第23話・新たな弟子入り希望
休憩室の窓のすぐ近くには、裏庭から目隠しするように木が植えられている。その木の葉を通して室内には優しい光が入り込み、日差しの温かさにウトウトしそうになるのを堪えながら、レイラは他国の旅人が書いたという旅行記に目を落としていた。
庭師の老人が設置してくれた窓辺の棚にはホールから借りて来た物と共に、リューシュカのところから持って来た書籍も一緒に並べた。マーサがここで休む時は縫い物やレースを編んだりすることが大半で、新しい棚はほぼレイラ専用と言っても良かった。
あまり外に出る事を好まない、かなり引き篭もり気味な森の魔女だったが、彼女の蔵書には旅行記の類いも多く含まれていた。旅行記に限らず、魔法や調薬とは関係のない伝記や物語なども並んでいるところを見ると、ベルは活字から知識を得ること自体が好きなのかもしれない。
レイラ自身も本を読むのは大好きで、学舎に通っていた頃は教室の棚から毎日一冊ずつを借りて帰って、卒業する前には読みたい物は一通り読み切った。
誰でも通うことができる学舎のおかげで識字率はそれなりに高いグラン領だが、子供のお小遣いで買えるほど書物は安くはない。だから、ホールの天井まである壁面の棚から書物を好きなだけ手に取れるこの環境は夢のようだった。
しかも、定期的に街から新しい物が送られてくるので、その蔵書数は常に増え続けている。読みたい物があれば注文すれば良いとベルからは言われているが、まだまだ今ある物で十分だ。
読み進めていた旅行記をキリの良いところで一旦終え、レイラは本を閉じて棚に戻した。隣の調理場でマーサが慌ただしく作業している音が聞こえてきたので、何か手伝うことはないかと覗いてみる。
「お客様ですか?」
「ええ。弟子入り希望みたいですわね」
ワゴンにティーセットを乗せて準備しながら、世話係は困ったように微笑む。
猫の存在が無かった頃は、基本的には森の魔女は弟子入りを断ることはなかった。全て受け入れていたが、ほぼ全員が数日で辞めて行っただけ。なので、弟子が既に居る状況で弟子入りの希望者が訪問してくるという状況は初めてのことだった。
もし猫達から認めて貰えたら、新しい弟子をさらに受け入れるつもりなのかどうか、長年仕えている世話係でさえもベルの思惑は計れなかった。
一方、レイラはといえば、姉弟子になるかもしれないという喜びと同時に、自分よりも魔力のある弟子が新たに入って来ることで自分の居場所が無くなるのではないかという不安を感じていた。
マーサが給仕に向かう先を調理場の扉の隙間からドキドキしながら覗き込むと、入口すぐに設置されたソファーには父親に引き連れられた少女の姿があった。長い髪を後ろで二つに結び、まだ幼さが残った顔は学舎を出てすぐという感じなので、レイラよりも年下だろうか。緊張したように両手を握り締めて俯いている様に、レイラはほんの少し前の自分を思い出した。
世話係が淹れたお茶に恐縮するように頭を下げている父親に、レイラは見覚えがあった。すぐには出て来ず、首を傾げて思い出す。
――あ、中心街の魔力屋さんだ。
魔石への魔力補充を生業とする魔法使いだと分かって納得した。横に座る少女もきっと父親譲りの魔力保有者なのだろう。
二階から降りて来た森の魔女に気付き、二人は揃って立ち上がり頭を下げる。
「困ったわね。弟子はもういるのよね」
父親の挨拶と娘の自己紹介を聞いた後、ベルは少しばかり眉を寄せた。親の魔力屋を手伝うよりも薬魔女になりたいと願う少女の心意気には多少なりとも感心した。けれど、猫達のことを思えば館に人はこれ以上増やしたくはない。
初めて、弟子入りを自分の意志で断ることにした。
「お願いします、薬が作れるようになりたいんです」
あっさりと諦めた父の横で、必死でベルに懇願の瞳を向ける少女へ、森の魔女は少し考えてから微笑んで見せる。
「ソルピットの魔女になら、手紙を書いてあげることはできるわ」
「ソルピットというと、茸の解熱剤の?」
その村の名にすぐ気付いて確認する父親に、そうよとベルは頷き返す。弟子入り予定だったレイラがこちらに来たということは、ルーシーの元には誰も居ないはずだ。紹介のし合いになってしまうが、これも縁かもしれない。
「森の館に仕えるよりは、親としても安心でしょう?」
「それはもう! ……あ、いえ、そんなことはないです」
思わず漏れた本音を慌てて否定する魔力屋をベルはおかしそうに笑った。幽霊屋敷の噂すら出る館に送り込むよりは、材木業と茸栽培で活気溢れるソルピット村に行かせる方が心配は減るはずだ。
「でしたら、お嬢様の薬草茶を手土産にお持ちになられると良いですわね」
「そうね。手紙を書いている間に用意してくれるかしら? レイラ」
人見知りの激しい魔女ルーシーと打ち解けるキッカケになったという薬草茶の話をレイラから聞いていたベル達。調理場の扉から覗き見していた少女はふいに声を掛けられて慌ててホールへと飛び出した。
「は、はいっ。すぐに用意いたします」
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