第5話 出会いと決意




あれから何日が過ぎただろうか…

聴き慣れた何か懐かしい生き物の声がする。

沈んでいくような、こんな気持ち…一体何が起こってるんだろうか。

楽園のような、懐かしい記憶のような———





「ここは!?」

目を開けると同時にガバッと体を起こす。


あたりをキョロキョロと見渡すが、さっきまで広がっていた楽園のような光景とは違う…夢でもみていたようだ。

だが、あたりを見渡してみてもエレシアが思っている景色とははるかに違った風景だった。


「私、イノガーと戦ってたはず…私がいた場所はもっと暗い森だったのに…」



エレシアが今いる場所はイノガーと出会った暗い森ではなく、太陽の光が差し込む神秘的な空間だった。

地面には芝生のようなふわふわのコケや草が生えており、目の前にある朽ちた大木には木漏れ日が当たってとても神秘的な雰囲気を醸し出している。



「何で私、こんなところにいるんだろう…」


ゆっくりと立ち上がろうとするが、そこで自分の体の異変に気づく



「あれ?傷が全部治ってる…息をしても胸のところは痛くならないし、疲れも全くない。」


エレシアは手を握ったり開いたり、息を大きく吸ったり吐いたりしてみるが、全く痛みを感じない。



「ドラゴンの治癒のおかげ?でも、それなら何でこんなところにいるんだろう…」



状況が掴めないまま沈黙していると、不意にエレシアの背後に何かの気配を感じた。

勢いよく後ろを振り向くが、そこにいたのは小さい頃に出会ったことのあるカーバンクルだった。



「カーバンクル!」


小さい頃に出会った時と変わらない。

水色、黄緑、赤の色の三匹だ。

毛並みは艶やかで上品な色、クリッとした目はまるで加工でも施されているかのように可愛らしい。


エレシアはカーバンクルの方を向いて両手を広げ、「おいで」と小さく呟いた。

カーバンクルは両手を広げたエレシアに向かって歩いていき、猫のように戯れてくる。



「可愛いわね、あなたたち。」

小さい頃に出会った時はカーバンクルはそこまで大きくなかったものの、いまではとても凛々しい大人の姿になっている。



そばにいる三匹のカーバンクルの中から特にリーダーシップのありそうな赤色のカーバンクルを抱えてゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡す。



「…あなたたちはどこから来たの?お母さんも見当たらないし、迷子でもなさそうだし。」



一人でウロウロ歩きながら考えていると手で抱えていた赤色のカーバンクルが前足で何かを伝えるかのような仕草をした。

額の宝石は微弱ながらも光を放ち、前足で仕草をした先には朽ちた大木があった。




「どうしたの?あそこに何かあるの?」

足元にいた水色、黄緑色のカーバンクルは一足先に朽ちた大木の方へと進んでいく。


エレシアは不思議に思いながらもカーバンクルの求める大木の方まで歩いて行った。



一歩踏み出すごとに聞こえるザクッという草の音が、どこか昔聞いたような懐かしい音色となってエレシアの耳に伝わってくる。



エレシアはゆっくりと歩きながら、やがて朽ちた大木のところまでやってきた。


「ここ?ここに何かあるのね?」

カーバンクルが指し示す朽ちた大木のところまで来たが、いたってなんの変哲もない大木だ。

長年日の光を浴びて表面は地面よりも苔むしており、所々に見たことのない光るキノコのようなものが生えている。

香りはとても穏やかで、眠気を誘われるような気持ちの良い香りがする。


大木をじっと見つめているとエレシアに抱かれていた赤色のカーバンクルがスルッと腕から飛び出してその朽ちた大木にふわりと着地する。


赤色のカーバンクルに続いてエレシアの周りにいた黄緑色と水色のカーバンクルも大木の上に乗って赤色のカーバンクルの近くに寄り添った。

そして三匹同時に同じ場所を前足で掘り始める。


「…何してるの?」


話しかけてみてもカーバンクル達には伝わらない、カーバンクル達はただひたすら大木のある一定の場所を掘っている。


掘る仕草にも見えるが、エレシアにはそれが何かを示しているようにも見えた。


「そこに何かあるの?」

エレシアはカーバンクル達が前足で掘る仕草をしている場所にゆっくりと近づいて行き、そこに生えている苔を優しく手で包み込むように取り除く。



そこにはみたことのない文字が木に彫られる形でたくさん綴られていた。

何語なのかわからない…ただ綺麗な文字で達筆に書かれていることだけはわかった。


「こんなものがこの大木に…どうなってるの?」


エレシアはどんどんと朽ちた大木の苔を取っていく。

乱暴に取り除くのではなく、ゆっくりと一塊づつ丁寧に。


最終的に大木に彫られていた文字は約一メートルにわたってびっしりと書かれていることがわかった。


「すごい…何語で書かれているのかは全くわからないのに、何か見たことのあるような気がする。」


だが実際何もわからない。

そもそも文字というものをあまりお母さんから習うことがなかったため本当なら何も知らないのが当たり前なのだが、エレシアにとってこの達筆で彫られた文字は初めましてのものではないような気がしている。


