第5話・猫の審査
目を丸くして動きを止めてしまった少女の足に、縞模様の獣はもう一度擦り寄った。ふわふわした温かい毛が触れてくると、レイラは目をぱちくりと瞬かせた。
「やっぱり一番はティグちゃんね」
おかしそうに笑っている世話係に、説明を求めて振り向く。いきなり出て来た獣に、何がなんだかよく分からない。
「あと5匹いるんですけど、4匹はすぐ出てくると……あ、ソファーの下に3匹いますね」
言われて、座っているソファーの下を覗いてみる。先に現れたのよりもかなり小さな獣の子達が、レイラの真下から丸い瞳でこちらの方を見ていた。しばらくは様子を伺っている風だったが、すぐに白黒の子と、真っ黒の子、白黒オレンジの三毛がじゃれ合いながら、ドタドタと走り回り始めた。
「あの、この子達って……?」
「猫ですわ」
「猫……」
猫と聞いて思い当たるのは、ついさっき読んでいた書物の内容。経典にも出てくる聖獣の中で、梟と共に実在する可能性が高いと書かれていた、幻の獣のこと。
待ち時間にこの本を読むように勧められたのは予備知識として猫の存在を知らせ、少しでも驚かせないようにする為か。
「聖獣の、ですか?」
「みたいですね、私もよくは分からないのですが、意外とたくさんいるみたいですね」
朗らかに笑いながら、足元を走り抜けようとした白黒の子猫を抱き上げるが、猫はマーサの腕からするりと抜けて足音も立てずに飛び降りた。そして他の兄弟猫達と一緒にホール中を駆け巡り始める。
一番最初に出て来た大きなトラ猫はレイラの向かいの席に飛び乗って、子供達の騒ぎには気にも留めてない様子で毛繕いしていた。
「小さいのがあと1匹……あ、レイラさんの横に」
「え?」
いつの間にかソファーの上に登っていた小さなトラ猫が、レイラの右腰辺りをクンクンと匂いを嗅いでいた。ティグと呼ばれていた大きな猫とそっくりな毛模様だが、大きさは丁度半分くらいだろうか。
「猫の親子なんですか?」
「ええ。その縞模様のティグちゃんが父親で、母猫もいるんですけど……」
他の子達は人懐っこいんですが、母親は少し神経質な子だから、とマーサは猫が隠れていそうなところを覗いて回っていた。
「あの、魔女様がおっしゃってた条件の、認めて貰うっていうのは猫に、ってことですか?」
「ええ。猫達が警戒しない方でないと、館には住んでいただけないですから」
猫から認められる=猫が姿を見せる、ということだと説明され、残り一匹が手強いという意味がようやく分かった。警戒心の強い母猫が出て来ない限り、レイラの弟子入りは無いということだ。
ドタドタと走り回る子猫達と、マイペースで毛繕いをするトラ猫を眺めながら、レイラは隣で丸くなり始めた小さなトラ猫の背にそっと手を伸ばした。ふわふわの毛並みに沿って撫でてやると、喉を鳴らす振動が指先に伝わってくる。
空いたカップにお茶のおかわりを注ぎ足してくれたマーサにお礼を言うと、ふと頭をよぎった疑問をぶつけた。
「魔女様には他にお弟子さんはいらっしゃらないんですか?」
絶大な知名度を誇る森の魔女なのだ、自分以外にも弟子の希望者はたくさん来ているはずだ。けれど、館内でそれらしき人は見かけていない。
「そうですね、猫が来る前には何人かは弟子入りされてますけど……続いておられるのは、お一人もいらっしゃらないですね」
「続かないんですか……」
すぐに辞めて行くほど見習い修行が厳しいんだろうかと、思わず構えてしまったレイラに、マーサは違いますよと笑いながら訂正した。
「お嬢様との力の差に圧倒されてしまうらしいんですね」
あー、と納得して大きく頷いた。元々からレイラは自分の魔力量は少ない方だという自覚はあるので、その心配はない。何かしらの自信があって門を叩いた者だと、圧倒的な力にいろいろとへし折られてしまうのだろう。
「猫が来てからは、どの猫からも認めて貰えない方ばかりで――レイラさんが初めてじゃないかしら」
まだ残り一匹の審査に通過はしていないけれど、レイラは良い線いっている方らしかった。こうして話をしている間も、もう一匹の猫は姿を見せてはくれなかった。
タイムリミットはいつまでなんだろうかと、レイラが首を傾げた時、奥の部屋からベルが顔を出した。
「ナァーちゃん、帰って来たわ」
「あ、外に出てたんですね」
結界を猫が通過したことに気付いたベルが、扉を開けるようにと世話係に指示する。開いた扉の向こうから姿を現したのは、子猫達よりは大きいけれど父猫よりもかなり小さな三毛のメス猫だった。
「ナァー」
トトトと軽い足取りでソファーに近付いていくと、レイラの足に擦り寄ってきた。その感触には、少女は覚えがあった。
「その子とは、外でもう出会ってたかしら?」
「はい。姿は見えなかったんですが、入口の前で擦り寄られました」
知らぬ間に、最難関から真っ先に合格点を貰っていたらしい。
「じゃあ、レイラさんは合格ですね」
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