第13話 お世話になります


王との面会も終わり、家に帰ってきたエレシアはそのままソファに座る。

まだ実感がないが、ここからはここが私の家となる。


そう考えると『家』というフレーズを頭に繰り返して再生するごとに嬉しさが込み上げてくる。

初めての家、ソファも、寝床も、台所も、全て家という建物の中に揃っている。


改めてエレシアは家の自由度の高さに思わず身震いをする。


ギンが黒のコートをハンガーに掛け、コップ二つに水を入れてこちらにやってきた。

私の方に一つコップを差し出して、ギンは一人用の椅子に座る。



「…よかったな。契約が受理されて。」


その気力のない、萎れた声量で呟くように話すギンに圧倒的な違和感を覚えたエレシアはギンの顔を見る。


何か悩んでいるような、怒っているような、真剣で険しい顔をしている。


「なんでギンさんはあの時王に怒ったんですか?」


フッとギンは私の方を向いて「まぁ疑問に思うよな…」と一人でに呟いて微笑したのちに、真剣な顔で語り始めた。


「…ハルフーンは、小さい頃からの顔見知りでな。お互いがクソガキの頃からよく遊んだりしたんだ。」


さっきまで真剣な話をしていたはずなのに、ギンは急にエレシアの方を向いて「あ、ちなみにあいつの方が歳下な。二歳離れてる、そのくせ生意気だけどな。」と陽気なテンポで補足を付け加え、またしんみりと話し出す。


感情がコロコロ変わるギンはまるで漫画のキャラクターみたいだ。

しかしそれだけ感情を変えながら友との昔話を語れるのにはよっぽどの仲だということもよくわかる。


「けど、数年か前に前王…あいつの親父が亡くなってハルフーンが王位を継ぐことになったんだ。あいつはそこまで王を継ごうとしなかったんだけど一族の関係で王の一族として生まれた以上、この都市を治めるドリアグラの国王にならなければいけない。そんな話がどんどん進んでいくうちに俺とあいつとの距離がどんどん離れていったんだ。」



ギンの話を聞いているうちに、エレシアの頭の中はお母さんのことでいっぱいだった。


(この先カドモス…ドラゴンの一族として、世界を統治しなければならないかもしれない。だからお母さんは私に口だけで教えることをやめて、自分の身で経験を積んでほしいがために私から距離を取ったのかな…)



次々にお母さんとの不可解な思い出が一つの仮説によって一本の糸のようにどんどんと繋がり、疑問に思っていた行動にも辻褄が合う



(私…お母さんが私のことを嫌いになったから離れたんだと思ってた…。)


そう考えるとお母さんと離れて一人になった時に、貯蔵庫に篭って生きる意味を見出せないでいた過去の自分が情けなく感じる。



(今までは自分の事ばかりで他のことには気が回らなかったけど、今考えると私はいろいろなところで助けてもらっていたのね。)



「———い、おーーい、エレシア聞いてるか?」


「な、な!なに!?」


自分の過去話に浸っていたらいつの間にかギンの話は終わっていて、不思議そうに私の顔を見るギンの顔が机を乗り出して私の目の前にある。


「いや、だいぶ声かけたけど全く反応なかったから、魂でも抜けたんじゃないかと…」


「そんなにぼーっとしてません!」


エレシアは顔を赤く染めてギンから目を逸らす。

間近で見たことがなかったが、今見てみると色白で綺麗な肌に整った凛々しい顔、ふざけたりしなければ絶対にモテるであろうルックスを兼ね揃えている。


エレシアはギンの顔を直視しないように目を逸らして口元を手で抑えた。


ギンは「まぁ俺の昔話に面白みなんてないから聞き流してもらっても構わないけどな。」とエレシアに聞こえるか聞こえないかの独り言をブツブツ言いながら一人椅子にボスっと座る。



何か悪いことをしてしまったと思ったエレシアはどうにかギンとのムードを切り替えるために「か、過去話は分かったんですけど、あの時どうしてあのタイミングで怒ったんですか?その答えを聞けてないような…」と焦り口調で話す。



ギンは「うまく誤魔化せたと思ったが、そこまで俺の話を掘るかい…」と何故か鼻と口を両手で覆って耳を赤くしながらボソボソと話し始めた。


「なんか、エレシアちゃんに馴れ馴れしくしてるのアイツらしくないし何か企んでそうで嫌だったから……」



その言葉にエレシアは衝撃を受けた。

(こ、これは…過保護!?)


過保護と友達思いの度が過ぎたような心配の仕方。

人の気持ちとかどうでもよさそうな感じをしていたがなかなかに他人思いなところにギャップが強すぎて、エレシアは驚くばかりだった。


(見た目とは違ってめちゃくちゃ他人思い!それも私と出会ったの今日なのに…心配してもらえるんだ。)



心配してくれる。

その気遣いがとても嬉しくて、くすぐったくて、なんだかちょっと恥ずかしい。


私は耳に熱がたまるほどに赤く染めて俯いた。

もう恥ずかしくてギンとは顔を合わせられない。



「はいもうこの話終わり!今日は疲れたよな!もうご飯にするかぁ〜」


ギンはこの部屋中に漂っている感じたことのない空気にいてもたってもいられなくなってご飯を作りに台所へと逃げるように歩いて行った。



私は、俯いたまま顔の熱が冷めるまでしばらく動かずにじっとしていた。




初めてもらった親以外の思いやりに、エレシアは心の中で悶絶した。

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