第21話 エルフの森の女王様(2)

リフリアは私の方を見て小声で「待ってました。」と呟き、微笑んだ。




「それでは…」


リフリアは両手を横に大きく伸ばして天を仰ぎ見たのちに、両手を胸元で合わせて目線を天から地に下ろしながら呪文を唱える。



『アスベルクブロマシア・ハインフロール』



瞬間——

エレシアとリフリアを囲むように正方形のタイルのようなものが次々と地面から出現し、二人を徐々に包み込んでいく。


カタカタと時計の針が進む音と、空間を形成する正方形のタイルのようなものが展開するごとに鳴らすパタパタという音が重なり合い、私たちを空間の箱に閉じ込める。



周りが全て正方形のタイルのようなもので囲まれた時、視界は黒よりも濃い闇となり音を、そして視界を隠す。


奪われた視界が戻ってきたかと思えばさっきまで真っ暗だった空間はどこにもなく、気がつけば青白磁せいはくじの正方形が永遠と続く何もない世界にいた。




「ここは…」


あたりを見渡しても何もない。

永遠と青白磁せいはくじの正方形が地面に揃うフラットな世界のみだ。



「少しばかり乱暴してしまいましたね。」


自分の背後から声が聞こえるのを感じ取り、勢いよく振り向くとリフリアが姿変わらず精霊の如く佇んでいた。


「ここはハザマの世界。魔法使用者の中でもほんの数名しか使えない空間魔法です。」


(また魔法…ものすごい便利なものよね。)

エレシアは嫉妬混じりの感想を言葉に出さず、心にそっとしまい込みながらエレシアの話を聞いた。



「ここは時の流れを最大限遅くした世界。ここなら長時間お話ししても現実世界ではほぼ時間が過ぎないので時間による心配はありません。」


「い、インチキ技だぁ…」

エレシアは時の流れまでも操れてしまう魔法という存在に恐れと驚きを感じながら呟いた。


「インチキ…かもしれませんが実際不便なことも多いんです。例えばこの世界に引き込むことができるのは…生物、全長二メートル以下、私との距離半径ニメートル以下、そして私がその対象物のことをある程度知っている状態、これらの条件全て達成している上でできる魔法です。ですがこの魔法の持続化に必要な条件はまた違い、私がこの魔法を発動した場所から一歩も動かないことが条件となっています。」



予想以上に複雑な条件にエレシアは「ほえー」とアホ丸出しの声を出しながらその話を聞く。



「そして、この魔法は膨大なマナを消費するので今回はギンを現実世界に置いてマナ消費を抑えました。」



その言葉にエレシアはあたりを見渡すが、ギンはどこにもいない。



「…本当だ。ギンがいない。」



全然気に留めていなかったが、今思えばこの世界には私とリフリアしかいなかった。



「あなたをここに連れてきたのは他でもないです。アーレスの子孫ですのね。」



アーレス

お母さんの名前だ。

ドラゴンの存在を知っている上でさらにお母さんのことを知っているとなれば、どうやらリフリアは過去にドラゴンと接点があったのかもしれない。



「はい。私の名前はカドモス・サブド=エレシアです。お母さんのことを…知っているんですか?」


リフリアは優しく微笑んで話し始める。


「もちろん。あなたのお母さんは英雄でした。私たちエルフやドリヤード、シルフなどの種族は基本的に神聖な森の中でしか生きられません。マナを大地と共有し、感謝し、互いに自然を生かし続けることで生活していました。」


「それとお母さんにどんな関係が…」


「それはこの地球と、異世界が時空変動によって繋がってしまった時の話です。アーレスは私たちが神聖な森でしか住めないことを知っていたのでそれを考慮し、私たちを一時的に未開拓の森へと移してもらいました。魔術師と協力して神聖な場所を人工的に作り出し、そこに私たちを保護してくれたんです。」



