第36話・ハイージュの薬店

 以前の薬店では壁面の棚にはずらりと薬瓶が並び、棚に並び切らなかった在庫が床の木箱に積み上げられているのが普通だった。けれど、ここ最近では飲み薬の大半が粉末化され、一包ごとに薬紙に分けられて販売されるようになったので、瓶入りよりも陳列に場所を割くことが無くなっていた。


 そして今、新しく開店したばかりの薬店の棚半分を占めていたのは、森の魔女の配合した薬草茶の瓶だった。魔法使いに人気の魔力疲労に良いお茶を筆頭に、安眠効果のある物や、精神疲労を和らげる物など、その効能は様々。

 これまでは中心街にある道具屋で時々入荷している程度だったが、今回はハイージュの薬店の開店記念として大量に取り扱われることとなった。


「すごいわ、こんなに種類があるのね!」


 興奮が隠し切れない様子で薬草茶のラベルを次々に見比べて回っているルーシーの隣で、レイラは誇らしげに効能を説明していた。自分が瓶詰めした薬草茶がほとんどだから、黒髪の魔女の反応が嬉しくない訳はない。


 ルーシーの傍に付いて回りながらも、円柱型の瓶を手に取って効能や淹れ方を聞いてくる人が他にもいれば笑顔で説明をしていく。初めての取り扱いということで、客だけでなく店側からの質問も少なくない。


「あれ? レイラ?」


 万年寝不足気味だという老婆に薬草茶の淹れ方を説明していると、不意に背後から名前を呼ばれた。聞き覚えのある声に振り返れば、学舎からの友人の懐かしい顔があった。


「え、アイリーン?」

「久しぶり。卒業式以来ね」


 レイラと同じく、学舎にいた頃から薬魔女になりたがっていたアイリーンは、卒業と同時に親の知り合いだという魔女に弟子入りしたと聞いている。久しぶりに会った旧友は少女が両手で抱えている薬草茶の瓶をちらりと見た。


「森の魔女様のお茶ね。うちのカミラ様もよく飲まれてるわ」


 言いながら、レイラ達の後ろの棚を難しい顔で眺めている年配の女性に視線を送った。魔女らしい黒のシンプルなドレスに、黒のローブを羽織り、短く切り揃えた白髪に濃いめの化粧を施した姿はなかなかに迫力がある。


 アイリーンの師である魔女カミラのことはレイラも名前は聞いたことがあった。ベルやルーシーのように薬のレシピを公開する若い魔女を批判している古参の魔女の代表格だ。


「レイラ、ちょっといい?」


 薬草茶のラベルを真剣な表情で見比べていたルーシーから呼ばれ、アイリーンに「またね」と告げてから黒髪の魔女の元に駆け寄る。ラベルに記載された使用薬草について尋ねられ、分かる範囲で答えていると、カミラ達がこちらを見ながらヒソヒソと話しているのが耳に入ってきた。


「あの子がリューシュカのところに行ったっていう友達? ロクに薬を作らない魔女の次は、経験の浅い代替わりしたばかりの茸魔女だなんて、運の無い子ね」

「そうですね。でも、魔力の少ないレイラには丁度いいのかも」


 クスクスという笑い声と共に聞こえてきた会話から、どうやらカミラ達はレイラがソルピットの魔女の弟子だと勘違いしているようだった。


 学舎に通っている頃からアイリーンはレイラのことを少し見下した感じではいたが、カミラの元でさらに嫌味に磨きがかかっている。ルーシーまで巻き込んでしまったことが申し訳なくて、レイラはその場で俯いた。


 と、ぐいっとルーシーに腕を引っ張られ、驚いて顔を上げる。そのまま勢いよく引っ張って連れて行かれたのは、クスクスと笑い続けている魔女カミラの目の前だった。


「ご無沙汰しております、カミラ様。今日はカミラ様が直々に納品に?」


 人見知りでいつもならボソボソと小声で話す魔女ルーシーが、まるで他の客にも聞かせるようにハキハキとした口調で先輩魔女に声を掛ける。


「あ、いえ。新しい薬店が出来たって聞いたから、ついでにちょっとね……」

「あら、カミラ様はこちらとはお取引されてないんですね。あ、そうそう、折角なのでご紹介させていただきますね。この子は森の魔女アナベル様のところのレイラです」


 流れるように紹介されて、レイラは慌てて年配の魔女に頭を下げた。


「え、森の魔女様の新しい弟子って、レイラだったの?」


 条件が厳しくて誰も弟子入りできないと言われていた森の魔女の元にレイラがいると知り、アイリーンの顔から表情が消えていく。

 カミラの方はと言えば、取引の無い薬店に視察に来たことがバレて、とても居心地が悪そうだ。


「レイラはとても優秀みたいですよ。薬草茶の配合はほとんど任されてるみたいですし」


 先程アイリーンが、ベルの薬草茶をカミラも愛飲していると話していたのが聞こえていたのか、ルーシーはさらに追い討ちをかけていた。


 そそくさと気不味そうに薬店を出て行く二人を見送ると、黒髪の魔女はふうっと大きく息を吐いた。そして、いつも通りの小声で呟いた。


「慣れないことはするものじゃないわね。ドッと疲れちゃったわ」

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