第24話・森の館の侵入者

 森の騒めきがいつもより激しい夜、微かな月明りが入り込む窓辺のベッドで丸くなっていた縞模様のオス猫の耳がピクピクと動いた。しばらくは耳だけで反応していたが、丸い頭を上げ、さらに何かの気配を確認するかのように四角い窓を見上げる。


「ふふふ、さすがね」


 寄り添って眠っていた森の魔女も猫が動き出すとすぐに目を覚まし、褒めるようにその頭を撫でてやる。さすがに猫の察知能力には叶わない。ベルがそれの侵入に気付けたのは、館に張られた結界を通過した時だったのだから。


 正面ではなく裏口側からの侵入は、どう考えてもまともな訪問者ではないだろう。施錠された門を無理矢理こじ開け、裏庭に入り込んでいる気配は三人。馬などの足となりそうな物の気配は近くに感じないので、離れた場所にでも隠しているのだろうか。


 自らが張った結界だ、中での動きは手に取るように分かる。落ち着いた動作で寝着の上にカーディガンを羽織り、館の住人達の様子を探る。マーサもレイラもそれぞれの部屋で眠っているようだし、三毛の母猫はマーサの傍にいるから何かあれば守ってくれるだろう。子猫はレイラのところに集まっているが、チビ達はまだ魔法を使ったことがない。


「ティグ、レイラの部屋に行けるかしら?」

「にゃーん」


 声を潜めてお願いされたからか、トラ猫も小さな鳴き声で返事する。足音も立てず静かにベッドを離れると、開いたままの扉の隙間から部屋を出て行った。成猫達が付いていれば安心だと、ベルは再び階下に入り込んだ強盗の動きに意識を戻した。


 裏口から調理場に侵入した不審者達は隣の休憩室を覗いた後、ゆっくりとホールへと向かっていた。その先に、小さな気配を感じてベルははっとした。


 ――下に誰か、居る? ラン? 


 一匹でホールのソファーに眠っていた黒猫のランが、いきなりの見知らぬ人間の訪問で動けなくなっている。上手く隠れているのなら良いが、万が一見つかり傷付けられでもしたらとベルは慌てた。


 ティグと同じようにそっと扉から部屋を抜け出て、階段の上から不審者の様子を伺った。月明りで分かるのは男が三人ということくらい。


「ちっ、持ち運べそうな物はあんまりねえな。二階か?」

「この椅子とか、めちゃくちゃ高そうなんだけどな」

 

 それなりの値段がするのは分かるが、簡単に持ち出せそうな物が無いと悔し気に舌打ちする声が聞こえてきた。

 目を凝らしてホール中を探してみるが、薄暗い中で黒猫の姿は見えない。上手く隠れているようなので、そのままでいてと願いながらベルは男達の動きを見張った。


 壁に飾られた絵画や彫刻などを持ち上げようとしているが、どれも固定されているから動かせない。猫達が多少暴れるくらいなら耐えられるようにと、装飾類もかなり頑丈にして貰ったおかげだ。それ以外は全てホールからは撤去したのが功を奏していた。


 強盗の一人が親指を上げて、仲間たちへ二階を差し示す。頷き合い、二人が階段へ向かい、一人は見張りとして下に残るようだ。

 足音を忍ばせ、階段を上ってくる男二人。ベルは壁に身を隠しながらタイミングを計った。


 館の階段は螺旋ではなく真っ直ぐに伸びている。その最上段まであと一段というところで、森の魔女は男二人に向かって風魔法を放った。いきなりの突風に吹き飛ばされ、階段の上から転げ落ちる男達。


「お、おいっ、どうしたんだ?!」


 派手な音を立てて二階から降って来た仲間に、下で見張り役を担いながらも調度品の物色を続けていた男が慌てて駆け寄った。


「わかんねえ、いきなり飛ばされた……」


 上手く受け身を取れたのか、打った腰や頭をさすりながら起き上がった二人は二階を見上げた。ここが魔女の館だということは分かっている。例え魔女でも男三人がかりならと、腰に携えた剣を抜こうと手をかける。

 瞬間、ホール中の照明が煌々と灯り、強盗達は眩しさに目を細めた。


「まっぶし……なんだ?!」


 明るさに慣れ始めた目で階上を仰ぐと、森の魔女が冷たい瞳で右手を振り降ろしていた。三人にめがけて撃たれた風は、鋭い刃となって男達の皮膚を切り裂く。致命傷にはならないワザと浅い攻撃。周りの調度品には傷一つ付けず、ただ彼らの服と皮にだけその跡を残していく。ベルが手を下ろしても風の刃は止む気配はない。身体を覆う鋭い痛みが無数に増えていく。

 絶えず続けられる小刻みな攻撃と、一段一段ゆっくり階段を降りて近付いてくる魔女の足音に、男達は背筋にゾクリと冷たい物を感じた。


「も、申し訳ありませんっ」

「勘弁して下さい……」

「すいませんでしたっ」


 繰り返される見えない刃の攻撃に武器を手放し、顔を隠すように巻いていた布も外して許しを乞う男達に、ベルは困ったように眉を寄せた。

 血が滲んだズタズタの服をまとった強盗は抵抗することを諦め、膝をついている。森の魔女の力を見くびっていたことを完全に思い知らされた。


「お、お嬢様?」


 騒ぎに気付いたマーサが青い顔で声をかけ、階下にいる傷だらけの男達に目を見開いた。悲鳴を上げそうになるのを堪えて、必死で心を落ち着ける。


「マーサ、部屋にそれを置くのは認めないわ」


 震える世話係の手に握られているのは、長さ30センチもある出刃包丁。おそらく護身用のつもりなのだろうが、物騒極まりない。


「レイラも、それは盾にもならないわ」


 マーサの後ろに隠れている弟子が持っているのは厚さ1センチの書物だった。せめて分厚い薬草図鑑なら何とか使えるかもしれないが、その薄さでは刃物も通してしまうだろう。


 この後、どう処理しようかと悩んでいるベルに、後はお任せ下さいと世話係が男達の身柄をロープで拘束していく。ベルによって付けられた傷には傷薬を塗って回るという慈悲深さを見せつつも、念入りに容赦なく縛り上げていた。


「ブリッドを呼んでいただければ、後は街の警備兵にお任せされるのが良いと思いますわ」

「そうね。急いで呼ぶわ」


 外に向かって魔力を飛ばし、契約獣のオオワシを呼び出す。緊急の通達を願えば、日が明ける頃には街から駆け付けてくれるだろう。怯えた表情のレイラにももう大丈夫だと声を掛け、傍に寄り添っているティグとナァーの頭を褒めるように撫でてやる。子猫達も怖がっているのか、レイラの部屋から出てくる気はないようだった。

 縛り上げた強盗を入口扉の外に放り出したマーサは、逃げないようにとさらに三人の足にロープを巻いている。


 一匹でホールで寝ていた黒猫のランは、事が落ち着いた頃になってようやくソファーの下から顔を出していた。

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