『英雄』

ドラゴンをそう呼ぶ種族は少なくない。

リフリアもお母さんのことを英雄と呼んでいた。

けど私はお母さんを英雄だとは思わなかった。

私を大きくなるまで優しく見守って、一人立ちさせるまでずっとそばにいてくれた母を、私は他の何者でもない一種族として見てほしかったのだ。


それは単にお母さんがすごいことをやっていないと言いたいわけではなく、どの種族とも平等でありたいという自分のエゴに過ぎないかもしれない。

実際そうだ。

だからこそ今の話を聞いてエレシアはお母さんが英雄と呼ばれるのがなんとなく分かった気がした。



「それから今でも語り継がれる『都市制度』をアーレスは創り上げ、五つある都市の中で唯一ルベリハルコンにだけ森林を設けたのです。私達のためだけに。」



(知らなかった…)

お母さんは昔から自分の話を語ろうとしなかった。

もちろん過去話を聞きたいと願っても、はぐらかす一方でどのようなことをしたのか全く教えてくれなかった。

だからこそこうしてお母さんの功績が語り継がれていることにエレシア自身も嬉しく思うのだ。




「お母さんとはよく話しましたよ。もちろん…あなたのことも。」


そう言ってリフリアは私を見て微笑む


「私のことも?ってことは最近会ったりしたの?」


「最近…数十年も昔のことですけど、私と話すためにここへ来てくださって話したことはあります。その時にはすでにアーレスも一人立ちの計画を考えていたのでしょう。」


(数十年も前って…下手したら私生まれてないのね。そんな前からお母さんは私を立派にするための計画を立ててたんだ。)


後継者を育てるためにお母さんは色々と努力していたんだ。

そう考えると親の愛をひしひしと感じる。


「私はアーレスから一つ、子供に戦術の魔法を教えてあげてくれと頼まれています。」


「お母さんから、戦術と魔法…魔法!?」



驚きながら目を光らせてリフリアを見るエレシアに、リフリアも微笑みながら「ええ。」と答える。



「アーレスは子供に魔法の知識を十分に与えていないとおっしゃられていました。しかし魔法の才能はお母さんに次いでエレシア様にもあるでしょう。その結果、私がエレシア様に戦術と魔法をお教えすることになりました。世の中には未だに武力行使をする種族も多いです。そういう時に自分の身を守り、鎮圧できる程度の能力は備えるべきだとおっしゃられていました。」


エレシアは「言われてみればたしかに…」と、都市市場で起こったミノタウロスの事件を思い出した。

あの時、ギンがいなければ私はミノタウロスに殴られ、最悪死ぬこともあり得た。


それは自分が非力であり、無知であるからだ。

ただ、自分がこの世界を統べる王に君臨した時、この非力さは瞬時に強力な力に変わるのか———

そんなはずはない。

自分の非力さ、弱さは克服しなければいつまで経ってもそのままだ。


お母さんが思う「立派になって帰ってくる」のは単なる形だけじゃない…身も心も成長した、堂々たる私の姿を望んでいるのだろう。



その姿は……自分の気持ちに左右される。

いつまでもお母さんに縋り付く自分に別れを告げ、新しい自分を見つけるために———

いずれにせよ今私が学ぶものは、『正しい戦術と魔法』だ。



「エレシア様は…この世が理不尽なことを既に知っているはずです。昔の武力行使の時代のように。」


「武力行使の時代?確かに強さが正義みたいなことを言ってる種族は見たことあったけど、それがどういう経緯で引き継がれてるのかは詳しく知らないかも…教えてもらってもいいですか?」


「ええ。もちろん」

リフリアは魔法で自分の脳内に記憶されている武力行使の時代の記憶の断片を何もない空間に映し出しながらわかりやすく教える。



「私たちがまだ地球という惑星に出会っていない話です。それはいろいろな種族が共に協力し、支え合いながら生きていく時代でした。しかし、この時代は武力が全て、強いものが権利の頂上に立ち、みんなを従えていました。」


