日常へ
あたしの残り時間もあと僅かだわ。
刻一刻と迫って来る。
いつまでも居たいって想うけどそれは出来ない相談だから。
名残惜しいけどこれは仕方のない事よ。
三週間なんてあっという間じゃない。
あっちに戻ってお仕事で忙しなくしてれば直ぐよ。すぐ……スグ――
こうやって自分に云い聞かせないと踏ん切りがつかないの。
ずるずると流されたくなる弱いあたしを奮い立たせなくちゃね。
そうよっ。
一度戻ってから時間を掛けゆっくりと考えてそれからじゃないと、師匠や彩華さんそして璃央さんに合わせる顔が無いし何より失礼になるわ。
あたしの事なんだから自分自身で考えないといけない事。
まして今生の別れって訳じゃあるまいしっ。
お昼ご飯の後片付けが終わってからというもの、師匠とお知り合いになってからの事が断片的に走馬灯じゃないけど過ぎっては消えまた過ぎるって繰り返し。
寄せては返すさざ波のように騒めく気持ちに拍車は掛かり、取り留めも無い感情だけが先走る――
一人縁側に起ち庭を眺めては。
何かを考えてるような……
ぼんやり何処か遠くを視ているだけのような……
そんな弥生の姿を、彩華は慈愛に満ちた眼差しを向けながらに想った。
『このままずっと時間が留まってしまえば良いのに』と。
こんなにワクワクして愉しかったのはいつくらい振りかしら。
毎日それなりに忙しなくて愉しい事も沢山在るけど、ワクワクするって感じじゃないのよね。
紫音や綾音は、少し眼を離すとすぐに悪戯三昧だけど元気に育ってくれてる。
ご近所さんとの井戸端会議で揶揄ったり揶揄われたりも愉しいし。
いまの日常に不満は無く幸せだって心からそう想えるわ。
でもこの三日間と比べてしまうと少しだけ色褪せて感じちゃうのは何故かしら?
こんな幸せな日々に弥生ちゃんも加わればもっと良いのにって。
私の我が侭とも云えるのだけど、これは偽らざる想い。
それはお義母さんもきっと一緒……
こんなに張り切ってるお義母さんを視るのは久し振りだものね。
ひと月なんてあっという間。
そんなの解かってるわ。
きっと次に弥生ちゃんが来る時は、好い知らせと一緒なのも漠然と確信してる。
でもね――
お義母さんも同じものを感じていて、それが私の予感めいた何かを後押ししてくれるから確信に近いものを感じるけど、やっぱり一抹の不安は拭い切れないのよ。
この家で弥生ちゃんと一緒に暮らしたら、ちょっと停滞気味な日常が鮮やかな彩を伴って躍動的に動き出す。
一陣の風が吹き抜けるように毎日に彩りを添えて賑やかな、もっともっと愉しいそんな日々が始まる。
取り立てて何かが変わる訳ではない。
それでいて確実に変化の兆しは訪れる。
確定した未来を眺めるような絶対的だけど穏かな
想像するだけでも素敵な未来が果てしなく広がって行くわ。
だからこそ、こんなにも待ちきれない気持ちになるのじゃない。
「今日この娘達は昼寝する気は無いようだよ」
「そうね。きっと解ってるのね。ふふふ。ほんと弥生ちゃんって不思議な娘ね。それをひと目で見抜くお義母さんも不思議で凄い目利きだと思うけど」
「何でかねぇ。確かに眼を惹く娘だけど、こんなに面白いとは思って無かったさね」
「お義父さんも直感的に何か感じたみたいよね」
「そうだろうねぇ。じゃなきゃあんな事は云わないよ。あたしも少し驚いたくらいさ」
「弥生ちゃんは何がじゃなくて何かがなのよねぇ。璃央君みたいにオーラを纏うようなインパクトは無いけど、でもそこが弥生ちゃんらしさだわ」
「ふふん。彩華。それはお前もだろ?」
「私はいつも云ってるけど凡人ですよ。この家、月詠家に係わる人達が凄い人ばかりだもの」
「あたしにはその云い分がいまいち腑に落ちないのだがねぇ」
