第20話 エルフの森の女王様(1)
「ようこそ。エルフの森へ。」
扉を開けると、二人が来るのを予測して待っていたかのようなフレーズが耳に飛び込んできた。
その次に飛び込んできたのは情景。華やかで美しい森の精霊『エルフ』が木の蔓でできた椅子に座っている姿だった。
だだっ広い部屋には教会のようなセッティングが施されており、中央の赤いカーペットを挟んで対照的に木製の椅子が並べてある。
その中央、扉を開けた真正面に佇むエルフの姿はこの森の女王様であり森の守護神そのものだった。
エルフの座る木の蔓でできた椅子はまるでその鶴一本一本が自我を持って形を構成しているようにもみえる。
「アーニア。」
美しいスッとした美声をエレシアとギンは全身に浴びたかと思えば、気がつくとエルフの前まで移動していた。
「転移魔法…」
ギンがボソッと呟く。
そしてそのまま驚くこともなくギンはエルフに話しかけ始めた。
「お久しぶりです。リフリア様。」
ギンはいかにも目上の人に対する敬意を表すような仕草を組み込みながらも挨拶をする。
その手慣れた動きと普段のギンがどことなく照らし合わされて薄っぺらい敬意のようにも見えてしまった。
「何回も言ってるかもしれないけど、そんなに堅苦しくしないでくれるかしら。私にはそこまでの地位はないわ。」
そう言ってリフリアは右手を前に突き出して「イクステムリア」と魔法を唱える。
すると、突き出した右手から地面へと垂直に下ろした場所から風のようなものが周囲にフワっと広がり、一瞬にしてさっきまでいた教会のような場所から大自然に囲まれた場所まで移動した。
正確には転移したと言った方が適切かもしれない。
いきなりの転移魔法に驚きながらも、その大自然の綺麗さと魔法の凄さにエレシアは感嘆しながら辺りを見渡す。
「ここなら、お互い遠慮せずに話すことができるわね。」
リフリアは前髪を耳にかけ、ギンに向かって優しく微笑む。
その前髪を耳にかける小さな仕草だけで樹木から受け継いだマナがキラキラ光る粒子となって空気中へ弾き出される。
さっきまですれ違ったエルフやドリアードとは格が違う…『精霊』の名前そのものを表しているかのような存在感を放っている。
「俺も堅苦しいのは好きじゃないから、こっからはタメ語で行くぜ。まず最初に……久しぶりだな。」
ギンは女王にタメ語で話すことを躊躇せずにタメ語でペラペラと喋る。
「久しぶりですね。ここまで来るのには時間がかかるからあまり顔を出しにくいかもしれませんが、流石に顔を出さなさすぎです。都市国家のちゃんとした仕事ですので、サボり過ぎも良くないですよ。」
そう言ってリフリアは立ち上がり、ギンの目の前まで来て名簿を渡す。
どうやらこの名簿はエルフの森に住んでいる住人を把握するためのものらしく、体調や過ごしやすさ、その他住人からの要望や改善点などが律儀に書かれている。
この森も都市が受け持っている場所だから改善点などのアンケートをとっているんだなとエレシアは考えた。
ギンはリフリアからもらった名簿を見るなり目を丸くして硬直し、途端に申し訳なさそうにリフリアを見る。
「…なんか、俺が来ない間もしっかりと名簿を取ってもらってて、、すまん。」
「私もこの森の管理をするとともにその名簿を書いているので決して暇なわけでもないんですよ。次からはそれを理解して、期限を設けた上でこういうことをしてください。」
流石に温厚で優しそうなリフリアもギンの甘ったれた考えには少々怒り気味な態度をとった。
それでもギンはサボりそうだ。
「さてと…」
ギンとの話を区切ってリフリアがギンの隣にいる私の方を向いたかと思えば一瞬にして私の目の前に移動する。
高速で歩いたわけでもない。おそらく転移系の魔法だろう。
移動姿が全く見えなかった。
「問題はこの子。話を聞く限りギンが一時的に預かることになった子供ですよね。」
