第9話・作業部屋

 粉砕した薬草を大鍋で水と一緒に煮て薬の成分を抽出した後、濾過してから精製の魔法を施す。どの薬魔女も似たような手順で薬を作っているが、使う素材によって効果に差が出るのは勿論、仕上げの精製魔法の精度によってもまた違ってくる。


 森の魔女ベルの薬のレシピの大半は先代の魔女である祖母から引き継いだ物だ。主に魔の森に生息する薬草を使ったレシピだったのだが、最近は他の魔女達から教えて貰った素材と組み合わせることで、さらに効果を上げられないかと試行錯誤を繰り返していた。


「レイラが持って来てくれた茸を使ってみたいのよね」


 ソルピットの魔女から持たされた解熱効果があるという茸と、実際にルーシーが作ったという解熱剤の瓶を作業台に並べて、ベルは順に試飲したり匂いを嗅いだりしながら難しい顔をしていた。


 茸だけで作るならルーシーがいつも作っている物と変わらない。なので普段使っている薬草と掛け合わせて新しい薬が作れないかと頭を悩ませていた。複数ある薬草のどれを茸に置き換えるのが一番効果があって、尚且つ服用し易いのか、と。

 薬草と違ってソルピットの茸は苦みがない。だから薬草独特の風味を嫌がる小さな子供にも飲ませやすい薬が作れるのではと、是非とも取り入れてみたかった。


 しばらくは首を傾げたりしていたが最終的には考えるのも面倒だと、数種類の試作品を適当に作り上げていくベルを、レイラは部屋の隅で椅子に腰かけたまま惚けたように見ていた。


 それぞれ瓶5本ずつを4種類、配合が微妙に違う解熱剤に注意書きのラベルを貼りつけている師の姿に、力の差を感じて去っていった過去の弟子が多いことを心から納得した。


 ――リューシュカ様のところでは一生かかっても見られない調薬量を、この数時間で見た気がするわ。


「その試作品はどうされるんですか?」

「薬店か診療所に置いていただこうかと思うの。解熱剤は実際に熱を出してる人でないと試せないでしょう」


 傷薬なら自分で擦り傷を作って試せるけど、とさらりと怖いことを言ってのける。

 ベルの作る薬はグラン領の中心街にある薬店が主に取り扱っている。瓶入りの液体薬が主流だった時に水に溶いて飲める粉末の薬を販売し始めたことで有名になった店で、近々に隣街にも支店を出すという噂はレイラも耳にしていた。


「粉薬はアナベル様が発案されたって伺ったんですが――」


 瓶入りの液体薬と違って軽くて破損の心配もなく、さらに保存期間も長い粉薬は常備薬として当たり前になりつつある。領内の他の薬魔女の粉薬も出回ってはいるが、その先駆けとなっているのは森の魔女だという話を聞いたことがあった。


「そうね。この辺りで最初に作り始めたのは私だけれど……」


 ベルで良いわよ、と呼び方を訂正しつつ語る師の表情はどこか寂し気だった。


「私が考えたのではなくて、遠い国ではそういう物があるってことを教えて貰っただけよ」

「遠い国、ですか?」

「ええ、この国は技術はあるのに発想力が乏しいってことを気付かせて貰ったわ」


 丁度いいわ、レイラも考えてくれない? と微笑み返すベルの表情は今度は悪戯めいたものに変わっていた。


「薬瓶に代わるガラス製品って何かないかしら?」

「ガラス、ですか?」

「ええ。薬を粉末化しちゃったから、ガラス工房から結構恨まれてると思うのよね、私」


 薬草茶のブレンドを袋入りではなくて瓶入りにしている理由を察し、レイラは少しばかり顔を引きつらせた。粉薬は薬店で一包ずつが紙に包まれて販売されていることが多い。それまで薬瓶を卸していた工房は注文数が一気に減って困っていることだろう。

 かと言って、急に言われても何も思いつかなかったので、とりあえずは薬草茶の出荷量を増やすことを勧めてみる。


「そうね。新しく出来る薬店でも置いていただけるよう頼んでみようかしら」

「配合通りに瓶詰めするくらいなら、私でもお手伝いできますね」


 調薬と違って魔力は使わない作業だ、足を引っ張らずに出来る仕事を見つけたと、急に張り切り出したレイラの様子に、ベルはふふふと楽し気に笑っていた。魔力が少ないことを気にしているようだが、レイラにだって出来ることはたくさんある。


 お茶と薬に使っている薬草は同じ物も少なくない。調薬ではないけれど、薬草茶のブレンドも立派な魔女修行になるはずだ。


 これまでは面倒で種類を作って無かったけれど、レイラが作業を担ってくれるのなら他のブレンドも店に並べて貰うこともできるだろうし、瓶の発注数も増やせる。

 ベルは作業台の引き出しから封筒と便箋を取り出すと、工房と薬店宛に手紙をしたため始めた。


 ふとレイラが窓の外に目をやると、子猫達が庭を駆けまわっているのが見えた。天気が良いので親猫達も陽だまりの中で気持ちよさそうに昼寝をしている。


「そう言えば、この部屋には猫は入って来ないんですね」


 どこに居てもいつの間にか付いて来ていることが多いのに、作業部屋には一匹も顔を出しに来ないのが不思議だ。


「猫達は薬草の匂いが嫌なのかしらね。ここには猫もマーサも入って来ないのよ」

「マーサさんも、ですか?」

「ふふふ。マーサはね、お掃除しようと窓を開けて粉まみれになってからは入ろうとしなくなったわ」


 言われて室内を見回し、世話係の掃除の手が入っていないことに気付く。他の部屋は完璧に磨き上げられているのに、ここは薬草の粉やら何やらが散らばっているし、整然とは程遠い。間違いなく、ここの掃除はレイラの仕事になるのだろう。

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