第3話・決まらない弟子入り先

「ごめんなさい。私、人見知りが激しくて……」


 テーブルに四つある席をあえて斜め向かいに腰を下ろし、黒髪の魔女は上目遣いで少女へと申し訳なさそうな視線を送ってくる。が、目が合ったかと思うとさっと逸らされてしまう。かなり重症かもしれない。

 どう答えていいのか分からず、レイラは曖昧に頷き返して、薬草茶の入ったカップへと口を付ける。ほんのりと甘く飲みやすいお茶は、新緑の良い香りだ。


「……これって、森の魔女様のお茶?」


 レイラが淹れたお茶の一口飲んだ後、ルーシーは目を丸くして呟いた。新しく弟子入りして来た少女が淹れた、このお茶の味には覚えがある。身体に染みる、ホッとする味。


「はい。ブレンドされた物が中央街の道具屋さんで売ってるので、リューシュカ様はいつも買い溜めされてるんです」

「え、売ってるの?!」


 それまでの怯えるような話し方が一瞬で消えて、逆にレイラの方が驚いてしまう。ルーシーはお茶の値段や種類などを勢いよく問い出してから、ほうっと感嘆の声を漏らしていた。


「森のお屋敷へ伺わなければ、もう一生飲めないかと思ってわ……」


 満足気に目を細めて味わっている様子を見る限り、元の師が言っていた「魔女には欠かせないお茶」というのは本当のことらしい。


「森の魔女様に会われたことがあるんですか?」

「ええ、一度だけね」


 魔の森の奥にあるという館に住み、森の魔女と呼ばれているのは、現領主の姪でもある女性。彼女の作る薬はとても人気があり、他領から冒険者や旅人がわざわざ買い付けに来るくらいだと聞く。


 他にも噂に事欠かない方で、正統な領主一族なのに社交の場には一切出て来ないとか。王都にいる父親は宮廷魔導師長で、古代竜を倒した伝説の英雄だとか。その他にも、人との交流を絶つ為に、一時は森への道を自ら封鎖して閉じ籠っていたことがあるとか。――どこまでが本当の話なのかは分からないが、とにかく領内一の知名度を誇る魔女だ。


「薬のことで分からないことがあって訪ねたんだけど、とても良くして下さったの」

「確か、森の魔女様はレシピを公開されたんですよね?」

「ええ、隠してたら薬は発展も進化もしないとおっしゃってたわ」


 代々、師から弟子へ伝承するはずの薬のレシピ。それを森の魔女は領内限定で公開している。リューシュカのような古い魔女達は眉をひそめていたが、目立って批判の声を上げる者が誰も居ないのは、彼女の作る薬が最も売れているという事実と、領主一族という彼女の地位だ。


 反対に、従来の閉鎖的な薬づくりに思うところがあった若い魔女達は、森の魔女に続いてレシピ公開や情報交換を始める者が出ていた。同じレシピを使っていても、その効力は作る者の魔力によって左右されるからだ。


「ええ、製法だけじゃなく、作業部屋も見学させていただけたのよ」


 間違いなく目の前に座っている魔女は後者のタイプで、森の館を思い出しているのか、うっとりと心酔しきった瞳をしている。最初の人見知りはどこへ行ったんだろうかと、レイラは苦笑いするしかなかった。


「そうよ! あなた、森の魔女様のところへ行けば良いじゃない」

「え?!」

「私のところにいるより、よっぽど為になるはずよ」


 名案だと手を打って笑うルーシーに、レイラは困惑する。ついさっき、やっと弟子入りを受け入れて貰ったばかりなのに……。


「手紙は書いてあげるし、もし魔女様に断られたら戻って来ればいいじゃない」


 ソルピットのキノコに興味があるようだったし、お土産に持って行ってね、と次々に段取りを組み始めていく。ルーシーに言われるがまま、レイラは翌朝に荷馬車を借りるお願いをしに隣の家へと向かう。

 そして、ふと我に返った。


「これって、たらい回し?」


 森でダメだったら村に置いて貰えるという保険付きではあるけれど、正式な弟子入り先がいつまで経っても決まらない。



 翌朝、借りた荷馬車を自分で繰りながら、レイラはグランの中心街に向けて馬を走らせていた。街の東から伸びる道だけが館へと通じているので、必ず街の検問所を越えなければならない。さすがに領主の別邸というだけはあり、厳重だ。


 まだ弟子入りが確定したわけではないという理由から、昨晩はロクな雑用すらさせて貰えず、ルーシーの屋敷ではお客様扱いで一晩を過ごした。手持ち無沙汰にしていると、「魔女様に関連するものだから、目を通しておくといいかも」とルーシーから一冊の本を渡された。


『虎とはぐれ魔導師』


 子供向けの冒険譚で、学舎の本棚にも必ず並んでいるその物語は、契約獣の虎と共に古代竜を倒した冒険者の話だ。その主人公のモデルとなったのは領主の実兄であり、現在は王都で宮廷魔導師をしているというのは誰もが知っていること。


 これまで何度も読んだことがあるその物語が、これから弟子入りをお願いしに行こうとしている人の父親の話だということに気付いて、レイラは昨晩はちゃんと眠れた気がしなかった。そんな人に弟子入りしようだなんて、恐れ多いとしか思えない。かと言って、完全に乗り気のルーシーへ、今更嫌だとも言える訳もない……。


 薬の納期が近いという理由で付き添いを諦めたルーシーは、絵に描いたような残念顔をしていた。その黒髪の魔女に見送られて村を出て、二時間は経った頃だろうか、長い森の道を抜けた先に、その館は建っていた。


 煉瓦と木を組み合わせられた洋館は、森の中の建造物としてはとても立派な物だった。この森の奥深くにこれだけの物を建てるとなると、相当な財力と労力が必要だっただろう。


 館の敷地に入った瞬間、ふわりと何かをくぐり抜けた感覚がする。結界だろうか。特に弾かれずに通過できたので、魔獣対策用なのだろう。魔獣の生息する森の中なので当然だ。レイラの乗って来た荷馬車にもちゃんと魔獣除けの魔石を積んである。


 建物のすぐ手前で馬を停めて馬車を降りると、レイラは大きな入口扉を見上げる。その立派な木製の扉の前で心を落ち着かせようと大きく深呼吸をする。すると、するりと足下に何かが擦れていった気がした。


「?!」


 驚いて辺りを見回してみるが、特に何もいない。単に風が吹き抜けていっただけかと気を取り直し、目の前の扉を二度叩く。

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