第四章 蕩けてそして融かされて

風の唱

 あたしの軽口から璃央さんと微妙な雰囲気になっちゃった。

 お話しをバイクに振ってくれたから少しは誤魔化せたけど……

 ちょっとバツが悪い感じなのはバレバレよね?

 下手に取り繕っても墓穴を掘るだけのような気もするし――


 どうしようかなぁ。これから。

 お散歩しながら師匠のお宅に戻ろうかな?

 その前に彩華さんにアプリでメッセージ入れてお野菜とか必要ならお買い物してかなきゃだわ。



「弥生ちゃんはこれからどうする心算? 婆ぁばのトコ戻る?」


「そうしようかなぁって思ってるわ」


「少し……そうだなぁ。十分くらい待ってよ。弥生ちゃんのバイクの試運転も兼ねて送ってくから」


「もう終わったの? でも試運転って必要? 璃央さんが作業したなら完璧じゃない」


「馬鹿な事を云わないでよ。俺だって人間なんだからミスる事だって在る。それにバイクは乗り物なんだし命だって載せて疾しるんだから、整備が完了したら試運転するのは当然なんだよ。テストもしないで整備が完了したなんて云えるのは責任を放棄したに等しいんだ」


「やっぱりプロって責任感が違うのね。凄いわ。尊敬します」


「そんな大袈裟な事じゃ無くて当たり前の事。それより待てるかな?」


「待てるけど。良いの? あたしって邪魔になってない? あたしだったらお散歩する気分で戻る心算だったし」


「問題無いよ。何度も云うようだけどテストのついでに送って行くだけだから。気にしないで」


「うん。それならお願いします。彩華さんにお野菜とか必要なの無いか確認しながら待ってるわ」



 へぇ~。璃央さんがプロフェッショナルな真剣な眼差しで語ってくれた矜持は流石って感じ。

 妥協をしない姿勢ってその気持ちが解るから凄く感銘を受けるわ。

 これもあたしの知らなかった璃央さんの一面なのね。

 実直な人柄だけどユーモアも在って。

 それでいて紫音ちゃんと綾音ちゃんには慈しみを持って接する。

 きっとまだまだ色んな彩りを隠してるに違いないけど、それはこれからのお愉しみかな?

 

 この先ずっと魅てたいから。

 この先ずっと寄り添って歩いて行きたいから。

 やっと交わった路だからどんな岐路に起とうとも一緒に。



「お待たせ。彩華さんは何か云って来た?」


「ううん。お野菜はたくさん在るから大丈夫だって」


「そうか。それじゃ送ってくよ。後ろに乗って」


「はぁい。でも自分のバイクなのに初めて後ろに乗るわ」


「それは自分のバイクだからだよ。運転するのが当たり前になってる」


「やっぱりそうよね。あたしの友達にバイク乗る人が居ないのも原因かな?」


「もしかしてバイクのタンデムは初めてとか?」


「そうかも……うん。タンデム自体初めてよ。乗せるのも、乗せられるのもね」


「飛ばさないけど乗ったらちゃんと掴まっててよ。」


「うん。掴まってる。だってちょっとだけ不安だもの」



 あたしはタンデムシートに跨って遠慮がちに璃央さんの腰の辺りに掴まる。

 すると璃央さんがあたしの手に優しく手を添えると、両手をお腹の前まで誘導して掴まらせる。


 やだっ……あたしが後ろから抱き着いてるみたいじゃない。

 この璃央さんひとって優しいんだか。大胆なんだか。

 鈍感なんだか……


 もう少しあたしの想いも察してよっ!

 女の子なのよ。あたしは。

 まだ知り合って間もないのよ。はしたないって想われたら嫌じゃないっ。

 でも広い背中が心地いいのよね。

 この微妙な乙女心は絶対に理解してくれないでしょうけどねっ!

 だからちょっと悔しいぃ。

 ヘルメット越しに頭突きして抗議してやろうかしらっ!

 もう。どうなっても知らないんだから!


 カコンッってシフトする音がした。

 そのままクラッチミートしてバイクは動き出す。

 疾しるって感じのスピードじゃなくゆっくりと。

 敷地の出口で一時停止して左右の確認をすると今度は一転して疾しり出した。


 ほんの少しだけど。ちょっとの間なんだけど。

 それだけで感じてしまう絶対的な安心感。

 あたしが運転してる時より全然スムーズに疾ってる気がするわ。

 雄大な海原を泳ぐイルカのように。

 大空に舞い上がる渡り鳥のように。

 風と戯れるようにバイクを疾しらせる。


 それはまるで風が彩ずき唄を奏でてくれてるみたい。

 そのハーモニーの指揮棒タクトを握るのは璃央さんね。

 不思議な人だわ。

 少しシチュエーションが変わると違う一面を覗かせる。

 かと云って掴み処が無いのかと云えばそうじゃ無い。

 理由なんて無いけど何となくあたしには解かってしまうの。



「ねぇ。風が気持ち良いわっ」


「ええ? 何だって?」


「だ・か・ら。風が気持ち良いのよっ!」


「そうか? いつもと変わらんぞ」


「あんたねぇ。ちょっと。そこは同意する流れでしょ!」


「俺は正直者なんだよ」



 ゴン! ゴン! ゴン!

 あたしは璃央さんのヘルメットに頭突きをして抗議する。



「やめろって。危ないからさぁ」


「いいじゃない。痛くなんか無いでしょ?」


「そう云う問題じゃないって」


「だったら素直に共感すれば良かったじゃない」


「無茶云うなよ。しまいに泣くぞ? 俺」



 お散歩も兼ねて歩いてお店に来た時と違って、やっぱりバイクだと直ぐに着いちゃうわね。

 もう少し疾ってたい気分だったけどまた機会が在ると良いなぁ。

 そう云えば紫音ちゃんと綾音ちゃんはお昼寝から起きる頃ね。

 一緒に遊べるかしら?

 あっ! その前に明日は電車で帰る事なったのを師匠と彩華さんに報告しなきゃ。

 まずはそれからよね。



「ただいま戻りました。弥生です」


「お帰りなさい。璃央君も一緒なのねぇ。若いって良いわね。ふふふ」


「彩華さん、出し抜けに何を云ってるのよ。俺は試運転ついでに弥生ちゃんを送って来ただけ」


「いいのいいの。照れなくてっ。そんな事より上がって居間で寛いでてね。お茶持って行くから」


「ありがとうございます。お言葉に甘えてそうさせて戴きますね」


「それじゃ俺も少しだけ」


「そうね。あの娘達をお昼寝から起したら支度するからちょっと待ってて」



 居間には誰も居なかった。

 璃央さんと二人きりなのは嬉しいような気恥しいような……

 あたしだって意識するような事じゃないのは頭では理解してるし璃央さんも平然としてるけど、タンデムした時に後ろから抱き着くような感じだったからちょっとだけ離れた感じで座ったの。


 バタバタバタ!

 廊下を走って来るような音がして視線を向けてると紫音ちゃんが顔を出したわ。

 そのまま璃央さんにタックルするみたいに跳び込んでく紫音ちゃん。

 綾音ちゃんはどうしたのかしら?

 なんて思ってると眠そうな眼を擦りながらゆっくり姿をみせたの。

 あたしと視線が合ったからかそのまま近づいて来るわ。

 そして綾音ちゃんはよろよろと座ってるあたしの眼の前まで来ると、尻餅をついて『キョトン』って顔して卓袱台にお座りしちゃった。

 

「ねぇね だっこ」


「うん。良いわよ」


 そう云って両手を差し出す綾音ちゃんを抱き上げあたしの膝の上に乗せると、背中を凭れ掛けさせてあげながら頭を抱くみたいに髪をそっと撫でてあげる。

 やっぱり昨日と同じでまだ寝足りないのか、ちょっと寝惚けてるみたいに反応が薄い所を視るとまだ半分くらい眠ってるのかしら?

 あらっ。

 仕種が愛らしくて気付かなかったけど、お昼寝してたからかいつものポニテじゃないわね。

 せっかくだから結ってあげましょっ。

 あたしはポーチから携帯用ブラシとシュシュを出して髪を梳き始めたわ。



「綾音ちゃん。痛くない? 大丈夫?」


「うん。いたくないよ」


「良かった。少しだけ動かないでね。スグ可愛らしくしてあげるから」


「かみ なでられりゅの きもちいいのよ」


「ツヤツヤで柔らかくて羨ましいわねぇ」


「良かったな。綾音。また可愛くなるんじゃないか?」


「そうよ。わたしは りおにぃの およめさんにゃのよ。とうぜんよっ」


「待て綾音。そう云う事は大人になってから云ってくれ」


「すぐ おっきく なりゅから りおにぃ しんぱい にゃいわ」


「弥生ちゃんからも云ってやってくれよ」


「良かったじゃない? モテモテでっ。ふんっ!」



 ちょっとだけサービスして拗ねた振りしてあげるの。



「はい。出来たわよぉ。いま手鏡で視せてあげるからね」


「ねぇね ありがと」


「どう致しまして。ふふ」


「あらあら。綾音ぇ……可愛いわね。弥生ちゃんありがとう」


「いえいえ。あたしが髪を結ってあげたかっただけですから。でも凄く可愛らしい」



 ちょうどポニテに結い終わった時に彩華さんが、お茶とお菓子それに双子ちゃんのリンゴジュースを持って来てくれて、それぞれ差し出しながらお礼を云われたの。

 少し時間が経つとだんだん元気も戻って来たおしゃまさんな綾音ちゃんは、やっぱり可愛いから着せ替え人形みたいだけどもっと可愛らしくしてあげたいじゃない。

 ポーチに入れて在ったシュシュは水色だから、綾音ちゃんのイメージとちょっと違う気もするけど、似合って無いって訳じゃないから及第点ってところかな?



「やよいおねぇちゃん わたしも かみ なでて?」


「良いわよ。今度は紫音ちゃんね。綾音ちゃんと交代しましょ」


「あやね こうたいね」


「うん。いいわよ。ねぇね また なでなでして」


「勿論。また髪の毛を結ってあげるわ」


「じゃぁ わたしのばんっ」


「紫音ちゃん。あたしのお膝に座ってね」


「うん。わかったぁ」


「やっぱり髪質は同じ感じねぇ。サラサラしてて触ってるだけで気持ち良いわ」


「わたしも あやね みたいな ふわふわ つけて?」


「紫音ちゃんの髪の長さだとシュシュで結っても直ぐ解けちゃうからどうしましょ」


「ふわふわダメなの?」


「そうねぇ……紫音ちゃんは髪の毛じゃなくてビーズ付いたヘアバンドをバングルみたくお手々に着けてみない? それも可愛いわよ」


「うん。あやねと かみのけ おそろい じゃないの いつも」


「そうね。紫音ちゃんはショートだもんね。じゃぁ、このヘアバンドにお手々を通してみて」



 なんて聞き分けが良いのかしら。

 ヘアアクセって点では同じだけど、用途の違う着け方しても喧嘩にならないんだもの。

 紫音ちゃんと綾音ちゃんは違う個性なんだって云う感覚がきっと在るのね。

 それに睦まじく順番コするのも微笑ましくて良いわ。

 本当に仲良しさんだし、なんて愛らしい双子ちゃんなのっ。

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