「それはそうよ。お義母さんは天才肌なんですもの。私が考えて工夫を重ねてやってる事を視ただけでちゃちゃって器用に熟しちゃうから解らなくて当たり前じゃない」
「それは視て分かる事に限ってだろ? あたしだってそれなりに工夫ってのをしてるんだよ」
「ねぇ。お義母さん。そう云うのを世間では天才って呼ぶのよ」
「あたしゃそんなんじゃ無いよ。その理屈だと弥生も天才って事になるんだが間違ってないかい?」
「弥生ちゃんはちょっと違うかも。あの娘は天性の
「どうにもややこしいねぇ。まぁなんだ、あたしも弥生もお前さんとは違う感覚を持ってるって事で良いのかい?」
「そうそう。それよ。やっとお義母さんが認めてくれたわね。私も説明した甲斐が在るわ」
弥生と知り合ってまだ三日だと云うのに、あたしと彩華との間はあの娘の話しで持ち切りだねぇ。
あの娘に声を掛けた時はキョロキョロして何かを探してる様子だったから、ほんの少し人助けする心算だっただけなんだから不思議なものだ。
ひと言ふた言目には可笑しな事を云う娘が面白くなって興味を持ったんだったよ。
これも偏に
縁なんてものは結ぼうと思っても結実しない事も多いが、ひょんな事から簡単に結ばれるなんてのも在って、何とも曖昧で厄介な代物だよ。
そう云やぁ先代のお師匠も『縁が結ばれたらそれは大事にしなければならないものだ』ってしょっちゅう云ってたねぇ。
歳を重ねる毎に段々と解かって来ちゃいるが、あたしもまだまだ未熟って事さな。
『弥生は確かに何かを持ってる娘だよ。それを是非ともこの眼で確かめてみたいってもんだ』
一人でお庭を眺めてると堂々巡りになるだけと気が付いて、居間に戻った方が気持ちも紛れるだろうと考えたの。
それから暫くお茶を啜りながら皆でお話ししてたけど、遂に師匠が切り出したわ。
「さて、そろそろ行くとするかねぇ。弥生、お前さんの荷物はそのバッグ一つだけで良いのかい?」
「はい。これだけです」
「ほらぁ。紫音に綾音。弥生お姉ちゃんのお見送りに行くわよ。それ早く仕舞ってらっしゃい。」
「弥生ちゃん、そのバッグ俺が持とうか?」
「えっ? そんないいわよ。重い訳じゃないし。私の荷物だから自分で持つのは当然じゃない。でも気を遣ってくれたのよね? ありがとう」
「そんなトコだけど。了解。自分のは自分で。うん。それで行こう」
「私は先に行って玄関の前まで車を廻して来るわね。お義母さん。紫音と綾音をお願いして良いかしら?」
「あぁ、構わないさね。車は頼んだよ」
これで本当に帰らなくちゃいけないのね。
なんだか寂しいけど
さっき決めたじゃない。
元気に笑いながら『また来ます!』って最後にご挨拶するって。
だから例えそれが空っぽな元気だとしてもよ。
『大丈夫。あたしなら出来る。電車に乗って動き出すまで笑って居られるわ』
「弥生ちゃん。バッグは後ろのハッチ開けたからそこに置いてね」
「ありがとうございます。何から何までご面倒お掛けします」
「やだぁ。弥生ちゃんったらまた堅くなってるわよ? そんな事は良いのよ」
「璃央、そっちはどうだい。終わったかい?」
「オッケー。いま終わったよ。チャイルドシートって何気に重いよなぁ。でもこのくらい確りしてないと意味ないんだろうけどさ」
「いま初めて持った訳でも在るまいし。何を云ってんだか」
「いつも思う事を偶々口に出しちゃっただけだから。ただの感想だよ。感想」
「まぁ良いさ。紫音、綾音。もうどっちにするか決めて在るのかい?」
「うん。じゃんけん したよ」
「おねぇちゃん どっち しゅわる?」
「そうねぇ。あたしはサードシートにしようかしら。璃央さんはそれで良い?」
「良いよ。俺がセカンドの方が便利だろうから」
「便利ってどう云う事なの?」
「セカンドの方が乗り降りし易いでしょ。だから彩華さんと運転を代わる時に便利って事だよ」
「運転を代わらないと大変なくらい遠いの?」
「そうじゃない。彩華さんって路地とか細い道が嫌いなんだよ。渋滞なんかで路地を迂回する時は東京に居た時から細い道に慣れてる俺が代わるだけ」
「そう云う事なら安心したわ。彩華さんにも苦手は在るんだって、そっちも安心したけど」
「路地や細い道が嫌いって訳じゃないのよ。ただ愉しくないだけなの」
「彩華や。それを苦手って云うんだから、どう云ったって変わりゃしないよ」
渋滞とはあまり縁の無い長閑な土地だと、路地裏を迂回なんて滅多にしないみたいね。
東京なんて渋滞してない路の方が珍しいくらいだから当然だけど、向こうから移ってきた璃央さんは慣れてるらしい。
あたしもそれなりに慣れてはいるけど肝心な土地勘が無いから、運転すると余計に迷惑になっちゃうと思うのよ。
ここは彩華さんと璃央さんに甘えさせて貰いましょ。
何処の地方でもそうだけどターミナル駅の周辺って、ちょっとした都市部の体を為してるから車も多いのよね。
いろいろ便利だから人が密集する図式は同じだわ。
車の運転は彩華さんだけど、席順は助手席に師匠が座ってセカンドシートは璃央さんと綾音ちゃん。そしてサードシートにはあたしと紫音ちゃんが座る事になったわ。
少しだけ気になるのは双子ちゃんのどっちがジャンケンに勝ったのかって。
負けた選択の結果があたしだとしたら、早くもヒエラルキートップの座から陥落だわ。
もう株式市場で云ったらストップ安になるくらいじゃない。
そして暴落が続けば上場廃止なんて憂き目にもなりかねないし、そんなの倒産にほぼ等しいから、そんな事になる前に大口の投資家に買い支えて貰わないといけないわよっ。
そこまで行かなくても後世にブラック〇〇なんて語り継がれたらどうしよう。
ボーソー ワ ソコマデヨ。
アナタ ワ カブシキショウケン デモ ヘイキンカブカ デモ ナイデショ。
クーデレさんありがとう。ナイスな突っ込みよ。
アナタネェ……コレデモ アタシ ワ イソガシイ ノヨ。
そうかしらねぇ。そんなに見栄を張らなくても良いのに。
あたしもアナタを揶揄って遊ぶスキルを獲得したのだから、遠慮なくこっちからも仕掛けて行くって決めたの。
もうやられっ放しのされ放題じゃないんだからね。
「ねぇ、紫音ちゃん。一つだけ教えてくれないかな?」
「なぁにぃ。おねぇちゃん」
「えぇとねぇ……紫音ちゃんと綾音ちゃんはジャンケンでお座りの順番を決めたのでしょ? それでジャンケンに勝ったのは紫音ちゃんなのかな?」
「うんっ。わたし かったよぉ」
「そうなのね。良かったわ。ふふ」
「弥生ちゃん、何でそんな事をこいつに聞いたの? どっちでも大差ないでしょ」
「大ありよぉ。璃央さんは何でそんなにデリカシーないのよぉ。もう」
「デリカシーって。いまの話しにデリカシーなんて必要なかったと思ったけど」
「ねぇ、良い? ちゃんと聴いてよ。普通ジャンケンって勝った方に優先権が在るわよね。だからよ」
「だからよ。って。全く理解できないけど。最後まで話せって」
「だからぁ。優先権の在る紫音ちゃんが席順決めたのが重要なのよ。璃央さんよりあたしを選んだって事でしょ? こんな事あたし自身に云わせないでよぉ。それだからデリカシー無いってなるの」
「やっと解かったよ。そんなどうでも良い事を気にする方が可笑しくないか? 本当に面白いね」
「またぁ。そうやって面白がらないでよ」
彩華さんの運転で車が走り出して直ぐの頃、あたしは気になってモヤモヤしてるのも嫌だから思い切って紫音ちゃんに質問してみたの。
