偶然の様な必然の出逢い

 土地勘も無いからバイク屋さんを探すにしたってねぇ。

 こういう時は誰かに聞いた方が早いわよね?

 えぇっと近くに誰か居ないかしら?

 そう思って辺りをキョロキョロしてると……


「お嬢さん。キョロキョロしてどうしたんだい?」

 

 少し離れた所から声がしたの。

 声の主の方を視ると少し小柄な女性が小さな女の子と手を繋いでこちらに歩いて来るのが視えたわ。

 よく視ると女の子は二人いて物珍しそうに瞳をキラキラさせてる。


『あら。なんて可愛らしいのかしら。頭を撫でてみたいわ』


 頭撫でさせてってお願いしてみようかな?

 なんて事考えてると、普通に話せる距離までゆっくり近づいて来てくれたわ。

「こんにちは」と会釈してご挨拶。

 

「あぁ。こんにちは。ん? このナンバープレートは……東京からこんな田舎まで来たんだね。さぞ遠かったんじゃないかい?」


「いえ……実はあたしの気の向くままに気が付いたらここに居ました」


「はっはっはっはっは。面白い子だねぇ。お嬢ちゃんは。ほら。このお嬢ちゃんにご挨拶するんだよ」


って、女の子に向かって云った。


「おねぇちゃん。 こんにちわ。 わたしは しおん! こっちが あやね! いもうと なの」


「ねぇね。こんにちわ」


「偉いねぇ。こんにちは。しおんちゃん に あやねちゃんね。頭撫でても良いかな?」


「いいよぉ」


「うん!」


 この子達可愛いわぁ。あたしもこんな子供欲しいかも? なんて。

 こちらの女性はお母さんって感じじゃないけど、お祖母ちゃんって感じでもないのよねぇ。

 どんな関係なんだろ? 謎だわ。

 凛としてて上品な感じで少し着崩した和装も着慣れてる感があって恰好良い。

 三味線のお師匠様や書道の先生とかそんな雰囲気があって、失礼じゃなきゃ聞いてみたいかも?

 

「それで、お嬢ちゃんはどうしたんだい? 覗き込んだりキョロキョロしたりで何か落としでもして探し物してるのかい?」


「あっ。そうですね。バイク屋さんがこの近くに在るかな? と思ってまして。お察しの通り土地勘がないので困ってました。ご存じないですか?」


「何だい? バイク屋を探してたのかい? それなら在るよ。すぐそこに。あたしらも丁度行く所だから良かったら一緒するかい?」


「そうなんですか? もしお邪魔でなければ是非ご一緒させて下さい」


「邪魔なんて事在るかね。ほら、孫のこの子達も興味津々でお嬢ちゃん視てるしね。遠慮なんて要らないよ」


 いま孫って云った? この方はお祖母ちゃん?

 凄く恰好の良いお祖母様……憧れちゃうわ。

 なんて思いつつ。

 そう云う事なのでお礼を云ってそそくさとバイクを押そうと準備始めると。


「バイクはそのままで良いよ。目と鼻の先なんだから。行ってからに云いつけて押させれば済む事だ」


「えっ? でもそんな。悪いですし……」


「若いお嬢ちゃんがそんなに遠慮なんてするもんじゃないよ。こう云う時に役に立って男は何ぼさね。あたしがちゃんと云ってやるから」


「ありがとう御座います。ではお言葉に甘えさせて戴きます」


「そう云う事だよ。じゃ、行こうかね」


 こんなやり取りの後、お祖母様は歩き出したの。

 ついて行こうとすると……

 上目遣いでキュートなお願いされたのよ。


「ねぇね。わたしと てェ つないで?」


「あやね、ずるぅぅい! わたしも わたしもっ!」


 お祖母様はにこやかに微笑みながら


「もし嫌じゃなかったら繋いでやっとくれな」



 こんな可愛いお願いが嫌な訳ないじゃないですか。

 もうぉ! 悶えてしまいそうだわ。

 どうしよぉ……

 顔がニマニマしちゃってるのバレバレだ。あたし。

 しおんちゃんは繋いだ手を元気に振ってぴょんぴょんってしながら。

 あやねちゃんはギュッと握って静々と。

 対照的だわぁ。この子達って。

 でも二人共キラキラした瞳で真っ直ぐあたしを視て来るの。

 まっ、眩しい……

 どうしよう。凄っごく可愛いわ。

 あたしにもこんな可愛らしい頃が在ったのかしら?

 きっとこんなに可愛くなかったわね。

 うん……悔しいけど。



「おねぇちゃん。おなまえ おしえて?」


「ねぇねの おなまえ わたしも ききたいな」


「良いわよぉ。あたしは弥生。神駆絽かみくろ 弥生よ」


「やよい? かみゅきゅろ やよい おねぇちゃん?」


「うーん……ちょっと違うわね。弥生で良いわよ。しおんちゃん」


「うん! やよいおねぇちゃん!」


「やよいねぇね  で いいの?」


「そぉよ。しおんちゃん、あやねちゃん。仲良くしてね?」


「うんっ!」


「はぁい!」


「お嬢ちゃんは、神駆絽 弥生って名前なんだねぇ。あたしゃぁ 月詠 じゅくって者だよ」


「ありがとう御座います。お祖母様は月詠 褥さんと仰るのですね?」


「ふふ。お祖母様ってのは何ともガラじゃないよ。ここいらじゃ『しとね婆ぁ』の方が通りが良いけどねぇ」


「そうなんですか? でも凛として凄く恰好良いです。あたし憧れちゃいます!」


「よしとくれなぁ。あんまり年寄りを揶揄うもんじゃないよぉ」


「揶揄うなんてとんでもないです」


「まぁ。怒ってる訳じゃぁ無いよ。ところで弥生って呼んでも良いかい?」


「はい! 構いません。改めまして、神駆絽 弥生です。宜しくお願い致します」


「敬語なんて堅っ苦しいのは要らないよ。あたしゃにゃ息子だけでねぇ。娘は居ないから。弥生、あんたみたいな年頃の娘は自分の娘みたいなものだもの」


「嬉しいです。褥お祖母様」


「ふふん。さぁ目的地に着いたよ。さっき云ってたバイク屋だ。璃央の奴を呼んで来るからちょっと待っておいでな」


「はい。ありがとう御座います」



 云うや否やスタスタと敷地の奥に向かって歩きだすお祖母様。

 歩いて来た路を振り返るあたし。

 さっきの場所から五十メートル位かしら?


『本当に目と鼻の先だったわね。びっくり。でもお祖母様に連れて来て貰わなければ見過ごしてたわ』



 ジジッ……ジジッ……

「ねぇ。ずっと探してくれてたの?」

「ああ。ずっと探してたよ」

「迷ったりした?」

「迷子になってた」

 あたしの零れる涙は一向に止まる気配は無い。

 でもそんな事は全然気にならない。 



 少し拓けた空き地のような土地にログハウス的な建物が三棟建ってて、看板は無いからお店が在ると知らなければ農業資材や建築資材の集積場と云われても違和感は無いわね。

 でも良く視るとあたしが雑誌やネットサイトでしか視た事の無い所謂、名車と呼ばれるバイクが眼に入って来る。


『それほど詳しくないあたしでも知ってる名車が置いて在るお店だなんて……』


 あたしのバイクは高級車でも何でもない。

 しかもパンク修理だなんて……

 嫌な顔されて断られないかな?

 そうだと嫌だなぁ。

 そんな被害妄想的な思考が頭に過ぎるわ。

 大丈夫……よ……ね?

 お祖母様に連れて来て戴いたお店だもの――

 考え過ぎよね?

 

「やよいねぇね。リオにぃのトコ いこっ?」


 気が付くとあやねちゃんが袖口をチョンチョンって引っ張ってる。

 しおんちゃんはお祖母様と一緒にくっ付いて行ってるし。

 ちょっと振られちゃったかな?

 なんておバカな事を考えてしまったわ。


「あやねちゃん、ごめんね。うん。行きましょ!」


「やよいねぇね。えっと……リオにぃはねぇ ちょっとイジワルなとき あるけど イタズラして めぇって するときも ぜったい ぺんしないの。だから こわくないんだよ! ばぁば ホントに めぇすると おしりぺんって しゅるから いたいんだよ」


 可愛いらしいわぁ!

 お祖母様があやねちゃんのお尻ぺんって叩くの想像出来るかも?

 ――――って!

 駄目じゃないっ。

 あたしが少し不安になったの察してフォローしてくれてるの? 

 いけないわね。こんな小さな女の子に心配させちゃうなんて……


「そーなの? りお兄さんって人は優しい人なのね? あやねちゃんはそのお兄さんと仲良しさんなのかなぁ?」


「うん! なかよしだよ。ほっぺにチュってするとニコって するの。でもね? おしごと してる ときに チューすると おしごとしてるは ダメってゆーの。なんで なんだろ?」


「えぇぇっと……それはね……お仕事中は油で汚れたりするでしょ? それがお腹に入っちゃうとお腹壊しちゃうからだと思うんだぁ。あやねちゃんに痛い思いさせたくないのよ。きっと」


「やよいねぇね すごいね! ばぁばと おなじこと ゆってる もん。でも わたし まだ わかんないの……」


「まだちょっと難しかったかな? でもこれだけは覚えておいて。あやねちゃんはこれから色んな事をちょっとずつ解って行くのだけど、一つずつゆっくりで慌てなくて良いの。何度聞いても良いのよ。何度でもお話しするから。ね?」


「うん。やよいねぇね ありがとぉ」


「どう致しましてっ」




「璃央~居るかい?」


「婆ぁば? すぐ行くからちょっと待っててぇ」


「あいよっ。紫音! 綾音! 璃央の洗濯物いつもの所から取ってきておくれぇ! 篭ごとで良いから全部持って来てくれなぁ」


「あいあいさぁー」


「はぁーい! しおねぇー まってぇぇ」



 お祖母様が店主に来訪? 来店? の声を掛けてくれました。

 でも何か不思議な事も云ってたわね?

 洗濯物? って???

 お祖母様が洗濯物の回収? いつもの場所?

 ――――と云う事は……日常的に洗濯してあげてる?

 どーゆう関係なんだろぉ。

 呼び方はさっきも普通に呼捨てにしてたし……


 あっ! 息子さん!

 って事は……しおんちゃんとあやねちゃんのパパって事よ!

 ん? 待って……

 あやねちゃんは さっき、りおにぃって云ったわね。

 そうかっ! お祖母様は息子だけとは云ったけど一人とは云わなかったのよね。

 小さい姪っ子にお兄ちゃん扱いされるのは珍しくないわ。

 何これ。まるでパズルの最後のピースが嵌ったような達成感! 爽快ね!

 なぁ~んだ。あたしがさっき考えた事なんて杞憂そのものだったじゃない。


 まだ小さいって事も在るのかも知れないけど、あやねちゃんは繊細な子供なのね。

 だからあたしの微妙な心の揺れを感じ取ってしまって、余計な心配をさせてしまったわ。

 こんな失敗はもうしないように気を付けないと駄目ね。

 そんなあやねちゃんと仲良しさんなのだから、悪い人な訳ないじゃない。

 ちゃんとご挨拶して修理のお願いをすれば良いのよね。

 とっても簡単な事じゃないの。ふふ。 



 ジジッ……ジジッ……

「あたしも迷子になってたかも」

「そうか。二人で迷子になってたのか」

「そう。あたしはここから一歩も動けなかったけど迷子だったのよ」


 《まただわっ。なんなのよ! これって何かの前兆とでも云うの?》



「婆ぁば。お待たせ。いつも洗濯ありがとう」


「璃央もう良いのかい? どうせ洗濯機が洗うんだから礼なんて要らないよ」


「そりゃそうだけど……身も蓋もねぇなぁ。それよりあちらの方は?」


「そうそう! それが本題だよ。さっきな直ぐそこで知り合ったんだがバイク屋を探してたから連れて来たんだよ。ちょっと視てやっとくれないかい?」


「了解。ん? あれ? 車ドコ停めたの? 表に停めるなんてもしかして急いでる?」


「いや、今日は歩いて来たんだよ。紫音と綾音を連れてブラブラ散歩して来たんだ。そのお陰で弥生とも知り合ったのさ」


「弥生?  あの方が弥生さん? ってもう呼捨てか。相変わらず直ぐ親しくなるなぁ。関心するわ。よっぽど神経が太いのな」


「余計なお世話だよ。お前の神経が細くて持って回り過ぎるだけだろ? 男ならどぉんと構えな!――――弥生。ちょっとおいでな」


「はい。お祖母様。すぐに」 


「おば……お祖母様? 婆ぁばのどこがお祖母様?」


「璃央。お黙り! それで無くてもこっ恥ずかしいんだから。あたしゃぁ」


 

 軽口でやり取りする会話が風に乗って聴こえて来るわ。

 やっぱり普通に親子って感じだけど少しだけ違和感みたいなのが在るのよねぇ。

 でも何故か羨ましいって気がしちゃうかも?

 そんな逡巡をしてるとお祖母様に呼ばれたの。

 あたしがお祖母様って呼び方すると、何処か窮屈そうに苦笑いするから、やっぱり改めた方が良いのかしら?

 でもねぇ、さっきお知り合いになったばかりの目上の方だし……

  


「お待たせしました」


「じゃぁ紹介からだね。こいつは璃央。見ての通りバイク屋さ。こっちが弥生さね」


「初めまして。神駆絽 弥生です。先程お祖母様に声を掛けて戴きお邪魔させて貰いました」


「こちらこそ初めまして。穂含ほふみ 璃央りおです。ご丁寧な挨拶に恐縮します。早速ですがバイクの修理ですか?」


「そうなんです。タイヤのパンクだと思うのですが、修理して貰えますか?」


「勿論。取り敢えず状態を視てからにしましょう。バイクはどこに?」


「はい。すぐそこの自販機の前に停めてます。これから押してきますね」


「いえいえ。僕が押しますよ。キーを貸して下さい。婆ぁば、サロンの方に案内して貰えるかな?  俺は弥生さんのバイク押して来るから」


「あぁ。引き受けたよ。璃央行っておいで」



 驚いちゃったわ!

 穂含さんって凄く丁寧な方でほっとしたけど、あたしのバイク屋さんのイメージだともっと横柄な感じに対応する人が多いって思ってたから意外だったわね。

 お祖母様と話してた時の印象と違ってジェントルって感じだったの。

 そう思ってしまうと格好良く視えて来てしまうあたしってチョロいのかも知れないわね…………

 不味いわ……気を付けなきゃ駄目よっ。



 ジジッ……ジジッ……

「寂しかったか? 悪かったよ」

「寂しかったわよ。当たり前じゃない」

「もう離さないから。責めないでくれよ」

「責めてなんかない。」

「知ってる。久し振りなんだ。言葉を間違えたんだ」

 

 『本当にこれって何なのよぉ。不可解過ぎるわよ。いまあたしに何か起ころうとしてるのかしら? でもこんな断片的なイメージを投影されたって何が何だか解るわけ無いじゃない!』



「弥生。こっちだよ。喉が渇いたらウォーターサーバー在るから自分でやりな」


「はい。ありがとう御座いますお祖母様」


「弥生……そろそ其のお祖母様ってのは止めにして貰えないかい? どうもねぇ。如何にもこそばゆいんだよ」


「あっ。それは申し訳ありません。でも何とお呼びすれば良いかと……礼を失したく在りませんので」


「何とも律儀な娘だねぇ。璃央や孫のように『婆ぁば』で良いよ」 


「では、お言葉に甘えまして……褥婆ぁばと呼ばせて戴きますね」


「それじゃ云い難いだろ? 褥なんて取っちまって『婆ぁば』だけで良いよ。全く呼び方一つで往生するねぇ……ほらっ。呼んでみなっ」


「はい……それでは…………婆ぁば」


「良しっ! それで良いよ。ついでに敬語ってヤツも止めてくれると助かるんだがねぇ」


「そっ、それは目上の方ですし……おばっ。いえ、婆ぁば? あんまり苛めないで下さいよぉ」


「そりゃ悪かったよ。堪忍しておくれな」


「堪忍なんて……滅相もないです」


「冗談だよ。あんまり真に受けるんじゃないさね。まぁ。弥生のそんな所を気に入ったんだけどねぇ。礼儀正しいのに面白い娘だよ」


「凄く光栄です。ありがとう御座います」



 上の空でお返事だけはしたけど、もしかしてあたしはお祖母様に揶揄われたの?

 何と仰っていたのかしら?

 ちょっとポカーンってしちゃって言葉が頭の中をぐるぐる廻ってる感じだわ。

 えぇっとぉ――――


『そんな所が気に入ったんだけどねぇ』


 あれっ? 気に入ったと仰った?

 お祖母様があたしを? えっ? っと……?

 落ちつくのよ! 弥生っ! 

 反芻してみて! 弥生っ!

 こんなに恰好良い素敵な方に気に入って貰えるなんて光栄だわ!

 お祖母様みたいにあたしも素敵になりたいなっ。

 こう云う感じに歳を重ねていけたら素晴らしいわよねっ!

 お祖母様をいっその事をお師匠様ってお呼びしたいくらいねっ!

 


「――あの…………婆ぁば? あの……」


「どうしたんだい? 弥生」


「えぇ……っと、もしあたしが師匠とお呼びしたら気分を害されますか?」


「なんだい? 藪から棒に。まぁ、弟子からあたしゃぁ師匠と呼ばれちゃいるが……弟子入りしたいのかい? いったいどこからそんな話しを聴いたんだい?」


「へっ?……弟子入り?…………もしかして本当にお師匠様なのですか?」


「まぁ、一応そう云う事にはなってるよ。あたしゃぁ彫師でねぇ。仏像やら観音様やらの彫刻が仕事なのさ。どうしてそれが分かったのかねぇ」


「いえ。存じ上げませんでした。失礼しましたっ」


「そうかい。なら何の師匠なのさ?」


「人生の……いえ。素敵な女性としての師匠です」


「本当に面白い娘だねぇ。お前さんから視れば年の功ってなだけだ。素敵なんてもんには無縁だよ」


「もし宜しければ秘訣をご教授下さい。お願いします」


「秘訣ねぇ。そんな物は無いんだが。あたしゃぁ昔話と孫の話し位しか出来ない只の年寄りだよ。弥生がそれでも良いのなら構いやしないがねぇ。しかし師匠ってのは無しだよ。そんな戴そうな者じゃないからね」


「解りました。師……婆ぁば。宜しくお願いします」


「全く……何を宜しくするか皆目見当もつかないけどねぇ。まぁ良いさね」



 こうしてあたしは目出度く弟子入り『仮』を果たした。

 ファンファーレが鳴り響かないのは残念だけどっ。

 何となくノリと勢いで云ってしまったけど良いわよね。

 謙虚とは少し違う感じだから、謙譲の美徳ってこういった事を云うのかしら?

 言葉とは裏腹な自信やオーラが漂っていて、逆に凄味の様になってる気がするわ。

 あたしの内では『褥 師匠』として崇拝させて戴きましょ!



「馬鹿な話しをしてる内に璃央が戻って来たようだね」


「はい。あの建物で修理するのですね?」


「そうだよ。小屋みたいなものだけどねぇ」


「ばぁば もってきたよぉ」


「ばぁば いつもの ここ おいてイイ?」


「あぁ 良いよ。紫音、綾音ご苦労さん。ちょっと座って水でも飲んでなさいな。あたしゃぁ弥生とちょっくら璃央と話して来るけど悪戯するんじゃないよ?」


「えーっ わたしも おにぃちゃんと おはなし したいっ!」


「わたしもー! リオにぃと あそびたいっ!」


「馬鹿言うんじゃないよ。璃央と仕事の話するんだから大人しくしてなっ」


「おとなって ズルいー ねぇー あやねっ」


「ねぇーっ」


「聞き分けないと二人共あとでお尻ぺんだぞっ?」


「「いやぁぁぁあああ」」



 軽々とあたしのバイクを押して、穂含さんが小屋のような建物に入ってくのが視えたわ。

 あたしはバックパックとヘルメットを置きながら、可愛いくて微笑ましいやり取りを聴いて口角が上がってしまったの。

 しおんちゃんとあやねちゃんは仲良しさんなのね。

 息もピッタリだし。

 あのくらいの小さな子からすると大人ってズルいのね?  ふふ。


 それにしても師匠って凄いわね。

 あんなにピシャッ! ってあたしだったら云えないもの。

 ついつい甘やかしてしまうんじゃないかな?

 いえ……甘やかしてしまうわねっ。抗えない! 無理っ!

 しおんちゃんとあやねちゃんの云う事は何でも聞いてしまいそうよ。

 あの云い方の可愛らしさったら反則レベルだもの。



「弥生行こうかね。ついておいでな」


「はいっ」


 あたしは小走りに師匠の少し斜め後ろに近付き並んで作業場に向かったわ。


「婆ぁばって凄いですね? あたしだったらあんな可愛い云い方されたら甘やかしちゃいます」


「別に凄かないよ。あぁ云うのは、飴と鞭なのさ」


「飴と鞭……ですか?」


「何でも『過ぎたるは猶及ばざるが如し』ってやつでね。対をなす両翼なんだよ」


「なるほどです。勉強になります」



 弟子入りして間もないのに思慮深い含蓄の在るお言葉を頂戴しました。

 何気ない所に潜む有難い教えをいつまでも忘れないように心の中にメモしときゃなきゃね。

 早速メモっメモっと。


 穂含さんが早速あたしのバイクを点検してくれてる。

 作業場と言うより小規模な工場といった方が近い立派な佇まいだったのには驚かされるわね。

 出入口近くに大きなツールキャビネットが置かれて、壁には所狭しと様々な工具が整然と張り付ける様に掛けられているの。

 あたしが視た事の在るバイク屋さんって、もっと狭くて雑然としてたのに……

 土地が在るから広々したスペースを確保出来るのかしら?

 それに機能美と云って良いほど小綺麗な感じがするのは、穂含さんの几帳面さの顕われな気がするわね。

 あたし達はゆっくりした足取りで近づくと穂含さんに話し掛ける。



「どうでしょうか? 修理出来そうですか?」


「パンク修理は問題なく出来ますね。ただ、少し時間が掛かりますので……」


「なんだい璃央。口幅ったいねぇ。もしや、時間が掛かるから手間賃を弾めとでも云いたいのかい?」


「違う違う。修理代なんて旅先で手持ちが少ないってなら、帰ってから振り込みでも何でもしてくれれば良いんだからそんな事じゃない。もし急いでるなら別の応急処置的な修理で時間の問題はクリア出来るって事でね」


「あぁそう云う事かい。弥生、どうなんだい?」


「あたしの方は時間はいくら掛かっても問題ないのですが……ただ――」


「ただ? 何だって云うのさ?」


「この辺りに旅館やホテルのような宿泊出来る場所は在りますか?」


「!?――お前さん、まさか声掛けて最初に云ってた気の向くまま来たってのは本当の事だったのかい?」


「はい。お恥ずかしいながら、そのまさかです……」


「はぁっはっは! 益々気に入ったよ。本当に面白い。そんな事なら家に泊まれば良いさ。部屋なら空いてるんだから」


「婆ぁばは旅館をされてるのですか?」


「何て事ない普通の家で、ちょっと広い家ってだけだ。なぁにっ。遠慮は要らないよ!」 


「あの家がちょっと広いだけって云うなら、ちょっとじゃなきゃどんだけデカイんだ? 婆ぁば」


「そんなに大きなお家なのですか?」


「ええ。築百年くらいの、他所じゃなかなかお眼に掛かれない御殿のような家ですよ」


「璃央は大袈裟なんだよ。宮大工代々の家だから古い建物ってのは認めるがね」


「年代を経た建物って凄く素敵でロマンが在りますね。婆ぁば。もしもあたしがお世話になる事がご迷惑で無ければ是非お願いします」


「大袈裟だねぇ。なんせ古い家だから都会の家みたいに快適じゃぁないだろうけど、今夜は家に泊まると良いさ。璃央、彩華に電話しておくれよ」


「了解、了解。弥生さん、婆ぁばは言い出したら聴かないから悪いね」


「いえ。あたしこそお知り合いになったばかりなのに、図々しくも甘えさせて貰ったみたいで」



 あれよ、あれよと云う間に、ポンポンとお話しが決まってしまったの。

 それにしても御殿の様なお家って素敵だわ。

 どれだけ大きなお家なのだろう。ワクワクしちゃうじゃない? 

 ご親切にして貰った上に、滅多に出来ないような体験までさせて戴けるなんて。

 とても贅沢なのじゃないかしらね?



「もしもし璃央です――――こんにちは――――いえ、何か在ったんじゃ無いけど――――いま婆ぁばに替わりますので――――はい――婆ぁば彩華さん出たよ。はい」


「彩華かい?――――さっき面白い娘を拾ったんだよ。それで昼をこっちでしようと思ってね――――用意してくれるかい?――――これから璃央の洗濯物持って帰るからその時に――――じゃ頼んだよ」


「璃央。軽トラ使って良いかい?」


「キーはいつもの所に在るよ」


「紫音と綾音は置いてくから頼むよ。弥生、面倒じゃなきゃあの子らの相手して貰えるかい?」


「勿論です。喜んでっ」


「そう云う事だから、一旦帰って彩華を連れて戻って来るよ」



 師匠はスマホを璃央さんに手渡した後、勝手知ったる何とかの体で淀みなくキーを取り上げ軽トラに乗り込みエンジンを掛けた。

 それはあっという間と云った刹那的な出来事で、視てるあたしは只々圧倒されてしまったわ。

 きっとお話しをしながらその後の段取りや他の色々な事を組み立てていて、即行動に移すのを信条としてるのではないのかしらね?

 お知り合いになってからまだ僅かな時間なのだけど、師匠のお人柄を何となく垣間視た気がするわ。

 特筆なのは歯に衣着せぬ口調や体裁を気にしないで、実を取る合理性と行動力って素晴らしいわよね。

 それだけじゃ無く、柔軟に対応する所なんて見倣わせて戴きたいって思うわ。

 もうあたしの理想像って感じで憧れてしまうもの。

 師匠とお知り合いになれただけでもツーリングに来て良かったって感じるわよ。


『そして何となくだけどあたしの宝物になるって予感もするの』

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