第42話・薬草の買い取り

 作業部屋の壁面の壁には、多種多様な薬草がぎっしりと収納されている。

 栽培された物や冒険者によって採取された薬草は、ギルドや店で買い取りされた後に天日干しか魔法によって乾燥加工される。


 アナベルは街の道具屋で仕入れるようにしていたが、薬草そのものは特に取り扱い業者の指定はないので、薬店や商会などでも入手できる。ただし、薬に加工された後は認可された薬店でしか販売はできない。


 森の魔女が配合した薬草茶の評判が上がるにつれ、ここ最近は薬草園からの売り込みが急激に増えていた。荷馬車いっぱいに麻袋を積んで、人の手で栽培された薬草の直接買い取りを求めてやって来るのだ。薬店に卸すよりも条件が良いかもと訪れて来るのだろうが、これまでアナベルが首を縦に振ったことは一度もない。


 決まった仕入れ先がございますので――対応する世話係は毎度、その一言で片付けていた。大概は「ああ、やっぱり……」と簡単に引き下がってくれる。ただ、今回もいつもと同じ断り方をして良いものかと躊躇う。


 入口扉を叩く音がしてマーサが対応に出てみると、そこには幼子が三人と少年一人。魔の森と呼ばれる物騒なこの場には似つかわしくない、純粋無垢な瞳が並んでいた。男児二人と女児の後ろには、少し大きな――それでも13歳くらいの少年の姿があった。どの子も普通の街の子供に見える。


「薬草を買って下さいませんか?」


 代表して少年が言い終わると、みんなで揃って頭を下げてくる。どこかの悪どい業者が子供なら何とかなるかもと送り込んで来たのだろうか。訝し気に子供達へ視線を向けると、マーサはいつもの台詞を口にする。


「決まった仕入れ先がございますので」


 特に冷たく言ったつもりは無い。それでも、マーサの言葉に女児の目が潤み始める。一番小さな男児も下唇を噛んで泣き出すのを耐えている。

 本来は子供好きなマーサの胸がちくりと痛む。子供をダシにして売り込んでくるなんて、なんて卑劣な業者もいるものだと怒りまで湧いてくる。


「頑張って、摘んできたのに……」

「仕方ないよ、帰ろう」


 小さな声で嘆いた男の子の背を、少年がぽんぽんと叩いて宥めている。幼子たちを荷馬車へ乗るよう促して、自分はもう一度振り返ってマーサの方を向き直し、丁寧に頭を下げた。


 子供達が乗り込もうとしている荷馬車は使い込まれてボロボロで、それでよくことまで無事に来れたなと感心してしまうような年代物。その荷台に積まれているのは、薬草が入っているらしき麻袋が二つだけ――業者にしては少な過ぎやしないだろうか。


「ちょっとお待ちなさいな」


 揃って気落ちしている小さな後ろ姿に向かって、マーサは思わず声を掛けてしまう。明らかに事情がありそうで、話くらいは聞いてやっても良いだろうと。


「薬草は、僕ら四人で摘んで来た物です」

「子供だけでかしら?」

「はい……父は出稼ぎに行くと言って出たきり、半年ほど戻ってきてません。母は、妹を産んだ後に亡くなりました」


 主の許可なく館内に招き入れることはできないと、庭に設置されたガーデンテーブルでマーサは子供達から事情を聴き出していた。


 親が居なくなった後は少年が一人で幼い弟妹の面倒を見ていたのだという。父が置いていった僅かな生活費では兄弟四人が生活するには厳しく、近所の大人達の間では彼らを施設へ入れる話も出始めていた。


「薬草は売れるって聞いたけど、子供だとどこも買ってくれなくて……」


 買い取りしていると聞いた店ではどこからも相手にされず、最後の望みをかけて森の館を訪れて来たようだった。幼い三人は退屈そうに足をぶらぶらさせていたが、兄の横でおとなしく椅子に座っている。


 しばらく子供達の様子を見ながら考えていたマーサは、四人をそのまま待たせて館の中へと戻っていく。彼女の一存では何もしてあげられないからと、主であるアナベルに指示を仰ぐ。


 マーサの姿が見えなくなると、すぐにキョロキョロと周りを見回したり、椅子の上で立ち上がろうとしたり、全く落ち着かない弟妹を少年は優しく叱りつける。親代わりとして兄弟を養う力はまだ彼にはない。施設に入れられて兄弟がバラバラになるのだけは嫌だったが、彼の年齢で伝手も無く仕事を探すのは容易ではないのだ。


 そんな時、友人の一人から冒険者は森で薬草を摘んで来てお金に換えているという話を聞いた。森の入口近くへ兄弟みんなで薬草を探しに出掛け、一週間かけて麻袋二つ分を集めた。

 でも、売りに行ったどの店からも、子供からの買い取りは出来ないと断られた。


 一番下の弟が椅子から立ち上がって庭へ向かい走り出そうとするのを、少年が必死で止めている時、マーサが館から出て来た。その手には二通の封筒を携えて。


「これを持って街へ戻りなさい。お嬢様が書いて下さった紹介状よ」


 目の前に差し出された封筒を受け取ると、少年は不思議そうにその宛先を確認してから、驚き顔でマーサを見上げる。


「薬草は街外れにある道具屋へ持って行きなさい。お嬢様の仕入れ先でもあるから買い取って貰えるわ。でも、子供だけで森に入るのは感心しませんから、これが最初で最後です」


 薄い瑞希路の封筒を指差しながら、道具屋の住所を伝える。そして、白色の封筒の方を指し直して言葉を続ける。


「こちらは薬店に。もし仕事を探しているのならお持ちなさい」


 ちょうど人が足りてないみたいだから、と。どちらもアナベルに関わりのある店だし、紹介状があればまず断られることは無いだろう。

 少年は封書二通を大事に胸に抱えると、深く長い礼をしてから弟達の元へと嬉しそうに駆け寄って行った。

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