第一章 出逢いはいつも唐突に
ノープラン
ジジッ……ジジッ……
大きな樹の梢であたしは立ってる。
他には何もない空間。
誰かがゆっくりとした足取りで歩いて近づいて来る。
その姿を魅てあたしの瞳から零れる雫。
満面の笑みで涙が溢れた。
嬉しくて。でも切なくて。もどかしくて。
初夏の薫りのする良く晴れた日。
あたしこと『
一人愛車のバイクで
自宅のある東京郊外から都心を抜けて、高速道路で関東平野をエスケープ。
気の向くままに高速道路を降りて山間部の長閑な道を疾しる。
『景色は良いし、空気も綺麗で気持ち良いわ!』
あたしはヘルメットの内で呟く。
歌でも唄ってみようかしらね?
なんておもむろに頭の隅っコで考えて。
誰も居ないし誰かに聴こえる訳じゃない。
いっそ思いっきり大声で唱っちゃえって。
樹々の間を縫うような路を辺りを眺めながらに行く。
多少のアップ&ダウンは在るけれど、比較的に平坦で退屈しない程度にカーブが在って。
のらりくらり。ゆったりしながら。まったりと。
まさにあたしの気分にピッタリだわ。
今の季節は深緑の葉を繁らせてるけど。
季節が巡るとどんな
『紅葉の季節はこの路もまた別の景色に彩られるんだろうなぁ』
お独り様の性だから。いつの間にか独り言なんか呟いて。
『素敵な紅葉に魅せられるその頃にまた疾ってみよう!』
なんて答えてみる。
ソロツーリングは自分自身と対話しながら、
心の在り方を再認識したり発見したり。
エンジンと大気を切り裂く音に包まれて。
気の向くままに。風の吹くままに。
ペースだってあたし次第。
『もしかして悠々自適ってこんな感じの事を云うのかしら?』なんて。
そんな事を考えてると、スマホのナビは市街地まで十数キロメートルと表示する。
市街地に出て素敵なお店と偶然にも出逢ったら、そこでゆっくり休憩したいよね。
コーヒー飲みながら疾しった景色を想い浮かべながら物想いに耽って。
美味しいチーズケーキも在ったら良いなぁ。
レモンの薫りがふわりと漂って。
コーヒーの薫りと融け逢って。
なんて。良いじゃない。
素敵じゃない。
ふふん。
ちょっとワクワク?
いいえっ!
かなりワクワクして来たよ。
お愉しみが出来たみたい!
ジジッ……ジジッ……
「待たせたな」
「待ってた。ずっと」
「ごめんな。やっと逢えた」
「うん。やっと」
彼は両手を開き真っ直ぐあたしを魅詰める。
躊躇なくその胸に跳び込むあたし。
この辺で簡単では在りますが、あたしの事でも話そうかしら?
神駆絽 弥生 24歳 職業
俗に云う……
お独り様ですが何か?
えぇっ! そーですよ! モテないですよ!
彼氏居なくてすみませんでしたっ!
仕事に没頭するあまり出会いなんて在りませんでしたよっ!
オチツケ。 アタシ。
少々ワーカホリック気味の為、上司より有給休暇の消化命令が発動。
急遽、纏まった休みを頂戴致しました。
担当しているプロジェクトが一区切り着いていた。
次のプロジェクトはまだ準備に時間が掛かる。
所属部署の上司が人事部よりお叱りを受けた。
と云った諸事情が重なり異例の『帳尻合わせ休暇』と相成りました。
これが3日前の出来事です。
お仕事が忙しい時は休暇が取れない事への恨み節。
『有給取れたら何しようかなぁ~?』
『アロマのマッサージ行きたぁ~い』
『お寝坊してブランチしたぁ~い』
『新作のコレクションは高過ぎて買えないからウィンドゥショッピングでも……』
色んな妄想しながら現実逃避してたのだけど。
いざ現実として休暇を手に入れてしまったら……
『どーしましょ?』って。
『何しましょ?』って。
無駄に時間を持て余してしまう。無為な時間に弄ばれてしまう。
そんな何処にでも転がってる小市民なあたし。
我ながら重度のワーカホリックだったみたいだわ……
でもね? それでもね?
