第17話 森のお仕事(1)


森林ゾーンは水分気が多く、程よい湿度を保った空気に透き通る木漏れ日が空間を照らして幻想的な世界を作り出す。

所々から聞こえる虫の鳴き声や自然音が心地よく、森の奥で暮らしていたエレシアにとっては懐かしい気持ちになった。


「久しぶりにきたが…相変わらず道が役割を果たしてないな…」


基本的に森林ゾーンは立ち入る人が少ないせいか、道がデコボコしていたり草が飛び出てきていたりと整備が十分にされていない場所がほとんどだ。

最低限道としてわかるように石がパラパラと置かれているだけでそのほか標識も何もない。



ただ森にいた頃のエレシアはこのような道無き道を進んで行くのが日常茶飯事、逆に言えば道が示されているだけでも十分親切だなぁと感じる。

自然の地形を全く変えることなく作られた道は段差で道が途切れていてもお構いなしだ。


大きくて掴みどころのない岩や日当たりの悪い地面、そんな場所があちらこちらで見つけることができる。


「ギンさん、遅くないですかぁ!?」


楽しくて道のり通りにどんどんと進んでいると、いつの間にかギンとの距離が遠くなっていた。


ギンが何かを大声で言う。

何もない空気の澄んだ環境下で空気全体を揺らし、声を響かせてエレシアの耳へと伝わってくる



「ちょっとそこで待っとけぇ!」



音の響きが原因でギンの声がいつもよりフニャフニャしているが、それもまた新鮮で面白い。


エレシアはギンに言われた通りその場で自然と戯れながらギンが来るのを待った。


数日前に降ったと思われる水がまだ落ち葉のクレーターに残っている。


すぐさまそこに駆け寄って腰を下ろす。

綺麗で美味しそうな水、手で触るとまだひんやり冷たい。

その冷たい水に触れるたびに手から伝わる懐かしい感覚が、エレシアにとっては自分の生まれ育った森を彷彿とさせるトリガーとなっていた。



「エレシア…お前野生動物だな。」


ギンがいつのまにか私の後ろに背後霊みたいに立っている。


「ギンさんは遅すぎます。運動は大切ですよ?」


明らかに普段の時よりも生き生きしているエレシアを見て困惑するギンに対して、エレシアはニコッと笑った。


「もうそろそろだ。ここからちょっと急な道のりになるが…心配なのは俺か。」


私は立ち上がって一回大きな背伸びをして、「そうですよ。ちゃんとついてきてくださいね?」とギンを励ましてまた道のり通りに進む。


さっきまでとは違い、道が急になって小石の数も減ってきている。

いよいよラストスパートという感じにエレシアも気分が上がってどんどん進むスピードが早くなる。

…ギンが何かを叫んでいるように聞こえるがそんなものは耳に入ってこなかった。



長かった登りもだいぶ角度が緩くなり、しばらくそのまま歩いていると大きな大樹を中心とした集落のような場所が目に飛び込んできた。

全体的に大樹が生えているところは地形が低く、クレーターのようになっている。

大樹間で橋が形成されており、大きな大樹の中をくり抜いてそこを住処としているようだ。



「ここが森林ゾーン…」


エレシアは独特な進化を遂げた森林ゾーンの歴史的建造物を見て圧倒される。



「大きな大樹をくり抜いて部屋を作り、そこを拠点として生活をしている。地球に来る前から森や木々の周りで生活する異種族などの住む場所を、話をもとに作ったと言われてる場所だ。」


ギンが説明をしながら遅れてやってくる。

いつの間にか立派な木の棒を拾って、それを使ってここまできたみたいだ。


ギンはその使っていた木の棒をスッと振り上げて一発、私の頭にぶつけた。

思い切りではないが、痛みを十分に感じる程度に叩かれた。


「っくぅ〜」とうなりながらエレシアは頭を抱えて丸くなる


「お前、俺があれだけ呼び止めたのに勝手に行きやがって…」


「だってぇ、少し進むごとに止まって待ってたら遅くなるし…」


『何より面倒くさい』

そこまで思っていたが、言ったら面倒なことになることを瞬時に判断してそれ以上は何も言わないことにした。



「ここからは俺が先に行く。面倒なことになるのは回避できないが、少しは緩和できるだろうからな。」


そう言ってギンは大樹の方へと歩き出す。


まだヒリヒリする頭を押さえて、私も立ち上がって歩き出そうとしたその時——


「へぇー、調査とかじゃなくてこの森に来る人を見るなんて久しぶりかも〜。」



びっくりして後ろを振り返ると緑色の妖精みたいな種族が宙に浮いている。



全長約20センチほど、全体的に黄緑色で蝶のような羽を持っている。

髪は綺麗な黄緑色のロングヘアーで、とても可愛らしい見た目をしている。



「あっ!お前っ…いつの間に!」



ギンもその声に気づいたらしく、急いで道を引き返してくる。



「あれ!ギンじゃん!久しぶり〜。いつぶりかな?最近なかなかきてくれないからみんなの中では仕事を辞めちゃったのかなって噂も出てたんだけど、そのバッジをつけてるってことはまだまだ現役なんだね!」



