第27話・騎士長アデル

 グラン領主家に仕える護衛騎士の長であるアデルは、ジョセフにとっては剣術の師でもある。そのベテランが先程まで護衛に付いていた若い騎士と同じように、窓際のティーテーブルで待機しようとするのを、ベルと二人で必死で引き止めたのは当然のこと。


 アデルは剣士として隣領のシュコールで冒険者をしていた時に、ベルの父親のジークと出会い、その縁からグランへと渡って来た。

 元々の剣術の腕にジークの推薦もあって、彼がグランの騎士の頂点に上り詰めるのは異例の早さだったと聞いている。ベルの父のような冒険譚が書かれる程の目立つ功績は無いが、彼の剣の腕前に憧れて英雄視する者は少なくない。


 最近ではもう表立って護衛の任務に就くことが無くなった彼が、本来の業務を放棄して、若手の任務を奪ってでも森の館に来た理由はただ一つ。親友の大事な一人娘の無事を自分の目で確認したかったからだ。


「――では、昨夜のことを私も一緒に伺っても?」


 アデルは交代の護衛として来たつもりだったが、ベル達からソファーへ一緒にと勧められて、これでは部下に示しが付かないなと困ったように笑いながらも、ジョセフの隣に腰を置いた。


 席に着くとすぐにマーサが熱いお茶を淹れてくれたので、目を合わせて礼を言う。この世話係とは同じくらいのタイミングで領主家に仕えるようになったので、知らない仲ではない。元気そうで何よりと、互いに言葉なく確認し合った。


「ええ。勿論」

「捕らえられた者達の話では、3人で裏口から侵入したが、何も盗っていないということですが」


 警備兵から報告された強盗達への尋問の内容を、アデルはすでに確認済みだった。抗う態度も無く、男三人は洗いざらいを告白し、それにより森の中に隠されていた逃走用の馬の回収もとうに済んでいた。聞いた内容を繰り返すと、ベルは神妙な顔つきで黙って頷いていた。

 本来はジョセフが事情聴収役を担って館へやって来たつもりだったが、ベル本人よりもオロオロしているだけだったので、アデルの落ち着いた物腰は頼もしく感じる。


「アナベル様が放たれたのは、風魔法ですか?」

「ええ。階段の上から突風と、その後は風の刃を少し」


 少しという傷跡ではなかったような気がするなとジョセフは連行されて行った男達の姿を思い出し、首を傾げた。アデルも報告書には目を通して状況を把握していたけれど、その点については特に追及はしなかった。森の魔女が少しと思うなら、あれは少しなんだろうと。


「火魔法だと館まで燃えてしまうから、マーサに怒られてしまうもの」


 どうして風魔法をと問われて、ベルはしれっと答える。父と同じく、アナベルが得意なのは炎系だと聞いていた。咄嗟の状況で、得意魔法以外を発動できる冷静さに感心する。


 現場であるホール内を見渡してみても、戦った跡は一切見当たらない。対象を極限まで絞った攻撃は見事としか言えない。


「あの者達もいずれ、あなたの優しさと強さに感謝する日が来るでしょう」


 一撃で抹殺できる力を持ち合わせているのに、ベルはそれを使わなかった。常人なら最速で排除しようとするところを、恐怖を感じながらも最小の攻撃に留めることのできる強さ。命を奪わなかったことは何よりも褒めるに値する。


 アデルからの事情聴取が進むにつれて、ベルの心の引っ掛かりは一つずつ丁寧に取り除かれて行くのを感じた。彼女が取った行動の一つ一つを確認しながら、騎士長はそれを順に肯定していってくれた。


「そうですね。アナベル様の判断で唯一間違っているとしたら、侵入に気付いた時点で契約獣を動かさなかったことくらいでしょうか」

「そうだよ、ベル。先に警備兵を呼んでいれば、君が危ないめに合わなくて済むこともあるんだから」


 早駆けの馬なら街から20分ほどの距離だ、行動の遅い侵入者なら直接対峙する前に警備兵が到着できることもあるかもしれない。次からは部屋を出る前に、まずはブリッドを飛ばすことをベルは二人からかなり強く約束させられた。


 夜明けと共に訪れたジョセフが森の館を離れた時も、まだ太陽が真上に昇り切ってはいなかった。馬車が駆ける足音でようやく目を覚ましたレイラが気まずそうにホールへ顔を見せると、いつもと変わらない様子の森の魔女はソファーで薬草茶を口にしていた。その膝の上にはティグが丸くなって眠っている。

 あまりにもいつも通りで、昨夜の出来事は夢か何かだと思えるほどだ。


 調理場を覗くと、昼食の準備をこれから始めようとしているマーサの足下では、子猫達が遅めの朝食を貪っていた。父猫に似て、あむあむと喋りながら食べる子が多いので、賑やかというより少し騒々しい。


「おはようございます」

「あら、レイラさん。よく眠れまして?」

「はい。あの……マーサさんは、あれからずっと起きてらっしゃるのですか?」


 先に部屋へ戻され、外から聞こえて来た警備兵の到着した音で安心して眠ってしまったレイラだったが、その後の対応を任されていた世話係が眠り直す時間は無かったはずだ。


「ご心配は要りませんわ。昼食を作り終えたら一旦休ませていただくつもりですから」

「後は私がやります! マーサさんはもう休んでください」


 話しながら食材の準備を進めているマーサの顔に疲れが見えて、レイラは背を押して世話係を調理場から追い出した。二人のやり取りをホールで聞いていたベルからも、「夕飯も適当に済ますから、今日は休みなさい」と半休の許可が出される。


「ナァーちゃん、マーサを見張ってて」

「ナァー」


 それまではダイニングチェアで毛繕いしていた三毛猫に、マーサの監視を託す。長い尻尾をぴんと伸ばしたナァーは、世話係に寄り添いながら一緒に階段を上がっていく。

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