第12話 王と私と都市取締官


「で、なんでよくわかんない奴を連れてきてんだ?」


玉座に座り、足を組みながらリドアグラの王、『ファストマ=ハルフーン』が問いかける


別荘を入ってエントランスを抜け、正面の部屋に入ると謁見室に出る。

そこから真っ直ぐのところに王が座っていた。


王だからと王冠を被っているわけではないが、高貴族のような格好で赤と黄色が特徴的な服を着ている。

種族的にはおそらく狐人間…白狐と呼ばれる化けギツネのようだ。

今は人間の姿に変身しているのだろうか。



「よくわかんない奴って、エレシアちゃんのことですか?それは事前に連絡しておいたじゃないですか。」


ギンがやや敬語混じりのタメ語で話す。

その話し方をするごとに王の側近のアヌビス族がピクリと動く。


「そちらではない!貴様の隣で縛られている惨めなミノタウロスの方だ!」

王はそう言ってミノタウロスを指さす


ミノタウロスは王の別荘に行く前にギンが気絶させてから一回も起きない。

「あぁコイツね。都市市場で種族の優劣だかなんだかほざきながら相手を脅して事件を起こしたから拘束したんだ。で、その被害者がエレシアちゃんってわけ。」


ギンが身振り手振りで話す。

普段人と話すような気楽な話し方ではないものの、調子こいたように見える話し方はどうもギンの癖のようにも見える。



「そういうことか…本題のエレシアをどうこうする話をするついでにミノタウロスの処分もしておけ…ということか?」


王の考察にギンが指をパチンと鳴らして「そういうこと。」とドヤ顔で話す。



あまりにも無礼に見えたのか、側近のアヌビスも「貴様…」と呟きながら王を守る忠誠心から出る怒りで長槍を強く握りしめ、取り押さえるために攻撃体制を整える。



その姿を横目で見た王はギンに向かって、

「お前、少しタメ口が過ぎるぞ。アヌビス達も怒っているだろう。」

と警鐘を鳴らす。

呆れながらも王はアヌビス達に攻撃体制を止める旨を伝える。

「お前ら、こいつは一応俺と面識がある。多少多めに見てやってくれ。」


王の言葉に忠実なアヌビス達はさっきまで取っていた攻撃体制をやめて、何事もなかったかのように姿勢を戻した。


王は大きくため息をしたのちに、ギンに冷え切った言葉を放つ

「分を弁えろ、多少は。」


その言葉にギンもだいぶ精神的にダメージを負ったようで、一、二歩たじろいで「…うっ。すまん。」と反省した。



明らかに萎縮するギンを見て大丈夫だと判断した王は再び話を戻す。

「それで、あらかた要件は聞いているが…都市市場で起こった事件の被害者、エレシアは人間でありながらも両親が都市転職で長期間不在だからギンが家で引き取る…おおよその内容に間違いはないな?」


王の言葉を無視して完全に萎縮して萎えているギンを放っておいて私は「はい。」と返事をした。


エレシアの反応に王は頭についている二等辺三角形の形をした耳をピクリと動かす。

「そうか…ここに来る前に連絡で『ギンから提案した話』とは聞いていたので無理矢理契約させたのかと思ったのだが、そうでもなさそうだな。親との連絡は大丈夫なのか?特に問題ないのならいいのだが…」


「大丈夫です。問題ありません。」


エレシアの迷いなき回答に王も「ふむ」と目を遠目で細めてまるで商品の品定めをするような目つきでエレシアを見る。



なぜ私の方を直視しているのかわからないでいると、急に王の姿が消えて空席になる。


「あれ?———」


「エレシア…と言ったな。人間のような見た目をしている割には人の匂いが薄い。」


一瞬の出来事だった。

玉座が空席になった瞬間、私が空席になったのを感知して驚くと同時に王が背後に回って私のうなじ横の部分をスンスンと嗅いでいるのだ。


あまりにも突然で、それに王様である立場の人が私のうなじ部分を嗅ぐのだ。

流石に恥ずかしさと驚きと衝撃で瞬時にうなじを両手で覆ってその場から距離を取る。


全くと言っていいほど気配が感じられなかった。

足音もせず、玉座から消えたと思えば気づいたら真後ろにいる。

その不可解な現象にエレシアはゾクッと背筋を凍らせた。


ギンは…いきなり隣に現れた王を認識することなくずっと同じ位置でしょぼくれている。



(今、王にうなじの…匂いを嗅がれたの!?それよりも…人間の血の匂いが薄い?もしかして私がドラゴン属だとバレてる…!?)


