第11話 人間と異種族


話が一区切りついたところでギンが契約書を三つ折りにしてソファから離れ、自分の机にある封筒にその契約書を押し込んだ。


「それじゃあエレシアちゃん、とりあえずこの契約書を王に一度見せなきゃいけないから俺と一緒に来てくれないか?」

ギンは封筒をヒラヒラ動かしながら話す。


「あのお隣の家ですか!?」


隣の豪邸に入れることを知ったエレシアは瞳の輝きを取り戻して眩い視線をギンに送る。


「そっ!さっき電話で別荘まで連れ出してきてあるから早めに行かないと怒られちゃうかも。」


エレシアの輝かしい視線に「王様の家、楽しみだろ?顔に出てるぞ。」と、ギンはニヤニヤしながら答えた。


大方準備を整えて、ギンは黒いコートを羽織って玄関の方へと向かう。

靴を履きながらポケットについているバッジを親指で拭った後にポケットからセリートを取り出して入念に磨く。



そんな身支度をバタバタを済ますギンとは反対に、私は何も準備するものがない。

特に何も持っていないからだ。


「わっ、私このままで王と出会ってもいいんですか!?」


止めなければすぐに玄関を出てしまいそうな勢いのギンをなんとか引き止める。

足を止めずにその場で小走りをしながらギンは「んー、」と唸り声を絞る


「まぁいいんじゃない?」


(まぁいいって何!?)


適当すぎる返答にイラッとしたが、最悪何かあったらギンに押し付けよう。

エレシアはそう考えた。




「じゃあ!隣の豪邸へレッツゴー」


小学校の遠足並みにテンションの高いギンに私も「お、オー。」

と右手をグーにして掲げ、テンションを合わせる。


玄関を開けて外に出ると、ギンが都市市場で捕まえたミノタウロスが目を覚ましており、ギンと目が合う。


「うげっ、こいつ目覚ましてるじゃん…」

露骨に嫌な顔をするギンにミノタウロスは鼻息を荒くして怒る。


「お、お前えぇぇぇぇぇぇえ!!よくもこのミノタウロス様に刃向かいやがったな!ぶち殺してやる!!」


ギンは殺気だっているミノタウロス相手に軽蔑の眼差しを向ける

「まだ種族の優劣に頼って生きてる種がいるとは…非常に不快だな。」


言葉の重みが声のトーンからよくわかる

ギンのプレッシャーにミノタウロスを「うっ…」と一瞬怖気付くが、すぐに強気になって「テメェら人間族とかいう低俗種、俺らミノタウロスにかかれば一握りで殺せるんだぞ!」と罵声を飛ばす。


いくら縄で縛られているとはいえ、相手は自分より数倍も大きい。怖くないわけがないだろう。


特に人間は多種族の中でも戦闘能力はなく、体力面も優れていなければ攻撃力や防御力もない。

基本的に知恵を武器として生きていた人間が生身の姿で腕っ節の強い格上の種族——ミノタウロスやリザードマンなどと肉弾戦で戦って勝つことはほぼ不可能に近い。



エレシアは誰しもが必ず持っている『本能』というものに体を制御され、一、二歩ほど後ずさる。



そんなエレシアに対してギンは全く動じずにミノタウロスの方に近寄る。


「いつまでその態度が取れる?お前は生まれた時から何を学んできたんだ?」と、冷酷な表情で言葉をぶつける。



ミノタウロスが手を伸ばせば届く範囲内までギンは歩いていく。

ミノタウロスは全身の筋肉を膨れ上がらせて縄を引きちぎろうとした。

縄がミシミシと音を立て、いかにも破裂寸前な音を出している。


それなのにギンは全く微動だにしない。


(何やってんのあの人!?縄が切れてあいつが暴走でもしたら私———)



そこまできて頭の中の考えは止まった。

どうすればいいのだろうか。

あのミノタウロスが再び暴走したら私はギンと一緒に戦えばいいのだろうか、ドラゴン化してその場を鎮圧するのがいいのだろうか……いずれにしても模範解答には辿り着けない。


エレシアは何もできないままただひたすらギンの行動を見守ることしかできなかった。



「種族とか、力が強い弱いとか、そんな古い天秤に俺らとお前を乗せ測って楽しいか?肝心なのは昔の教えじゃねぇ。現代の暮らしに必死になってしがみついて生きている者がいることだ。」



ギンは身動きの取れないミノタウロスに一発、人間による微力なパンチを横腹にした。

人間からしたら全力だが、ミノタウロスからすれば雀の涙、当然効くはずもないだろう…と思っていたのだが、ミノタウロスは痛がる時間も与えられずに白目を向いて気を失った。



「さぁて、隣まで持っていくか…」と、ギンは何事もなかったかのように事を進めるが流石に無理がある。


「な、何したの!?」

エレシアの驚きと不思議の意がこもった眼差しにギンは目を逸らす。


「何って…ミノタウロス共通の弱点狙って殴っただけ。」


簡単そうにいうがそんな冗談みたいな話、信じれるわけがない。

教えてもどうせ意味がないからと話を逸らしているんだと感じたエレシアは、ギンに対して強めの口調で反発する


「そんなわけ————」



「あるよ。」


エレシアが否定をしようとするとギンがそれを遮って肯定文に切り替えながら話し始める。

今度は目を逸らすことなく私の目を真剣な目で訴えるように見ながら。


「そんなわけがあるんだよ。人間は知恵を武器にして戦ってきたんだ。たとえ相手がどんなに強かったとしても、事前にその相手の弱点を知っていればどんな微弱な力だろうが相手にとっては大ダメージだ。そうやって人間は戦ってきた。」


そこまで真剣に語った後にプッとギンは吹き出して、

「まぁこんなバカみたいな奴が人間のどうこうを話したってなにも響かねぇけどな」と笑って真剣な空気をかき消そうとする。


「そんなこと!…無いと思います。」

私は反射神経のようにギンの自嘲を否定した。

その時に偶然目があって気まずくなり、すぐに目を逸らす。


「な、なんでもないです…」


顔を真っ赤に染めて恥ずかしがるエレシアにギンは優しく笑った。




「さぁ、王に会いに行こうか。」

ギンと私は隣の豪邸まで歩き始めた。


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