第8話・調薬修行

 館の一階ホールに隣接した作業部屋は、レイラが唯一見たことがあった老魔女の物とは比べ物にならないくらい広い。部屋の奥には天井まで届く高さの棚。そこには乾燥した薬草が入っている大瓶がずらりと並んでいる。さらに棚に納め切れなかった薬草が麻袋に入ったまま部屋の隅で無造作に積まれている状態だった。

 別の隅に積み上げられた木箱には、納品待ちの空の薬瓶がぎっしりと入っているのが見え、薬店からの注文数の多さも伺い知れる。


 レイラが知る限りはこの一年弱の間に傷薬を三回作っただけの老魔女とは違い、アナベルがたくさんの種類の薬を作れる魔女であるのは一目瞭然。本でしか見たことがなかった薬草が所狭しと保管されている状況に、レイラは心が高鳴る。


「すごい……」


 思わず漏れてしまった呟きに、アナベルはふふふと笑いながら、ポットに乾燥薬草を数種類放り込んでいる。この部屋では森の魔女自らがお茶を淹れると聞いて、最初はビックリした。魔女とはいっても、良家のお嬢様が自分でお茶を淹れるなんて聞いたことがない。でも、ここでは体調を見ながら、いつでも好きなタイミングで飲みたいのだと言う。少し変わった人なのかもしれない。


「薬草茶ですか? 魔女様のお茶は、リューシュカ様がとてもお好きで、いつも買い溜めされてました」

「まあ、そうなの? 嬉しいわね」


 勧められてお試しで売りに出してみただけなんだけど、とアナベル本人は売れ行きには半信半疑のようだ。だが、レイラから老魔女やルーシーの話を聞いて、納品数を増やすことも考え始めたみたいだ。


「薬草茶のブレンドは、配合を考えて瓶詰めするだけだから、とても楽なのよね」


 言いながら、淹れたてのお茶を二つのカップに注ぎ入れている。そしてその一つをレイラへと差し出す。会話しながらも平然とお湯を沸かしていたことに、レイラは目を丸くする。かつて魔法は集中力だと言った人は誰だっただろうか。アナベルの前に連れて来て、全力で否定させて欲しい。


 淹れたての薬草茶はじんわりと身体に沁みる。瓶詰めで販売されている物とは配合が違うのか、すっきりとした甘さだ。不思議なことに魔力の無い人が飲むと、ただの青臭い草の汁のような味にしか感じないらしい。魔女のお茶は飲む人の体内魔力に反応して味が変わるのだという。


「魔力疲労が起こりそうになったら、遠慮なく休むのよ。お茶はマメに飲みなさい」


 調薬を始める前に、森の魔女は新しい弟子へとそう告げてくる。レイラの魔力量はそれほど多くはない。アナベルと同じ時間を作業できるほどの持久力も無いし、魔力疲労に効く薬草茶を飲みながらでも無理だろう。


 指示された薬草を一抱えもある大きな壺に入れて蓋をすると、レイラは壺に両手を添え、中で風魔法を発動させる。

 壺の中で勢いよく回転して薬草は粉々になり、初めは葉が壺に当たっているカサカサという音が、サラサラという粉が舞う音へと変わっていく。――はずなのだが、いつまで経っても音の変化がない。壺の中の乾燥薬草はゆっくりと回っているだけで、粉砕するには風の力が足りていない。

 しばらくは手を添える角度などを工夫してみたりしていたレイラも、額に浮き上がった汗を拭ってから、諦めたように肩を落とした。


「私の魔力量では、無理みたいです……申し訳ありません」


 初っ端の工程ですら、まともに出来なかった。こんなことでは森の魔女の弟子として認めて貰えないだろう。悔しいけれど、魔力量だけはどうしようもない。それを理由にここを追い出されても文句は言えない。ぐっと感情を堪えつつ、それでも壺の中に向かって魔力を注ぎ続ける。


 大鍋で薬草を煮出していたアナベルは、粉砕の工程で苦戦している新弟子の様子に気付くと、作業台の下から小さい壺を取り出した。明らかに落ち込んでしまったレイラの前に、今使っている物の半分の大きさのそれを置いて、中身を移し替えるように指示する。


「自分の魔力量に合った道具を選べばいいのよ。回数は増えるかもしれないけれど、調薬ができないということはないわ」


 アナベルに合わせた道具を同じレベルで使いこなせた弟子はこれまで一人しか知らない。レイラでは一度に作る量は少ないかもしれないが、同じ品質の物を作れるように指導するのが師としての努めだと森の魔女は考える。


 中途半端に砕けただけの薬草の半量を、小さな壺へと移し替え、蓋を閉め直してからレイラは再び風魔法を繰り出す。カサカサという音がサラサラと粉が舞う音へと変わった瞬間、レイラの顔がぱっと明るくなる。魔法の発動規模を縮小すれば、レイラの力でだって大丈夫なのだ。


 粉末を鍋に移動させ、残りの薬草を壺へと移し入れ、また同じ作業を繰り返す。この工程を鍋に粉がいっぱいになるまで続けた頃、レイラは身体から力が抜け切っているのを感じた。思わずふらつきかけて、作業台に置いた手で身体を支える。


「魔力疲労ね。部屋に戻って休んでもいいわよ」

「ここで作業を見ていてもいいでしょうか?」

「それは構わないけど、無理はしないことね」


 用意してもらった椅子に腰掛けて、アナベルに淹れ直してもらったお茶を口にする。弟子入りしたのにお世話されっぱなしな状況に、少しばかり恥ずかしくなる。せめて師の作業の見学をして、早く流れを覚えたい。


 生まれて初めての調薬作業で、自分の魔力の限界をひしひしと感じた。レイラの倍以上の量を捌きながら、複数の作業をほぼ同時にこなし続けている森の魔女は、一体どれくらいの魔力を保有しているのだろうかと不思議に思う。

 彼女に関する噂の一つに、宮廷魔導師への誘いを受けているというのもあったが、あながちそれも嘘では無さそうだ。

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