最終章 奇跡の様な時の流れに跳ね回る軌跡

ひと夜の夢

 洗面化粧台にあたしや皆で並んで歯磨きしてるのって、何だか新鮮な感覚ね。

 紫音ちゃんと綾音ちゃんの歯磨きを横目でチラチラ視ちゃうのはご愛敬よ。

 だってイッーってしながら一生懸命に磨いてるのが可愛らしくって。

 使ってる歯ブラシも小さいし、子供用の甘い味のハミガキもキュートだわ。



「ねぇね。もーぶくぶく していい?」


「どれどれぇ。イッーってしてみてね」


「いぃっー」


「うん。ちゃんと磨けてるわね。ブクブクして良いわ。紫音ちゃんもブクブクする?」


「イィっー」


「あらっ、良い子ね。さてどうかなぁ。うん。大丈夫ね。ブクブクしよっかぁ」



 やっぱり紫音ちゃんと綾音ちゃんはどんな仕草も可愛らしくて負けそうだわぁ。

 でも口を濯ぐ前に聞いて来るのは師匠や彩華さんの躾の賜物って事よね。

 歯磨きは習慣だから疎かにすると虫歯にもなっちゃうし。

 小さい頃からこう云う事もちゃんと習慣にするのは良い事しかないわ。



「璃央さんも紫音ちゃんと綾音ちゃんを見倣ってちゃんと歯磨きしてよね」


「俺はこいつらよりちゃんと出来るよ。全く」


「煙草を吸うんだから念入りにって事よ」


「了解。でもいまはあまり話せないかな。垂れそうだから」


「それは失礼しました。ふふ」



 双子ちゃん達のブクブクが終わってからあたしも口を濯いで、最後は璃央さんって順番で歯磨きイベントは終了よ。


 あたし達は洗面所を出ると、双手に分かれてお部屋に向かう事になりました。

 綾音ちゃんと手を繋いで歩くのって良いわね。

 だってお姉さんかお母さんになったみたいな気分じゃない。

 綾音ちゃんの歩幅に合わせてゆっくり廊下を静かに歩いてるけど、お部屋に近付くにつれワクワクして来るわ。

 待ちに待ったイベントだもの、当然の事よねぇ。

 今夜のあたしってちゃんと眠れるのかしら?

 ずっと綾音ちゃんの寝顔を眺めてるかも知れないかも……


 お部屋に到着するとお布団を敷いてから、綾音ちゃんの髪を解きブラッシングしてあげる。

 触り心地の好い髪だから念入りにしちゃうのは内緒よ。

 でも綾音ちゃんも気持ち好さそうにしてるし、さっきも気持ち好いって云ってくれたから問題ないわよねっ。

 ブラッシングが終わったら先に綾音ちゃんをお布団に寝かせて、今度はあたしの髪もブラッシング。

 横なった綾音ちゃんは興味津々にあたしを視てるわ。

 そのキラキラした瞳が眩しいくらいに可愛らしくて、食べちゃいたいくらいね。


 ヤメナサイ。ソンナコト ユルサナイ ワヨ!


 冗談でしょう。もうっ、比喩なのだからそれぐらい解るでしょ?


