第20話・過剰在庫と埃舞う作業部屋

 庭師が作業部屋の前に置いておいてくれた薬草や瓶類を中に運び入れ、レイラはそれぞれを壁面の棚にしまっていた。

 麻袋に入って納品された薬草は種類ごとに大瓶に入れ直したり、物によっては袋のまま棚に並べたり、薬瓶や薬草茶用の瓶は木箱に分けてから隅に積み上げていく。


 ここに来て、随分と薬草の種類を覚えた。名前や効能は以前の弟子入り先にあった薬草図鑑のおかげでいくらかは頭に入ってはいたが、ただそれだけだった。ここではそれらを実際に手に取って触ったり匂いを嗅いだりすることができる。ベルの扱う薬草の種類はとても豊富だったから、一気にたくさんの薬草を知ることができた。


 今朝の納品分を一通り片付け終わった後、ついでにと薬草の在庫を確認していて気付いてしまった。


 ――結構、ダブってる?


 棚に収めきれずに麻袋のままずっと部屋の片隅に積み重ねられている薬草が、今日入って来た物と同じ種類だったりすることがかなりあった。まさかと思って、雑に置かれた麻袋の中身を順に確認していくと、追加発注されたけれどまだ在庫が残ってたという現象が次々に発覚していく。


「ベル様、もしかして勘で発注されてる?」


 呆れて、思わず言葉が漏れた。何となく大雑把だなとは思っていたけれど、こうして大量にダブついた薬草の在庫を目にすると、疑惑が確信へと変わった。間違いなく、森の魔女はずぼらだ。


 もう呆れを通り越して、おかしくなってくる。どれだけ傷薬を作るつもりなんだと突っ込みたくなる量の麻袋が作業台の上に山積みになっていた。中身は全部同じ草だ。


 完全に不良在庫化しかけている分を選分け、レイラは中を確認しつつ本来あるべき棚に収めていく。都度ごとにきちんと片付けていれば起らないことだが、ベルのことだ気にしてもいないのだろう。


 調薬コストを少しでも下げようと自ら薬草を採取したり栽培したりする魔女もいる中、この立地にも関わらず材料のほとんどを街から仕入れている森の魔女。

 彼女は生活の為に薬を作っているのではないし、仕入れにまつわる予算を考える必要もない。欲しいと思った分をそのまま発注するだけだ。


 それでもおそらく、領内の薬魔女の中で一番利益を出しているのは彼女だろう。卸せば瞬く間に売り切れてしまうくらい、森の魔女の作る薬は支持されている。


 かと言って、この無駄の多い状況を見過ごすことはレイラにはできない。庶民の感覚として、あまりにも勿体な過ぎる。今日レイラが気づいていなかったら、麻袋から出されないまま劣化して、一度も使われずに廃棄される物も出ただろう。


 とりあえず床に積み上げて放置しているのが問題だと、調薬の材料は残らず全て壁面の棚に収めていく。代わりにそれまで棚の下段を占領していた壺等は作業台の下に移動させた。


 部屋の一角に置きっぱなしだった袋が収納場所を得たことで、随分と床がスッキリしてお掃除もしやすそうだ。マーサから箒を借りてきて、薬草の粉末だらけの床板を掃いて回る。


 棚と壁の僅かな隙間に箒を挿し入れた際、カサカサと何かの紙が引っかかる音が聞こえた。隅に溜まった埃と共にゆっくりと掻き出してみると、色褪せた一枚の紙が埃まみれの姿を現した。


「何だろ?」


 四つ折りにされたそれの埃を手で払い、恐る恐る開いて見る。汚れてはいるが上質な紙に落ち着いた文字で書かれていたのは、薬のレシピのようだった。

 たまに見かけるベルの柔らかい字とは違い、達筆で少し癖のある字だ。


 記されている薬草には普段ベルが使っていない物も含まれていたので、森の魔女が作らない薬のレシピかもしれない。見ただけではレイラには何の薬なのかは検討もつかなかった。


 棚の隙間から発掘した紙をどこに置こうかと室内をキョロキョロ見回して悩んでいると、部屋の扉が開く音がした。


「まあ、随分キレイにしてくれたのね」


 魔女仕様の黒ワンピではなく、清楚なお嬢様風の出立ちのベルが目を丸くして立っていた。服装から察するに、今日は作業部屋に入る予定は無かったけれど、レイラが片付けていると聞いて様子を見に来たのだろう。


 他の部屋と違って世話係の手が入らない荒れた室内が、窓を開いても粉の舞わない安全な空間になっているのだ、驚くのは無理もない。整理されて見易くなった薬草棚の前で立ち止まったベルは、照れたように笑った。


「注文し過ぎてたみたいね。レイラに傷薬の練習、いっぱいしてもらわないと」


 見習い魔女の登竜門とも言うべき傷薬の調薬。基本の作業を身体に覚えさせるには丁度良いのだが、あの在庫量で一気に作ると薬店から納品を断られそうだ。


 ベルの台詞に笑いを堪えていたレイラだったが、手に持つ紙の存在を思い出す。


「これが、棚の横から出て来たんです。薬のレシピでしょうか?」


 渡された四つ折りの紙を開いた森の魔女は、はっと息を呑み口元を押さえた。

 見覚えのある文字で書き記された薬のレシピ。とっくに諦めていた、自分には伝承することが出来なかったのだと。


「凄いわ、レイラ。先代の秘伝のレシピよ、これ」

「えっと、先代っておっしゃるのはベル様の――」

「ええ、父方の祖母よ」

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