小さな妖精は上手に宙を舞い、ギンの方へ話しながら進んでゆく。


「ここにきた時、比較的に静かだなと思った矢先に現れんじゃねぇよ…テンション下がっちまうだろ。」


露骨に悲しい表情をするギンに妖精はほっぺを膨らませて怒る


「そんなひどいこと言わないでよ!ひどいなぁ。最初の頃は何事にも熱心で私たちと積極的に話したりしてくれたのに、もう反抗期?そんなんだと仕事全然続かないよ?でも今も現役でやってるってことは頑張ってる証だと思うし、こうやって顔を出してくれるのは私たちにとっても嬉しいことなんだからたまには来てよね!」



たった一人でギンが引くほどペラペラと話をしている。

多分ギンが言っていた『厄介者』とはこの子なんだろう。

森林ゾーンに入る前にギンが躊躇ったのが今になってなんとなくわかる気がする。



「まぁとりあえずギンと会えたのはいいんだけどぉ〜、もう一人可愛い子連れてるじゃん。どうしたの、新入りさん?それにしては若すぎない?」


妖精はギンと話をしていたかと思うと今度は私の方に飛んできて周りをクルクルと飛び回る。



「やめろ鬱陶しい。大体お前がいるからここに来るのが面倒くさいんだよ。」



ギンは私の方に来て妖精を惹きつけないように手で払うように押しのける。



「ひどい…ひどいねギン。私との悲願の再会だから泣いて抱きしめてもいいのに、私をそんなゴミみたいに手で払いのけてその女の子を優先にするとか…ありえない!」


そのまま妖精は嘘泣きを始めた。

正直黙っていればとても可愛いのに…


思った以上にペラペラと話す小さな妖精はギンに払いのけられてある程度まで距離を取られ、泣いたふりをしてギンの様子を伺っている。



「あ、あのぉ…」


私がギンに質問しようとするとギンもなんとなく質問の内容を読み取ったらしく、丁寧に説明してくれる。


「あいつはシルフって種族の『プルピィ』だ。絡まれるのが厄介だから避けて通ろうとしたんだが、結局見つかっちまったな…」



ギンはプルピィの様子を伺いながら淡々と私に説明する


可愛らしい見た目をするプルピィだが、相手をするには一苦労しそうな相手だ。



いつまで経っても動きが見られないギンに諦めたプルピィは自分が泣いたふりをしていたことをなくすかのように平然と喋り出す。


「で?そのギンの後ろにいる子は誰?もしかしてギンの子供?結婚したから半年くらい仕事の休みを取って、子供が大きくなったからって早いうちに仕事に慣れさせるために連れてきちゃった感じ?流石にそれは親バカというか、やっても子供的には嬉しくないと思うけど?というか半年でそこまで育ったら人間的には早すぎない?」



プルピィは喋らせば永遠と喋りそうなほどにポンポンと話題を出して自分でトークしている。


これには流石のギンも珍しくため息をついている。疲れが顔にむき出しだ。

私に向かって疲れたアピールをしてくる。



「…こいつは俺が引き取った。エレシアだ。別に俺の子供でもねぇし仕事仲間でもねぇ。ただ都市のことをまだ知らないらしいからこうやって実際に目で見て知識として蓄えて欲しいと思っているだけだ。子供の頃から色々知ってた方が後々有利になれるだろう。」


意外とまともな回答が返ってきたことに驚いたプルピィは興奮気味でその話に食いつく。


「いいねぇ!いいねぇ!可愛らしくていいね!私はてっきりギンに女ができたのかと勝手に勘違いしちゃった!でもまだギンの隣が空いてて嬉しいわ〜。早めに立候補しちゃおうかしら?」


可愛くポーズをしてギンを誘っているように見えるが、ギンは完全に無心状態でプルピィと接している。


「とりあえず、大樹の前まで行ってもいいか?」



「えー!もう行っちゃうんだ。せっかく私との感動的な再会だっていうのに〜、別にギンが他のエルフたちと楽しく話してたりしても私的にはなんとも思わないけど、それでいいなら行けばいいんじゃない?」



プルピィがわかりやすく拗ねるがギンは全く気にせずにズカズカと大樹の方へと進んでいく。


「ち、ちょっと無視!?そこは普通『もう少し話したいからここで』とかそういう事言ってくれるんじゃないの?ねぇ、止まってよ!!」



プルピィに何を言われても足を止めないギンにプルピイは拗ねながらもフワフワ飛びながら後を追う。


それについていくかのように私も二人の後を追った。

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