まだ路の両側に田園風景が広がる長閑な雰囲気とは裏腹に、あたしと璃央さんのお話しは少しだけヒートアップしちゃったかしら。
その証拠に紫音ちゃんと綾音ちゃんは『ポカ~ン』とした顔してあたしと璃央さんを交互に視てるわ。
一触即発って感じではないから不思議そうな顔をしてるのよ。
お口が少し開いちゃって可愛らしいわね。
ルームミラーから覗き込む彩華さんの眼差しは明らかに眼だけで笑っていて、揶揄いたくてウズウズしてるのがよく解かるわ。
もし彩華さんが運転してるのじゃなくて、お話しに混ざれる状況なら確実に俎板に載せられてるわね。
師匠も半分振り返るようにして柔らかに微笑んでるから、やっぱり二人とも面白がってるのは間違いない筈。
積極的に彩華さんが明後日の方向に振らないから率先して揶揄っては来ないけど、師匠も意外と彩華さんと似た者同士でそう云うところはそっくりなのよね。
「でも何で紫音が席順決めるのが重要なんだ? まだそこがちょっと解からないんだけど」
「それ本気で云ってるの? 全く呆れるわねぇ。これはヒエラルキーの問題よ。紫音ちゃんがあたしを選んだって事は璃央さんより上位な証明になるでしょ」
「それこそ本気なの? こいつらチビの興味なんて
「良いじゃない。これはあたしの記念みたいなものなんだから」
「オッケーオッケー。そう云うもんだと了解したよ」
「そうよ。そう云うものなのよ」
まさかの延長戦に突入しちゃったわ。
なによっ! 全っ然っ解かって無かったじゃない。
こう云うところは昔から変わって無いんだから。成長しないわね。
だから迷子になんかになっちゃって、いくら待ってもずっと来てくれなかったのよね。
どれだけあたしが永い
アナタ ソレッテ ドーユー コト ナノ?
どう云う事って?
あたしがいま云ったままの事だけど。
おかしくなんか無いでしょ?
オカシイ ワヨ。ムカシ カラ トカ。ナガイ アイダ マッタ トカ。
えっ? 昔から……? 待った――?
そうね、云ったわねぇ……
何であたしそんな事を当たり前だと想ったの?
またあのノイズ混じりのイメージから来るデジャヴュなの?
あのイメージはアナタが観せてる訳じゃ無いのよね? だとしたら何?
アタシ ニ ソンナ ノーリョク ナイワ。
そうだと思うけど――何だか混乱して来るわ。
色々な事が在り過ぎて、初めての体験もいっぱいした濃厚な三日間だったから……
これも帰ってからゆっくり考えないと駄目ね。
ソーシナサイナ。
イマ カンガエテ モ コンラン スル ダケヨ。
クーデレさんの云う通りだわ。
これはいま考える事じゃないのは解ってるから。
それより残された時間でいっぱい想い出を創って持って帰らなきゃ。
せっかく紫音ちゃんのお隣に居るんだもの。
昨晩は綾音ちゃんとお話ししたから、今日は紫音ちゃんともお話ししたいわね。
ある晴れた昼下がり、長閑な田舎路をそれなりのスピードで疾しる
あたしを乗せターミナル駅へ向かって。
愛くるしい双子ちゃんはキラキラした瞳で笑い掛けてくれてる。
なんてねぇ。
ほら、仔牛を荷馬車に載せて市場へコトコト向かう有名な童謡があるでしょ?
題名は敢えて云わないわ。そこは察して。
ちょっと悲壮感が在ったのではなくて?
いまのあたしは何となくそんな気分だったのよ。
ダナダナダ~ナァ ダァ~ナァ~
アナタ ウラレテ シマウノ?
ッテ チガウデショ!
ソレッテ ヒソウカン ジャナクテ ネタ ヨ。
やっぱりバレてるのね。ふふ。
でも唄っちゃらめぇぇえ……
チナミニ ゲンキョクメイ ワ 『ド〇〇ナ』 ジャナイ ノヨ。
ソレデ ドンナ キブン ナノ?