王の一言でエレシアは王が要注意人物だとすぐにわかった。


外見では誤魔化せるものの、体内まで正確に人間を模倣することはできない。あくまで『擬態』であって、『コピー』ではないのだ。


ギンには上手に騙せていると思っていたのだが他種族相手になると話は別だ。そうなれば王とは分が悪い相手なのかもしれない。


王の細まった目と自分の目がかち合うが、王の目の奥には探っても探っても答えに辿りつかない底なしの思惑があるように思えた。



「不快にさせてしまったらすまない。別に悪気はなかったんだ。ただちょっと人間にしては人の匂いが薄いし、人間にしても珍しい名前だなあって思っちゃっただけだよ。迷惑かけちゃったね。」

狐人間の王は手を裾に隠して爽やかに笑う。

その細めて私を見る目が、何を考えているのかわからなくて苦手だ。


別段王が悪いことをしているわけではないのだが…王が『人間』という言葉を使われるたびに嘘をついている私には何か心の奥底に深く、染みつくような背徳感に襲われた。



エレシアは特に返す言葉もなくただ王が取る次の行動を恐れながら観察した。


距離をとった上でもわかるほどに綺麗に整った顔立ち、もふもふしてそうな耳、綺麗な白髪は圧倒的イケメンそのものだった。

だがどこか探りにくい人柄というか、あえて自分の性格を閉まって偽りで生きているというか、とにかく王の素性がよくわからない。



「おい、お前もお前で分を弁えろ。そうやって女に手を出して誘惑して楽しいかよ」


ついさっきまで撃沈していたギンが若干キレ気味で王の右肩を強く掴んで怒る

どうして怒っているのかよくわからないが、ギンがここまで感情を表して怒っているのを初めて見た。



「ひどいな。流石の僕もそんなことをするわけないだろ。お前も私の不遇伝を知っているくせに。」

王は掴まれているギンの手を容易く取り払い、フッと自分を自嘲するような笑い方をして再び姿を消す。


玉座に目をやるとそこには最初と変わらない足を組むポーズで座る王がいた。




両脇にいるアヌビス達が王に何か注意しているように見える。

ボソボソとした話し声でよく聞こえないがおそらく王に対する注意喚起だろう。

「もう少し立場を弁えて」という聞こえたフレーズからも想像がつく。



王はアヌビス達と会話を終えて大きなため息をつき、話し始めた。


「話の結論から、契約は認める。ただ、ギンは今まで通り巡都市間取締官としての役目を務め、それと同時進行でエレシアの管理をするように。俺からは以上だ。」


部屋中に王の威厳たる美しい声が響き、弱くこだまする。


「それと、そのミノタウロスも私が時期に処分を下す。そこに置いていけ。」


ギンは「よろしく、お願いします。」とまだ怒りが収まり切らないのかドスの効いた声を出しながらも、ギンらしくない敬語を使いながら王に一礼した。

私もギンの一礼に合わせて礼をする。


「では、ギン。よろしく頼むよ。」

そこまで言った王はまた玉座から姿を消した。

隣にいたアヌビス達も長槍の槍尾を二回地面に叩いて魔法陣のようなものを自分の周りに作り出し、光と共に消えていった。

おそらく魔法だろう。



エレシアは初めて魔法を見た。

カーバンクル達も魔法は使えるのだが、魔法陣を駆使した使用は一度も見たことがなかった。


魔法だとわかっていても驚きでしばらく玉座から目が離せなくなっていたエレシアに、ギンは「帰ろうか。」と呟いて部屋から出た。

私もギンが扉を開ける音でハッと我に返り、ギンの後をついていった。


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