第14話・手紙と翼

 いつものように魔女仕様の黒い装いで朝食の場に降りて来たベルだったが、その日はマーサによって強引に部屋に戻され、白のブラウスに紺のロングスカートという清楚な出立ちへと着替えさせられていた。

 庭師が本邸から運んで来た荷物の中に、一通の封筒が含まれていたからだ。


「別に構わないのに……」


 不機嫌さを露骨に顔に浮かべながらも、世話係が用意してくれた朝食を残すことなく食べ切ると、ソファーに場所を移してその日に届いた書類や手紙に目を通していく。先にソファーを陣取って丸くなっていたトラ猫のティグは隣に腰掛けて来た魔女の顔をちらりと覗き見ていたが、すぐに前足に顔を埋めて寝直した。


 蝋封を施された形式的な物から簡易な物まで、森の館に届く封書は様々だ。ベルは社交的な事柄には一切参加していなかったが、それでもお茶会などの誘いは定期的に送られてくる。彼女の立場と年齢を考えると、おそらくは今一番そういった招待が多い時期なのだろう。


 とりあえず全てを開封はしてみるが、手紙によっては頭の数行だけ見て、ポイとテーブルに投げ置く。大雑把な扱いを受けた封書はそのままテーブルに放置されたままになるので、後で世話係が密かに中身を確認してから処分するのが常だった。


 返信が必要な物だけが作業部屋や主寝室に持ち込まれ、ベルが書いた物は庭師によって本邸経由で翌日には発送されることになる。

 急ぎの連絡は契約獣を使って街へ取り次ぐこともあるが、あまり多くはない。


 今日受け取った封書には返信が必要な物は何も無かったようで、全ての手紙類をテーブルに重ねると、ベルの隣に登ってきて毛繕いを始めた三毛の子猫、アヤメを抱き寄せて膝の上に乗せた。


 いきなり抱き上げられて不思議そうな顔で見上げてくる子猫の鼻筋を指で撫でると、三毛猫はうっとりと目を細めた。まだ小さな耳は親猫よりも少しばかり厚みがあり、指で挟んでゆっくりと撫でてやるとゴロゴロと喉を鳴らした。

 毛流れに沿って背中に触れると、折り畳まれた翼の感触に気付く。


「あら、生えてきたのね」


 まだ体の大きさに対しては小さいようなので、これが徐々に大きく長くなれば親猫と同じく飛べるようになるのだろう。生えたばかりの頼りない翼だが、この子が紛れもなく聖獣の子であることの証だ。


 構って欲しそうに足元に擦り寄って来た黒猫のランも片手で捕まえ、その背を確認してみると同じようにか細い翼が出現していた。いつの間にか親猫の半分近い大きさに育った子猫達は聖獣としても着実に成長しているようだ。


「困ったわね。館の中で魔法は撃たないように教えなきゃいけないわ」


 聖獣らしくなってきたということは、光魔法を使えるようになったということ。さすがに大人猫達は弁えているので無闇に放つことはないが、まだ遊びと本気の加減が分からない子供達だ、間違って魔法を発動させないとも限らない。


「ティグ、子供達にここでは魔法を撃たないよう、しっかり言い聞かせてね」


 さり気なくベルに凭れかかって目を瞑っていた父猫は、名を呼ばれても縞模様の尻尾を数度動かしてみせただけだった。翼が完全に出来上がるまでに何とか策を考えないとと、森の魔女は少しばかり眉を寄せた。


 森の中でも太陽が一番高く上がる頃、館を覆うように張られた結界が揺らいだ。と同時に、思い思いにくつろいだり走り回ったりしていた猫達の姿が一階から消えていた。まるで最初から猫なんて居なかったかのように、しんと静まり返った広いホール。


 入口扉が叩かれる音がするとマーサが小走りで駆け寄って迎え入れたのは、ベルと似た栗色の髪を短く整えた細身の青年。護衛騎士を二人従えて訪れてきたのは、現領主の長子であり、ベルにとっては従兄弟でもある、ジョセフ・グラン。


「ご無沙汰しております。ジョセフ様」


 深々と頭を下げて出迎えていた世話係は上機嫌だった。本邸でも勤めていた経験のある彼女にとって、彼のこともベルと同様に幼い頃からよく知っている存在だった。そして何より、マーサが敬愛する領主様のご子息だ、この訪問は歓迎せずにはいられない。


「先触れは、ちゃんと届いていたかな?」

「ええ。確かにお受け取りいたしました」


 ソファーへと案内しつつの二人の会話に、ベルは少しむっとした表情を浮かべた。先程、ベルが目を通していた手紙の中には従兄弟からの物は混ざっていなかったし、前日の分でも見た記憶はない。ということは、つまり――。


「マーサ宛にしたのね……」

「ベルに送っても、読んでも貰えない可能性があるからね」


 してやったりと微笑んでいる優男に、ふぅとわざとらしい溜息を付いてみせる。

 確かにベルのことだ、差出人名だけでまともに読まずに弾いてしまいそうだし、かと言って先触れ無しに訪れてしまえば、口煩い世話係から礼儀がなっていないと叱られてしまう。考えた末の苦肉の策は功を奏したようだった。


「で、今日はどういったご用件かしら?」

「ちょっとした噂を聞いてね。――この館に関することで」

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