あのね――現実逃避してないと『帰りたくないわ』って云ってしまいそう。
いまは。
それだけは云ってはいけない言の葉なのだから……
コトダマ カモ シレナイワヨ。
言霊になってしまったらもっと駄目よ。
まだあたしは考えてもないし、まして覚悟もしてないのだから失礼過ぎるわ。
ソーネ。マァ ユックリ カンガエナサイナ。
丁寧に彩華さんが運転してくれてるからか、隣の紫音ちゃんはうつらうつらとしてお眠なご様子だけどそれでも頑張って起きてるって感じかな。
璃央さんとの会話も何となく途切れて、心地好い沈黙が車内を漂っているわ。
スピーカーから流れる静かなジャズピアノの調べをBGMに、あたしはウインドゥ越しに田園風景を眺めている。
この沈黙は皆さんのあたしへの気遣いだと想うと、とても有難くて嬉しさや寂しさが入り混じったエモーショナルな気持ちでいっぱいになって来るの。
車外の風景は長閑な田園から徐々に民家が建ち並び、市街地に入って来てる実感もまた少しだけ寂しさを助長してるわ。
こんな時でも時間だけはゆっくり流れてくれないのね。
残酷なほど万物に平等な時間の流れは留まる事は無く、それはあたしがどんなに望もうが留めるどころか流れを変える事すら不可能なのだし……
ファンタジーの世界ならこんな時には魔法使いが登場して、きっと時間を留めたり戻してくれる筈なのにね。
クーデレさんに頼んだって無駄な事は解ってる。
『ソンナ ノーリョク アル ワケ ナイ デショ!』って云われるのがオチだわ。
アタシ ニワ ムリ ダケド マホーツカイ ニ ナル ホーホー ナラ シッテル ワヨ。
えっ!? 本当に? まさかの展開ね。
魔法使いになる方法が在るなら教えて!
いますぐにっ!
イイワヨ。タシカ 30サイ ニ ナルマデ――
もういいわよっ!
そんな下ネタ紛いの都市伝説まで持ち出して揶揄わないで!
アラ。オコッタノ?
キャンディ アゲルカラ キゲン ヲ ナオシナサイ。
キャンディって……もしかしてポケットに入ってるのを云ってる?
それってあたしが買ったのじゃないっ。
全くもうっ。あたしの事は何でも知ってるのってタチ悪いわねぇ。
オチにあたしがどんなリアクションするかまで計算して揶揄うなんて……
本当に呆れるわよ。
でもこれで気分転換も出来たわ。ふふ。
「弥生。何をにやにやしてるんだい? 一人で考え事でもしてるのかと思ってたら気味悪いよ」
「気味悪いって。お義母さん。少しはオブラートに包まないと」
「彩華さん。その『オブラートに包んで』って突っ込みは確実にキルスコア更新しに来てますよねっ。もう。二人でタッグ組んであたしを揶揄わないで下さいってぇ」
「あらやだ。撃墜出来なかったみたいだわ。確実に仕留めたと確信してたのに甘かったみたい」
「彩華さ~ん。サラッと口にする単語が不穏ですってぇ」
「それはお義母さんが口火を切ったから、乗らないと損しちゃうでしょ?」
「あたしゃ何も揶揄った心算なんかないよ。彩華が強引にこじつけて尻馬に乗っただけだろ?」
「それは無いなぁ。俺から視たら婆ぁばも彩華さんも揶揄う気満々だったよ」
「そうでしょ。璃央さん。ナイスなフォローありがとう」
「フォローした訳じゃないけど、結果的にはそうなるか」
「璃央く~ん。それじゃ台無しじゃない。そこは『フォローした』で良いところでしょぉ。透真さんも同じだけど、そう云うところは本当に朴念仁なんだから。そう思わない? お義母さん」
「彩華の云う通りだよ。お前も透真も気が利かないにも程が在るってもんだ」
「そりゃ酷ぇなぁ。透真と一緒って事はないだろ? 弥生ちゃんもそう思うだろ?」
「いいえ。全く思わないわ。同類だからデリカシーってものを理解出来ないのよ。言い換えれば同じ穴の狢って事よね」
「まったくだよ。弥生もよく視てるじゃないか」
「お義母さん。これでも透真さんの妻なんだから、私の前でそこまで云ったら立場ないじゃないのぉ。ふふふ」
「彩華さ~ん。それは何の振りですかぁ? 落し処が無いとどんどん深みに嵌まって行く気がしますけど」
やっぱり師匠もあたしに気を遣ってくれたのかな?
彩華さんも倣って、雰囲気を明るくしようと璃央さんまで巻き込んでくれて。
なんて自惚れが過ぎるかしら?
もしそうでも、そうじゃなくても凄く有難いわね。
あたしったらいつの間にか色々と考え込んでたから、皆さんに元気が無いって思われちゃったのかも知れない……
もっと気を付けないと駄目ね。
皆でワイワイしちゃったから紫音ちゃんも眼が冴えてしまったみたい。
パッチリとしてクリクリな瞳であたしを視てるわ。
でもこれはお話しするチャンス到来ね。
話題はぁ……そう。これよっ!
「紫音ちゃんはこれから行く大っきな駅は視た事は在るかな?」
「うん。あるよぉ。パパ おとまりの おしごと おもちゃと おかし いっぱい なんだよ」
「そうなの。パパのお泊りのお仕事って出張の事よね。そのお出迎えの時に行った事が在るのね。それで大きな駅はどうだった? 面白かったのかなぁ」
「しりゃにゃい ひと いっぱいでね ブーブも いっぱいだよ」
「へぇ。人も車もいっぱいなのね。それじゃ、今日は迷子にならないようにお手々を繋いで歩いてくれるかな?」
「おねぇちゃん まいご なるから おててつなぐよ」
「紫音、それだと弥生ちゃんが迷子になるみたいじゃないか。迷子になりそうなのはお前だろ」
「おにぃちゃん まいごだから おてて つなぐんだよ」
「俺は迷子にならねぇよ。迷子になるのはお前と綾音だ。お前……本当は話しが解ってないだろ?」
「そうね。璃央さんが迷子にならないように、紫音ちゃんがお手々繋いであげましょうねぇ」
「ねぇ~」
「弥生ちゃんまで乗っかるなよ。ややこしくなるからさぁ」
「良いの良いの。前科持ちでしょ。ふふ」
「前科ってなんだよぉ。俺に迷子になった記憶もそんな事実も無いぞ」
「気にしないで良いわよ。こっちのお話しなんだから」
「よく解らないけどそう云う事にしとくよ」
「それで良いのよ。ふふふ。」
お話しの流れと気紛れがシンクロして揶揄ってみたくなったから云ってみたけど、当然、璃央さんには解かる訳がないわよね。
だってあのイメージのお話しだもの。
迷子になった前科なんか無いって、少しだけムキになり掛かった時の璃央さんは子供っぽくて可愛かったわ。
やっぱり男の人って子供で、いつまでもお子ちゃまなのよ。ふふ。
理解出来る筈ないって知ってて揶揄うのって、ちょっと優越感が在るわ。
でも癖になってしまうと困るから、繰り返すのは自重しないとだけどねっ。
「あ~ん。やっぱり渋滞してるわ。これは璃央君の出番かしら? ねぇどう思う?」
「そうだなぁ。ここからならショッピングモールまで裏路地で抜けて行けるから、そのままモールの駐車場に停めれば良いと思うよ。俺が代わるからどこか適当な所で一旦停めてよ」
「そうね。モールのフードコートに行こうと思ってたから丁度良いわ」
「そんな事を考えてたんだ。彩華さんって相変わらず抜け目なくて感心する」
「璃央君。それは当然、誉め言葉よね? 他意が在るなら知らないわよぉ~」
「もっ、勿論。他意なんて在る訳ないよ」
「彩華さぁん。いま璃央さんドモってましたよぉ」
「あらあらまぁまぁ。璃央く~ん」
璃央さんと運転を代わる為に、パーキングメーターの途切れた所でハザードを出して車を停めた。
手熟れた動作で素早く運転を交代すると、璃央さんはまるで自分の家の庭でも走るかのようにスムーズに裏路地を抜けて行く。
『へぇ。慣れてるって云ってただけ在るわ』
それに慣れてるだけじゃなくて土地勘もばっちりみたい。
淀みなく路地裏を曲がって、あっという間に目的地のショッピングモールに着いちゃったもの。
璃央さんが運転をするようになると、ずっと大人しくしてた綾音ちゃんが途端に
紫音ちゃんと一緒に二人して、自分達の事のように璃央さんを自慢するの。
それも凄く可愛らしくて、璃央さんの事が大好きなんだって良くわかる一幕を観せて貰ったわ。
きっと紫音ちゃんと綾音ちゃんにとって璃央さんはヒーローに視えるみたいね。
そう云えば、あたしにもそんな覚えが在ったような気がするけど……
もっともあたしの場合は父親だった筈よ。
そんな幻想も小学生になる頃にはすっかり冷めて、ヒーローの座から陥落してたって記憶が在るわね。
失礼ながらも少し透真さんと被って思えてしまうのは、気の毒で同情を禁じ得ないかも知れない。
『お父さん。不埒な娘でごめんなさい』
心の中でそっと手を併せて置きましょ。
父さんは存命で健在だけどね……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます