第38話・子猫の光魔法

 夕食後にレイラを伴ってソファーでお茶を口にしていたベルが、耐えられずに笑い声を漏らした。薬店での魔女カミラとルーシーのやり取りをレイラから聞いて、両手で顔を覆いながら肩を震わせている。

 隣の席を陣取ってベルに凭れながら毛繕いしていたティグが、急に小刻みに震え出した魔女の顔を不思議そうに覗き込んだ。


「ルーシーもよっぽど思うところがあったのね」


 伝承レシピの情報公開や薬店との積極的な取引など、若い魔女に対する古参魔女の風当たりは強い。特に代替わりしたばかりで後ろ盾も少なく、カミラの隣村を拠点としているルーシーは、普段から何かにつけて言われることがあったのだろう。

 若手魔女の代表とも言えるベルだが、彼女の境遇的にそういったものは直接届くことはないが、大人しい黒髪の魔女はターゲットにされ易いのかもしれない。


「ルーシー様があんなに大きな声でお話されるなんて、ビックリでした」


 間違いなく店内にいた人達にも聞こえるような声量が、あの人見知りの魔女から出てくるとは思わず、レイラは圧倒されてあの場で何も言うことができなかった。


「あら。ルーシーはおとなしいけれど、決して気が弱い訳ではないわよ」

「はい、ベル様と仲が良い理由がよーく分かりました」


 「そうかしら」とおかしそうに笑いながら、ベルは縞模様の猫の背を毛並みに沿って撫でた。毛繕いしていたばかりなので少し濡れた箇所もあったが、ふわふわとした触り心地の中に折り畳まれた翼の感触に気付く。


「そう言えば、子猫達はもう飛べるのかしら?」

「じゃれ合っている時に翼を広げているのは見たことはありますが、どうでしょうね?」


 新しいお茶を準備する手を止めて、マーサが思い出そうと首を傾げている。翼を広げているのはベル達も目撃した覚えはあるが、それを羽ばたかせているのは見た記憶がない。


「飛べるようになっていたら、危険よね。館が消されちゃうわ」

「光魔法、ですか……」


 どうなの? と父猫にも聞いてみるが、素知らぬ顔で目を瞑っている。制御の出来ないまま館内で魔法を放たれてしまうと、危険極まりない。

 ホール内を走り回っている子猫達を眺めながら、三人は深い溜息をついた。


「安全な場所で、親猫から指導して貰ってはいかがでしょう? 出来るだけ離れた場所に連れて行かれて」

「そうね。早い方が良さそうだし、ティグの明日のご都合はどうかしら?」


 ベルの問いかけに、トラ猫は縞模様の尻尾を振って返事をしていた。



 翌朝、少し早めに朝食に済ますと、ベルは朝の散歩から戻って来たばかりの父猫と、朝食後の毛繕いをしていた母猫、ホール内の思い思いの場所で寛いでいた子猫達を引き連れ、館の結界を出た。


 普段はほとんど別邸の敷地から出ることがない子猫達は、目に付くものに片っ端からじゃれたり匂いを嗅いだりして楽しみながら歩いていた。そんな子供達がはぐれてしまわないように親猫二匹は気にして、少しでも見えなくなれば鳴いて呼んだりとせわしなかった。


 随分と奥まで来たわとベルが周辺を見渡していると、少しばかり木々が開けた空間に到着した。大岩がいくつか重なりあい、小さな獣が住処にするには丁度良さそうだ。


「何かいるのかしら?」


 岩と岩の隙間に出来た穴の奥から、何か動く生き物の気配を感じる。穴の大きさから小型の獣のようだが、それが今回の練習教材となるのだろうか。

 穴の入口から離れた場所にちょこんと座り込んだ親猫に習って、4匹もその場で座った。尻尾をパタパタと落ち着きなく動かす子もいれば、くるりと前足の方まで巻いて小さくなっている子もいる。


 しばらく待っていると、一匹のラット系の魔獣が外の様子を見に穴の外へ姿を現した。すると、ティグが子猫達の前に出て、その縞模様の翼を大きく開いてみせる。

 そして、「シャー」という威嚇の声を発すると、口から光の塊を放った。――瞬間、光に包まれたた魔獣はその場から消え、消し炭だけが残された。


「にゃーん」


 見ていたか? とでも言いたげに、子猫達に向かって鳴いてみせると、ティグはひらりと翼を使って飛び上がり、子猫達の後ろへと回った。

 一瞬で終わったお手本だったが、子供達は父に見習ってそれぞれに翼を広げてみたり、飛ぶ動作を試したりし始める。


「ナァー」


 練習のつもりがいつの間にか遊びに変わりつつあった子供達を諫めたのは、母猫の鳴き声だった。いつもより小さく低く出された声に、子猫達はその動きをぴたりと止める。


「出て来たわよ。頑張ってね」


 外の様子を見に、別のラットが穴から出て来たのをベルも確認する。ナァーに怒られて気合いを入れ直したのか、子猫達はそれぞれ一歩前に出て毛を逆立て、翼を広げていた。

 まだ迫力の乏しい威嚇の声が4匹の口から出され、勢いも大きさも父猫ほどではない光の塊が巣穴の前に佇んでいるラットめがけて飛び交った。


「すごいわ。やったわね」


 おそらく、まだ一匹ずつでは威力は大したことはないのかもしれないが、岩穴の前にはちゃんと消し炭になった魔獣の痕跡があった。4匹全ての攻撃が当たったようには見えなかったが、ベルは得意げに尻尾を伸ばして擦り寄ってくる子猫達の頭を順に撫でて褒めてやった。

 まだ目もまともに開いていなかった子猫達が、すっかり聖獣らしくなったことが誇らしい。


「でもこれは、館の中でやってはダメよ」

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