リフリアはしゃべりながら私のお腹から喉にかけてゆっくりと手でなぞっていき、顎をくいっとあげて目を合わせる。
その仕草をした時に香った甘い蜜のような匂いと溢れ出すマナが織り成す神秘的な感覚に思わずエレシアはリフリアの目に目入ってしまう。
「あぁ。十二、三歳ほどの人間だがここに来るまでの山道を軽々登って行くほどの体力がある。俺が最近動いていないから体力不足なのかもしれないが、ひとまず純血かどうか知りたいんだ。」
リフリアはギンに目線を向けて話を聞き、「わかりました。」と言って再びエレシアに目線を戻す。
エレシアもリフリアと目を合わせるが、合わせた瞬間に何か嫌な気を感じた。
最初に目があった時とは違い、瞳の奥の方に吸い込まれそうな感覚になる。
(な、なにこれ…真っ暗な瞳に吸い込まれて何もない空間に放り投げ出されるような…)
自分の体から意識だけが抜き取られて目に吸い込まれていく感覚に、エレシアは抵抗もできずにいた。
エレシアは足の力が抜けてその場でペタンと座り込んでしまい、しばらく放心状態に陥る。
それを見たギンが「おい、ちょっと何やってんだ…」とリフリアを警戒しながら取り押さえようと身構えるが、リフリアはエレシアに手を触れることなく何かに頭を弾かれたように体制を崩しながら二、三歩後ろへ下がる。
リフリアは驚きを隠せない表情をしながらもギンの方を向いて「大丈夫…。ちょっと魔法で種族分析をしただけよ。」と消え入りそうな声で伝えた。
正気に戻ったエレシアは自分がどうして座っているのか状況が掴めないままオロオロしながら立ち上がる。
リフリアはそのエレシアの姿を見て何か言いたそうな表情をしていた。
「…分析してどうだったんだ、リフリア。」
明らかに平常とは違う異様な雰囲気になっているがギンには何が起こっているのか全くわからない。
リフリアは一旦表情に出ている驚きを飲み込んで冷静さを取り戻し、ギンに向けて話し始める
「ギン…あなた、この子をどこで保護したんですか?親には会ったのですか?」
何かあったんだろうと思いながらも、ギンはリフリアからの質問に答える。
「エレシアとは都市市場で出会った。親は転移職の方らしいからまだ出会ったことがない。…何か変なものでも見えたか?」
「いえ……」
リフリアはギンからの質問をあやふやな返答で返す。
釈然としない空気が立ち込める中、エレシアが喋る。
「私、もしかして———」
そこまで話した時、エレシアの脳内で何かが響く音がした。
それは…音ではない。リフリアの声だった。
(あなた、もしかしてドラゴンの…アーレスの子孫?もし本当なら何も喋らずに私の方に目線を送って。)
おそらくこれも魔法の一つだろう。伝達魔法とかの類なんだと思う。
エレシアは話すのをやめてリフリアの指示通りに目線を送った。
リフリアは目線を送るエレシアを見て何かを察したのち、いつもより声のトーンを半分ほど上げながらギンに話しかける。
「エレシアちゃん…でしたね?おそらく純血じゃないと思われます。もとより完全に純血な人間の方が今時珍しいでしょう。」
リフリアは嘘をつくのがあまり上手ではないみたいだ。感情のない棒読みと声のトーンで隠し事をしていることがバレバレだったが、ギンは「まぁ昔と比べればだいぶグローバルになったからな。」とすんなり納得してしまった。
どうやらギンは想像以上にピュアなのかもしれない。
「混血なのは判別できたのですが、それ以上はわからなくて…少しだけエレシアちゃんを調べさせてもらってもよろしいかしら。私もここ数十年誰とも出会っていなくて世界の情勢があまりわからないので。」
ギンは「おう。暴力とか以外ならいいぜ。」と私を心配しながらもリフリアからの要望に応えた。
リフリアは私の方を向いてギンには聞こえないほどの小さな声で「待ってました」と呟いた。
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