休暇の初日は未だ良かったのよ。
ずっとやりたかった事が在ったから。
お天気が良いからお洗濯。お布団も干して。
お陽様の薫りを纏わせて。
手抜き気味で気になってたお部屋のお掃除を念入りに。
雑然として纏まりの無かった小物もきっちり整理。
趣味の一つのお料理でランチもしたわ。
バスタブにアロマ浮かべて薫りを愉しみつつ。
お気に入りをBGMに読書しながらリラックスタイム。
暗くなったら
ワインとチーズで優雅にまったり過ごす。
クラッシックを聴きながら瞼を閉じて。
ゆっくり時間が流れて全身の力が抜けるみたい。
充実した有意義な一日って自己陶酔してたわ。
あたしにもこんな
えぇ~ 続きまして休暇2日目のあたしです。
アラームはセットしない。
お寝坊さん気取って遅めの起床よっ。
歯磨きと洗顔したら朝食の準備ね。
まずサラダから。
オニオンスライスを冷水に晒して辛味を緩和。
レタスは洗って千切って盛り付けてっと。
お次は彩りお野菜のスライス。
トマトは厚目にキュウリは薄目に。
順に盛り付けコーンをトッピング。
あらっ! 綺麗……
オレンジは薄皮を剥いてヨーグルトにダイブ!
溶いた卵に生クリームと塩コショウ。
熱したフライパンにバター溶かしてスクランブル。
今朝のメニューは――――
彩り鮮やかサラダ
トマトケチャップがアクセントのスクランブルエッグ
オレンジウィズヨーグルト
トースト&ブラックコーヒー
テーブルに並べて繁々と眺めてみる。
『素敵なモーニングセットになったわねぇ』
換気の為に開け放った窓。
吊るしたレースのカーテンが風に揺れてる。
小鳥の囀り、差し込む陽光。
『いただきます』と呟いて。
コーヒーを一口飲んでパクつき始める。
ゆっくり時間を掛けて味わって。
普段は出来ないから
贅沢にたっぷり時間を使いましょ。
お皿が空っぽになった頃。
カップを持ってベランダに出てみる。
道行く人を眺めながら感慨に耽ったの……
「あたしもこんな風に忙しなくしてたのよね……?」
食器を洗って片付けて。
ついでにシンクもサササっと。
さてっ。今日は何しよーかな?
軽く組んだ腕に指を顎に添えて思案顔。
何気なく考えたのだけど……
あたしは気付いてしまったの……
「――――!」
「何もする事が無いじゃない……」
「とっ、取り敢えず情報収集よね!」
パソコンを立ち上げてネットでサイト徘徊するも……
時間だけは無情にも流れて行く。
お陽様は傾き始めてそろそろ店じまい?
お月様ったら絶賛開店準備中!
「暇だわぁ……」
「――ポチッ――ポチッ――――ポチッ――――――ポチッ――――――」
「あらっ!?…………ツーリング……これよっ!」
「良いじゃないっ。最近バイクも全然乗ってなかったし」
「そーしましょ! 決定!!」
あたしは思わず。
手のひら併せて小っちゃく拍手。
パチパチパチ。
「着替えは三日分も在れば足りるよね……コスメはどうしよーかなぁ? メイクはしなくて良いけど化粧水とファンデくらいは持ってないと心配よねぇ」
予定が決まったからには早い早い!
念の為にネットサイトでお天気をチェックして。
必要な持ち物をせっせとパッケージング。
目的地は……っと……まだ未定……
風の向くまま。気の向くまま。
ちょっと格好良いと想わない?
やってみたいと思わない?
な・ん・て・ね。
カッコイイ トモ ヤッテ ミタイ トモ オモイマセン ヨ。
ご覧の通り事実上のノープラン!
行き当たりばったりのバイクツーリングです。
出発は明日。そう、休暇3日目の早朝!
ワクワクドキドキの休暇3日目です。いざっ!
まだ冷んやりと澄んだ空気の早朝に。
穏やかな気持ちでブーツに脚を突っ込んで。
バックパックに着替え諸々、希望と一緒に
ヘルメットに指を引っ掛け左手に。
静かにドアを閉めたらロックして。
『いってきます』って囁いて。
軽くキーを放ったら横殴りにキャッチ!
目指すは西!
方角だけはお天気の予報を見ながら決めてたのっ!
バイクにキーを差し込みライドオン!
小気味よいエンジン音に誘われて。
シフトペダルを踏み込んで。
クラッチ繋いで疾り出す。
シフトチェンジを繰り返し。
最初に目指すは幹線道路。
通勤ラッシュになる前に。
高速道路へタッチダウン!
まだ車の少ない高速道路を気分好く疾しる。
休憩も兼ねてサービスエリアに立ち寄って、スマホのナビを眺めながらまだ視ぬ景色に想いを馳せたわ。
何処まで行こうかって考えたのだけど。
何処までも行けそうな気がしたから。
行ける
と、勢い任せに再びバイクに跨り疾り出す。
漠然と何かに巡り逢えそうな気がして、吸い込まれるように何となく降りたインター。
そこからは気分のままに疾って。
気の向くままに曲がって。
そのお陰で迷子の一歩手前と云われても反論出来ないのはナイショ。
でもだからこそ、こんなに豊かな自然を満喫出来る路に辿り着いて疾れるのだから。
あたしのテンションも上がるのは尚更でしょ?
その結果、冒頭に戻っていまのあたしに至る訳なのです。
ジジッ……ジジッ……
「ずっと此処に居たのか?」
「そうよ。ずっとここに居たわ」
「随分探したよ。最初から此処に来てれば」
「ありがとう。あたしを魅つけてくれて」
彼の腕が優しくあたしを包み込む。
全身を彼に委ねるあたしをそっと。
『もうっ! さっきから何よ? ノイズ混じりにイメージが投影されるのって』
あたしのバイクは木漏れ陽の路を行く。
風が枝や葉っぱを優しく揺らす。
心が安らぐ自然との共鳴って心地好いわ。
あまり対向車とも擦れ違わないし、まるで貸し切りの路みたいね。
風や樹々達があたしに囁くように優しく包んでくれる。
時々お陽様の晄が眩しく跳び込むのはスパイスみたいなモノ。
穏やかな日に。穏やかなあたしが。
いまここに。
その和んだ心地好い気分を一掃する
いつの間にか路は樹々のアーチを抜け出してしまったみたい。
そしてあたしの視界は急激に拓けて陶酔のような心境から引き戻されたの。
あまりにも突然に唐突に眼の前の景色が拓けたわ。
飛び込んで来たのは素敵なお店…………?
「えっ?」
「えっと……」
「これは? これって……畑ぇ……だよね…………すっ、素敵なお店は…………?」
「ドコよぉぉぉおおお!」
あたし思わず叫んじゃったじゃない。どうしてくれるのよ。
『ちょっと待て。あたし』
『冷静になって。あたし』
いやいやいや……
あたしの頭の内で何かが
ゆっくりとあたしの
そっ、そーよ!
樹々のアーチを抜けたからって直ぐお店が在るなんて限らないじゃない。
このまま少し行ったら素敵なお店が佇んでるかも知れないじゃない。
素敵なお店は無くても素敵な景色に出逢えるかもじゃない。
下調べもしないで気の向くままに疾ったのだから仕方ないじゃない。
『そーよね。きっとそーよ。そーに違いないわ』
そんな希望的な自己完結を試みた。
あ・た・し。
少しスピードを緩め、辺りを見廻しながら疾しる。
ずぅぅぅん――――――――
あたしの視界に映るは畑ばかりかな…………
「ほうぉっ。イイじゃない。そー来るなら!」
「えェ。イ・イ・ワ・ヨッ。女は度胸って云うじゃない!」
イイエ。 オンナ ワ アイキョウ ノ ホォ デショ。
普段は滅多に出てこない『脳筋なあたし』が猛ってる。
『エンジンは熱くなってもアタマはクールに行けよ?』って
映画か何かで聴いた台詞をどっかのアタシが頭の片隅から囁いたわ。
猛った
そんな
空冷式で良かったみたい。
もし水冷式ならまだ
いつの間にやら脳筋さんは影を潜めていた。
『ねぇ、そろそろ休憩しない?』
《休憩しないと危ないわよ》
「うん。それもそうね。妥協も時には必要かな。よしっ! 妥協しよっ!」
《そーよ。もう二時間は疾ってるのだから休憩しなさいな》
『缶コーヒーだって良いじゃない? 目的は休憩なのよ』
こんな脳内会議の末に自販機を探し始めたの。
だけどその途端、小さな違和感に気付いたのよ。
何だろう? この違和感……
「エンジンじゃないと思うわ。だって気持ち良く疾ってるもの」
「サスペンション? 仕組みはあたしには難しくて解らないけど違う気がする……」
「でも……確かに違和感は在るのよね」
そんなタイミングで都合よく自販機を発見したの。
ウインカーを出して左に寄せて停車する。
イグニッションキーでエンジンを止めて降車。
ヘルメットを外し、そのまま車体を眺めながら一周――――
「んー。ちょっと視た程度じゃ解らないわね……」
「少し落ち着いてから考えましょ。缶コーヒーでも飲みながら」
自販機で冷たいブラックコーヒーのボタンを押す。
取り出すついでに頭の上に手を組んで腰を伸ばすようにストレッチ。
軽い前屈と膝の屈伸して立ち上がり改めて辺りを見廻す。
「良い天気だわ。遠くに浮かぶ雲が綺麗ね」
「昨日までの憂鬱な気分が嘘みたい」
「あたしがいまここに居るって何かを残したいわ」
「そーだ。バイクも入れて空の写メ撮ろうっと!」
スマホを持ってバイクが映り込む良いアングルを探して車体を下から覗き込むと。
何かがキラキラと陽射しを反射してる。
意識を向けてよく視てみると、それはタイヤに刺さった釘のような異物でした。
それで閃くように気付いたのよ。
「なるほどねぇ。これが違和感の正体よぉ。この釘みたいのが刺さったからパンクしたんだわ」
さぁて、どーしましょ?
この近くに修理してくれるバイク屋さんって在るのかしら……?
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