第31話 新しい種族と共に
すっかり夜になった道をエレシアと、蛇の姿をした奴隷を抱えたギンの三人で帰る。
ギンが人差し指で特性魔法『ライトペンタ』を使って光を作り出し、その光を頼りに夜道を歩いて行く。
嫌な雰囲気を醸し出していた風はいつの間にか止み、じんわり蒸し暑い夜が姿を現す。
「ねぇギン、ギンはそんなに魔法を連発しても平気なの?」
エレシアが疑問に思って聞く。
魔法に関しての知識を詰め込んだからこそギンがたくさんの魔法を使っているのに疑問を感じたのだ。
「ああ。俺ら人間は自身の体力を消耗して魔法を使っているんだ。だから体力があるうちなら何回でも使えるし、最悪使い切ってぶっ倒れたとしても寝て体力を回復すればまた使える。」
「ぶっ倒れたら意味ないでしょ。」
「そうか?他の種族みたいにマナとか制限付きじゃないから使いやすいと思うんだけどな。」
静かになった夜道に二人の声だけが響く
都市市場まではまだまだ距離があり、この辺り一体は家も少なく声がよく通る
「あの…僕もう歩けます。いつまでもご主人様に抱えられたままでは申し訳ないです。」
奴隷が急に喋り出したかと思えば、蛇の姿からどんどん大きくなっていく
「お、おおお!な、なんだ!?」
ギンも流石に驚いて奴隷を下ろし、そのまま大きくなるのをエレシアと距離をとって二人で観察する
大きくなった奴隷はライオンのような立髪を持った動物へと変化した。
「お前、ライオンにもなれるのか!?」
「いえ…正確には獅子です。」
ますます種族がわからない奴隷にギンは近づいてよく観察する
「詳しい話は後でたくさん聞くつもりだが…まず名前ぐらいは聞いてもいいか?いつまでも奴隷呼びするのも悪いからな。」
「いえ、私に名前なんていりません…」
明らかに奴隷として調教されている。
おそらく奴隷として売り払われる前に躾けられたんだろう。
「そんなこと言うなよ。別に俺は奴隷が欲しくてお前を買ったわけじゃねぇ。保護するために買ったんだ。」
ギンは体を起こして答える
「名前がなければ決めてあげるのはどう?」
エレシアの提案にギンもエレシアの方を向いて「それだ」と乗り気で提案に賛成した。
そこから二人で名前決めが始まる
「獅子と蛇になれるから…ヘビシシとか?」
「安直すぎてつまらんな…トランスマンとかどうだ?」
「え…センス無さすぎでしょギン。」
「なんだと!?ヘビシシもだいぶひどいぞ?」
二人で言い争っている中、奴隷が静かに口を開く
「あ…あの…」
奴隷が話に入るとギンとエレシアはぴたりと話すのをやめて二人して同じタイミングで奴隷の方を向いた。
「名前なら…あります。メキライ・ファスフロトと言います。」
二人はメキライの名前を聞いてお互いに復唱する
「メキライ…メキライかぁ…」
「メキでいいんじゃない?」
エレシアがメキライの方に近寄って優しい口調で話す。
「貴方はメキ。本名はメキライくんだけど、私たちはメキって呼ぶわ。これからよろしく。」
ギンも「メキはセンスいいな…」と言いながらエレシアの隣に立つ
「メキ。家に帰ったら奴隷の経緯から種族、その他知りたいこと全部聞くから、覚悟しとけよ。」
メキライは自分を役立たずの存在だと扱われないことに喜びを感じ、涙を流しながら「はい!よろしくお願いします!」と明るい声で答えたのだった。
それからギンとエレシア、メキライの三人で家に帰った。
真っ暗な部屋の明かりをつけてギンが入る。
その後をついでエレシアとメキライが家に入る。
「…なんか俺の家、随分と人が増えたな。」
ギンの独り言にエレシアは「今更?」とからかいを込めて呟いた。
テーブルを挟んで大きなソファにギンとエレシア、反対の一人席にメキライが神社の狛犬のように座る。
前にも見た光景…
エレシアがギンと初めて出会い、質問攻めされた時の配置によく似ているなとエレシアは思った。
ギンがエレシアの時と同じようにメモ帳とペンを用意してメキライに質問をする
「まず…メキライ・ファスフロト君。あ、君でよかった?」
ギンの軽い質問に「あぁはい。大丈夫です。」とぎこちない返答をする
「まず気になるのが…メキ、種族は?今まで都市間取締官の仕事をしてきて姿をコロコロと変える種族は初めて見たんだが…」
ギンが真剣な眼差しで質問をするのに対してメキは弱々しく縮こまりながら答える
「種族は…僕にもわかりません。生まれた時の記憶もないので親がどんな姿をしているのかもわかりません。ただ分かることは僕が三種類の姿に変われるということだけです。」
「三種類?一つは蛇でもう一つは獅子なのは分かるが…もう一つは何だ?」
メキライは椅子から降りて姿を変える
その姿は立派渦を巻いたツノを持ったヤギのような姿に変わった。
