掛け違えたボタン
弥生ちゃんはヴェスパに乗って余程愉しかったのか、感想を
それを自然に笑いながら聴いてる俺が居る。
いつもの貼り付けたみたいな
昔から俺が漠然と憧れたものが形になり始めた確かな感触。
それはやがて彩ずき柔らかな陽射しの中を跳ね廻る。
そんな予感が過ぎると、まるで深い渓谷に架かった橋の欄干に燈りが灯るように全てが繋がり広がって行く。
この娘がそうだと云うのか!?
それとも……
『東京を離れた俺のノスタルジーなのか?』
何故こんなに真っ直ぐに当前のように馴染んでしまった
幾重にも連ねて仕切った巨大迷路の壁を、まるでそんなものは存在しないかのように素通りして真っ直ぐに突き進んで来る彼女。
『そんな
「ねぇねぇ。あのバイクテストしてる場所って凄いね! 何であんな場所が在るのか不思議だわ」
「ん? あぁ、あのテストコースを何で知ってるの? 俺、云ったっけ?」
「違うのよ。真っ直ぐな路だけだと勿体無いから良い感じの路を探そうと思ってスマホのナビで地図を視ようとして停まったの。そうしたらお婆さんに話し掛けられて教えて貰ったから行ってみたって感じよ」
「そうだったのか。だったら教えてあげれば良かったな。あのコースは透真が高校生くらいの時にミニバイクレースの練習とテストで使ってたらしいんだよ。元々は慎爺ぃの先代が重機と資材置き場にしてたらしいけど空き地になってたみたい。婆ぁばも大型トラックの運転を練習するのにも使ったって云ってたなぁ」
「へぇ。それでいまは璃央さんがテストコースに活用してると。でも大型トラックも運転できちゃうなんて婆ぁばって凄いのね。あたしはあんなに大きいトラックなんて運転出来る気がしないわよ」
「なんか現場で動かせると便利だからって大型の免許を取得したとかだったかな?」
「そうなのね。便利だからって理由で運転しちゃうなんて婆ぁばらしいけどっ。まだまだ知らない事がいっぱい在りそうね」
「そうだなぁ。月詠家はカラフルな人ばっかりだから多分いっぱい在るよ」
「皆さん個性的よね。彩華さんもいっぱい在る筈だわ。特に紫音ちゃんと綾音ちゃんみたいな可愛い娘を産んで育てるコツとか教わりたいわぁ」
「あんな悪ガキはあの二人でもう充分だよ。これ以上増えたら身が持たない」
「そんな悪ぶったこと云ったって双子ちゃんが可愛いくて仕方ないのバレバレよ?」
あっ! この笑顔だわ。璃央さんのはにかんで照れたような。
涙で靄けた視界の中で魅せられたあの笑顔。
ノイズ混じりの光景が次第に鮮明さを増して甦って来るみたい。
それってシンクロしてあたしが想い込んでるだけなのかしら?
でもパズルの欠けてたピースが嵌ってあの光景が眼の前に広がって行くの。
何もわからないけど、解ってしまう。
その先はいまは考えても仕方ないわ。
あのイメージが何なのかって正体を探るだけで精一杯なのだもの。
もう完全にあたしのキャパシティーはオーバーフローしてるのだから。
「ところで弥生ちゃん。バイクのカスタムプランはどんな感じで進める心算?」
「そうよねぇ。逆にどうしたら良いか教えて?」
「そうだなぁ……いくら何でも今日、明日中に出来る作業じゃないから、一旦は仕切り直す必要が在って――時間的には最低三週間は欲しいかな」
「いまの状態からあそこまでの改造するんだもの時間は掛って当然よね。それは解ってるのだけど……どうしよう。バイクに乗れないと云う時間的な事は構わないのよ。でも流石に三週間もお休み在る訳じゃないし」
「えっ! カスタム作業が終わるまで待つ心算だったとかって凄い発想するね。なんかねぇ、もう弥生ちゃん面白過ぎるよ」
「なぁによぉ。もう。云ってみただけなのだから面白がらないでっ。それより現実的にはこのまま璃央さんにお預けして作業して貰うのが手っ取り早いわよね。そうするとあたしは電車で帰れば問題ないし、それにまたここに来れる理由にもなるでしょ?」
「弥生ちゃんが向こうでバイクが無くても不自由しないならそれで俺は構わないよ。帰る時は駅まで送るし」
「バイクが無くても困らないわ。だって最近はずっと月に一度くらいエンジン掛けるだけだったのよ」
「それなら大丈夫そうだね。どうする? 予定通り明日帰る? もし今日帰るなら――」
「勿論、予定通りに決まってるじゃない! せっかく素敵な皆さんに出逢えたのだから勿体ないわよ」
「そうか。それなら婆ぁばの家まで送って行くよ」
「待って。もう少しお話しが在るのよ。大事なお話。カスタムの事なんだけど」
お話しの流れで電車で帰る事になったのだけど、少しノープランが過ぎたかしら?
電車で帰るのは全然構わないし。
でも衝動的にカスタムの依頼しちゃったのは自分でも驚くけど、後悔も撤回する心算もないわ。
だってあんな格好良いバイクを見ちゃったら乗ってみたいじゃない。
もう魅せられてしまったのだから止めるなんて出来る訳ないわよ。
自分があのバイクに乗ってる姿を想像しただけでゾクゾクしちゃう。
ワクワクしてドキドキが溢れて来るの。
そう云えば、あたしがこのバイクを購入した時も一眼惚れだったわねぇ。
バイク屋さんでこのコが眼に入った時に『これだ!』って感じたの。
カタログや雑誌で視て半分くらい決めてたバイクよりシンパシーを感じたわ。
このバイクに乗りたいって衝動がどんどん強くなって。
このバイクじゃなきゃ駄目ってなって。
いま想うとこれも運命の巡り逢わせだったのかしら?