 カラカッタ ダケ。

 ネツク マデ メ ヲ ハナシチャ ダメ ダカラネ。


 ふふ。アナタも可愛らしいわね。大丈夫、心配ないわよ。

 あたしも段々とアナタの事が解って来たみたいよ。

 これからも宜しくね。クーデレさん。



「綾音ちゃん、お待たせしたわね。一緒にねんねしましょ」


「うん。ねぇね。おはなし して」


「どんなお話しが好いかな? 何が聴きたい?」


「ねぇねの こと ききたいわ」


「あたしの事? どんな事かな?」


「ねぇね どっから きたの?」


「あたしはねぇ、東京って云う所から来たのよ。ちょっと遠いけど知ってるかな?」


「とーきょー しってりゅ。それでそれでっ」


「東京はねぇ、こことは違ってビルとか車とかいっぱいでね、人もいっぱいな所なの」


「うん」


「お店もいっぱい在るから素敵な物も多いのよ。帰ったら綾音ちゃん達に似合うシュシュとかカチューシャと云って髪に着けるのを探してプレゼントするわね」


「ふわふわ ありゅ?」


「うん。在るわよぉ。今度来る時にいっぱい持って来てあげるからね。お洒落して璃央さんを誘惑しないとだものね。可愛らしくしてあげるわよ」


「うん。かわいく なって ゆうわきゅ しゅるの」


「うんうん。綾音ちゃんは好きなお彩は何かな?」


「あかと ピンキュが すきよ。しおねぇは あおいのと みどりゅのが いいの」


「綾音ちゃんは赤とピンクで紫音ちゃんは青と緑が好きなのね。解かったわ。ありがとう」


「どーいたしゅましゅて」


「ふふ。綾音ちゃんはママの事が大好きなのね。だからママの云う事を真似したいのよね?」


「ママだいしゅきよ。ママ リオにぃと なかよしさん だから ママ みたく なりゅの」


「そう。だからママの真似して璃央さんを誘惑してるのね。可愛らしいわ」


「うん。そうなにょ」



 こんなお話しをしながら眠りの帳が降りて来るまで綾音ちゃんと過ごしたわ。

 いつの間にか綾音ちゃんはウトウトし始めたから、お布団を掛け直してあげるとスヤスヤと寝息をたてて眠ってしまったの。

 あたしはその寝顔を眺めながら漠然とこんな暮らしがしてみたいって考えてた。


《コンド ワ ソレヲ アトオシ スレバ イイノネ。 ノゾミ ワ カナエテ アゲル》



 これって夢なのかしら?

 ねぇ、クーデレさん起きてる?


『――――――』


 居ないわね。と云う事はあたしの夢の中なのだわ。

 あのノイズ混じりのイメージとどこか重なるのってそれは……



「ねぇ、ママ。僕はママを選んで産まれるんだよ」


「えっ? 〇〇。どういう意味なの?」


「あのね、僕がママとパパを選んで晄のトンネルを通って行くんだ」


「〇〇があたしを選んでくれたのね」


「そう。だからそんなに先じゃない未来にまた逢えるから、その瞬間ときは宜しくね」


「うん。解かったわ。あたしこそ宜しくね。いまはこれでお別れなのかしら?」


「そうだよ。いまはママを選んだよって云いに来ただけ。僕はまだトンネルの中なんだ。ママとパパが本当の意味で出逢ってないからね」


「出逢って無いってこれから出逢う人なの?」


「違うよ。もう近くに居るけどママもパパも気が付いてないんだ」


「そのパパってもしかして……」


「そう。ママは気が付かない振りをしてるだけでしょ? 僕には解ってるよ」


「そんな事……いえ違うわ。言葉で誤魔化そうとしたら駄目よね。こう云わないといけないわ。『やっぱりそうなのね』って。貴方の為にもあたしは頑張らないとね」


「頑張らなくて良いよ。まだその瞬間ときじゃないだけ。だから僕は愉しみに待ってるんだぁ」


「そうなのね。待たせてしまってごめんなさい。いまは名残惜しいけどあたしもその瞬間を楽しみにしてるわ」


「うん。信じてるよ。ママ、またねっ」



 あの子が『またねっ』って去って行くと直ぐにあたしのお腹に凄い衝撃を覚えたわ。

 何事かと思ってお腹の辺りを確かめようと手を伸ばすと、隣で眠ってる筈の綾音ちゃんの頭が在ったの。


『いまの衝撃はこう云う事だったのね』


 彩華さんの云う通りだったわ。

 寝返りでゴロゴロ転がってあたしのお腹にぶつかったのね。

 それでもスヤスヤ眠ってるのだから可愛らしいわ。

 結構な衝撃だったと思うけど眼を覚まさない所をみると日常茶飯事みたい。

 確かに紫音ちゃんと綾音ちゃんの二人と一緒にお布団入ったら、あっという間に追い出されちゃう。納得だわ……

 あたしはともかく、双子ちゃん達に風邪でもひかせちゃったら大変だもの。


 一度お布団を剥いでから綾音ちゃんを抱っこして枕に寝かし直すと、またお布団を掛けてあげる。

 あたしは直ぐには眠れそうに無いから窓辺に行って星空を眺める事にしたの。

 当然、綾音ちゃんが眼を覚まさないようにそっとね。

 そして視線を向ければいつでも様子を伺えるように。


 夜空に煌めくお星さまから北極星を視つけて、そこから夏の大三角を探す。

 ベガにアルタイルとデネブ。

 ついでに大熊座の一部になってる北斗七星も視つけたわ。

 あたしのお家の窓から眺める夜空より、全然いまの方が観える数が多く感じる。

 やっぱり人工的な灯りが少ないから淡い晄の星々もはっきり観えるのね。


 ベガをあたしだとすると、アルタイルは璃央さんなのかしら?

 そしてあの子はデネブかな?

 あたしは漠然とさっきの夢の続きを妄想してみたわ。


『本当に夢だったのかしら?』


 リアリティが在って違和感はまるで無い、現実の記憶と云っても遜色ない夢――

 クーデレさんも出て来なかったからまさかの正夢?

 もう一度クーデレさんに呼び掛けて確かめてみる事にしましょ。


 クーデレさん出て来てくれるかな?


 ダレガ クーデレ ヨッ! アタシガ イツ デレタノヨ。

 良かった。居てくれた……

 夜中に呼んじゃってごめんね。


 アタシ ワ ネムイノダケド。ダカラ テミジカニ シテヨネ。


 解かったわ。聞きたい事が在るのだけど、さっきの夢ってアナタが視せたの?


 ナンノコト? アタシワ ネムッテタ カラ ソンナノ シラナイワヨ。


 そうなのね。アナタが嘘を吐いても意味は無い事くらい解るから信じるわ。


 アナタモ ハヤク ネムリナサイナ。

 アシタ ノ アサ モ オテツダイ スルノデショ?


 そうね。朝ご飯の支度のお手伝いする心算よ。

 起こしちゃってごめんなさい。おやすみ。


 フワァ~。オヤスミナサイ。



「ねぇね。どこ? いないの?」


「綾音ちゃん安心して。ここに居るわよ」


「うん。ねぇね。だっこして」


「解かったわ。抱っこしてあげるから、もう少しねんねしようね」


「うん」



 あたしは綾音ちゃんの頭を撫でながら抱っこすると、あっという間に寝息を立てて眠ってくれたの。

 隣に温もりが在ると安心するのね。

 でもそれはあたしも同じだわ。

 いまこの瞬間がずっと続いて欲しいと願いながら、眠りの深淵にあたしの意識は沈んで行った。


《ユメ ノ アノコ ワ ダレ ダッタ ノ カシラ?  コンラン シテシマッテ トッサ ニ ゴマカスノガ ヤットダッタ ノダケド……》



 眼の前が赤くて何も映って無いのだけど、小鳥の囀る聲は聴こえるわ。

 あぁ、そうかぁ。まだ目覚めて無くて朝陽で血管が透けて視えてるのね。

 昨夜に視た夢は不可解だけど不愉快じゃない、何とも不思議な感覚だったわ。

 あの夢から覚めるタイミングで綾音ちゃんがあたしのお腹に頭突きしたのにびっくりしちゃって、それから窓辺で夜空を眺めていたのよね。

 そうそう、それで綾音ちゃんに抱っこしてってお願いされて『ぬくぬくにまにま』しながらあたしも眠ってしまったのだったわ。


 あれっ? 脚が動かないけど何でなの?