「三種類の姿はこれです。話を聞く限り羊…の姿をしているらしいです。」
ギンはその姿を見て頷いた後、エレシアの方に振り向いて耳打ちする
「なぁ、羊とヤギって何が違うんだ?モコモコがあるかないかの違いか?」
「そんな単純な話?私が聞いた話だと羊はツノがクルクルと渦を巻いて伸びるそうです。お母さんから聞いたことあるけど…」
ギンは再びメキライの姿…主に渦を巻いたツノを見て「羊だな。」と堂々と答える
…私の手柄なのに。
「羊ですか。僕はみんなと違ってその三種類の姿に変わることができます。だから変に目をつけられたのかもしれません。」
メキライは羊の姿で再び椅子に座る。
ギンはある程度メモを取って次の質問をする
「種族は不明…生まれた時の記憶がないならいつからの記憶があるんだ?」
「ええと…引き取られた後の記憶なら残ってます。僕を育ててくれたのはアザゼル様でした。」
その言葉にギンは思わず立ち上がってメキライにもう一度聞き返す
「今なんて…アザゼルだと!?」
今までに見たことない驚き方をするギンにエレシアも少し疑問に思う。
「アザゼルって?すごい人?」
ギンが冷や汗かいて話す
「すごいなんて人じゃない…神話上の話だあと思ってたんだけど実際に存在してたのか。」
「アザゼル様は私をとても可愛がってくれて、正直感謝しても仕切れません。」
尊敬の意を込めて話すメキライとは裏腹にギンはメモを取って大きなため息をつく
「こりゃあとんでもねぇ繋がりだぜ。」
「アザゼルがすごいなんてレベルじゃないってどういう事?国王とか?」
ギンはペンとメモ帳を机に置いて立ち上がり、本棚から一つの本を取り出した。
そしてあるページを開いてみんなに見えるように机に置く
「アザゼルは伝説の存在、『天使』というものに分類されてるんだ。種族とは違う…格が違うんだよ。はるか昔から人間とも面識のある人物なんだ。」
ギンは本に記されている「アザゼル」の部分をみんなに見せながら語る
エレシアはそれを見ながらギンとメキライの話を聞いた。
「そうです。アザゼル様は『天使』という名誉的地位を持っていたそうです。ただ、アザゼル様はある年に罪を犯したそうで、アザゼル様が言ってた…『神上』という方からの命令で堕落してしまったのです。」
メキライの話を聞きながらギンは書物のページをめくってアザゼルに関する話を探す
「確かに…アザゼルは天使として描かれている書物もあれば堕天使として書かれている書物もある。まさか異種族とも交流していたとは…」
ギンはとあるページで手を止め、まじまじとそれを黙読する
「スケープゴート…」
その言葉を発した途端、メキライが思い出したかのように声を張って喋る
「そうです!堕落して体を落としたアザゼル様は私を奴隷として売り捌く時に他の方達からそう呼ばれていたのを覚えています!」
エレシアはイマイチ話の流れが掴めないまま二人の話を聞いていた。
「スケープゴート、アザゼル、神、本当にメキライは天使の元に引き取られていたみたいだ…」
ギンがありえないと言わんばかりの顔をしながらメモ帳に書き込んでいく
私の時とは違って書く量は凄まじいものだった。
真っ暗な外から吹く風が音だけを家の中に持ち込む
ギンはメモ帳を置いてソファにもたれかかり、大きなため息をついた。
「こりゃあとんでもねぇモン保護しちまった…どうすんだよ…」
普段見せない弱気なギンに、エレシアも今回保護したメキライがどれほど危ないのか想像ついてしまう。
ギンでさえ恐れを成すもの——
エルフの森で聞いたリフリアの話が頭をよぎる
あのギンが恐れる…それほどまでギンは何かに怯えているんだ。
何か得体の知れない力に……
ギンは体を起こしてメキライに話す
「明日、お前を連れて緊急で国王と話をする。これは正直国レベルを超えた問題なんだが俺にはどうすることもできん。とりあえず今日は寝ろ。明日また説明する。」
ギンは言葉を吐き捨てるようにして立ち上がり、そのまま寝室へと向かってしまった。
二人音もない空間で、ただ時間が過ぎてゆく
「あの…申し訳ありません。こんな私が保護されたばかりに…」
弱音を吐くメキライにエレシアはそっと手を差し伸べて話す
「大丈夫。あなたが辛い思いをすることはないから。」
私にできることは何もない。
いくらドラゴン族であろうとも、お母さんみたいな権力はない。
けど、私はお母さんの後を引き継ぐものとして、知らないといけない。メキライを育てたアザゼルのことも、世界のことも———
メキライはエレシアに撫でられて何かを感じる
「この感覚……もしかしてドラゴン?」
「え…?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます