第30話・森の魔女の薬草茶

 中心街の薬店が隣町に新しく出す支店の開店日が近付いて来たらしく、レイラは注文リストを片手に瓶の在庫を確かめていた。木箱に入った太い円柱形の透明瓶は薬草茶のブレンド用だ。コルクで栓をして、お茶の簡単な説明書き入りのラベルを貼って販売する。


「少し瓶が足りないかもしれません」

「なら、工房に発注する数が分かったら教えてくれるかしら?」


 支店へ納品する分の薬を作りながら、ベルがふぅと溜息を吐く。何度経験しても、納品に追われる状況は面倒でしかない。自分のペースを貫き通したい彼女には苦痛極まりない。


 薬に関しては今の店の在庫も、他の魔女の薬もあるのでそこまでは慌てなくて大丈夫そうなのだが、薬草茶を薬店へ卸すのは今回が初めてだ。これまでは中心街での薬草茶の取引は道具屋に限定していて、どんなに薬店の店主から熱心に乞われてもずっと断り続けていた。

 それが別の町にある支店へなら卸しても良いという許可を出したところ、薬店の若い店主は商魂逞しく大量の注文書を送りつけて来たのだ。


 無理な納品は断ればいいわと思っていたベルだったが、レイラが張り切っているのでしばらくは様子見することにした。薬草を配合して瓶詰めしていくだけなので魔力は関係ない作業だ。魔力疲労の心配も無い。

 始めはベルもレイラと一緒に薬草の配合をしていたが、ただ瓶詰めしていくだけの単調な作業の繰り返しにうんざりしてしまい、適当な理由を付けて一人で調薬作業に切り替えてしまった。


「どうして、今まで薬店さんには卸されてなかったんですか?」


 足りない瓶の数を紙にメモしながら、レイラはふと疑問に思った。薬ではないから薬店での取り扱いが出来ないのかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。今ある店はダメなのに新店なら卸すという限定的な条件には何か理由があるのだろうか。


「中心街の道具屋にはブリッドの仲介人をしてもらってるのよ。贔屓したくなるのは当然じゃない?」


 森の魔女が契約獣のオオワシを呼び寄せた後、彼が飛んで向かう先は本邸ではなく、中心街の外れにある道具屋だった。一人で店を切り盛りしている女主人が、ベルからの連絡を各所へと伝達する役を担ってくれている。


 ベルと道具屋との間には特に雇用の関係は無い。過去にちょっとした縁があり、森の魔女に対して何かしたいと願った女主人が、森と街との仲介を自ら引き受けてくれたのだ。代わりにベルは調薬で必要となる薬草のほとんどをこの道具屋で仕入れるようにしていたし、薬草茶の販売も薬店ではなく道具屋に限っていた。仲介料以上の利益は十分に返せているはずだ。


 今回新たに販売の許可を出すことにしたのは別の町の店だから。離れていて競合しないのが分かっているから卸すことにした。勿論、万が一にも薬店が支店用の商品を中心街の店で売るようなことがあれば、主力商品である薬の取引停止も辞さないつもりだ。


「領外での販売はしばらく後になりそうね」


 先日、従兄弟のジョセフから薬草茶を取り扱える商会の話を聞いたのだが、実際に他領に向けて動けるようになるのは薬店への納品を全て終えてからだろうか。ベル自身はもっとのんびりとしていたいところなのだが、ガラス工房へ瓶の注文を回す為にもそうは言っていられない。

 何より、薬草茶のブレンドを担当する弟子がとても張り切っているのだから。


「ちゃんと売れるのかしら……」


 積み上げられていく瓶に視線を送り、ベルはポツリと呟いた。乾燥した薬草を好き勝手に詰めただけの物にお金を払おうとする人がそんなに居るとは思えない。

 そもそも、薬草茶の配合なんて薬草の知識さえあれば誰だって出来るんじゃないかしら、と。


「んもうっ、私がリューシュカ様から何回、ベル様のお茶を買いに走らされたとお思いですか?! 見つけたら、いつも買い占めですよ」


 レイラは呆れたように溜息をついた。道具屋には善意で置いてもらっているとベルは本気で思っているようで、しかも売上に関することは全て本邸に任せていると言っていた。


「ベル様、一度くらい販売状況を確認されてはいかがですか?」


 商売上手な薬屋が新店の目玉にしようと企んでいるくらいなのに、当の生産者に売れる自信がないのは問題だ。やっぱり販売するのを止めると、いつ言い出してもおかしくないくらいの過小評価だ。

 ちゃんと喜んでくれる人がいるし、レイラはそのお手伝いをさせてもらっていることをとても誇りに思っている。


 どのお茶が売れ筋かを知ることも大切だと、レイラに後押しされてベルはオオワシを飛ばして道具屋宛に在庫の確認を行なってみた。レイラが手伝うようになってから、随分な数を納品していたはずだったが、どのお茶も常に品薄だという返答がすぐ戻って来て、ベルは目を丸くしていた。


 「ですよね」と誇らしげに頷く弟子はとても嬉しそうだった。ベルの考えた配合だったが、実際に瓶詰めしているのはレイラだから当然かもしれない。


「レイラが考えてくれたラベルが良かったのよ、きっと」


 館の庭に咲く花の絵をあしらったラベルはレイラの原案だ。褒められて照れたように笑っている少女の表情は、初めて館に来た時よりも随分と柔らかくなったように思えた。

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