意外な一面
「おにぃちゃぁぁぁんっ!」
「リオにぃぃぃぃぃぃ!」
「紫音に綾音ぇ! 悪戯したら駄目だかんなぁー」
少し離れた所から元気にぴょんぴょんしながら大声で手を振る、しおんちゃんとあやねちゃん。
作業の手は止めず顔だけ二人に向けて笑いながら釘を刺す璃央さん。
璃央さんがあたしのバイクを修理してくれてる。
もうタイヤ外してるなんて素早い手際わね。
あれからそんなに時間経ってないでしょ?
あっと云う間に修理終わっちゃう感じかな。
でも時間が掛かるような事も云ってたのよね?
これからが時間掛かる作業になるのかしら?
あたしは『宜しくお願いします』とばかりにお辞儀して。
双子ちゃんに引っ張られるように作業場の隣に在るドアを開けて、二人を先に通してから店内に脚を踏み入れてお邪魔したわ。
「わぁ……」
「おねぇちゃん すごい? すごい? すごいっ?」
「リオにぃ まいにち おそうじ すりゅから きれい なのよ」
まるで自分の宝物を自慢するかの様に瞳をキラキラさせて『どうだっ!』とばかりに誇らしく胸を張ってる双子ちゃん。
そしてある意味では異質な空間を目の当たりにして、言葉を失ったように感嘆の声しか上げられないあたし。
確かにお掃除の行き届いてる綺麗な店内。
しかしそのインテリアの数々は、およそバイク屋さんに縁の無い物のようにも思える。
ジュークボックスなんて映画の世界でしか視た事ないわよね? 普通は。
そして極めつけとばかりに、バーカウンターとバイクみたいな形の視たことも無いインテリアを兼ねたストゥール。
オーダーメイドで作ったようにしか思えないからきっとそうなのよね。
ストゥールには驚いたけど照明を暗くすれば小さなバーラウンジみたい。
腰掛けたら思わず『バラライカを』なんて気取りたくなってしまいそうだわ。
その異質な空間を言葉にするなら。
センスが良い! この一言ね。
狙ってもなかなか出来るものではないのに不自然さがまるで無いの。
意図的に雑然と視せる神懸ったレイアウトバランスも見事だわ。
恐らく数センチもずれただけで纏まり無く散らかって視えるに違いない筈よ。
ギリギリを攻めてそれを維持するなんて、とても真似出来ないって思ってしまうもの。
もう芸術作品と云っても過言じゃないレベルだわ。
あたしは無意識にスマホを手に取り『カシャッ!』って。
「あたしの知ってるバイク屋さんのイメージじゃない。そうね。ここは宛ら大人の秘密基地って感じの場所ね」
「そぉ! パパも いってるの。ひみちゅきちって!」
「パパ おやすみのひ ここくるよ。なにも しないで すわってりゅ」
「パパもお気に入りの場所なのね? あたしもお気に入りになっちゃったわ」
「あっ! リオにぃ だぁあ!」
「どうですか? 弥生さん。なかなか面白いスペースでしょう?」
「おにぃちゃん。どーしたの?」
「おっ! 紫音、ちょっとタバコ取ってくれよ」
「リオにぃ おたばこは いけない のよ。ばぁば おこられて しらにゃいんだからっ」
「残念! お前達が居る時でも外で吸えば怒られないんだよ」
「べぇっー。おとこ の びょーきは おんなしだい にゃんだらねっ!」
「――――――――」
もう……眼を真ん円にして絶句しちゃったわよ。あたしはっ!
女の子でも産まれたその時から『女』って生き物なんだわ。
侮れないわね……
「はいっ。おにぃちゃん たばこね」
「サンキュー紫音。どうしました? 弥生さん」
「あっ、あっ、あっ、ぁっ。ぃ、いえ。あやねちゃんに圧倒されちゃいまして……お恥ずかしいぃ」
「あぁ、こいつは何時もこうなんです。嫁さん気取りって云うか、小姑って云うか……まぁ」
「なる……あやねちゃんはおしゃまさんですもんねっ」
「おにぃちゃん。こじゅーと? なに?」
「小姑ってのは……」
「――! 璃央さん待って下さいっ! あたしがっ! あたしが説明しますっ」
「そうですか? それじゃお願いします」
「はい。しおんちゃん、あやねちゃん。小姑って言葉はあまり良い意味で使われないからまだ知らなくても良いのよ。もう少し大きくなったらね。良いかな?」
「「うん。」わかったぁ」
男の健康管理は女の仕事よっ!
云ってみたい……
一度でも良いから云い放ってみたい。
それには旦那様か彼氏が……以下りゃ
贅沢云わない……
誰かに云ってみた……いぃぃ――
「璃央さん。素敵なお店ですね? スマホで写真撮っちゃいました。あたしには凄く参考になります!」
「そう云って貰えると嬉しいですね。ありがとう。もっとも婆ぁばからは『一体ここは何屋なんだ?』って呆れられてますけどね」
「あたしってお仕事でインテリアのコーディネートもするんですけど、頑張ってもこんなに素敵に出来る気しないのがちょっと悔しいです。璃央さんのセンスが素晴らしくて羨ましいですよぉ!」
「なるほどねぇ。それで参考になると? でも弥生さん、それはちょっと誉め過ぎでは? プロの方から云われると自慢気にもなりますがやっぱり照れますよ」
「この店内のインテリアとレイアウトのセンスは、もう芸術作品って云っても差し障り無いと思います」
「そんな事は……これを芸術なんて云ったら婆ぁばに鼻で笑われてしまいます。なんせ仏像を彫る師匠ですから」
「そうですね。お師匠様って聴きました。仏様を彫っていらっしゃるなんて素敵ですよね」
「何代目かは忘れましたが古くからの名前を継承してますよ」
「凄い。あたしったらそんな雲の上のような方とお知り合いになったなんて。感動です」
「そうあまり構えないで下さいね。婆ぁばは畏まられるの苦手みたいですから」
「やっぱりそうなんですね? そう云うシャイな所もとても素敵な方だと思います」
璃央さんは終始苦笑交じりに何となくバツの悪そうな様子で受け答えしてくれた。
あたし何か変てこな事でも云っちゃったのかしら?
もっと自信満々に自慢しても良いのに『奥ゆかしい』と云うか『謙虚』と云うか、好感の持てる人柄が偲ばれるわ。
やはり師匠の教えの賜物なのかしらね?
それにしても師匠も師匠よっ!
古美術の継承者なんて凄過ぎるにも程が在るわ。
古の伝統と技術を現在に脈々と伝承するお仕事。
こう云うお仕事を出来る方の事を神々しいって云うのだと思うわね。
あたしと璃央さんがお店のインテリア談義にお花を咲かせて居ると、敷地の入り口付近からクラクションが鳴ったの。
視線を向けるその先にはさっき師匠が乗って行った軽トラに続き、
車から降りた師匠は、璃央さんの作業場に視線を向けながらこちらへ歩いて来る。
もう一台の乗用車は『カチャッ』とロックが外れる音に続き『ピッピッピッ』ってアラームが鳴りながらスライドドアが開き始めると、運転席から女性が降りてゆっくりスライドドアの方へと周ったわ。
「璃央、手伝っておくれ」
「オッケー。婆ぁば、案外と早かったね」
「そうさ。時間も時間だったし彩華が殆んど用意してくれてたからねぇ。あたしゃぁ、むすび握るだけで済んだんだよ」
「流石だね。何時もながらソツがない」
「あっ。あたしもお手伝いさせて下さい」
「頼めるかい? じゃぁ行こうか」
「はい。喜んで。しおんちゃんとあやねちゃん。ちょっとここで待っててね」
「やよいおねぇ、ママに ごめんなさい する。いっしょに いく」
「あぁっ!? あの人がママ?」
「うん。そぉ。さっき やくそく だから」
「そうね! 偉いよ。偉いわね。本当に良い子だわ。あたしも応援するから! 一緒に行こっ」
あやねちゃんだけ残すのも可哀想なので三人で後を追ったわ。
ジジッ……ジジッ……
「間違えないで。言葉は紡ぐものよ」
「そうだな。此れからは二人で紡ごうな」
「どうしてくれるの」
「そうだな。涙が枯れるのを待つかな」
「枯れないわよ。ずっと」
『もしかしてこれってあたしなの? それなら相手は誰なのよ。何回も云いたくないけどお独り様なのよ。あたしはっ』
「彩華や。この娘がさっき云ってた弥生だよ。弥生、ウチの嫁で彩華って云うよ」
「初めまして。
「こちらこそ初めまして。
「愉快な旅行だなんて……思い付きと行き当たりばったりなだけで……」
「ふふふ。お話しが愉しみ。あらぁ、紫音と綾音も一緒に来たのね? まだ遊んでても良かったのよ」
「ママ……」
「ん? どうしたの紫音」
「ごめんなさいっ。ごはんの――」
「紫音? 何でごめんなさいしてるか解かる?」
「わたし ごはん しなかった から ママ めぇ したの」
「それも在るけど、それだけじゃ無いのよ?」
「なぁに?」
「良い? 紫音。ご飯食べなかったのが一つね。もう一つ。パパはお仕事行くでしょ? お仕事の前はお時間がちょっとなの。紫音がパパのお仕事の前にお話しするとパパが会社で『めぇ』ってされちゃうのよ。パパがめぇってされちゃうと可哀想でしょ? だからお仕事の前は邪魔しちゃ駄目なのよ。解るかな?」
「パパめぇ されると かわいそぉ。もぉしない」
「はい。良い子ね。それじゃぁ、ママは紫音を許します」
「やったぁ! ママぁ。やよいねぇね しゅごいの。しおねぇが ちゃんと ごめんなさいしたら もぉママめぇって しないって。あたったのよ。しゅごいでしょ?」
「そうなの? 綾音。弥生さんありがとう御座います。娘達にきちんと教えてくれて。本当にお義母さん好みの可愛らしい方ね。私も仲良くして下さいね」
「そんなお礼なんて。あたしはしおんちゃんが謝っても許して貰えない時は、一緒に謝ってあげるって云っただけなんです。それに可愛らしいなんて。あたしなんて珍竹林ですから」
「弥生さんったら。ふふふ。本当にとってもお義母さん好みの面白い娘さんだわ。」
面白がられてしまったみたい。
何かした心算は無いのだけど……
まぁ良っかっ! 愉しんで貰えたみたいだし。
ただ……師匠好みとは何ぞ?
気に入られたのなら光栄の極みって感じで、嬉しくて天にも昇る気持ちになるのだけど。
あたしが東京から来たから物珍しいだけなのかもねっ。
でもそんなに変な事はしてる心算は無いのだけど、浮いてしまってるって事?
うーん……考えても心当たりは無いわねぇ。
強いて云えば今晩の宿泊先を予約して無かったって事なのだけど。
これだって事情をお話しすれば理解して貰える範疇だと思うわね。
お食事しながらでも説明すれば良いわっ。
うん。きっと大丈夫よ。
彩華さんも素敵な方だったのだし、もっとお話しさせて戴きましょっ。
やっぱり彩華さんも師匠と同じで、双子ちゃん達にいっぱい愛情を注いでいて優しいそうなママね。
穏やかな物腰に柔らかな表情でしおんちゃんを諭し、最後にはニコって笑いながら『許します』って。
もぉ完璧よっ! あたしも彩華さんの娘になりたぁい。
と云う事は……?
しおんちゃんとあやねちゃんはあたしの妹!?
最高じゃない! 可愛い妹が二人も出来るなんて。
その上、師匠がお祖母ちゃん?
こんなに素晴らしい事なんて無いじゃない!
モーソー 乙。 イイカゲン メ ヲ サマシナサイナ。
「さぁ。早速、お昼ご飯をサロンの方に運んじゃいましょ。紫音と綾音は綺麗にテーブル拭けるかな?」
「うん。ママ ちゃんと できるのよ」
「おみずに だい のって すりゅから できる」
「彩華さん。あたしはこれをみんな運べば良いですね?」
「そうね。取り敢えずサロンのカウンターにお願いね。弥生さん、助かります」
「いえいえ。当然の事ですから」
お弁当じゃなくて昼食のお料理ごとお引越しみたい。
幾つもお弁当を詰めるのって結構な手間だったりするのよねぇ。
でもこんなにたくさんを車に積むのを手間的に考えると……
えぇとぉ。色々在りますねぇ。
お鍋に――大皿のお料理に――布巾の掛かってるこれは何かしら?
それと食器類まで。
お鍋だけで三つも在るわ。
まぁ、いまは何も考えないでせっせと運びましょ。
「弥生。温め直すから鍋はこっちにおくれよ」
「お鍋は全部で良いですか?」
「そうそう。全部温めるよ」
「分かりました。これですね。お願いします」
皆さん手熟れてるわ。
打ち合わせや指示も無く役割分担が出来てるもの。
これって家族の絆の成せる技なのかしら?
しおんちゃんとあやねちゃんは、ぴょこんぴょこんって背伸びしながらテーブル拭いてて愛くるしい。
あまりに可愛いからスマホで『カシャッ』ってしたいけど自重しなきゃ。
彩華さんはカウンターに大皿を順に並べてるわ。
きっとお料理を盛付ける準備ね。
師匠はストーブテーブルで鍋の中身をかき混ぜながら温めていて、ここに居ない璃央さんは搬入し易いようにサロン前に停めてたミニバンを移動させに行ったわ。
一切の無駄がなくて、まさに完璧なチームワークって感じで感心してしまうわね。
あたしはねぇ……そうねぇ……
隅の方に二つ置いて在る子供用の背高チェアを運びましょ。
こうして観察してみると、ここに食事を運んで皆さんで食べるのって珍しく無いみたいな気がするわ。
「この椅子運んだら配膳のお手伝いします。あそこのトレー使っても良いですか?」
「弥生さん助かるわ。良いお嫁さんになるわね。若いからまだでしょ? 結婚」
「えっ? はぃ。まだです。あたし女子力高くないもので……それに彼氏ですらいまだに……お恥ずかしいです」
「それは男性の眼が節穴って事よ。私なら迷わずプロポーズするわねっ!」
「何だい弥生? そうなのかい? だったら璃央なんてどうだい? まぁ愛想は無いが悪くないと思うよ」
「お義母さんっ!! それは早急過ぎますってぇ! 云い方をもっと? その? 何と云うか? 外堀からですね? 徐々に埋めてから〇×▽xxx」
あのぉ彩華さん? 聴こえてますよぉ。外堀を埋めるとか不穏な単語が……
「彩華、お前だって弥生の事を気に入ったんじゃないのかい? だったら良いじゃないか?」
「それはもう。弥生さんが璃央君のお嫁さんになってくれるなら諸手上げて賛成ですよ。だからこそ確実に手堅く攻めて行って囲いを狭めてですね? 最終的に結婚して子供もって」
あのぉ彩華さん。ダダ漏れですよぉ。もっと不穏になってますよぉ。
「けっ、結婚……ですかぁ? えぇーとそのぉ何と云うか、そりゃ璃央さんは親切にですね? 優しそうにですね? 笑ってくださったり? それにで〇×▽〇×▽xxx」
「なんてねっ! びっくりさせちゃったかしら? 勿論、もしそれが本当になったら素敵なんだけどっ」
「えっ? えっ? えっ??? えぇぇぇええ!! 担がれちゃいました? か? あたし?」
「よくもまぁ、そんなにコロコロと表情を換えられるもんだ。感心するよぉ弥生。本当に可笑しな娘だよ。大体よく考えてもみな。璃央と
「ごめんなさい、弥生さん。冗談が過ぎたみたいだわ。お義母さんも悪乗りするもんだから。ついね……」
しまったぁ! 嵌められたぁ!
なぁに? この阿吽の呼吸。老成した夫婦みたいじゃない!
仲良し過ぎて羨ましいんですけどぉ。
出来るならあたしもこの輪の中に入れて貰いたいわっ。
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