第18話・猫の護衛

 背の高い木々が多い森の中は、日が落ちるのが極端に早い。先に早めの昼食を取らせて貰ったレイラは、昼の少し前には館の結界を出た。森の魔女に弟子入りしてから初めてで、久しぶりの外出のお供は二匹の成猫だ。

 結界の境まで見送りに出てくれた師からは、「これ以上ない護衛よ」と太鼓判を押されていたが、猫達は目に付く枝や草の匂いを嗅いだり、岩があれば飛び乗ったりと自由きままに歩いていた。


 弟子入り時に持ち込んだ荷物の中から黄色の魔石を探し出して、朝一でベルから魔力補充してもらった。それをお守りとしてポケットに忍ばせている。

 ただし、魔獣除けは獣から感知されにくくする為の物で、自分達が進む先にすでにいる物には効果はない。なので、この先で魔獣に遭遇しないという保証はないが、無いよりはマシだ。


 目的の場所は館の裏口から東に真っ直ぐ進んだ先で、傷薬に使う薬草が群生しているらしい。取った薬草を使って一人で一から調薬をしてみようと、レイラはとても張り切っていた。

 そこはベルも何度も採取に行ったことがあるようで、特に歩きにくい箇所もなく、ただ真っ直ぐだと教えられた。


 森の中の道なき道を東に向かって進んでいる途中、先を歩くティグがこちらを気にして時折は振り向く仕草を見せることに気付く。そして、寄り道しながら自由に歩いているように見えた三毛猫のナァーも、レイラからは付かず離れずの距離を保っているようだった。

 レイラが草に足を取られて躓きかけると、二匹は同時にその場で立ち止まっていたし、枝が邪魔をして潜り抜けられないとレイラだけが迂回している時もちゃんと待っていてくれた。


 ――本当に、護衛みたいね。


 自分よりも身体の小さい猫達が、まるで護衛騎士のように見守ってくれていることが、何だか微笑ましい。薄暗い森の中でも、二匹が傍にいてくれるから怖くはなかった。


 目的の群生地まではもう少し――そう思った時、目の前の茂みからツンとした獣の臭いが漂って来た。バキバキという小枝を踏み折る音と共に現れたのは、中型の魔獣。鋭い牙と角を携えた猪型の魔獣は、唸り声を上げながらこちらへ向かって来る。


 生まれて初めて遭遇した魔獣の獰猛な呻きと、敵意むき出しの視線にレイラは身体が動かなくなった。逃げようにも足がすくんで言うことを聞かない。はっと息を飲んだまま、次の呼吸もままならない。

 武器も持たず、攻撃魔法も使えないレイラには反撃する手段がまるでなかった。


 怖いっ――それ以外の感情は湧いてこず、その場で立ち尽くすしか出来ない少女の目の前を、二匹の猫が守るように立ち塞いだ。広げられた翼は、その体躯からは想像もつかない程に大きい。二匹は並んでレイラの前に翼の壁を作ると、全身の毛を逆立てて魔獣へと威嚇の声を同時に発した。


 次の瞬間、少女の位置から見えたのは、猫達の口から放たれた光の塊だった。その光は真っ直ぐに魔獣へと向かい、ぶつかると同時に獣の身体を包み込んで消えた。そしてその場に残されたのは、黒い消し炭のみ。まるで魔獣が影だけを残して姿を消してしまったかのように、地面に残された炭跡。


 ――これが、聖獣の光魔法……。確かに、古代竜も倒せそうかも。


 魔獣の姿が無くなったことに安堵すると同時に、猫達のあまりの強さに呆気に取られていた。普段に館で見せている、だらしない姿は何だったのか。


 すでに翼は折り畳み、先を急ぐように鳴いて呼ぶ猫達の後を、レイラは慌てて追いかけた。薬草の群生地はもう目と鼻の先だ。



「めちゃくちゃ、強かったです……」


 お目当ての薬草を麻袋にたっぷりと採取して帰って来た弟子の最初の台詞がそれだった。多少の予想はしていたものの、あまりの興奮度合に少し引いているようだったが、ベルは嬉しそうに微笑んで話を聞いていた。


「竜を倒した話も、やっと信じれるようになったかしら?」

「勿論です! 虎じゃ無理です、トラ猫じゃないとっ」


 有名な物語に出てくる英雄と共に古代竜を討伐した契約獣の虎が、実はトラ猫だったという事実。レイラにも一応は打ち明けてみたものの、あまり信じて貰えていないなと思っていたが、実際に聖獣の光魔法の威力を目にしたおかげでようやく分かって貰えたようだ。


 採取してきたばかりの薬草を乾燥するように指示して、ベルはポットでお湯を沸かしていた。レイラのこの様子から、今日は興奮し過ぎて眠れない可能性がありそうだと、リラックス効果のある薬草を選んで入れていく。


「しっかり乾燥させておかないと、粉末化できないわよ」


 両手を壺に添えて薬草から水分を飛ばす作業に集中している弟子に発破を掛ける。レイラ達が森に行っている間に、弟子用の小さな壺と小鍋を用意しておいた。魔力量に合う道具を使えば、少量ずつだが調薬は可能だ。


 ベルも初めて一人で作ったのは傷薬だったと、自分が子供の頃のことを懐かしく思い出していた。そう、初めて作った薬の試験台は、同じ歳の従兄弟だったかしら、と。

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