リフリアの記憶の断片は話の内容通りに平和なシーンから異種族同士の権力争いになり、最終的にミノタウロスやオーク、その他いかにも武力の強い種族だけが残り、他の種族を従えている姿が映された。


「この時代はたとえ他種族同士が協力しているとはいえども、生まれ方から生活の仕方まで全てが異なる文化なので統一するのも難しい傾向にあり、ドラゴンが迂闊に世界統治をするのも容易ではなかったと考えられます。」


リフリアの記憶の断片に数匹のドラゴンが映し出され、その中にお母さんの姿もあった。

普段の人間の姿ではなく、尻尾、牙、大きな翼、力強い鉤爪、それらを揃えた完璧なドラゴンの姿で。



この記憶の断片を見てエレシアはふと疑問に思う。


「今の話をざっくり聞いていて疑問に思ったんですけど、武力のみで権力が与えられる時代ならドラゴンが一番強い気がするんですけど…」


エレシアの質問を聞いてリフリアは「確かにおっしゃる通りです」と答えたのちに自論を展開する。

「ドラゴン族はもともと平和の世界を望んでいたのだと思われます。確かに、ドラゴンが武力で世界を征服したこともありました。私達の森は炎で焼き尽くされ、それはもう世界の終焉でした。」



リフリアの記憶の断片には、一面焼け野原と化した深林が映っていた。

たった数匹しかいないドラゴンが常に灼熱の炎を空から放射し、世界をどんどん赤く染めていく酷い姿が延々と、記憶の断片で再生される。



ふとエレシアがリフリアの顔を見ると、そこには涙を滴らせながら下唇をそっと噛み、過去の悲しみをグッと堪えるリフリアがいた。


エレシアはそれを見て瞬時に自分の質問が墓穴を掘っていることに気づく。


「ごめんなさい!そんな酷い過去があったなんて…思い出すだけでも辛いのに、聞いてしまって——」

エレシアは涙を流してつらそうにしているリフリアに合わせる顔がなく、下を向いた。


「いいんです。」

リフリアからの予想外な返答にエレシアはバッと顔を上げてリフリアを見るが、そこには涙を手で抑えながら微笑むリフリアの姿があった。


「何十年、何百年も昔の話です。それに、ドラゴン族も望んで行ったことでもないと思います。アーレスが私達のためにこの森を作った時でさえも、「大昔のことだが森を焼き払ってしまったことは事実だ……私はこの責任を背負いながら生きていかなければならない。今回の件で帳消しにして欲しいとは言わん。憎まれても仕方ないが、どうか私たちを憎まないで欲しい。」と私達に告げたことがありました。それほどまでに世界が荒れており、選択の余地がなかったのです。」



エレシアは自分の親の過去を知らないことに非力さを感じた。

自分だけ責任から逃れることはできない。ドラゴン族がもつ、大きな責任だということをエレシアは自覚した。


「…ありがとうございます。過去にそんなことがあったなんて、お母さんからも聞いたことがありませんでした。」


リフリアは映していた記憶の断片を終了させ、エレシアを呼んでゆっくりと抱きしめる


「アーレス自身も思い出したくない記憶なのでしょう。エレシア様には少し暗い過去を見せてしまいましたがそれを経験した上での平和が、今叶っているのです。ドラゴンの後継者を育てるべくしてお母さんが頑張っているのもよくお分かりになるでしょう。」


リフリア自身も過去の話は思い出したくないことぐらいわかる。


しかしリフリアは私に未来を託すべくこの過去話をしてくれたのだろう。それ相応の覚悟と、決意をしなければいけないことをエレシアは痛切に感じ取った。


「私、お母さんの気持ちに答えれるように、精一杯努力するよ。」



リフリアはその情熱のこもった言葉と、決意を固めたエレシアの表情を見て「頑張って、立派な後継者になりなさい。」と励ました。


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