第6話・森の館

 唯一の荷物である木箱3個を乗せた荷馬車に揺られながら、レイラは魔女ルーシーに見送られてソルピット村を後にした。材木業が盛んなこの村をまた訪れることがあるのだろうかと、一度だけ名残惜しげに後ろを振り返る。


 森の魔女に弟子入りを志願しに行き、猫達の審査に合格点を貰ってから一旦はルーシーの屋敷へと戻ったレイラだったが、新しい師から「大騒ぎになるから猫のことは秘密で」と念を押された為、館での詳しい弟子入り条件についてはルーシーにも話さなかった。

 ――よくよく考えてみると、幻獣とも呼ばれるような聖獣があんなにたくさん居ることがおかしい。万が一、話したところで信じて貰えない可能性が高い。


 中心街を抜けて街の東に位置する森の道の入口近くに差し掛かった頃、荷台に積まれた木箱に凭れたレイラは深い眠りに落ちていた。

 ルーシーが引っ越し用にと手配してくれた荷馬車は小さいながらも新しく、その優しい揺れが少女にはとても心地よかった。


 ここ数日の間に弟子入り先がころころと変わったせいで、心身共に全く落ち着かなかった。疲れ切った身体では荷馬車の揺れと温かい日差しには抗えず、御者から肩を揺すられるまで夢の中から覚めることはなかった。


「んー……」


 腕を伸ばして大きく伸びをした時にはすでに、レイラの荷物は森の館の入口扉前に積み上げ終わっていた。着いてもギリギリまで起こさないよう、御者が気を利かせてくれたのだろう。すっかり眠り込んでしまったことを恥じらいつつ礼を言うと、生きていれば父と同じくらいの年齢に見える御者は「頑張れよ」と一言残して街に向かって森の道を戻って行った。


 さすがに二度目だから前ほどは緊張していないと思っていたが、大きな扉を前にすると自然と表情が強張ってしまう。目を瞑り、両手を広げて頬をぎゅっと包み込んで気持ちを落ち着かせる。

 さあ扉を叩こうと右手を掲げた時、足元にふわりとした感触があった。


「にゃーん」


 見下ろすと、茶色の縞模様のオス猫だった。日に当たってフカフカになった猫毛をレイラの足に擦り寄せる。


「えっと……ティグちゃん、だっけ?」

「にゃーん」


 名を呼べばちゃんと返事をしてくれる。感心して眺めていると、早く開けてくれとばかりに、扉にカリカリと爪を立て始めたので、レイラは慌てて入口扉を二度叩いた。


「レイラさん、お待ちしておりましたわ。――あら、ティグちゃんも一緒だったのね」

「にゃーん」


 出迎えてくれた世話係のマーサは、レイラと共に帰って来た猫にも声を掛けていた。昨日も思っていたのだが、この館の人達は猫に対しても普通に会話をするようだ。そして、大人猫たちはそれをちゃんと分かっているかのような返事や素振りをすることに驚いた。


 ――聖獣って、そういうものなのかな?


 マーサに促されて荷物を中へ運び込むと、入口すぐのソファーには森の魔女の姿があった。淡い色味のブラウスに髪と同じ茶系のロングスカートという、昨日とは打って変わって良家のご息女風だ。カップを手に持ったまま、レイラの方へ微笑みかける。


「いらっしゃい、レイラ」

「お世話になります」


 両手を揃えて頭を下げるレイラを見ながら、ベルは人差し指を顎に添えたポーズで首を傾げていた。


「そうね。部屋はどこを使ってもらおうかしら」

「二階の客室なら、いつでも使えるようにしておりますわ」


 二人のやり取りを聞いて、レイラは慌てた。弟子入りさせていただくのに客室なんてとんでもない。弟子は使用人のようなものだから、使用人部屋があればそちらでお願いしますと伝えると、二人揃って困ったような顔を向けてくる。


「使用人部屋だと、眠れないと思うわ」

「そうですわ、私も今は客室を使わせていただいてますから」


 この館の規模だ、使用人部屋はいくつもあるはずなのにと今度はレイラが困惑の表情を浮かべる。いきなり客室をあてがわれるなんてと恐縮してしまったが、理由を聞いてすぐに納得した。


「夜中に猫達が大騒ぎするから、使用人部屋はうるさいのよね」


 マーサも眉を寄せて大きく頷いているところを見ると、よっぽどらしい。以前はホールに隣接している部屋を使っていた世話係も、猫達がやって来てからはあまりの騒々しさに二階に移ったということだった。


「手前以外の空いている部屋ならどこでも構わないわ」


 案内されて二階に上がると、6つある客室の内の階段上がってすぐの二部屋は使用中で、一番奥の主寝室がベルの部屋だと説明を受けた。なら、ベルの部屋から離れた方が良いのかと、レイラは三部屋目の客室に荷物を運び込んだ。


 たった3箱の木箱だけだったが、全てを運び終わるとふぅっと溜息が出た。ベッドとチェストが設置された広い客室には浴室もトイレも付いていた。領主の別邸であり、それなりの客人をもてなす為に作られた部屋を宛がわれるとは思ってもみなかった。

 物置部屋のような狭い使用人部屋を覚悟していたレイラからすれば、逆に落ち着かない。


「手前の部屋は、誰のなんだろ?」


 ふと、疑問が浮かび上がる。マーサの部屋は階段を上がって二つ目で、レイラの隣の部屋だと聞いた。なら、一つ目の部屋の使用者はどこにいるのだろうか?

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