(前にもみたことあるのかな…でも私はそんな記憶ないし…)



「ねぇカーバンクル、あなた達はなんで私にこれを教えたの?」

不思議な文章に不思議な空間、状況が掴めないエレシアは伝わらないことを覚悟でカーバンクルに問いかけた。


大木の一番上でエレシアを見つめるカーバンクル達は、エレシアの言葉を聞くと華麗な身のこなしで大木から降りて一定間隔を保ちながら大木を目の前に座った。



「…どうしたの?」


喋りかけてもカーバンクル達は全く反応しない。

三匹とも全く動かずに大木の前で座っているのだ。


しばらくその姿を見ていると、カーバンクル達が何やらモゾモゾと動き始めた。

ふと真ん中にいる赤色のカーバンクルが「ウナオォォォォ!」と猫のような鳴き声を出したかと思えば、残り二人のカーバンクルは額についている宝石を光らせて、赤色のカーバンクルのように「ウナォォォォォ!」と鳴き始めた。


「な、何!?どうしたの!?」


エレシアはカーバンクル達の行動に何かしなければと思うが、何をしていいのかわからずオドオドしているとさっき見つけた大木に彫られた文字が光を放ちながら浮き上がるのが見えた。


「えぇ!!?どうなってるの!?」

エレシアは困惑しつつもカーバンクル達の行動を見守った。


浮き上がった光の文字は左から右へと一文字づつ小さな光の粒になって弾け、エレシアの周りをグルグルと飛び交う。


次々に文字は光の粒になって、最終的にはエレシアを中心に竜巻のようなものを発生させてぐるぐる回り出した。



エレシアから見える景色は神秘的なものに他ならなかった。

綺麗な光の粒が点高くまで渦を巻いて自分を中心に飛び交い、その光の粒がどんどんエレシアの体内に吸い込まれていく。



「うわわわわっ!」


痛みはない。

だが、細かな粒が大量に自分の体の中に入り込んでいくのを見るとなんだか背中の奥がゾクゾクとする。



全ての光の粒がエレシアの体内に入り終わったが、特に体の変化はない。

現状を確認しようとあたりを見渡すと、目の前に三匹のカーバンクルが行儀良くエレシアを前にして座っているのが見えた。



「カーバンクル?これは…なんだったの?」


三匹のカーバンクルはお互いに顔を見合わせたあと、真ん中の赤色のカーバンクルが一歩前に出て口を開く。



「カドモスの後継者様、お話できて光栄です。」

透き通った声で流暢に話すカーバンクルの声はさっきまで聞いていた鳴き声ではなく、言語のようなもので伝わって聞こえてくる。



「し、喋ったぁ!?」


さっきまで全く会話することができなかったカーバンクルと会話できている。


自分がカーバンクル語を習得したわけではない、聞こえる言葉全てが標準語として耳に伝わってきているのだ。


「カドモス……アーレス様の魔法です。」


赤色のカーバンクルに続いて水色のカーバンクルも話し始める。

どうやら会話ができるのは赤色のカーバンクルだけじゃないようだ。



水色のカーバンクルは綺麗な毛並みの尻尾をふわっと揺らして話し始める。

「ここは何百年と昔、アーレス様とユリア様に創生してもらった『聖天の楽園』です。」


「お母さんが作った土地…?」



カーバンクルはまだ状況の掴めていないエレシアに「ここは他の場所とは違い、時の流れが緩やかです。ゆっくり話しましょう。」と冷静に答えた。



「アーレス様は私たち…『聖地』でしか生息することができないカーバンクルのためにこの土地を設けてもらいました。ここは特殊な魔法で包まれているため外部からの接触は滅多にありません。」


「ここが普通の世界とはちょっと違った場所…」


一見、ただの明るい神秘的な森に見えるのだが、どこか普通の森とは違うことは雰囲気からわかった。


「…言われてみれば不思議なところね。森って結構ジメジメしてて居心地悪いけど、ここは苔が生えているのに全然ジメジメしてない。むしろ太陽の日差しも届いてすごく過ごしやすい…」


エレシアの観察力にカーバンクルも「その通りです。」と微笑みながら話す。



「基本的には私たち、カーバンクルはここでしか生活できません。余程のことがない限りはこの場所は安全です。」


「そうなんだ…でもなんで私はここにいるの?」



イノガーと戦って勝ったところまではなんとなく記憶があるのだが、それからここにくるまでの経緯をエレシアは全く知らない。



「私たちが運んできました。」

黄緑色のカーバンクルが話す。


「余計なお世話でしたら申し訳なかったのですが、あのような瀕死の姿で森の中にいては他の生き物に到底太刀打ちはできません。したがって一時的に私たちがここで手当てをすることに決めたのです。」




