第16話・従兄弟のジョセフ
久しぶりに訪れて来た従兄弟により、世間から幽霊屋敷の疑いをかけられていると知らされてアナベルは驚いたが、それはそれで人が寄り付きにくい場所になっているということ。猫達の存在を隠し通し易くなり、喜ばしいことだとほくそ笑む。
警戒心の強いナァーは心配ないが、基本的に人懐っこいティグと、まだよく分かっていない子猫達が、どこで誰の目に留まってしまうかは予測がつかない。結界の中に入られたらアナベルには確実に察知できるが、外から覗かれていた場合は気付けないこともあるはず。
光魔法もあるし翼もあるから、捕まったり傷付けられる心配は少ないが、幻の獣という扱いの猫達が見つかれば騒ぎになること間違いなし。古い文献を読み漁ってみても、過去数百年は猫の存在は確認されていないことになっている。見つかれば国家レベルでの調査と、保護という大義名分での捕獲が待っている。
「で、本当のところは、アナベルが出していた弟子入り条件って何だったのかな?」
亡霊騒動が間違いだとしても、彼女が提示していたという条件には興味があると、少しばかり身を乗り出してジョセフが聞く。
「よくあるものよ。私とマーサのどちらとも気が合うってことってね」
条件にあった「この館に居る子達」が、いかにも自分達のことを示していたかのように、アナベルはしれっと言いのける。確かにそれが一番大事なことなので、ジョセフはそうだね、と頷き返した後に、それはなかなか難易度が高そうだねという言葉はあえて飲み込む。
そして、調理場に引っ込んでしまったレイラのことを思い返し、あの控えめさが癖の強い二人に気に入られたんだなと勝手に納得してしまう。
「噂が間違いで良かったけれど、やっぱり森の中に女性ばかりで暮らしているのは、とても不用心だと思うんだ」
魔獣の住まう森の奥深くで、街からも早馬でも数十分という距離は不便だろうと、これまでも幾度となく言ってきた。それでも愛する従姉妹は本邸を離れて暮らすことを選んでいる。
実際のところ、この館はアナベルによって強力な結界が張られているし、魔力の強い彼女に勝てる人間はこの領内でいるかどうかという状況。何に対して不用心と言っているのか、ジョセフ本人ですら言葉に説得力が無いという自覚はある。
「うちの敷地に別館として新たに建てるのはどうだろう。街にいる方が仕入れや納品にも便利だと思うんだけど――」
昔のように一緒に暮らすというのは諦めた。同じ館じゃなくてもいい、もう少し近くに居て欲しいというのは贅沢な願いだろうか。
けれど、アナベルは眉を寄せて困った顔を向けてくるだけだった。
「叔父様は、何て?」
「アナベルの意思を尊重しろ、と」
叔父である現領主は姪であるアナベルの魔力と調薬技術をとても高く評価している。その証として、彼女が別邸であるここで薬魔女として生きることを支持してくれている。
それに何より、高魔力持ちである彼女の意思は領主であっても尊重しなければならない。それは国家の方針でもある。この国が常に一番恐れているのは、魔術師の反乱。過去の内乱の中で、魔導師によって起こされたものほど悲惨極まりないものは無かった。
「ここから離れる気はないわ」
「森の薬草の関係でかい?」
「そうねぇ……」
調薬に使う薬草は、ほぼ街の道具屋で仕入れている。たまには森に採取へ行くこともあるが、そう頻繁にはない。なので薬に関してはどこで行っても大差ないのが実情。
アナベルが中心街にある本邸を出たのは、あまりに煩わしく面倒なことに溢れていたから。たくさんの使用人に囲まれた生活も、堅苦しい作法も社交も嫌いだった。
けれど、今はそんな理由じゃない。ここを離れる訳にはいかない。猫達の存在を隠して守り続ける為にもこの森の中の屋敷は最適だ、それに――。
「ここにはお婆様との思い出が残されているのよ」
呟きにも似たアナベルの言葉に、ジョセフも静かに頷き返すしか出来ない。
幼い頃から両親とは離れて暮らし、本邸で窮屈な思いをしていた彼女を、この館へ呼び寄せることで救い出してくれた祖母。前領主夫人でもあるその人は、先代の森の魔女だ。
「たまには顔を出すようにって、父も言っていたよ」
「ええ。その内に」
「アナベルが森を離れないのなら、僕がもっとマメに来るようにする」
「それは、迷惑な話ね……」
従姉妹からの冷たい返しに、いつもの照れ隠しだなと目を細めて微笑むジョセフだが、アナベルの言葉に嘘は無い。
すっかり冷め切ったお茶を温かいものに淹れ直していたマーサの肩が、小さく震えているのをアナベルは見逃さない。
――また後でマーサの小言を聞かされてしまいそうね……。
こういうやり取りはいつまで続くのだろうかと、従兄弟の次の見合いが上手く運ぶことを願うばかりだ。
調理場からはパンが焼ける匂いが微かに漂って来る。ずっとホールへ出て来ないと思っていたら、レイラは一人で夕食の支度を始めているようだった。
こんな時くらい、ゆっくり休んでいたらいいのにと、真面目過ぎる弟子のことが少しばかり心配になる。
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