ~それで何を作るの?」


「あぁ~なにか勘違いされてませんか? そんなんじゃ無いですからねっ」


「え~勘違いって? なぁ~にぃかな~」


「もう……すぐ揶揄いモードに入らないで下さいよぉ」


「あらっ。解かっちゃったの? つまんないわよぉ。もう~。って冗談よ。ごめんなさいね。それでメニューはどうするの?」


「お夕飯前だからやっぱり軽いもので、キュウリとミョウガが在れば簡単なお味噌和え出来ますけど。少し軽すぎちゃいますかね?」


「ん~そうねぇ。ちょっと可哀想かもね。あっ! お豆腐在るから冷奴なんてどぉ? お味噌和えと冷奴で良いんじゃ無いかしらね」


「そうですね。お夕飯前ですから丁度良い感じだと思います」



 彩華さんのアイディアも在ってメニューは決まったわ。

 でも両方とも火を通さないからお料理って云って良いのか微妙なのだけど。

 キュウリは小口の薄切りにして、お味噌とお砂糖それに胡麻油を少々加えて和えたら小鉢に盛り付けて、ミョウガの千切りを天盛りすれば完成よ。

 お祖父様と透真さんがお帰りになられたら晩酌されるだろうし、お二人の分も一緒に作って置けば盛り付けるだけになるから、彩華さんの手間も省けてちょうど良いわね。

 問題は冷奴よね……

 普通に薬味を刻んで天盛りするだけじゃちょっと物足りない気がするわ――

 どうしよう……しらす干しが在ったら塗すように盛って薬味を載せればちょっと面白いかも?

 薬味はやっぱり生姜でしょ。お葱でしょ。ミョウガ、それに大葉を刻んで最後に白ゴマを少々振っても好いわね。

 彩りも綺麗になるし。そうしましょ。

 お手軽なメニューだから完成まで十分もかからないわね。



「弥生ちゃん、璃央君お風呂から上がって来たわよぉ」


「えっ? まだ十分くらいですからいくら何でも早過ぎないですか? もしかしたら彩華さん揶揄ってます?」


「そんな事ないわよぉ。璃央君っていつも鴉の行水でね、昨日は紫音と綾音が一緒だったでしょ? だからそれなりに時間掛かったけど一人だとあっという間なのよ」


「それじゃほんとにシャワーだけって事ですね。鴉の行水どころか行水もして無いなんてあんなに素敵なお風呂なのに勿体ないですよぉ」


「ふふふ。弥生ちゃんも上手いこと云うわね。行水すらして無いなんて」


「的を得てましたか? ふふ。お味噌和えは少し冷やし足りないですけど仕方ないですね。そうそう。彩華さん、しらす干しも使っても良いですか?」


「良いわよ。でも何に使うのかしら? 大根おろしでもしたの?」


「少し変わった感じですけど、冷奴に天盛りしようと思いまして。お豆腐に刻んだ大葉を散らして、しらす干しを天盛りするんです。薬味は最後におネギにミョウガ、おろし生姜って感じのっけ盛りですね」


「あらぁ、それは美味しそうね。やった事は無かったけど、目から鱗で盲点だったかも」


「それじゃぁ、ちゃちゃっと支度しますね」



 あたしは本当にちゃちゃっと仕上げたら、お盆にお味噌和えと冷奴のしらす添えにビールとタンブラーを載せて璃央さんの居る居間へ運ぶ。

 そうそう、お醤油は少なめにしてって云わないといけないわね。

 しらす干しの塩気も在って、普通の冷奴の調子でお醤油を使うと塩っぱくなり過ぎてしまうだろうから。

 居間のテーブルに璃央さんのおつまみとビールをサーブしたらお待ちかねのお風呂イベントよっ!

 使ったお盆をキッチンまで返しに行ってから、着替えを取りにお借りしてるお部屋に寄って、紫音ちゃんと綾音ちゃんと三人でお風呂へ向かったわ。



「はぁい。バンザイしてぇ。そうそう。良い子ね。ふふ」


「あたしも直ぐに行くから先に入ってお風呂のお椅子に座っててねぇ」


「らじゃぁ。やよいおねぇも はやくねぇ」


「はぁ~い。ねぇねも はやく きてね」


「うん。ちょっとだけ待っててね」



 逸る気持ちを抑えつつ、あたしも服を脱ぎ軽く畳んで籠に入れると引き戸を開けて足を踏み入れたわ。

 さぁ、お愉しみタイムの始まりよっ!

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