「カスタムってあたしのバイクだと具体的にどんな作業をするの?」
「外観的な大きな違いはエキゾーストシステムをワンオフで造る事かな。まだ図面は残して在るから設計する手間は省けるけど少し内部をモデファイするよ。基本的な構造はそのままでもレースで使う車輌じゃ無いから、排気の近接騒音を抑えないと公道を疾しる為に道交法の基準をクリア出来ないんだ」
「やっぱりレースで使うのと公道を疾しるバイクじゃ違うのね」
「うん。絶対的なパワーは抑えられるけど、その代わり排圧を掛けられるから中低速が太くなって公道では乗りやすいエンジン出力特性になるよ。エキゾーストに併せてキャブレターも換装してジェット類のセッティングすればエンジン関係の作業は終わるね。今回はピストンやシリンダーなんかのパワーアップ系のエンジンチューンはやらない方向だから」
「なんでエンジンチューニングはしてくれないの?」
「それは弥生ちゃんがどのくらいバイクに乗れるか未知数だからだよ。扱えないパワーのエンジンに仕上げたってそれは改悪にしかならない。弥生ちゃんのポテンシャルがエンジンパワーより勝って不満を感じるようになったら、エンジンのチューンメニューを練り上げて作業しても遅くないと思うよ」
「そうよね。あたしはレースなんてやった事ないし、サーキットすら疾った事もないもの。ここは璃央さんのアドバイスに従った方が良いのは明白だわ」
「そう云う事だね。エンジンパワーに不満が在るようだったらレーサーのエンジンに換装してテストした上でチューニングの方向性を決めても良いし」
「もしそうなったらお願いね。それともうひとつ良いかな? ううん。これが一番重要な事かも知れないわ。カスタムの費用の事なんだけど。大雑把で良いから概算でどのくらい必要?」
「そうだなぁ。久し振りにフルカスタムに近い事やるから愉しそうだし、弥生ちゃんのバイクだし――ある時払いの催促なしで良いかな」
「それは駄目よ。そこはちゃんとしなくちゃ。あたしだって少しくらいなら貯金あるし払えない訳じゃないと思うの。でも概算くらいは知って置きたいのが本音よ」
「でもなぁ。じゃぁこうしようか! 弥生ちゃんが依頼者だし俺も愉しそうだからこのカスタムをやりたい。だから材料やパーツ代の必要経費は請求するって事で……概算だと――¥〇〇〇くらいになるかな?」
「もしあたしじゃ無くて愉しそうじゃなかったら?」
「そうだなぁ。このくらいかな?」
「えっ!――それってあたしのお給料の数か月分よ? 無理! 払えないわ」
「だから普通に掛かる費用なんて払えって云ってないよ」
「それじゃぁ。あたしの身体で……なんてねっ」
「あ? なに云ってんの? ふざけてんの? あぁもうやめ止め! このカスタムの話しは無しにしよ」
「なに? もしかして怒ったの?」
「もしかしなくても怒ってるよ。当たり前だろ? あんまり俺を易く視るなよ」
「ごめんなさい。冗談が過ぎたみたい。謝罪します」
「冗談でも云って良い事と悪い事は在るんだ。そこを解って欲しい。特に弥生ちゃんには――」
「はい。本当にごめんなさい。TPOは弁えて気を付けます」
「解って貰えれば良いんだ。俺もちょっと云い過ぎたかな。悪かった」
「いえ。あたしが悪ノリし過ぎたから……」
あぁ……やっちゃった……やらかしちゃった――
ちゃんと反省して二度と同じ事を繰り返さないようにしなきゃ。
璃央さんに嫌われちゃう……
そんなのは嫌だわ。絶対に嫌っ。
アナタ スコシ ウカレ スギテ ナイ?
イイ キカイ ダカラ ハンセイ シナサイ。
うん。そうする。猛省します。
じゃないとあたしの世界が半分滅びそうだもの。
そんな事になったら後ろしか視えなくなっちゃうじゃない。
そんな後悔なんて絶対に嫌だわ。
そこまで考えて璃央さんの様子を伺おうとした時――
突然に、あまりにも唐突にあのノイズ混じりのイメージが鮮明に脳裏に甦ったの。
ジジッ……ジジッ……
「寂しかったか? 悪かったよ」
「寂しかったわよ。当たり前じゃない」
「もう離さないから。責めないでくれよ」
「責めてなんかない」
「知ってる。久し振りなんだ。言葉を間違えたよ」
「間違えないで。言葉は紡ぐものよ」
「そうだな。此れからは二人で紡ごうな」
「どうしてくれるの」
「そうだな。涙が枯れるのを待つかな」
「枯れないわよ。ずっと」
言葉は紡ぐもの……そうだよね。
今度はあたしが間違えちゃったんだわ。
言葉をちゃんと紡がないとね。
間違えないように。
悲しい涙を零さないように。
そうよ。
あたしを視つけてくれたのだもの。
ずっと待ち続けて居たのだもの。
やっと巡り逢えたのだから離れたく無いのよ。
お願いだからあたしを離さないで――
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