赤色のカーバンクルが「一応エレシア様の戦利品として、倒したイノガーも回収しておきました。」と言いながら額の宝石から光を放つ。

エレシアが光の放たれた方向へ向くと、暗い森で戦って勝ったイノガーがこの森の隅の方に倒れているのが見えた。



「ありがとう…カーバンクル達。」

エレシアはそう言うとカーバンクル達の方へと近づいて三匹のカーバンクルを優しく包み込むように抱きしめた。

ふわふわの毛並みが心地よく、一種のご褒美と言ってもいいほど気持ちよかった。


「それで、私はこれからどうすればいいの?」


カーバンクル達を離してエレシアは問いかける。



「私たちに言ってくださればいつでも元の森へと返すことができます。同時にエレシア様が倒したイノガーもお届けしますので安心してください。」

水色のカーバンクルが話す。


「ありがとう。でも正直この先一人で生きていけるのか心配で、毎回毎回あなた達に頼っていてもいけないと思うの。」



三匹のカーバンクルは何かを話し合うように見つめ合ったのちに、赤色のカーバンクルが一歩前に出て話し始める。



「アーレス様とはお別れしましたか?」


エレシアは小さく頷いた。

あまり自分から「別れた」と言う言葉を口にしたくなかったからだと思う。


「エレシア様は一人で狩りもできるようになっています。もともとここに連れてくるのはアーレス様のご命令なのです。」


「お母さんが…?」



エレシアは予想もしていない事に驚きを隠せなかった。

てっきり見捨てられてしまったのかと思っていた。けどこれは見捨てられたのではない。「一人前になるための過程」としてお母さんが導いていたんだ。


「アーレス様からは『一人で肉食生物の狩りができるようになったら一回聖地に呼んであげてください。あの子はきっと立派になってる。これからはもっと色々な人たちと関わる機会が増えると思うので、簡単な言語魔法をかけてあげてください。そして都市へと行かせてあげてください。』と言った伝言を預かっています。」




「都市…」


沢山の種族がそれぞれの生き方を尊重し合ってお互いを助けながらお互いを支えて成り立っている地域。


昔から少しだけ話は聞いていたのだが、エレシアは未だにそんな場所があることは信じれていなかった。



「昔見た時は純粋無垢で、何事にも好奇心旺盛なエレシア様が、今ではすっかり大人の顔つきになって立派に育っています。私たちからも、ぜひ一度都市に足を運んでたくさんのことを経験してみることを勧めます。」


黄緑色のカーバンクルは優しい口調で話す。



「でも、まだ行き方とかわからないし、物事の整理というか何というか…まだ覚悟が出来てないです。」


エレシアは俯きながらそう答えた。

正直都市に行ってみたい欲はこの上なくあるのだが、それ以上に自分の知らないことが多すぎるが故の未知の恐怖にもかられてしまっていた。



赤色のカーバンクルはエレシアに近づいて穏やかな口調で話し始める。

「焦らなくてもいいですよ。今は一人で狩りができた事に喜びを感じましょう。そして、少しづつ経験と知識を蓄えていくのです。」




そう言ってカーバンクルはエレシアに向かって透き通るような鳴き声を響かせた。

同時に水色と黄緑色のカーバンクルもその鳴き声に重なるように綺麗な三重奏を奏でて鳴き声を響かせた。



「簡単な言語魔法です。私たちが知っている限りの言語を聞き取れるようにしているので多少わからない言語も存在するかもしれませんが、基本はこの魔法で大丈夫だと思います。」


赤色のカーバンクルは丁寧に説明した。



「カーバンクル達、何から何までありがとう。しばらくはこの森で生活するけど、都市に行く準備が整ったらまた来てもいいかしら。」


「ええ、もちろん。私たちはいつでもエレシア様の成長を見ています。また出会えることを楽しみに待っています。」


三匹のカーバンクルは揃ってエレシアにお辞儀をした。


「この森からの帰り方は基本、数秒間目を閉じていただければ元の森に戻りますので、ご自身のタイミングでお戻りください。」



何から何まで説明してくれるカーバンクルにエレシアは「何もかもありがとう。あなた達には小さい頃からお世話になりっぱなしね。」と言って微笑んだ。




エレシアはカーバンクル達からすこしだけ距離をとって、「ありがとう!」と、感謝の言葉を言って目を瞑る。






(一…二…三……そろそろかな。)



目を開けるとそこは、イノガーと戦った森にいた。

死闘を繰り広げた後として、まだ森は焦げ臭い匂いがする。


(本当に戻ってこれた…夢を見ていたみたい。)

そう思うほどにこの世界に変わったことはなかったのだが、夢でなければ今頃どうなっていただろうか…

死んでいたのかもしれない。



振り返ると自分が倒したイノガーもいる。


「ありがとう。カーバンクル達。」

エレシアはカーバンクル達を思いながらそう呟き、大きなイノガーを引きずりながら自分の家…大きな大樹へと帰っていくのだった。


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