 ゆっくり瞼を開けて隣を視てみると綾音ちゃんの姿がない。

 どっ、どうしよう。

 綾音ちゃんを探さなきゃいけないけど、どこから探せば良いのかしら。

 脚が動かないから這ってでも探さないとっ。

 一緒に眠った責任も在るし……


 アワテナイノ。レイセイ ニ ナッテ アシモト ヲ ゴランナサイナ。


 脚下を視れば判る? それじゃぁ……

 あたしはお布団を捲って覗いてみると、綾音ちゃんはあたしの脚を抱き枕にしてスヤスヤ寝息を立ててるわ。


『良かったぁ。どこにも行って無かったのね』


 ホッとしたのと同時に思わず吹き出しちゃったわよ。

 慌てる必要なんて無かったじゃないって。

 クーデレさん、ありがとう。


 ダレガ クーデレ…… マァ オチツイタノナラ イイワ。

 ソレヨリ アサ ノ シタク オテツダイスル ノ デショ?


 そうね。朝ご飯の支度をお手伝いしなきゃね。

 えっといま何時なのかしら? と枕元のスマホに手を伸ばす。

 まだちょっと早いから綾音ちゃんは起こさなくても良い時間だわ。

 だったら寝かさせたまま、お布団だけ掛け直してあげましょ。


 そう考えたあたしは『そぉ』っと綾音ちゃんの腕から脚を抜いてお布団から出る。

 でも一緒に眠った時は同じ方を向いてたし、抱っこまでしてたのに朝になったら反対向きになってるなんて凄いわね。

 どうしたらこんなふうに寝返り打てるのか想像も付かないけど。


 抱えて向きを直しても綾音ちゃんを起しちゃったら可哀想だから、このまま枕だけ移動してお布団を掛け直すだけにしましょ。

 ついでにフードも被せてあげて……

 あたしが使ってた枕を抱っこさせて……

 ふふふ。可愛らしいっ。


 パジャマから着替えを済ませて簡単に身支度を整えると、洗面所へ行って洗顔と歯磨きをしたわ。

 綾音ちゃんの様子を伺いがてら歯ブラシセットを置きにお部屋に戻る。

 静かに襖を開けお布団を剥いでない事の確認をするとお台所に向かったの。



「おはようございます。今朝もお手伝いさせて下さい」


「おはよう。弥生」


「弥生ちゃん、おはよう。助かるわぁ」


「いえいえ。好きでお手伝いさせて貰うのですから」


「そう。ありがとう。それより昨夜は大変だったでしょう? 綾音は良い子にしてた?」


「凄く良い子でしたよ。夜中に一度起きちゃいましたけど、直ぐにまたスヤスヤ眠ってくれて」


「そうだったのね。良かったわ。あの娘って偶にだけど怖い夢を観てグズる事が在るからちょっとだけ心配してたのよ」


「そんな事は無かったですよ。朝になって起きたらあたしの脚を抱き枕にしてたのには、ちょっとびっくりしましたけどね。可愛らしいから寧ろ愉しかったくらいです」


「綾音もだけど紫音も寝相が悪いから、いつもとんでもない向きになってるのよねぇ」


「あのくらいの小さい子供はそんなもんだよ。慣れたらどうって事も無いさね」


「そうなんですね。後学の為にも覚えて置きます」


「そうだよ。後学ついでってヤツにだな、小さい子供ってのは寝返りを打つ事で関節なんかのズレを補正してるんだよ。筋肉や骨も固まって無いから無意識にやってるんだ」


「あらっ。お義母さん、それ私も初耳よ。そう云うものなのだって聴くと何だか納得できちゃうわね」


「そうですね。私も初耳でした」


「あぁ、なんだ……云い伝えみたいなものだからねぇ。昔は医学も現代いまみたいに発達してなかったろ? そう云う経験則で伝わってる事は何某かの裏付けが在るこっちゃ無いからはばかってるんだよ」


「でもそう云うのも理に適ってる事も多くて民間療法って事よね。一概に現代医学で証明されてないって理由で切り捨てられる事ばかりじゃないのは不思議だわ」


「そうですね。昔から伝承される事って何かしらの理由や裏付けが在るからなのでしょうし」


「まぁ、知ってても損は無いってくらいに思ってりゃ良いさね。それよりも朝の支度をしようじゃないか」


「そうですね。婆ぁば」


「はぁ~い」

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