第13話・規格外な魔女

 朝一で本邸からやって来たベテラン庭師のクロードは、裏口から館へ入ると調理場を抜けて、ホールの隅へと木箱を積み上げていく。この館の主であるアナベルが以前に注文していたガラス製の瓶も大量に入荷されたので、それは作業部屋の前へと運ぶ。


「今回はえらく量が多いな。薬草茶の瓶だろ、これ?」


 一緒に運ぶ手伝いをしていた魔女見習いに、瓶の一瓶を掲げて問い掛けてくる。以前は薬用の細長い色付きの物ばかりだったが、今日持って来たのは透明で太さもある円柱の物ばかり。


「店に卸す種類を増やしてみるそうですよ。アナベル様のお茶は人気がありますから」

「ほー。魔力持ちでなくても飲めるやつもあるのか?」

「確か、安眠効果のあるものもあったかと――」

「安眠か。それは、うちの婆さんにも飲ませてやりたいな」


 毎朝、彼がどんなに気を使ってそっと起床しても、必ず一緒に起きてしまう妻。たまにはゆっくり眠っていてもらいたいと、クロードは興味深げに空の瓶を眺めていた。長く連れ添っているが一度も夫の朝の見送りを欠かすことのない夫人に、一人でゆっくりと寝過ごさせてやりたいのだという。


 できたら一瓶分けてくれるよう頼みながら、ふと思い出して作業ズボンのポケットへ手を入れる。そして、小さな布袋を取り出し、その中身をレイラへと見せてくる。


「あんたも魔力補充ってできるのか?」


 彼が手にしている赤い色の楕円の石は、火の魔石だ。家で使っている石が空になる度にここへ持って来て、アナベルから魔力を入れて貰っていた。もちろん、街には魔力補充を生業としている魔法使いの店もある。あるにはあるが、時間がかかる上に値段が高い。


「あ、すみません……私、そこまでの魔力は無くって……」


 申し訳なさそうに頭を下げるレイラに、老人は一瞬だけ目を丸くしていた。しかし、すぐにガハハと豪快に笑う。


「そうだよなー。普通はそうだ。お嬢様が規格外なんだよな」


 世の中、魔力の無い人間の方が圧倒的に多いはずで、魔力があってもたいした魔法が使える訳でもないのがほとんど。よっぽどの魔力量が無ければ攻撃魔法は発動できないし、魔石に力を入れるのもそこそこは無いと無理だ。大抵の魔力屋も一日に補充できるのは数個が限界で、それも途中で何度も休憩を入れながらという者が大半。


 けれどアナベルは頼んだら頼んだ分だけをその場であっという間にやってのける。それは彼女の父親であるジークも同じだったし、それが当たり前だと勘違いし始めていたことに、クロードは苦笑していた。長くこの一族に関わっていたせいで、感覚が麻痺してしまっているようだ。


「ここに来ると何でもありだから、普通を見失っちまう。聖獣も大量にいるしなー」


 ダイニングテーブルに飛び乗って上と下で威嚇し合って遊んでいる子猫達を目で追いながら、庭師はすっかり白くなった無精ひげを掻いた。アナベル様が降りていらっしゃったら渡しておきますね、というレイラに魔石入りの小袋を預け、本来の職務である庭仕事へと戻っていく。


 朝の支度を終えて降りて来たアナベルの装いは魔女仕様の黒のロングワンピ。今日は調薬をするつもりなのか、それとも作業部屋で別の用事をするつもりなのか。どちらにしても、マーサの機嫌はあまり良くない。


 朝食を済ませて作業部屋へ向かい掛けるアナベルに、レイラは庭師から預かっていた魔石を手渡した。その布袋を見ただけで用件をすぐ察したところをみると、クロードから魔力補充を依頼されるのは日常茶飯事なのだろう。


 受け取った魔石を掌に乗せて軽く握り、アナベルは石に魔力を注ぐ。しばらくすると石から余分な魔力の跳ね返りがあるので、それが満タンになった合図だ。袋の中を覗くと赤い石以外にも青い石もあったので、そちらには水の魔力を注入していく。


 傍でその様子を見ていたレイラは、二つの石への動作がたった数分で終わったことに驚きを隠せないでいた。商売として魔力屋を名乗っている者でも、ここまでスムーズに補充はできないだろう。


 ――本当に、規格外な方だわ。


 庭師の老人の言葉に改めて納得する。そして、その後は普段通りに調薬作業を開始しようとする師へ、「アナベル様の限界って、どこなんでしょう?」と質問せずにはいられなかった。


 顎に指を当てて首を傾げていた魔女だったが、聞かれたことへの答えはいくら考えても見つからない。試しに休憩を挟まずに作業してみようかしらと逆に提案してくるが、それはレイラが許さなかった。


「わざと無謀なことをなさろうとするのは、お止め下さい!」


 その日の弟子は、アナベルが用意したリストを元に配合した薬草茶を、ひたすら瓶詰めする作業に没頭していた。魔力を使わずに出来る薬魔女の仕事を見つけたと、完成した瓶を嬉々として部屋の一角に積み上げていく。魔力は一滴も使っていないけれど、薬草を扱っているだけで一人前の魔女になれた気がして、楽しくてしょうがない。


「瓶、足りるかしら……?」


 勢いよく瓶詰めされてラベルが貼られていく薬草茶を前に、ガラス工房への追加発注と、同時に取り扱い店をさらに増やさなければと、森の魔女はゆったりと微笑んだ。

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