サヨナラの扉

 双子ちゃんのオーダーも決まったから食券を発券機で購入し、彩華さんとあたしで手分けしてカウンターに受け取りに行く。

 ソフトクリームは溶けちゃうと悲しくなるから一番最後ね。

 もうこれは前時代的な感じでも語尾に「JK」って付けたくなるくらいよっ。

 でもネットスラングだから口頭であたしも云った事ないし、誰かが口にするのも聞いた事はないのだけどねっ。


 順番の最初は彩華さんがオーダーしたスイーツのカウンターで、食券を渡してナンバーを振ったカードを受取ると、出来上がるまでの間にドリンクのカウンターを周る事にしたわ。

 ドリンクは直ぐに受け取れてトレーに載せると、お好みを聞き忘れたから、スティックシュガーとガムシロップ、それにコーヒーフレッシュも一緒に貰った。

 出来上がったスイーツを受取り、最後はソフトクリームにスタンドを付けて貰いスプーンも借りてオーダーは全部揃ったわ。


 皆さんが居るテーブル席に持って行くと、紫音ちゃんも綾音ちゃんもキラキラした瞳でソフトクリームに釘付けになっちゃった。

 二人とも璃央さんと愉しそうにお話ししてたのに、あっさりと振っちゃっうんだから、あたしは思わず吹き出しそうになるのを必死で堪えたわ。

 真っ直ぐにソフトクリームを見詰める二人の瞳には、ハートマークが灯ったように視えてしまったの。

 璃央さんのモテ期は敢え無く終了となり、ほんと良い気味だわっ。ふふ。


 そんな双子ちゃんを柔らかい眼差しで眺める師匠が印象的だった。

 てっきり何か云うのかと思ったけど、何も云わずに口元を綻ばせて柔和な顔で。

 それはまるで観音様のお顔のようだったわ。

 愛情の溢れる笑顔は、忘れる事なんて出来ないほど慈愛に満ちてた。


『なんて素敵な笑顔なの。あんな顔になれる女性にあたしもなりたいわ』


 これはあたしの憧れと同時に目標としなきゃね。



 愉しい時間は早く流れて行ってしまうもの――

 フードコートでの休憩もお開きになると、駐車場まであたしの荷物を取りに戻りターミナル駅に向かう事となった。

 途中、あたしの都合で会社の同僚が皆で摘まめるようにって、お茶菓子をお土産屋さんで購入するのに寄り道しちゃったけどね。

 ターミナル駅が近付くにつれ足取りが重くなるけど、ここはあたしの頑張り処。

 お別れのご挨拶はちゃんと笑ってこう云うの。

『また直ぐに遊びに来ます』って。


 後ろ髪は引かれてるわよ。当然。

 でもあっという間よ――

 そう……三週間なんてあっという間なんだから。

 あっちに戻ってお仕事してれば直ぐよねっ。

 だから。いまは。



 そんな事を考えながら気もそぞろに歩き、到着したターミナル駅で券売機じゃなく、遠距離のチケットと特急券を窓口の方で購入した。

 師匠達は駅の入場券で改札を通り、列車のホームまで見送って戴けるって云ってくれる。

 とても嬉しいけど遣る瀬無くもなるから、諸刃の剣となって身を斬られる想い。

 ドアが閉まってゆっくり動き出す列車の窓から、視えなくなるまで覗き込むなんてシチュエーションを、実際にあたしが経験するとは今のいままで想像した事も無かったわ。

 そんなの映画やドラマの中のお話って考えてたもの。


 師匠はピンポン玉くらいの大きさで、濃紺の風呂敷に包まれたものを差し出してくれながらこう云った。



「弥生にこれを渡そうと思って持って来たんだよ」


「これは……何ですか?」


「そんな畏まるでないよ。只の土産だ。あたしからお前さんへの土産だよ」


「戴いても宜しいのですか?」


「何回も云わせるんじゃないよっ。その為に持って来たんだから。さぁ、遠慮なんてするもんじゃないから仕舞っておくれ」


「それでは遠慮なく頂戴します。開けてみても良いですか?」


「構わんよ。だけど戴したもんじゃないさね」



 早速包みを開けると今度は紫色の巾着袋が在り、袋の紐の端はその中に入っている。

 巾着袋の口を緩めて中の物を取り出すと、あたしは思わず『わぁぁ』っと感嘆の声をあげてしまったわ。



「それは根付さね。大昔は財布なんかに着けて使っていた飾り留め具だよ。現代いまで云うとキーホルダーの様なもんだ」


「こんな素晴らしいお土産をあたしに用意して戴いて感激です。なんて柔和なお顔の観音様……」


「それはかしらだよ。こう云うのは、観音様を彫る前に試し彫りなんかすると出来る副産物みたいなもんさね。だから大袈裟に考えるんじゃないよ」


「大切に。あたし大切にします!」


「大事にするのは良いが、それは道具だから仕舞い込んだり、部屋なんかに飾ったりするでないよ。道具は使ってあげなきゃ意味なんて無いんだ」


「はい。解かりました。大切に使わせて貰います」


「良し。それで良い。そうさねぇ、いまは白木だが何年か使ってると手の脂なんかで飴色になって照りも出て来るんだよ。そこまでになったらあたしが仕上げをしてやるさね」


「こんなに素晴らしいのに完成して無いのですか――いったい仕上げってどんな事をするのでしょう?」


「それはその時に教えてやるさね。だからいまはちゃんと使い込むこった。そうじゃ無いと仕上げは出来ないからねぇ」


「了解しました。仰る様にさせて戴きます」



 特急列車はホームに到着してドアが開くと、降りる人の邪魔にならないように避けて起った横を人がすり抜けて行く。

 降車する人の列が過ぎ、あたしは不自然にならないように意識しながら静かに特急列車に脚を踏み入れると、振り返りそのままフロアに起った。

 そして軽く瞼を閉じて深呼吸をして――お見送りのお礼を申し上げる。



「また直ぐに遊びに来ますっ!」

 

 『うん。完璧よ。いまのあたしはちゃんと笑ってる。満面の最高の笑顔だって自慢出来るくらいに』


 発車を告げるオルゴールが鳴り止み、圧縮エアの音と共にドアが閉まっていくわ。

 師匠。彩華さん。璃央さん。紫音ちゃん。綾音ちゃん。


 『お世話になりました。またね』


 声に出さずに口だけで呟く。

 視えなくなるまでは笑ってなきゃダメよ。

 もう少しだけ頑張れあたしっ!


 最後にバイバイって軽く手を振りながら、笑顔をお別れの言葉としよう。

 ゆっくりと、ひとりひとりを瞼の奥に焼き付けるように顔を視る。

 そして初めて気が付いた。

 皆さんの顔が唖然としてる事に。

 あたしのやらかした失敗に。

 

『えっ? なんでいま涙が零れてるの? まだ早いわよ――』






「十彩の音を聴いてーPower Switchー」 完

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 最終話までお読み戴きましてありがとう御座いました。

 ご感想のコメントやレビュー等を、お気軽にお寄せ戴きますと凄く嬉しいです。

 続編「十彩の音を聴いてーAre you all set to go?ー」明日24年7月24日より公開致します!

 物語は舞台を移し、新たな展開を是非ご覧下さい。

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十彩の音を聴いてーPower Switchー 七兎参ゆき @7to3yuki

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